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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 多国間の安全保障の枠組みの強化

1 NATO

加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させた。

10(平成22)年11月のNATO首脳会合において、11年ぶりとなる新しい戦略概念7が採択され、より効率的で柔軟性のある同盟の実現に向けた、以後10年間の指針が提示された。同文書においては、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、テロリズム、域外の紛争・不安定化、サイバー攻撃などを主な脅威として挙げるとともに、①北大西洋条約第5条に基づく集団防衛、②紛争予防や紛争後の安定化・復興支援を含む危機管理、③軍備管理・軍縮、不拡散への積極的な貢献を含む協調的安全保障の3つをNATOの中核的任務と規定している。

ロシアによる「ハイブリッド戦」の展開や、ロシア軍機によるバルト諸国を含む欧州正面の活発な「特異飛行」などを受け、NATO及び加盟国は、ロシアの脅威を再認識し、14(平成26)年4月、ロシアとの実務協力を停止したほか、バルト三国がNATOに加盟した04(平成16)年から行ってきたバルト上空監視ミッションの規模を拡大8するなどの対応をとった。また、14(平成26)年9月のNATO首脳会合では、ロシアに対しクリミア「併合」を撤回するよう要求する共同宣言や、既存の即応部隊の強化を行う即応性行動計画(RAP:Readiness Action Plan)も採択した9。本計画は、ロシアの影響や、中東・北アフリカから発生する脅威に対応するために示された。本計画に基づき、東部の同盟国におけるプレゼンスを継続するとともに、既存の多国籍部隊であるNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の即応力を著しく強化し、2~3日以内に出動が可能な高度即応統合任務部隊(VJTF:Very High Readiness Joint Task Force)が創設された10。さらに、16(平成28)年7月のNATO首脳会合で採択された宣言においては、特に、ロシアの攻撃的な行動やISILによるテロが脅威とされた。同会合では、バルト三国及びポーランドに4個大隊をローテーション展開することが決定され、17(平成29)年には完全運用体制に入った。18(平成30)年7月のNATO首脳会合で採択された宣言においては、(1)米国と欧州を結ぶ大西洋のシーレーン(海上交通路)の防衛強化を目的とする新司令部(Joint Force Command Norfolk)を米国・ノーフォークに設置すること(2)欧州域内外での部隊や装備の輸送の迅速化を目的とする新司令部(Joint Support and Enabling Command)をドイツ・ウルムに設置すること(3)20(令和2)年までに30個機動大隊、30個飛行隊及び戦闘艦30隻を30日以内に展開可能な状態で保持する「4つの30」と呼ばれる即応態勢を整えること、を明らかにしている。また、NATOは18(平成30)年10月から11月にかけて、あらゆる脅威に対する即応性や共同作戦を訓練することを目的とした近年最大規模の演習「トライデント・ジャンクチャー2018」を実施するなど、取組を強化している。ロシアに対する認識についてはロシアと各国との地理的な距離の違いなどを背景に加盟国において温度差がみられ、ロシアの影響に対応する措置をとる一方で、見解の相違を減らし予見可能性を高めるため、対話の機会は維持している11

18(平成30)年10月から11月にかけて実施されたNATOの演習「トライデント・ジャンクチャー」【ノルウェー国防省提供】

18(平成30)年10月から11月にかけて実施されたNATOの演習「トライデント・ジャンクチャー」【ノルウェー国防省提供】

地中海においては、地中海経由の不法移民の増加などを背景として、16(平成28)年2月より、エーゲ海に常設艦隊を展開し、不法移民などの流入動向を監視して、トルコやギリシャなどに情報提供を行っている。また、同年11月には、01(平成13)年より行われてきた集団防衛に基づく「アクティブ・エンデバー作戦(Operation Active Endeavor)」を、危機管理任務である「シー・ガーディアン作戦(Operation Sea Guardian)」に移行させ、テロ対策や能力構築支援などの広範な任務を実施している。

NATOは、15(平成27)年1月から、アフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)に対する訓練や助言及び支援を主任務とする「確固たる支援任務」(RSM:Resolute Support Mission)を主導している。18(平成30)年7月のNATO首脳会合では、現地情勢に適切な変化の兆候が見えるまで、アフガニスタンにおけるプレゼンスを維持するとともに、治安部隊への財政支援を24(令和6)年まで延長するなど、アフガニスタンへの支援を強化すると決定し、要員約1万7,000人を同国内に展開している12

ISILに対しては、介入よりも予防を重視する立場をとりつつ、仮にISILによる加盟国への攻撃があった場合、集団防衛の対象になるとしている。実際、16(平成28)年7月のワルシャワ首脳宣言において、早期警戒管制機部隊を対ISIL作戦に派遣することを決定し、同年10月から、監視・偵察任務を遂行している。また、18(平成30)年7月のNATO首脳会合において、イラクにおける新たな任務(NMI:NATO Mission Iraq)を開始することを発表し、イラク軍保安部隊に対して訓練や能力構築などの支援を実施している。

NATOはこのほか、コソボなどで任務を実施している13

2 EU

EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)及び共通安全保障・防衛政策(CSDP:Common Security and Defence Policy)14のもと、安全保障分野における取組を強化しており、16(平成28)年6月の欧州理事会で、約10年ぶりとなるEUの外交・安全保障政策の基本的方向性を示す文書「外交・安全保障政策に関するグローバル戦略」を採択した。同文書では、欧州東部の秩序に対する脅威や、中東・アフリカにおけるテロなどの脅威に対して、法の支配に基づく秩序や民主主義といった理念に基づき、EU内外の抗たん性の強化などに取り組むとしている15。同年11月には、欧州委員会は「欧州防衛基金」の創設をはじめとする欧州防衛協力強化のための行動計画を発表した。

17(平成29)年12月、加盟国のうち25か国が参加する防衛協力枠組みである「常設軍事協力枠組み」(PESCO:Permanent Structured Cooperation)が発足した。本枠組みにより、装備品の共同開発や部隊の即応展開に資するインフラ整備などの共通のプロジェクトに各国が出資し協働することで、欧州の防衛力強化が期待されている。このように、EUは、欧州の現在及び将来の安全保障上の要求に応えることで、安全保障を担う存在として行動する能力と自身の戦略的自立性を高めようとしている。

ウクライナ危機を受け、EUはロシアの軍事的対応を非難し、ロシアに対する経済制裁を行っている16。また、ウクライナの経済・政治改革を支援するため、大規模な資金援助を行うなど、非軍事面における関与を継続している。

ISILの脅威に対しては、シリア及びイラクに人道支援のための資金供与のほか、中東・北アフリカ諸国などと協力してテロ対策の能力構築支援などを行っている。また、15(平成27)年11月、パリ同時多発テロを受けたフランスの要請に基づき、EUとして初めて、相互防衛義務を定めた、いわゆる「相互援助条項」17を発動し、加盟国による支援が実施された18

地中海を経由して欧州に流入する難民・移民の増加を受けて、EUは15(平成27)年5月、地中海EU海軍部隊(EUNAVFORMed:European Union Naval Force-Mediterranean)による「ソフィア作戦(Operation Sophia)」を開始した。同作戦は、地中海南部で活動する密航業者や人身取引関係者の活動を阻止することを主任務とし、リビア海軍沿岸警備隊の訓練及び公海における国連安保理決議に基づく武器禁輸措置の実施を補助的任務としている。17(平成29)年7月の外務理事会では、リビアから輸出される原油の違法取引に関する偵察活動や関係機関との人身取引に関する情報共有などを同作戦の任務に追加することに合意するなど、活動の範囲を広げている。

EUは、03(平成15)年、マケドニア(当時)において、NATOの装備や能力を使用して初めて平和維持活動を主導した。これ以降、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スーダン、コンゴ民主共和国、チャド、マリ、中央アフリカ、ソマリアに部隊を派遣するなど、危機管理・治安維持の分野における活動19に積極的に取り組んでいる。また、EUは、08(平成20)年12月から初の海上任務となるソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っている。各国から派遣された艦船や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行っており、自衛隊部隊との共同訓練も行われている20

3 NATO・EU間の協力

前例のない課題への効率的な対処を目指し、NATO・EU間の協力に関しても進展がみられる。16(平成28)年7月のNATO首脳会合において、ハイブリッド脅威への対処、サイバー防衛などNATOとEUが優先的に協力して取り組むべき分野を挙げた共同宣言が発表されたほか、18(平成30)年7月のNATO首脳会合において、NATO・EU間の協力関係が相当に進展しているとしたうえで、更なる協力を進める分野として、軍の機動性やテロ対策などを挙げた共同宣言が発表されている。こうした提言を踏まえ、地中海においては、NATOの「シー・ガーディアン作戦」とEUの「ソフィア作戦」が、情報支援などを通じて相互に協力しつつ行われているほか、PESCOにおいては、EU域内外における軍人及びアセットの円滑な移動のための体制整備をプロジェクトの1つとしており、有事の際のNATOによる軍の迅速な展開に資することが期待されるなど、NATO・EUは安全保障に関する取組を強化するため、相互に補完し合う形で協力を進展させている。

18(平成30)年7月、NATO・EU間の協力に関する共同宣言に署名するテュスク欧州理事会議長、ストルテンべルグNATO事務総長、ユンカー欧州委員会委員長【NATO提供】

18(平成30)年7月、NATO・EU間の協力に関する共同宣言に署名するテュスク欧州理事会議長、ストルテンべルグNATO事務総長、ユンカー欧州委員会委員長【NATO提供】

7 戦略概念(Strategic Concept)は、NATOの目的、性格、基本的な安全保障上の任務について規定する公式文書であり、7回目(1949、1952、1957、1968、1991、1999及び2010年)の策定となる。

8 04(平成16)年以降、ローテーションで領空警備を実施しており、1か国・4機態勢で実施されていたが、ウクライナ危機以降増強され、4か国・16機態勢に移行し、15(平成27)年9月からは規模が縮小された。なお、NATOによる領空警備は、現在、バルト三国のほか、スロベニア、アイスランド、アルバニア、モンテネグロでも実施されている。

9 RAPは、兵力連結構想(CFI:Connected Forces Initiative)の具体的な取組として承認されたものである。CFIとは、加盟国が共同で演習・訓練を実施できる枠組みを提供することや、加盟国間やパートナー国との共同訓練の強化、相互運用能力の向上、先進技術の利用などを図るものである。

10 NRFは4万人規模であり、VJTFはその内の計約2万人(地上部隊5,000人を含む)から成る多国籍部隊である。

11 例えば、フランスは15(平成27)年11月の同時多発テロ後、ロシアのプーチン大統領と会談し、仏露両国軍間での情報交換などに合意した。また、英国は戦略文書SDSR2015の中でウクライナ問題はルールに基づく国際秩序を大きく変容させるものとする一方で、ロシアとはISIL問題を筆頭に協力の道を探る旨記載している。ドイツも、16(平成28)年7月に発表した国防白書において、ロシアに対しては抑止と対話の双方が必要としている。さらに、16(平成28)年4月、NATOは対話枠組みである「NATO・ロシア理事会」を約2年ぶりにブリュッセルで開催し、これまで計9回開催されている。

12 19(平成31)年2月時点で、米国は、8475人を派遣しており、全体の約50%を占めている。

13 コソボでは1999(平成11)年以降、コソボ国際安全保障部隊の枠組みで任務を行っており、現在はコソボ治安部隊への助言、訓練、能力構築支援などを実施している。

14 EUは、1993(平成5)年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、1999(平成11)年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。09(平成21)年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。

15 16(平成28)年11月、本戦略の履行に関する決定がなされ、EU域外の紛争や危機への対処、パートナー国の能力構築、テロなどの危機からのEU市民の保護を優先事項に掲げ、必要な能力の優先順位付けや加盟国間の関係深化などが必要とした。

16 資産凍結・渡航禁止のほか、資本規制や装備品・デュアルユース品の禁輸などの措置を行っており、半年ごとに期限を延長している。

17 EU基本条約第42条第7項は、EU加盟国の領土に対する武力攻撃の場合には、他の加盟国が、国連憲章第51条に従ってあらゆる援助を与えるという相互防衛義務を定めている。

18 同時多発テロ後の15(平成27)年11月17日、フランスのル・ドリアン国防相(当時)はEU外務理事会において、いわゆる相互援助条項の適用を求め、全会一致で合意した。同条項の適用を受け、フランスは他のEU加盟国に対し、①イラク及びシリアでの対ISIL作戦への貢献、②マリや中央アフリカなどでフランスが行っている対テロ作戦への貢献によるフランスの軍事的な負担軽減を求めた。ただし、英国及びドイツを除けば、協力内容は比較的小規模なものにとどまっている。

19 ペータースベルク任務と呼ばれ、①人道支援・救難任務、②平和維持任務、③平和創出を含む危機管理における戦闘任務からなる。例えば、14(平成26)年1月、情勢の混乱が継続していた中央アフリカに対して、治安維持部隊の派遣を決定し、同年4月に活動を開始したが、15(平成27)年3月には任務を終了し、同月、中央アフリカの治安部門改革準備を支援するEU軍事助言ミッション(EUMAM:European Union's Military Advisory Mission)を開始した。16(平成28)年7月以降はEU訓練ミッション(EUTM:European Union's Training Mission)に引き継がれ、18(平成30)年7月には20(令和2)年9月まで任務を延長することが決定されるなど、引き続き中央アフリカ軍の近代化などに向けた訓練を行っている。

20 EUは、この地域における海賊対処のため、「アタランタ作戦」に加え、「ソマリアEU訓練ミッション」、「ソマリアEU海上安全保障能力構築ミッション」も実施しており、包括的アプローチのもと、海賊対処だけでなく、沿岸警察分野や司法分野の能力の構築・強化などにも取り組んでいる。