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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 台湾の軍事力など

1 中国との関係

中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」の原則が、中台間の議論の前提であり、基礎であるとしている。また、中国は、平和的な統一を目指す努力は決して放棄しないとし、台湾人民が関心を寄せている問題を解決し、その正当な権限を守る政策や措置をとっていく旨を表明する一方で、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、武力行使を放棄していないことをたびたび表明している119。05(平成17)年3月に制定された「反国家分裂法」においても、武力行使の不放棄が明文化されている120

16(平成28)年5月に就任した民進党の蔡英文(さい・えいぶん)総統は就任演説で、中国が「両岸関係」の政治的基礎と位置付け、「一つの中国」を体現しているとする「92コンセンサス」について、明確な立場を示さなかった121。これに対して中国は、「未完成の答案」と批判し、台湾との交流が既に停止されている旨発表した122。また、蔡総統の就任前後から、国際機関が主催する会議などにおいて、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしている123。さらに、蔡政権発足後、5か国が中国と国交を結び台湾と断交しており124、台湾はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。

同時に、中国は、台湾からの就学・就職促進などを含めた優遇措置も発表しており125、習総書記は17(平成29)年10月、第19回党大会において「大陸の発展のチャンスを台湾同胞と共有したい」等発言している。また、習総書記は19(平成31)年1月、「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会で、「中華民族が偉大なる復興に向かうプロセスで、台湾同胞が欠席することはない」、「台湾での『一国二制度』の具体的な実現形式は、台湾の実情を十分に考慮する」などとして5項目の対台湾政策を提起126し、中台間の政治的不一致を「代々引き継いでいくわけにはいかない」と発言した。これに対し、蔡総統は即日、「一国二制度」を断固受け入れないとする談話を発表し、「公権力を有する機関同士」の対話を呼びかけた。

KEY WORD「台湾同胞に告げる書」とは

中国側(国防部、全人代常務委員会など)が台湾に向けて発表した公開書簡であり、中国の対台湾政策文書とみなされている。これまで5回(50(昭和25)年、58(昭和33)年(3回)及び79(昭和54)年)発表されているが、79年に全人代常務委員会から発表されたものは、中台軍事対峙の終結や中台交流拡大を提起する内容を含み、中国が台湾政策を武力解放から平和統一に転換した文書ともいわれる。

一方で、蔡総統は、18(平成30)年11月の統一地方選挙での与党の敗北を受け、民進党主席を辞任した。今次選挙では、民進党が20年にわたり勝利してきた南部・高雄市長選において、地域経済活性化のために中国との関係改善などを掲げた国民党候補の韓国瑜(かん・こくゆ)氏が勝利したことに注目が集まった。20(令和2)年の次期総統選挙を前に、習政権の対台湾政策をめぐる取組と、中台関係の行方が注目される。

尖閣諸島について、中台はそれぞれ独自の主張を展開しているが、台湾は中国との連携については否定的な態度を示している127

2 台湾の軍事力

台湾は、蔡総統のもと、「防衛固守、重層抑止」の軍事戦略、「プロフェッショナルな軍の編制」や「情報・通信・電子戦能力の強化」を打ち出している。17(平成29)年12月に蔡政権下で初めて発表された国防報告書では、従来は「水際決勝」としていた戦術理念を「戦力防護、沿岸決勝、水際殲滅」と変更したほか、米国との軍事協力に初めて言及し、「量・質共に実質的進展を遂げている」とした。米国は、台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきており128、18(平成30)年12月に成立した「アジア再保証推進法」には、台湾への定期的な武器売却や政府高官の台湾訪問の推進が盛り込まれている。

米国からの購入のほか、台湾は独自の装備開発も進めており、17(平成29)年3月の「4年ごとの国防見直し(2017QDR)」においても、防衛産業の発展、特に武器・装備の自主生産についての推進姿勢が強調されている。例えば16(平成28)年6月、台湾海軍は、潜水艦を含む主要艦を順次、自主建造に切り替える方針を発表した。

台湾は51(昭和26)年から徴兵制を採用してきたが、兵士の専門性を高めることなどを目的として志願制への移行が進められ、徴兵による入隊は18(平成30)年末までに終了した。ただし、4か月間の軍事訓練を受ける義務は引き続き維持され、台湾国防部は台湾軍の兵役制度を「志願制・徴兵制の併用」と説明している129

台湾軍の勢力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約9万3,000人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、自主建造したステルスコルベット「沱江(だこう)」などを保有している。航空戦力については、F-16A/B戦闘機130、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。

コルベット「沱江(だこう)」

コルベット「沱江(だこう)」

【Jane's by IHS Markit】

〈諸元、性能〉

満載排水量:567トン

速力:43ノット(時速約80km)

主要兵装:艦対艦ミサイル(最大射程200km)、魚雷

〈概説〉

台湾が自主建造したコルベット。レーダーに探知されにくいステルス性に優れた設計で、揚陸艦や主力艦艇を打撃する非対称戦力とされる。

3 中台軍事バランス

中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、台湾の国防費は約20年間でほぼ横ばいであり、18(平成30)年時点の中国の公表国防費は台湾の約16倍となっている131。このような中、蔡総統は、国防予算を増額するよう指示している132

17(平成29)年版「国防報告書」では、中国の軍事力について、急成長を続け、軍改革、統合作戦、武器開発、海外基地建設などにおいて大幅な進展がみられるとしたうえで、「台湾にとって軍事的脅威が増大している」との認識を示した。また、中国軍の戦闘機や艦艇が台湾周辺で活動し、台湾に対して軍事力を誇示しているとの指摘もある133

中国軍がミサイル戦力や海・空軍力の拡充を進める中で、台湾軍は、装備の近代化が依然として課題となっている。

中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。

①陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は現時点では限定的である134。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力を着実に向上させている。

②海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が急速に強化されている135

③ミサイル攻撃力については、台湾は、PAC-2のPAC-3への改修及びPAC-3の新規導入を進めるなど弾道ミサイル防衛を強化している。しかし、中国は台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有しており、台湾には有効な対処手段が乏しいとみられる。

軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向が見られている。今後の中台の軍事力の強化や、米国による台湾への武器売却、台湾による主力装備の自主開発などの動向に注目していく必要がある。

参照図表I-2-2-8(台湾の防衛費の推移)
図表I-2-2-9(中台の近代的戦闘機の推移)

図表I-2-2-8 台湾の防衛費の推移

図表I-2-2-9 中台の近代的戦闘機の推移

119 習総書記は19(平成31)年1月、「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会において、武力行使の「放棄を承諾しない」と発言した。

120 同法は、「『台独』分裂勢力(『台湾独立』をめざす分裂勢力)がいかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、又は平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」と規定している。

121 蔡総統は16(平成28)年5月の就任演説で、92(平成4)年に中台の窓口機関が協議を行い「若干の共通認識と理解を達成した」という「歴史的事実を尊重する」と発言した。しかし、19(平成31)年1月、習総書記の「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会における重要講話を受け、「我々は一貫して、『92コンセンサス』を受け入れていない」との立場を説明した。

122 16(平成28)年6月、中国国務院台湾事務弁公室報道官は、「台湾との交流メカニズムは5月20日以降、既に停止している」と発言した。

123 最近では、19(令和元)年5月、09(平成21)年からオブザーバー参加していた世界保健機関(WHO)の年次総会に3年連続で参加できなかったことについて、台湾は、中国による働き掛けによるものとしている。また、台湾外交部の発表によると、17(平成29)年7月、ナイジェリアが同国所在の台湾代表処を強制的に封鎖したほか、エクアドル、バーレーン、パプアニューギニア及びヨルダンなどが、中国からの要請を受け、自国に所在する台湾の在外公館に対して、公館の名称を、「中華民国」や「台湾」から「台北」に変更するよう要請している。

124 16(平成28)年12月にサントメ・プリンシペ、17(平成29)年6月にパナマ、18(平成30)年5月にドミニカ共和国及びブルキナファソ、同年8月にエルサルバドルが、中国と国交を結び台湾と断交している。現在、台湾と外交関係を有する国は、17か国である。

125 18(平成30)年2月、中国国務院台湾事務弁公室は、台湾からの就学・就職促進などを盛り込んだ31項目の優遇措置を発表した。また、同年9月、中国政府は、中国大陸に半年以上暮らす台湾人を対象に、社会保険の加入や公的施設の利用、金融サービスなどで便宜が得られるとされる「居住証」を発行した。

126 同記念大会において、習総書記は、①平和統一目標の実現、②「(一国)二制度」の台湾方式を模索、③「一つの中国」原則の堅持、④両岸の融合発展の深化、⑤同胞の心の一致の実現を提起した。

127 台湾当局の船舶は、12(平成24)年に3回、尖閣諸島周辺のわが国領海へ侵入した。また、尖閣諸島について、台湾外交部は13(平成25)年2月、「中国大陸と協力しない我が国の立場」と題する声明を公表している。

128 米政権は、台湾に対して18(平成30)年9月に戦闘機部品など約3億3,000万ドル(約373億円)相当、19(平成31)年4月に戦闘機訓練プログラムなど約5億ドル(約550億円)相当、同年7月にM1A2T戦車など約22億ドル(約2,420億円)相当、同年8月にF-16C/D Block70など約80億ドル(約8,800億円)相当の武器売却を行う旨議会に通知した。トランプ政権下での台湾への武器売却は、17(平成29)年6月に続き5回となった。また、18(平成30)年4月には、米国政府が米企業に対し、台湾の潜水艦建造に関する商談を許可した旨報じられている。

129 台湾国防部は19(平成31)年2月、今後も4か月の軍事訓練は課せられるとして、「『徴兵制が終了する』との報道は誤りである」とのプレスリリースを出している。

130 台湾空軍は現有のF-16A/B戦闘機のレーダー性能などを向上させたF-16V戦闘機へのアップグレードを進めており、19(平成31)年3月末に最初の4機が空軍に引き渡された旨報じられた。23(令和5)年までに全144機のアップグレード改修を完了させるとしている。

131 18(平成30)年度の中国の公表国防費約1兆1069億5,100万元及び台湾の公表国防費約3,231億台湾ドルを、台湾中央銀行が発表した同年度の為替レート「1米ドル=6.6110元=30.156台湾ドル」で米ドル換算して比較した数値。なお、中国の実際の国防費は公表額よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性もある。

132 18(平成30)年8月、蔡総統は海軍司令部での式典で、装備の自主開発や防衛力の向上などを強調したうえで、「安全保障上のニーズに対応するため」国防費の増額を指示したと述べ、「予算の増額は国防の決意の表れだ」と強調した。なお、蔡総統は16(平成28)年の総統選において、国防費をGDP比3%に増額すると公約していた。

133 中国の軍用機・艦艇は18(平成30)年6月下旬以降、台湾周辺で活動していないとみられていたが、同年12月以降、軍用機による台湾周辺での活動再開が報じられている。なお、中国軍による台湾周辺での活動が一時中断された原因について、台湾軍は、天候あるいは「段階的な訓練を終え(中国側が)検証中」であるとの可能性を指摘した。

134 18(平成30)年8月、台湾国防部が立法院に送付した中国の軍事力に関する非公表の年次報告書でも、中国軍の着上陸用の輸送手段や後方支援能力はなお不足しているとして、「中国軍は全面的な台湾侵攻のための正規の作戦能力をまだ保有していない」とされているとの報道がある。

135 第4、5世代戦闘機の数は、中国988機に対し、台湾325機となっている。また、駆逐艦・フリゲート、潜水艦の数は、中国78隻、64隻に対し、台湾24隻、4隻となっている。さらに中国は、空母「遼寧」を就役させたほか、国産空母も進水させている。