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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2章 諸外国の軍事動向など

第1節 米国

1 安全保障・国防政策

17(平成29)年1月に発足したトランプ政権は、「米国第一」の方針のもと、米国の世界への関わり方をこれまでのものから大きく変化させつつあるとの指摘がある。一方、米国はグローバルな競争を見据えつつ、力に裏打ちされる米国の価値観及び影響力は、世界をより自由で安全で繁栄したものとするとの信念のもと、引き続きその世界最大の総合的な国力をもって世界の平和と安定のための役割を果たしていくものと考えられる。

実際に、米国は、インド太平洋地域の安全保障を重視する姿勢を明確にしており、自由で開かれたインド太平洋というビジョンを前進させるため、地域全体で価値観を共有する国々との絆を新たに築き、強化していくとともに、地域における前方軍事プレゼンスを維持する姿勢を明確に示している。政権の安全保障・国防の方針を明らかにした戦略文書において、修正主義勢力であり競争相手と位置付けた中国をめぐっては、多国間訓練「環太平洋合同演習(リムパック)」への招待を取り消すとともに、米艦艇による南シナ海における「航行の自由作戦」や台湾海峡通過を繰り返し実施しているとされるほか、中国軍事機関及び幹部に制裁を発動する措置をとっている。また、中国のハイテク製品などへの関税賦課、対米投資に対する監視強化、中国大手通信機器メーカーであるファーウェイ(華為)への米国技術の輸出制限、スパイ摘発など、軍事転用の恐れもある技術分野の競争力確保や技術窃取防止を意図した措置も強化するなど、対中抑止の姿勢を強めている。トランプ政権のこうした対中姿勢は、19会計年度国防授権法に、中国による南シナ海の埋立地からの武装撤去などがない限りリムパックへの中国の参加を禁止する条項や、政府機関がファーウェイ(華為)などの中国の大手通信機器メーカーの製品を使用することを禁止する条項などが盛り込まれたことからもうかがえるように、議会も超党派で支持しており、今後も維持されるものと考えられる。また、北朝鮮の核・ミサイル開発にかかる行動や政策などは米国にとって深刻な脅威であるとの認識のもと、制裁を維持しつつ、北朝鮮による完全な非核化を追求する取組を続けている(本節1項3参照)。

一方、米国はインド太平洋地域以外の安全保障上の課題にも対処しているが、18(平成30)年12月以降、一部の地域からの兵士の撤収や削減に向けた動きもみられている。14(平成26)年以降、イラク・レバントのイスラム国(ISIL:Islamic State of Iraq and the Levant)などによるイラク及びシリアにおける攻勢を受け、同年8月以降、米国は空爆をはじめとする対ISIL軍事作戦として「固有の決意作戦」(OIR:Operation Inherent Resolve)を主導している。このうち、シリアに展開していた米軍部隊について、トランプ大統領は18(平成30)年12月、時間をかけて十分に調整したうえで撤収させる意向を表明したが、国内外から懸念や反対の声があがる中、19(平成31)年2月には小規模の部隊が引き続き駐留する可能性があることを示唆している。

また、17(平成29)年8月にはアフガニスタン・南アジア戦略を発表し、アフガニスタンへの関与を継続するとしたうえで、同年9月にはアフガニスタンに3,000人以上の米兵を増派することを明らかにした一方、米国は18(平成30)年7月までにタリバンとの直接対話を追求する方針に転換したとされ、19(平成31)年1月には、タリバンとの間で米軍撤収を含む和平案で一定の合意に達したと報じられている1

さらに、米国は、核問題をはじめ中東地域を不安定化させる諸活動の包括的な解決に向けた交渉の場にイランを引き戻すためとして、イランに対して多方面で圧力を強めている2。こうした中、19(令和元)年6月、米国は、イランが米国の無人偵察機を撃墜し、本件事案に対する報復攻撃が実行寸前まで進んでいたことを明らかにするなど、イランとの間で緊張が高まっている3。米国は、イランとの戦争を望んでいないとする一方、地域における米国の部隊と利益を守る準備はできており、米国の自制を弱さと誤解してはならない旨警告している。同年5月及び6月、ホルムズ海峡付近において日本関係船舶を含む民間船舶が攻撃を受ける事案が発生したが、米国はこれらの事案について、イラン又はその代理勢力が実施した旨指摘した。また、地域の国際水路を保護するための取組を関係国に提案するとともに、本取組の具体化を進める意向を示している4

対中抑止と並んで対露抑止を国防戦略の優先課題に位置付ける米国は18(平成30)年12月、ロシアがケルチ海峡でウクライナ艦船を拿捕し、乗員を拘束する事案が発生した直後、ピョートル大帝湾の周辺において同海域では1987(昭和62)年以来となる「航行の自由作戦」を実施したと報道されている。また、ウクライナをめぐるロシアの行動を踏まえ、NATOの安全保障への関与及び抑止力を強化するため、20会計年度国防省予算要求において、「欧州抑止イニシアティブ」5の関連予算を59億ドル計上している。

一方、米国は、安全保障政策においては、米国が提供する安全保障を享受しながら、負担の少ないことが指摘される一部の同盟国が、応分の負担を負うべきであるとの考え方のもと、NATO加盟国に対して国防費をGDPの2%以上に引き上げる目標の早期達成を求めている。

トランプ政権発足から2年が経過し、中間選挙の結果、上院では共和党、下院では民主党が多数派を占め、議会でねじれが生じたことが米国の安全保障・国防政策にどのような影響を与えるのかについて注目される。

1 安全保障認識

17(平成29)年12月に公表された国家安全保障戦略(NSS:National Security Strategy)6は、地域のパワーバランスの変化はグローバルな影響をもたらし、米国の国益を脅かし得るとの認識を示しつつ、米国、同盟国及びパートナーに対して競争をしかける主要な挑戦者として、中国及びロシアという「修正主義勢力」、イラン及び北朝鮮という「ならず者国家」、ジハード主義テロリストをはじめとする「国境を越えて脅威をもたらす組織体」、の3つを掲げている。このうち、中国及びロシアは、米国の力、影響力及び利益に挑戦し、米国の安全保障と繁栄を蝕もうとしており、北朝鮮及びイランは地域の不安定化を促し、米国及び同盟国を脅かしているとした。

また、18(平成30)年1月に公表された国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)7は、米国の安全保障上の主要な懸念は、テロではなく、中国及びロシアとの長期にわたる戦略的競争であり、中国とロシアは、米国や同盟国が築いた自由で開かれた国際秩序を害しており、独自の権威主義モデルと合致する世界を形成しようとしていることが一層明確化していると指摘している。

さらに、18(平成30)年4月にシリアのアサド政権が化学兵器を使用したと判断し、英、仏とともに実施した軍事行動8について、トランプ大統領は、化学兵器の生産・拡散・使用に対して強力な抑止力を確立することは米国の国家安全保障上の重大な利益であると述べている。

このような認識を考慮すれば、米国は、自国や同盟国の利益、国際秩序を脅かすことを試みる国家や組織を安全保障上の脅威として認識しており、トランプ政権は、中国及びロシアがもたらす脅威を優先的に対処すべき課題に位置づけるとともに、北朝鮮、イラン及び過激派組織のほか、大量破壊兵器の生産・拡散・使用がもたらす脅威にも引き続き対処する方針であると考えられる。

2 安全保障・国防戦略

トランプ大統領が策定したNSSは、「米国第一」や、国際政治では力が中心的な役割を果たすという現実主義に基づくとしつつ、過去20年間、米国が行ってきた関与や国際社会への取り込みによって、競争相手が無害な相手や信頼し得るパートナーに変わるという想定に基づく政策を変える必要があるとしている。そのうえで、競争的世界において、①米国民、本土及び米国の生活様式の保護、②米国の繁栄の促進、③力を通じた平和の維持、④米国の影響力の推進、の4つの死活的利益を守るとの戦略方針を掲げている。

また、米国の軍事力を再建し、最強の軍隊を堅持するとともに、宇宙やサイバーを含む多くの分野で能力を強化するほか、インド太平洋、欧州及び中東において力の均衡が米国を利するものになるよう努めるとしている。さらに、同盟国やパートナーは米国の偉大な力であり、緊密な協力が必要であるとしつつ、同盟国やパートナーに対し、共通の脅威に立ち向かうために意志を示し、能力面で貢献するよう求めている。なお、米国は、世界の至る所で高まりつつある政治的、経済的及び軍事的競争に対応するとする一方、唯一無二の軍事力を保有し、同盟国及び米国が持つすべての力の手段を完全に統合することで、有利な立場から、競争相手と協力できる分野を模索していくとしている。

NSSを踏まえてマティス国防長官(当時)が策定したNDSは、中国・ロシアとの長期にわたる戦略的競争を、米国の安全保障と繁栄に及ぼす脅威の大きさと脅威が増大する可能性から、国防省の主要な優先事項と位置付けている。そのうえで、競争空間を拡大するため、①決定的な攻撃力を有する戦力の構築、②同盟の強化及び新たなパートナーの獲得、③より大きな成果と予算活用のための国防省改革、の3つに取り組む方針を掲げている。

このうち、①の戦力構築においては、戦争に備えることを優先し、戦時において、1つの主要国による侵攻を打ち破り、機に便乗した侵攻が他の地域で生じることを抑止することを念頭に、機動力、抗たん性及び即応性を有し、柔軟性がある戦力態勢や運用方法を構築するほか、核戦力、宇宙・サイバー空間、C4ISR、ミサイル防衛、先進的な自律型システムなどにおける能力の近代化を推進するとしている。また、侵略を抑止する決意は示す一方、動的な戦力展開、軍事態勢及び作戦は敵に予測不可能なものとする考えを示している。また、②の同盟の強化においては、(i)相互の尊重、責任、優先順位及び説明責任という基礎を守ること、(ii)地域的な協議メカニズム及び共同計画の拡大、(iii)相互運用性の深化、の3つを重視している。一方で、防衛能力の近代化への効果的な投資を含め、相互に有益な集団安全保障に対して同盟国及びパートナーが公平な分担に貢献することを期待するとしている。

3 インド太平洋地域への関与

トランプ政権においては、インド太平洋地域を米国の優先地域と位置付け、同地域への米国のコミットメントや地域におけるプレゼンスの強化を通じ、同地域を重視する姿勢が示されている。

トランプ大統領は、17(平成29)年11月に行ったアジア歴訪において、わが国が掲げる自由で開かれたインド太平洋というビジョンに共鳴する形で、法の支配の尊重、航行の自由などの原則の遵守を重視する、自由で開かれたインド太平洋地域を促進していくことを表明するとともに、地域における同盟関係を強化することを強調した。

これに関連し、NSSは、中国がインド太平洋地域から米国を追いやり、自身に有利に地域秩序を変えようとしているとしつつ、米国の同地域へのアクセスを制限し、自らがより自由な手足を得るために計画した急速な軍事近代化の取組を進めていると強調した。そのうえで、インド太平洋地域における戦略として、海洋の自由、領有権及び海洋紛争の国際法に基づく平和的解決に対するコミットメントを強化するとしつつ、日米豪印4か国の協力や、同盟国・パートナーとの強力な防衛ネットワークの発展などを促進するとしている。同様に、NDSは、中国が軍隊の近代化、浸透工作及び略奪的経済を活用し、他国に強要する形でインド太平洋地域を自国にとって好都合になるよう再構築し、覇権を築くことを目指していると指摘したうえで、自由で開かれたインド太平洋地域は繁栄及び安全を提供するとしつつ、侵略を抑止し、安定性を維持し、共通領域への自由なアクセスを確保することが可能なネットワーク化された安全保障構造へとインド太平洋地域における同盟及びパートナーシップを強化するとしている。こうした戦略方針のもと、18(平成30)年8月のASEAN地域フォーラムでは、ポンペオ国務長官がインド太平洋地域における安全保障関係を改善するための安全保障援助として約3億ドルを供与する方針を表明した。

また、19(令和元)年6月に公表された米国防省のインド太平洋戦略報告(IPSR:Indo-Pacific Strategy Report)は、NSS及びNDSの戦略方針を受け継ぎながら、この方針をインド太平洋地域の特性に合わせて具体化している。まず、力を通じた平和の達成のためには、紛争初期からの勝利に向けて準備された戦力が必要であるとして、戦闘力の高い戦力をインド太平洋地域に配備するとともに、高烈度の軍事能力を保有する敵に備えた決定的な攻撃力などの整備に向けて優先的に投資するとしている。次に同盟やパートナーによるネットワークは、抑止などのための戦力を増強するものとしたうえで、既存の同盟やパートナーとの関係を強化しつつ、新たなパートナーとの関係を拡大・深化するとしている。さらに、米国の同盟とパートナーシップを、ルールに基づく国際秩序を維持するためのネットワーク化された安全保障構造に進化させるとの考えを示している。

中国の海洋進出をめぐる問題をめぐって、米国防省は18(平成30)年5月、中国が南沙諸島の地形において対艦ミサイル、地対空ミサイルなどを展開したとしつつ、これらの兵器システムの設置は軍事使用に限られると指摘したうえで、南シナ海におけるこうした中国の継続的な軍事拠点化に対する初期的対応として、中国海軍に対する18(平成30)年の多国間訓練「環太平洋合同演習(リムパック)」への招待を取り消した。また、ペンス副大統領は、同年10月に実施した対中政策に関する演説の中で、米艦「ディケーター」が南シナ海で「航行の自由作戦」を実施中、中国海軍艦船が同船の45ヤード(約41m)以内に接近し、衝突回避行動を余儀なくさせる事案が発生し、中国の侵略姿勢が露わになったと指摘した9。そのうえで、そのような無謀な嫌がらせにも関わらず、米海軍は、国際法が認め、国益が要求するあらゆる場所で、飛行・航行・作戦行動を継続していくとしつつ、我々は恐れをなすことはなく、後退することはないと述べた。実際に、トランプ政権において、米軍は19(令和元)年5月までの間、南シナ海で中国が主権を主張する島嶼(とうしょ)・岩礁の12海里以内やその周辺海域において、13回にわたり「航行の自由作戦」を実施した10ほか、南シナ海上空で10回にわたり爆撃機を飛行させたことが報道されている。

2018年10月4日、研究所で対中政策について講演するペンス副大統領【米国ホワイトハウス提供】

2018年10月4日、研究所で対中政策について講演するペンス副大統領【米国ホワイトハウス提供】

米国は、このような対中認識や地域戦略を踏まえ、自由で開かれたインド太平洋というビジョンに基づく取組を進めていくと考えられる。

なお、インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、米軍は、17(平成29)年1月に海兵隊仕様のF-35B戦闘機を岩国基地に配備したのに続き、同年10月にはアジア太平洋地域としては初めて空軍仕様のF-35A戦闘機を嘉手納基地に12機展開させた。また、18(平成30)年1月には、核搭載が可能なB-2爆撃機及びB-52爆撃機をグアムに展開させたほか、強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」に代わり、F-35B戦闘機を艦載可能な強襲揚陸艦「ワスプ」を佐世保に配備している11。さらに、同年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させた。このほか、同年7月、10月、11月、19(平成31)年1月、2月、3月、4月、19(令和元)年5月には、艦艇2隻をそれぞれ派遣し、台湾海峡を通過させたと報道されている。

一方、北朝鮮問題をめぐっては、トランプ政権は、核・弾道ミサイルの開発を続ける北朝鮮に対し最大限の圧力をかける取組を継続するという方針の下、外交的取組においても軍事オプションによる裏付けが重要な役割を果たすとの認識を示すとともに、北朝鮮の侵攻に対して圧倒的な力をもって対応する用意があることを明確にしていた。

そのうえで、18(平成30)年6月に史上初の米朝首脳会談が実施され、両首脳は、米朝双方が朝鮮半島における永続的で安定した平和体制の構築に向け協力するとともに、金正恩委員長が朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を明確に示したうえで、引き続き米朝間で交渉を行っていくことを確認した。この会談を受け、米国防省は、8月に予定していた米韓指揮所演習「フリーダム・ガーディアン」及び「韓国海兵隊交流プログラム12」における2回の訓練をそれぞれ停止したのに続き、米韓合同の定例飛行訓練「ヴィジラント・エース」を停止したほか、19(平成31)年3月、例年春に実施されていた米韓合同演習「キー・リゾルブ」及び「フォール・イーグル」を終結することを決定した。こうした米韓演習の停止について、シャナハン国防長官代行(当時)は、米韓の軍事活動の緊密な連携が外交的取組を引き続き後押しするとしつつ、米韓連合軍の連合防衛態勢を引き続き確保するとともに、確固たる軍事的即応性を維持するとして、在韓米軍を維持する姿勢を明確にしている。

また、同年2月、2回目の米朝首脳会談が実施されたが、米朝間の合意には至らなかった。トランプ大統領は、非核化について相互に隔たりがあった中、北朝鮮は制裁の完全な解除を求めてきたが、それには応じられなかった旨述べるとともに、引き続き制裁を維持する方針を示した。さらに、同年6月、トランプ大統領による訪韓の機会に、米朝首脳が板門店で面会し、実務レベルで対話を進めることで合意した。(3節1項5(1)(米国との関係)参照)。

4 国防分野におけるイノベーション構想

トランプ政権は、オバマ政権が掲げた第3のオフセット戦略13という名称こそ使用しなくなっているが、国防省のイノベーション構想は最優先課題の一つであると位置づけている。実際に、NSSは、伝統的な防衛産業基盤の外で発展している核心的技術を活用すべきとの方針を掲げているほか、NDSも、国防省は、修正主義国家などに対し、イノベーションで勝る必要があるとしつつ、基層的な軍事的優位を獲得するための民間技術の迅速な応用を含め、自律型人工知能や機械学習の軍事への応用に幅広く投資するとしている。

これに関連して、国防省は18(平成30)年2月、先端技術やイノベーションを通じ軍事的優位性を推進し、形勢を一変させるような投資に対する意思決定の役割を担う、研究・工学担当の国防次官ポストを新設した。当該ポストに就任したグリフィン国防次官は18(平成30)年4月、イノベーションについて議会証言を行った中で、米軍は依然として世界で最も技術的に進歩しているが、その優位性は失われつつあり、技術的優位性を再度確立し維持する必要があるとの認識を示した。そのうえで、国防省は、攻撃及び防御の両面で、自律型無人システム、人工知能、機械学習、バイオテクノロジー、宇宙技術、マイクロエレクトロニクス、サイバーなどの新技術の研究において限界に挑み続けると証言している。また、18(平成30)年6月、国防省は、人工知能を応用した能力開発を加速させることなどを目的として、統合人工知能センター(JAIC:Joint Artificial Intelligence Center)を設立しており、19(平成31)年2月に公表した「国防省人工知能(AI)戦略」では、JAICが国防省のAI戦略の中心であると位置づけている。

5 核・ミサイル防衛政策

18(平成30)年2月に公表された「核態勢の見直し」(NPR:Nuclear Posture Review)は、核の役割や規模を低減させる米国の取組に他国も続くと期待したが、中国及びロシアによる核戦力増強、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展など、前回のNPR14が公表された10(平成22)年以降、安全保障環境は急速に悪化し、これまでにない脅威や不確実性がもたらされていると指摘した。そのうえで、米国の核兵器の役割として、①核・非核攻撃の抑止、②同盟国及びパートナーに対する保証、③抑止が失敗した場合における米国の目標達成、④将来の不確実性に対するヘッジ、を掲げている。

また、米国、同盟国などの死活的な利益を守るべき極限の状況においてのみ核兵器の使用を検討するとしつつ、極限の状況には、米国及び同盟国に対する重大な非核戦略攻撃を含み得ることを明確にするとともに、先制不使用政策は採用せず、核で対応する可能性がある状況への曖昧性を保持する政策を維持する考えを示している。さらに、様々な敵対者、脅威、状況に対応して効果的に抑止を行うため、個別に対応したアプローチを適用するとともに、核の近代化や新たな核能力の開発・配備を通じ、核能力の柔軟性及び多様性を高めることにより抑止力の実効性を確保する方針を掲げている。具体的には核の3本柱15を維持しつつ換装するほか、新たな核能力として、短期的には既存の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)の一部の弾頭を改修して低出力化する16とともに、長期的には既存技術を活用して核搭載の海洋発射巡航ミサイル(SLCM:Sea-Launched Cruise Missile)を追求するほか、老朽化した核・非核両用戦術航空機(DCA:Dual-Capable Aircraft)に代わり、F-35Aに核能力を組み入れていくとしている。また、同盟国に対する拡大抑止にコミットし、必要であれば、北東アジアなど、欧州以外の地域にDCAと核兵器を前方展開する能力を維持する姿勢を示している。

なお、トランプ大統領は18(平成30)年10月、ロシアとの間で締結している中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして脱退する意向を示し、また、米国は19(平成31)年2月には、米国が脱退することを正式にロシアに通告し、ロシアが6か月の間に完全で検証可能な形で条約遵守に回帰しないのであれば、INF全廃条約は終了する旨表明した17

こうした中、ポンペオ国務長官は同年8月2日、ロシアが完全かつ検証された形でINF全廃条約の義務の遵守に回帰していないとして、同条約第15条に従う米国の脱退は効力を発生した旨公表した。また、エスパー国防長官は同日、これまで同条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型巡航・弾道ミサイルの開発を追求する旨を公表し、米国は同月18日に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型巡航ミサイルの発射実験を実施した(第4節3項1参照)18。トランプ大統領は、同条約の枠外で中距離ミサイル戦力を強化してきた中国を含めた軍備管理の必要性にも言及している。

一方、19(平成31)年1月に公表された「ミサイル防衛見直し」(MDR:Missile Defense Review)19は、北朝鮮が引き続き米国に深刻な脅威をもたらしており、核ミサイルで米本土を脅かす能力や、太平洋上の米領土、駐留米軍、同盟国を攻撃する能力を持っているとした。また、ロシアと中国は、既存のミサイル防衛システムに挑む先進的な巡航ミサイルや極超音速ミサイルを開発していると指摘した。そのうえで、MDRは、①「ならず者国家」によるミサイル脅威の先を行くこと、②海外展開米軍を防衛し、同盟国などの安全を支えること、③新たな概念・技術を追求すること、がミサイル防衛を支える原則と位置付けている。また、ミサイル防衛戦略の要素として、①包括的な防衛能力、②柔軟性・適応性、③攻撃・防御の統合と相互運用性の強化、④宇宙領域の重要性、を掲げたうえで、MDRは、①抑止、②積極的・消極的ミサイル防衛、③攻撃作戦、を組み合わせた統合化アプローチを採用する方針を示した。

このような方針のもと、本土防衛では、地上配備型迎撃ミサイル20基の23(令和5)年までの追加配備、各種レーダーの改良・配備、SM-3ブロックIIAを使用したICBM(Intercontinental Ballistic Missile)対処の追求などを通じ、ミサイル防衛能力の拡充・近代化への投資を拡大する計画を掲げている。一方、地域防衛においては、THAAD(Terminal High Altitude Area Defense)、イージス・システム及びペトリオットの各迎撃ミサイルの追加調達、BMD対応イージス艦の増強20、SM-3ブロックIIAのイージス・アショアへの搭載などを進めるとしている。また、新たな技術の追求では、極超音速滑空兵器(HGV:Hypersonic Glide Vehicle)などへの対処も見据え、宇宙配備センサー、ブースト段階における迎撃を実現するための、①指向性エネルギー兵器、②宇宙配備迎撃システム、③F-35戦闘機搭載の迎撃ミサイル、の研究・開発に取り組むほか、ICBMの複数の弾頭やデコイなどへの対処能力を向上させるため、多目標迎撃体21(MOKV:Multi-Object Kill Vehicle)に取り組む方針を打ち出している。さらに、同盟国などとの協働では、相互運用性の深化、負担共有の拡大、米国との相互運用が可能なミサイル防衛能力への同盟国による投資促進などに焦点を当てる姿勢を示している。

6 20会計年度予算

近年、米国政府の財政赤字が深刻化しており、11(平成23)年に成立した予算管理法において、21会計年度までに政府歳出を大幅に削減することが規定された22。また、13(平成25)年3月には、予算管理法の規定により、国防歳出を含む政府歳出の強制削減が開始されたが、その後、2度にわたり成立した超党派予算法により、14会計年度から17会計年度予算まで強制削減は緩和された23。さらに、トランプ政権が米軍再建のため国防歳出の強制削減を終わらせる方針を掲げる中、18(平成30)年2月にも超党派予算法が成立し、18及び19会計年度において、強制削減による上限を大幅に上回る国防予算枠が認められた24

こうした中、19(平成31)年3月に議会に提出された20会計年度予算教書における国防省予算要求においては、前年度成立比約4.9%増となる7,183億ドル25を計上した26。この中で、国防省は本予算を、①宇宙、サイバー戦闘領域への投資、②空中戦、海上戦、陸上戦における能力近代化、③迅速な技術革新、④即応性向上、を通じ、大国の侵略を抑止し、勝利するためのものと位置づけた。そのうえで、過去70年で最大の研究開発予算、過去20年で最大の艦艇建造予算を要求しているほか、次世代技術、宇宙、ミサイル、サイバーに必要な投資を行うとして、前年比15%増となる宇宙関連予算や、前年比10%増となるサイバー関連予算を要求している。また、兵力規模では、前年度比6,200人増となる133万9,500人の確保、装備品の調達では、M-1戦車改良型165両(前年度135両)、戦闘艦艇14隻(同10隻)、F-35戦闘機78機(同77機)の調達などの目標が示された。

参照図表I-2-1-1(米国の国防費の推移)

図表I-2-1-1 米国の国防費の推移

1 タリバンがアフガニスタンの国土をアルカイダやISILに利用させないことを条件に、撤退について改めて合意がなされた後、18か月以内に米軍を含む国際部隊が撤退することに大筋で合意したと報道されている。これに関し、18(平成30)年12月、ハリルザド・アフガニスタン和平担当特別代表は、重要な問題で大きな進展あったとし、ポンペオ国務長官は、米国は和平を追求し、部隊の引き揚げに真剣であることを示した。

2 米国は19(令和元)年5月、米国の部隊や利益等に対するイランの脅威に対応するためとして、空母打撃群、爆撃機部隊、輸送揚陸艦及び防空ミサイル部隊を米中央軍に追加派遣する旨公表しているほか、無人機を含む偵察部隊や戦闘機部隊等からなる1,500人規模の追加派遣を公表している。また、同年6月には、さらに約1,000人を米中央軍の要求に応じて追加派遣する旨公表している。

3 トランプ大統領は、米国の無人機が国際水域で撃墜されたことを受け、イラン側の3か所の標的を報復攻撃する準備を整えていたところ、米軍高官から予想されるイラン側の死者数が約150人との返答があり、米側の損害と釣り合わないことから、10分前に攻撃を取りやめた旨公表している。また、この代わりに、サイバー攻撃を実施した旨が報じられている。

4 北大西洋条約機構(NATO)司令部におけるエスパー国防長官代行(当時)の演説(19(令和元)年6月)

5 米国が北大西洋条約機構(NATO)の同盟国及びパートナー国に対し、安全保障及び地域統合へのコミットメントを再保証するため、欧州における米軍のプレゼンスの増加、NATO同盟国などとのさらなる二国間・多国間の訓練・演習の実施、欧州における米国装備の事前集積の強化などを行う取組。従来、「欧州再保証イニシアティブ」と呼ばれていたが、2019年度予算教書では「欧州抑止イニシアティブ」という名称に変更されている。

6 NSSは、米国の安全保障上の国益を守り、目標を達成するための政治、経済、軍事、外交政策などを包括的に示すもの。

7 NDSは、大統領と国防長官に最大限の戦略的柔軟性を与え、要求に見合う戦力構成を決定し、直近の国家安全保障戦略を支えるもの。

8 米東部時間18(平成30)年4月13日(日本時間14日)、米国はフランス及び英国と共同でシリア政権の化学兵器関連拠点3か所を攻撃し、米国防省は使用された巡航ミサイル計105発は全て目標を攻撃したと確信していると発表した。このうち米軍は、駆逐艦2隻、巡洋艦1隻、攻撃原潜1隻からそれぞれトマホーク30発、30発、6発を発射したほか、B-1B戦略爆撃機2機からJASSM19発を発射した。

9 ペンス副大統領は、このほか、中国の軍拡、西太平洋から米国を追放する試み、尖閣諸島周辺での常態的な監視活動や南シナ海における軍事拠点化を指摘するとともに、中国が強制的な技術移転、知的財産窃盗などを行っているとしたほか、治安機関が軍事技術などの大規模窃取を首謀しているとした。また、借金外交による影響力拡大の例として、中国が投資し、返済不能となったスリランカの港湾が、今後、中国の海軍基地となる可能性に言及したほか、中国がラテンアメリカ諸国3か国に対して、台湾と断交し中国政府を承認するように説得したことについて、台湾海峡の安定を脅かすものであり、米国は、かかる行動を非難するとした。そのうえで米国は、中国政府との関係改善を望みながらも、米国の安全保障及び経済のために強い態度と断固とした行動をとり続けるほか、インド太平洋における米国の利益を主張し続けることを明確にした。

10 トランプ政権においては、17(平成29)年5月、7月、8月、10月、18(平成30)年1月、3月、5月、9月、11月、19(平成31)年1月、2月、19(令和元)年5月(2回)それぞれ「航行の自由作戦」を実施したとされている。
なお、オバマ前政権においては、15(平成27)年10月、16(平成28)年1月、5月、10月、それぞれ「航行の自由作戦」を実施した。

11 19(平成31)年4月、米海軍は、F-35Bを艦載機として運用することのできる強襲揚陸艦「アメリカ」とともに、ドック型輸送揚陸艦「ニューオリンズ」を佐世保に配備することを公表した。また、佐世保に配備されている強襲揚陸艦「ワスプ」が整備のため、そして横須賀に配備されている駆逐艦「ステザム」が改修のため、それぞれ米本土に戻ることが合わせて公表されている。

12 「韓国海兵隊交流プログラム」(KMEP:Korean Marine Exchange Program)は、沖縄に駐屯する米海兵隊及び韓国海兵隊が毎年定期的に行う合同訓練。18(平成30)年にKMEPにより計画された訓練は合計19回で、同年6月22日時点ですでに11回が実施済みであったとされる。

13 米国の「第3のオフセット戦略」とは、敵の有する能力と異なる非対称的な手段を獲得することにより、相手の能力をオフセット(相殺)する考え方に基づくものであり、これまでに①核兵器の抑止力(1950年代)、②精密誘導・ステルス技術(1970年代)といった2つの時代があったとされる。14(平成26)年11月、ヘーゲル国防長官(当時)はイノベーションにより軍事的優位を達成することを目的として国防イノベーション構想(DII)を発表し、これが第3のオフセット戦略へと発展することを期待する旨述べた。

14 10(平成22)年に公表されたNPRは、核兵器のない世界を目指し、米国の核兵器の役割の低減、低減された核戦力レベルでの戦略的抑止と安定の維持などの目標を提示していた。

15 核の3本柱は、「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦(SSBN)」及び「戦略爆撃機B-52及びB-2」からなる。

16 エネルギー省国家核安全保障局は19(平成31)年2月、SLBMに搭載するための低出力化核弾頭W76-2の最初の生産を完了したと発表している。同弾頭は、19会計年度末までに初期運用能力を獲得し海軍に引き渡される予定となっている。

17 エスパー国防長官代行(当時)は19(令和元)年6月、同年8月2日までにロシアがINF全廃条約の遵守に回帰しない限り、条約は終了する旨述べている。なお、1991(平成3)年のソ連崩壊後、条約対象国が米国、ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、トルクメニスタン、ウクライナ及びウズベキスタンに拡大しているが、INF全廃条約第15条によれば、脱退通告は全条約締約国に対して行う必要がある。

18 エスパー国防長官は、19(令和元)年8月2日付の声明で、米国はINF全廃条約を順守しつつも、初期段階のものとして、可動式、通常型かつ地上発射型の巡航及び弾道ミサイルの研究・開発を2017年から開始した旨述べている。なお、19(平成31)年3月には、国防省が通常弾頭の地上発射型の巡航及び弾道ミサイルの研究・開発を2017年から開始した旨述べている。なお、19(平成31)年3月には、国防省が通常弾頭の地上発射型ミサイルの開発に向け、開発実験を支える部品の製造活動を開始すると表明したことが報じられたほか、同条約で規制されている射程約1,000kmの通常弾頭型巡航ミサイル及び射程3,000~4,000kmの通常弾頭型弾道ミサイルの発射実験を同年8月及び11月にそれぞれ計画していることが報じられた。また、エスパー国防長官は8月、新たに開発する地上発射型の巡航及び弾道ミサイルについて、実際の保有までに数年間を要することになる旨述べている。

19 トランプ大統領がNPRと並んで策定するよう指示していた「弾道ミサイル防衛の見直し」については、弾道ミサイルのほか、先進的な巡航ミサイルや極超音速兵器などによるミサイル脅威が拡大していることを踏まえ、「ミサイル防衛見直し」として策定された。

20 MDRはBMD対応イージス艦を23(令和5)年までに38隻から60隻まで増強するとしている。

21 多目標迎撃体開発計画は、目標識別能力を高めるとともに、1発の迎撃ミサイルに複数の迎撃体を搭載可能にすることで複数の目標を破壊する能力を開発することによって、迎撃ミサイルの性能を向上させるもの。

22 12(平成24)年1月、国防省は、同法の成立を踏まえた具体的な国防歳出削減額が、12会計年度から21会計年度までの10年間で約4,870億ドル(13会計年度から17会計年度までの5年間で約2,590億ドル)に上ることを発表した。

23 2013年超党派予算法の成立で、14及び15会計年度の国防予算の上限はそれぞれ220億ドル及び90億ドル引き上げられ、2015年超党派予算法の成立で、16及び17会計年度の国防予算の上限はそれぞれ250億ドル及び150億ドル引き上げられた。

24 2018年超党派予算法の成立で、18及び19会計年度の国防予算の上限はそれぞれ800億ドル及び850億ドル引き上げられた。

25 内訳は、基本予算約5,445億ドル、海外作戦経費(基本予算充当分)約979億ドル、海外作戦経費約667億ドル、緊急経費約92億ドル。19会計年度成立予算の水準からは約333億ドル増

26 国防省の予算要求約7,183億ドルに加え、他省庁(エネルギー省の核関連プログラム等)の国防関連の予算要求約317億ドルを含めた2020年度の国防予算要求の総額は約7,500億ドル。