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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第2節 わが国周辺国などの軍事動向

わが国周辺には、質・量に優れた軍事力を有する国家が集中し、軍事力のさらなる強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著となっている。

また、わが国を含むインド太平洋地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、安全保障観、脅威認識も各国によって様々であることなどから、安全保障面の地域協力枠組みは十分制度化されておらず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。

朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南シナ海をめぐる問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。

これに加えて、近年では、領土や主権、経済権益などをめぐる、純然たる平時でも有事でもない、いわゆるグレーゾーンの事態が国家間の競争の一環として長期にわたり継続する傾向にあり、今後、さらに増加・拡大していく可能性がある。こうしたグレーゾーンの事態は、明確な兆候のないまま、より重大な事態へと急速に発展していくリスクをはらんでいる。

(1)米国

米国は、依然として世界最大の総合的な国力を有しているが、あらゆる分野における国家間の競争が顕在化する中で、世界的・地域的な秩序の修正を試みる中国やロシアとの戦略的競争が特に重要な課題であるとの認識を示している。

米国は、軍事力の再建のため、技術革新などによる全ての領域における軍事的優位の維持、核抑止力の強化、ミサイル防衛能力の高度化などに取り組んでいる。また、同盟国やパートナー国に対しては、防衛のコミットメントを維持し、戦力の前方展開を継続するとともに、責任分担の増加を求めている。さらに、インド太平洋地域を優先地域と位置付け、同盟とパートナーシップを強化するとの方針を掲げている。

また、米国をはじめとする北大西洋条約機構(NATO)加盟国は、力を背景とした現状変更や「ハイブリッド戦」に対応するため、戦略の再検討などを行うとともに、安全保障環境の変化などを踏まえ、国防費を増加させてきている。

(2)中国

中国は、今世紀中葉までに「世界一流の軍隊」を建設することを目標に、透明性を欠いたまま、高い水準で国防費を増加させ、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。また、宇宙・サイバー・電磁波という、現代の軍事オペレーションに不可欠となっている新たな領域の能力強化にも取り組んでいる。さらに、ミサイル防衛を突破するための能力や揚陸能力の向上を図っている。このような軍事能力の強化は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する軍事能力、いわゆる「接近阻止/領域拒否」(「A2/AD」)能力の強化や、より遠方での作戦遂行能力の構築につながるものである。これらに加え、国防・科学技術・工業の軍民融合政策を推進するとともに、軍事利用が可能とされる先端技術の開発・獲得に積極的に取り組んでいる。

KEY WORDいわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力とは

米国によって示された概念で、アクセス(接近)阻止(A2:Anti-Access)能力とは、主に長距離能力により、敵対者がある作戦領域に入ることを阻止するための能力を指す。また、エリア(領域)拒否(AD:Area-Denial)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵対者の行動の自由を制限するための能力を指す。A2/ADに用いられる兵器としては、例えば、弾道ミサイル、巡航ミサイル、対衛星兵器、防空システム、潜水艦、機雷などがあげられる。

中国は、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした一方的な現状変更を試みるとともに、東シナ海をはじめとする海空域において、軍事活動を拡大・活発化させている。わが国固有の領土である尖閣諸島周辺においては、わが国の強い抗議にもかかわらず公船による断続的な領海侵入や海軍艦艇による恒常的な活動などを行っている。中国は従来から、海洋権益の保護を目的として、海軍と海上法執行部門の連携強化の方針を掲げてきており、18(平成30)年7月には、尖閣諸島周辺のわが国領海への侵入を繰り返す公船が所属する海警部隊が、中央軍事委員会の一元的指揮を受ける武装警察に編入されるなど、軍と海上法執行機関との間では連携が強化されているとみられる。

中国は太平洋や日本海においても軍事活動を拡大・活発化させており、特に、太平洋への進出は近年高い頻度で行われ、その経路や部隊構成が多様化している。南シナ海においては、大規模かつ急速な埋立てを強行し、その軍事拠点化を進めるとともに、海空域における活動も拡大・活発化させている。

こうした中国の軍事動向などについては、国防政策や軍事力の不透明性とあいまって、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっており、今後も強い関心を持って注視していく必要がある。中国には、地域や国際社会において、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが強く期待される。

(3)北朝鮮

北朝鮮は、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を行い、同時発射能力や奇襲的攻撃能力などを急速に強化してきた。また、核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる。北朝鮮は、朝鮮半島の完全な非核化に向けた意思を表明し、核実験場の爆破を公開するなどの動きは見せたものの、全ての大量破壊兵器及びあらゆる弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄は行っておらず、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は生じていない。

また、北朝鮮は、非対称的な軍事能力1として、サイバー領域について、大規模な部隊を保持するとともに、軍事機密情報の窃取や他国の重要インフラへの攻撃能力の開発を行っているとみられる。これらに加え、大規模な特殊部隊を保持している。

このような北朝鮮の軍事動向は、我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であり、地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものとなっている。国際社会も、国際連合安全保障理事会決議において、北朝鮮の核及び弾道ミサイル関連活動が国際の平和及び安全に対する明白な脅威であるとの認識を明確にしている。

また、拉致問題については、引き続き、米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。

(4)ロシア

ロシアは、軍の即応態勢の強化や新型装備の開発・導入を推進すると同時に、国際的地位の確保や米国との核戦力の均衡に加え、通常戦力の劣勢を補う観点から核戦力の近代化を重視していると考えられる。

また、北極圏、欧州、米国周辺、中東に加え、北方領土を含む極東においても軍事活動を活発化させる傾向にある。具体的には、ロシアは、自らの勢力圏とみなすウクライナにおいていわゆる「ハイブリッド戦」を展開して、力を背景とした現状変更を行ったことから、欧州諸国が強く懸念するのみならず、アジアを含めた国際社会全体に影響を及ぼし得るグローバルな問題と認識されている。また、ロシアは、シリアのアサド政権を擁護するかたちでシリア内戦への介入を行うなど、国際的影響力拡大を企図した動きをみせている。

極東においては、ロシア軍機に対する緊急発進回数は高い水準で推移し、ロシア軍による大規模な演習も行われているほか、北方領土への地対艦ミサイル配備を発表し、択捉島への戦闘機の配備開始が報じられるなど、軍備の強化を図っている。こうしたことから、ロシア軍の動向を引き続き注視していく必要がある。

このように、一層厳しさを増す安全保障環境にあるアジア太平洋地域においては、その安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国、オーストラリア、韓国などの各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留やローテーション展開している。独自の主張に基づく力を背景とした一方的な現状変更に対しては、法に基づく既存の国際秩序を守るため、域内各国を中心に国際社会において連携していくことが重要である。

また、域内各国間の具体的かつ実践的な連携・協力関係の充実・強化が図られてきており、特に人道支援・災害救援など、非伝統的安全保障分野を中心に進展がみられる。さらに、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス:ASEAN Defence Ministers' Meeting)や東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)、民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。

参照図表I-1-2-1(わが国周辺における主な兵力の状況(概数)

図表I-1-2-1 わが国周辺における主な兵力の状況(概数

1 ここでいう非対称的な軍事能力とは、通常兵器を中心とした一定の軍事能力を保有又は使用する相手に対抗するための、例えば、大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ、サイバー攻撃といった、相手と異なる攻撃手段を指す。