概観
現在の安全保障環境の特徴
- ➊既存の秩序をめぐる不確実性が増大し、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。
グレーゾーンの事態が長期化、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にする「ハイブリッド戦」の手法も。
- ➋テクノロジーの進化が安全保障の在り方を根本的に変えようとしている。
宇宙・サイバー・電磁波領域の重要性、戦闘様相を一変させるゲーム・チェンジャー技術。
- ➌一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が顕在化している。
海上交通の安全確保、宇宙及びサイバーなどの新たな領域の安定的利用の確保、大量破壊兵器の拡散への対応、地域紛争・国際テロへの対応。
わが国周辺国などの軍事動向
- ➊米国は世界最大の総合的な国力を保有している。軍事力の再建、同盟とパートナーシップの強化、インド太平洋地域を優先地域と位置づけている。
- ➋中国は核・ミサイル戦力、海上・航空戦力に加え、宇宙・サイバー・電磁波領域の能力を強化。既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした一方的な現状変更を試みるとともに、東シナ海をはじめとする海空域において、軍事活動を拡大・活発化させている。その軍事動向は、安全保障上の強い懸念となっている。
- ➌北朝鮮は全ての大量破壊兵器及びあらゆる弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄は行っておらず、その核・ミサイル能力に本質的な変化はなく、その軍事動向はわが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威である。
- ➍ロシアは極東においても軍事活動を活発化させる傾向にあり、その動向を注視していく必要がある。

米国
全般
- ➊安全保障上の最優先課題は、修正主義勢力である中国・ロシアとの戦略的競争であると認識している。特に、中国に対する抑止を強化している。
- 南シナ海の継続的な軍事拠点化に対する初期的対応として、中国海軍に対するリムパックへの招待を取消し
- 米艦艇による南シナ海における航行の自由作戦や台湾海峡通過、爆撃機による南シナ海上空における飛行を繰り返し実施
- 中国軍関係部局及び幹部に対する制裁を発動
- 中国のハイテク製品などへの関税賦課、対米投資に対する監視強化、スパイ摘発
- ➋ペンス副大統領は、中国に関する演説の中で、「航行の自由作戦」を実施中の米艦艇に中国海軍艦艇が異常接近した事案を指摘した。米海軍は、国際法が認め、国益が要求するあらゆる場所で、飛行・航行・作戦行動を継続していくと明言した。
- ➌トランプ政権の対中姿勢は議会からも超党派で支持されており、今後も維持されるものと考えられる。
- ➍北朝鮮の核能力は、米国にとって脅威であるとの認識の下、制裁を維持するとともに、在韓米軍などによる確固たる軍事的即応性を維持しつつ、北朝鮮の非核化を追求している。

中国に関する演説を行うペンス副大統領
安全保障・国防政策をめぐる動向
- ➊インド太平洋地域を優先地域と位置づけ、19(令和元)年6月に「インド太平洋戦略報告」(IPSR)を発表した。戦闘力の高い戦力を地域に配備するとともに同盟やパートナーとの関係を強化・拡大しつつ、こうした関係をネットワーク化する方針を示した。
- ➋大国の侵略を抑止し、勝利するための軍事的優位性を維持するための取組を継続している(過去70年で最大の研究開発予算、前年比15%増となる宇宙関連予算、前年比10%増となるサイバー関連予算などを要求)。
- ➌核戦力については、18(平成30)年2月に「核態勢の見直し」(NPR)を発表した。様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、核の3本柱(SLBM・ICBM・戦略爆撃機)を維持・換装するほか、潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の一部の弾頭の低出力化などを実施する方針を示した。
また、ロシアのINF(中距離核戦力)全廃条約違反を理由に、同条約から脱退するとともに、同条約の枠外で中距離ミサイル戦力を強化してきた中国を含めた軍備管理の必要性に言及した。
- ➍ミサイル防衛については、19 (平成31)年1月に「ミサイル防衛見直し」(MDR)を発表した。北朝鮮が核ミサイルで米本土を脅かす能力を持っているほか、中・露が、既存のミサイル防衛システムに挑む先進的な巡航ミサイルや極超音速ミサイルを開発しているとの認識の下、こうした脅威に対応するため、既存のシステムの拡充・近代化及び宇宙空間を活用した新技術の開発を推進する方針を示した。
- ➎トランプ大統領は、宇宙軍創設のために必要な手続きを開始するよう国防省に指示した。空軍省内に宇宙軍を創設するための法案を議会に提出した。

米国が発表した「ミサイル防衛見直し」(MDR)
中国
急速な軍近代化
- ➊21世紀中葉までに中国軍を「世界一流の軍隊」とすることを目標に、透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させている。核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。その際、情報優越を確実に確保するための作戦遂行能力の強化も重視し、宇宙・サイバー・電磁波の領域に関する能力も強化している。
- ➋このような能力の強化は、「A2/AD」(接近阻止・領域拒否)能力やより遠方での作戦遂行能力の構築につながるものである。
- ➌様々な分野において軍隊資源と民間資源の双方向での結合を目指す軍民融合政策を全面的に推進し、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得及び作戦遂行能力の向上を積極的に推進している。


「スウォーム(群れ)」技術を利用した小型無人機
わが国周辺海空域などにおける活動
- ➊尖閣諸島に関する独自の主張に基づくとみられる活動をはじめ、中国海上・航空戦力は、尖閣諸島周辺を含めてわが国周辺海空域における活動を拡大・活発化させており、行動を一方的にエスカレートさせる事案もみられるなど、強く懸念される状況となっている。
- ➋海上・航空戦力の太平洋及び日本海への進出は近年頻度を増しており、こうした活動の定例化を企図している可能性がある。活動内容は引き続き質的な向上をみせており、実戦的な統合作戦遂行能力の構築に向けた動きもみられる。
- ➌南シナ海においては、軍事拠点化を進めるとともに、航空機を展開させるなど海空域における活動も拡大・活発化させ、力を背景とした一方的な現状変更を継続し、その既成事実化を進めている。

国際観艦式(19(平成31)年4月)に登場した「レンハイ級」駆逐艦

東シナ海のわが国防空識別圏内で初確認された中国Y-9哨戒機(19(平成31)年3月)

遠方の海域などにおける活動
- ➊近年、インド洋などのより遠方の海域における作戦遂行能力を着々と向上させている。
- ➋「一帯一路」構想には中国の地域における影響力を拡大するという戦略的意図が含まれているとも考えられる中、同構想によるインフラ建設が中国軍のインド洋、太平洋などでの活動をさらに促進する可能性がある。また、軍が海賊対処活動や共同訓練などによる地域の安定化を通じ、同構想の後ろ盾としての役割を担っている可能性がある。
諸外国などとの関係
- ➊米国が中国に対して厳しい姿勢で臨む中、中国も自国の「核心的利益」などについては妥協しない姿勢を維持している。米中両国は、貿易・軍事などにおいて相互に牽制する動きがみられる。
- 米国による輸入関税引上げに対抗した中国の同関税引上げ
- 南シナ海で「航行の自由作戦」実施中の米軍艦艇に対する中国軍艦艇の異常接近 など
- ➋近年比較的安定して推移してきた米中間の軍事交流について、変化を窺わせる動きも確認されている。
- ➌「一帯一路」構想の協力国において、財政状況の悪化などからプロジェクト見直しの動きもみられている。
- ➍台湾については、蔡政権発足後、5か国が中国と国交を結び台湾と断交した。米国が台湾への関与を継続・強化する一方、中国は台湾独立に断固として反対する旨繰り返し表明してきている。
- ➎中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向がみられている。

南シナ海で発生したとされる中国艦艇の米艦艇への異常接近事案
北朝鮮
全般
- ➊北朝鮮は、18(平成30)年6月の米朝首脳会談などにおいて、朝鮮半島の完全な非核化の意思を繰り返し表明してきている。
また、核実験及びICBM級弾道ミサイルの発射実験の中止を表明するとともに、豊渓里(プンゲリ)核実験場の爆破を公開した。さらに、将来的に、東倉里(トンチャンリ)にあるミサイル発射台・エンジン試験場の廃棄や、米国が制裁の一部を解除すれば寧辺(ヨンビョン)の核施設を廃棄する旨表明している。
- ➋他方で、
- 核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる
- わが国の全域を射程に収める弾道ミサイルを数百発保有し、それらを実戦配備している
- 発射台付き車両(TEL)や潜水艦を用いて、わが国を奇襲的に弾道ミサイル攻撃できる能力を引き続き保有
- ➌これらのことなどを踏まえれば、現時点において、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は生じておらず、引き続き、北朝鮮の軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威である。
- ➍今後、北朝鮮が核・ミサイルの廃棄に向けて具体的にどのような行動をとるのかをしっかり見極めていく必要がある。
核・ミサイル開発の現状
- ➊17(平成29)年9月の6回目となる核実験は、水爆実験であった可能性も否定できず。
- ➋過去6回の核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、既に核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化の実現に至っているとみられる。
- ➌19(令和元)年5月、7月及び8月に計9回、新型と推定される短距離弾道ミサイル等を日本海に向けて発射した。
- ➍弾道ミサイルについては、以下の4つを企図しているとみられる。
- ① 長射程化
- ② 飽和攻撃のために必要な正確性及び運用能力の向上
- ③ 奇襲的な攻撃能力の向上
- ④ 発射形態の多様化
「瀬取り」
- ➊国連安保理決議で禁止されている、洋上での船舶間の物資の積替え(「瀬取り」)による国連安保理の制裁逃れを図っているとみられ、北朝鮮による石油製品や石炭の違法な「瀬取り」が急増しているとの指摘がある。

「瀬取り」を実施していたことが強く疑われる北朝鮮籍タンカー(19(平成31)年3月)
ロシア
わが国周辺における動向
- ➊北極圏、欧州、米国周辺、中東に加え、極東においても軍事活動を活発化させる傾向にあり、その動向を注視していく必要がある。
- ➋極東においては、ロシア軍機に対する緊急発進回数が高い水準で推移しているほか、19(令和元)年6月及び7月にはロシア機による領空侵犯があった。
- ➌北方領土では、16(平成28)年に択捉島及び国後島への地対艦ミサイルの配備を公表した。18(平成30)年には択捉島への戦闘機(Su-35×3機)の配備が伝えられるなど、軍備を強化している。
- ➍大規模演習「ヴォストーク2018」は、東部軍管区に加え、中央軍管区や北洋艦隊などの部隊が参加し、旧ソ連時代以来最大規模であったとされることや、中国及びモンゴルが初参加した点が大きな特徴となった。

海上自衛隊として初確認した「アドミラル・ゴルシコフ級」フリゲート(19(平成31)年4月)
核戦力の近代化・新型兵器の開発
- ➊通常戦力の劣勢を補い、米国との核戦力の均衡を確立する観点から、核戦力の近代化を優先的に推進している。米国内外のミサイル防衛システム配備が米国との核戦力の均衡を崩すとの認識の下、同システムを突破できる極超音速滑空兵器(HGV)などの新型兵器の開発・配備を推進している。
- ➋米国がINF全廃条約脱退の通告とともに、通常弾頭型の地上発射型中距離ミサイル開発の意向を表明すると、ロシアは既存の海上発射型中距離巡航ミサイルを地上発射型に改良したミサイルや極超音速の地上発射型中距離巡航ミサイル開発の意向を表明した。

ロシアが初公開した地上発射型巡航ミサイル「9M729」
軍事科学技術
- ➊主要国は、将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る最先端技術を活用した兵器の開発に注力している。
- ➋各国は、人工知能を搭載した自律型の無人機を開発している。
- ➌中国及びロシアが開発中の先進の極超音速ミサイル能力について、米国は、既存のミサイル防衛システムに挑むものであると指摘している。
- ➍効果的な火力発揮が期待される電磁レールガンや高出力レーザー兵器の実験や配備計画についての指摘もある。

中国が開発しているステルス無人機「彩虹7」
宇宙領域
- ➊主要国は、C4ISR機能の強化などを目的として各種衛星の能力向上や打上げを実施している。
- ➋各国は宇宙空間において、自国の軍事的優位性を確保するための能力を急速に開発している。また、中国及びロシアは、米国やその同盟国の宇宙利用を妨害する能力を強化しているとの指摘がある。
- ➌こうした脅威に対応するため、米国は陸海空軍などと同格の「宇宙軍」の創設を検討している。
サイバー領域
- ➊軍隊にとって情報通信ネットワークへの依存度が一層増大する中、多くの外国軍隊はサイバー攻撃を敵の軍事活動を低コストで妨害可能な非対称な攻撃手段として認識し、サイバー空間における攻撃能力を開発している。
- ➋中国やロシアは、他国のネットワーク化された部隊の妨害やインフラの破壊のため、軍としてサイバー攻撃能力を強化しているとの指摘がある。
- ➌諸外国の政府機関や軍隊などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発している。中には、ロシア、中国、北朝鮮などの政府機関の関与が指摘される事案も生起している。
電磁波領域
- ➊電磁波利用の確保は、通信・レーダー装備などの運用のために必要不可欠である。主要国は、電磁波利用の妨害(電子攻撃)を、敵の戦力発揮を効果的に阻止する手段と認識し、その能力を向上させている。
- ➋中国は、通信システム、レーダーシステム、GPS衛星システムに対する電子妨害作戦を演練しているとの指摘がある。
- ➌ロシアは、ウクライナ東部及びシリアにおいて複数の電子戦装備品を使用し、相手の指揮統制、レーダーを妨害するなど、電子戦能力を向上させているとの指摘がある。

ロシアがシリアにおいて使用したとされる電子戦装備品「クラスハ-4」
海洋
- ➊東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいては、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例が頻発している。
- ➋各地で発生している海賊行為は、海上交通に対する脅威であり、国際社会は共同して対処を行っている。
- ➌北極海は従来から、戦略核戦力の展開又は通過海域であったが、近年の海氷の減少により、艦艇の航行が可能な期間及び海域が拡大している。将来的には、軍事力の機動展開に使用される可能性がある。
大量破壊兵器
- ➊核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つと認識されている。
- ➋特に、従来の抑止が有効に機能しにくいテロリストなどの非国家主体が大量破壊兵器などを取得・使用する懸念は依然として強いほか、弾道ミサイルの拡散は地域の不安定化をもたらす危険性もある。
テロ・地域紛争
- ➊世界各地において、民族、宗教、領土、資源などの問題をめぐる紛争や対立が、依然として発生・継続している。
- ➋国際テロ組織の活動は、引き続き国際社会にとって重大な課題である。テロの形態の多様化などにより、脅威が拡散、深化している。