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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 各国の安全保障・国防政策

1 インドネシア

インドネシアは世界最大のイスラム人口を抱え、広大な領土、領海及び海上交通の要衝を擁する東南アジア地域の大国である。現在、インドネシアは、国外からの差し迫った軍事的脅威は認識していないが、国内においては、ジェマ・イスラミーヤ(JI:Jemaah Islamiyah)などのイスラム過激派の活動2やパプア州の分離独立運動などの懸念事項を抱えている。

14(平成26)年10月に就任したジョコ・ウィドド大統領は「海洋国家構想」を掲げ、海洋文化の復興や海洋外交を通じた領有権問題などへの対処及び海上防衛力の強化などを目指している。

インドネシアは国軍改革として、「最小必須戦力(MEF:Minimum Essential Force)」と称する最低限の国防要件を達成することを目標とし、今後4年間で当該戦力の構築を目指しているが、特に海上防衛力が著しく不十分であるとの認識が示され3、国防費の増額とともに、南シナ海のナツナ諸島などへの戦力配備を強化する方針を表明している4。また、対テロの取組として、国軍に統合特別任務部隊を設置5したほか、関連する演習の実施などを通じ、対応能力向上を目指している。なお、インドネシアでは、近年、大規模テロは生起していなかったが、16(同28)年1月、ジャカルタ中心部で複数の死傷者を伴う爆破テロが発生した6

インドネシアは、東南アジア諸国との連携を重視し、独立かつ能動的な外交を展開するとしている。また、米国との関係においては、軍事教育訓練や装備品調達の分野で協力関係を強化しており、「CARAT(Cooperation Afloat Readiness and Training)」7や「SEACAT(Southeast Asia Cooperation Against Terrorism)」8などの合同演習を行っている。15(同27)年10月には、ジョコ大統領が訪米し、両国間の包括的パートナーシップの強化について協議したほか、国防長官・国防大臣間で同時期に行われた包括的な防衛協力に関する共同声明の署名を歓迎した9

中国とは、11(同23)年から両国軍の特殊部隊による対テロ演習「利刃(りじん)」を、13(同25)年からは両国空軍空挺部隊による「空降利刃(くうこうりじん)」を実施している。15(同27)年3月には、ジョコ大統領は国賓として中国を訪問し、習近平国家主席との間で、包括的な戦略パートナーシップでの枠組みにおける両国の関係強化を確認した。

参照I部2章5節3項(オーストラリアの対外関係)III部2章1節4項6((1)インドネシア)

2 マレーシア

東南アジアの中央に位置するマレーシアは、自国と近隣諸国には共通する戦略的利益があるとしている。現在、マレーシアは、国外からの差し迫った脅威は認識していないが、軍はあらゆる軍事的脅威に対して即応能力を保持するべきとしており、国防政策においては、「独立」、「全体防衛」、「5か国防衛取決め(FPDA:Five Power Defence Arrangements)10の遵守」、「世界平和のための国連への協力」、「テロ対策」及び「防衛外交」を重視している。米国との間では、「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行うとともに、海洋安全保障分野での能力構築を含めた軍事協力を進めている11

中国とは、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立しているが、経済面を中心に両国の結びつきは強く、要人の往来も活発である。マレーシアと中国は、15(同27)年9月にマラッカ海峡で二国間共同による初の実動演習「平和友誼(Peace and Friendship)2015」を実施した。さらに、同年11月、中国海軍司令員がマレーシアを訪問した際、コタキナバル港を中国海軍艦艇が寄港地として使用することに合意したとされる12。一方、昨今、マレーシアが領有権を主張する南ルコニア礁周辺において中国の公船が錨泊などを続けていることに関連して、マレーシア側は、海軍及び海洋法執行機関により24時間態勢で監視を行い、断固として主権を防衛する意思を表明している。また、マレーシアは、近年、海上防衛力の強化に加えて、13(同25)年10月、ジェームズ礁や南ルコニア礁に近いビントゥルに新たな海軍基地を建設する旨発表するなど東マレーシアの防衛態勢の強化に努めている13

参照III部2章1節4項6((9)マレーシア)

3 ミャンマー

ミャンマーは、国際社会におけるパワーバランスの変化の担い手である中国及びインドと国境を接し、また、南アジアと東南アジアの境界にも位置することなどから、その戦略的な重要性が指摘されている。ミャンマーは、1988(昭和63)年に社会主義政権の崩壊以降、国軍が政権を掌握してきた。しかし、軍事政権に対する欧米諸国による経済制裁にともなう経済の低迷と国際社会における孤立を背景に、03(平成15)年に民主化へのロードマップ14が発表され、11(同23)年3月のテイン・セイン政権発足を経て、民主化へのロードマップは終了した。さらに、民政移管後初めて行われた15(同27)年11月の総選挙では、アウン・サン・スー・チー議長率いる国民民主連盟(NLD:National League for Democracy)が勝利した15。16(同28)年3月に行われた国会での大統領選出を経て、同3月、ティン・チョー氏が大統領に就任し新政権が発足した。

前テイン・セイン政権以降、ミャンマー政府は政治犯の釈放、少数民族16との停戦合意など、民主化への取組を活発に行っており、これらの取組に対し、国際社会も一定の評価を見せ、米国をはじめとする欧米各国は、ミャンマーに対する経済制裁の緩和を相次いで実施している。また、新政権の発足に対して米国などは、民主化の進展を歓迎する声明を発出し、今後の政権運営に対する期待が示されている。

一方、少数民族との停戦に向けた取組としては、15(同27)年10月、政府が交渉を進めてきた少数民族武装勢力16組織のうち8組織との間で全国的停戦合意が署名されたが、8組織は停戦合意への署名に拒否しているほか、交渉に加わっていない署名対象外組織との間でも戦闘が散発するなど、依然として新政権にとって課題が残されている。

さらに、前政権以前の時期も含めて核や北朝鮮との軍事関係などの懸念事項も指摘されている17ほか、12(同24)年から発生しているイスラム系住民ロヒンギャと仏教徒の衝突がミャンマーの民主化に与える影響について、国際社会に懸念が広まった。ロヒンギャの問題をめぐっては、15(同27)年以降、マラッカ海峡周辺で約7,000人の漂流が問題となり、関係国による対応協議を経て、マレーシアやインドネシアなどが将来的な帰還を条件に一時的な受入を認めることとなった。しかし、ミャンマー側はロヒンギャが自国民であることを認めておらず、ロヒンギャの無国籍という法的地位が問題をより複雑にしている。

外交政策においては、ミャンマーは独立・非同盟を原則に掲げている。一方、ミャンマーにとって、中国は軍政時代からの特に重要なパートナーであると考えられ、中国から経済面の支援を受けており、ガスパイプライン、港湾建設なども行われている。軍事面においても中国が主要な装備品の調達先となっているとみられるほか、14(同26)年6月には、テイン・セイン前大統領が訪中し、防衛実務、法執行・安全保障などの分野での協力強化で合意した。15(同27)年6月には、NLDのアウン・サン・スー・チー議長が訪中し、習近平主席との会談において両国の友好関係を発展させることで一致している。また、ミャンマーは、インドとも経済面及び軍事面において協力関係を強化させている。

参照III部2章1節4項6((7)ミャンマー)

4 フィリピン

フィリピンは、国境を越える犯罪などの非伝統的脅威を含む、新たな安全保障上の課題に直面していると認識している。一方、南シナ海をめぐる領有権問題や国内における反政府武装勢力によるテロ活動といった、長年にわたり直面している課題が、安全保障上の主な懸念事項であるとしている。6年ぶりとなる16(同28)年5月に行われた大統領選挙では、ロドリゴ・ドゥテルテ氏が当選した。

フィリピン国内の治安をめぐる問題として、特に、モロ・イスラム解放戦線(MILF:Moro Islamic Liberation Front)とは約40年にわたり武力衝突を繰り返してきたが、国際監視団(IMT:International Monitoring Team)18の活動などにより、「バンサモロ包括合意」の署名やMILFの一部武装解除など、和平プロセスが進展しつつある19。一方、和平協議に反対する武装勢力と政府軍や国家警察との間で軍事衝突が発生20しており、実質的な和平に至るまでには時間を要するとみられる。

歴史的に関係の深いフィリピンと米国は、米比同盟をアジア太平洋地域の平和と安定及び繁栄の支えであるとしている。1992(同4)年に駐留米軍が撤退した後も、相互防衛条約及び軍事援助協定のもと、両国は協力関係を継続してきた21。両国は大規模演習「バリカタン」を00(同12)年以降毎年行っているほか、「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行っている。15(同27)年11月、フィリピンを訪問したオバマ大統領は、マニラ湾を視察した際、同盟国としての従来からの安全保障協力の更なる強化と拡大を推進していくとして、装備協力、沿岸警備の能力構築、共同演習を含む分野への支援を表明した。

また、両国が14(同26)年4月に署名したフィリピン軍の能力向上、災害救援などでの協力強化を目的とした、「防衛協力強化に関する協定(EDCA:Enhanced Defense Cooperation Agreement)」22について、16(同28)年1月にフィリピン最高裁により合憲の判断が示された。同月、両国は外務・防衛閣僚級(2+2)協議をワシントンで行い、南シナ海問題や防衛協力強化の方法などについて協議した。同年3月、両国はEDCAに基づき防衛協力を進める拠点として5か所に合意し、さらに同年4月には、南シナ海における共同パトロールの継続的な実施やクラーク空軍基地への米軍航空機などの定期的な派遣を表明した23。今後、EDCAに基づき、フィリピン国内での米軍のローテーション展開等のための施設整備などの具体的な取組が進められていくとみられ、同国における米軍プレゼンス強化の観点から、その動向が注目される。

南シナ海上、オスプレイ機上で握手する米比国防相(背後は空母ステニス)(16(平成28)年4月15日)【米海兵隊提供】の画像

南シナ海上、オスプレイ機上で握手する米比国防相(背後は空母ステニス)
(16(平成28)年4月15日)【米海兵隊提供】

中国とは、南シナ海の南沙諸島やスカボロー礁の領有権などをめぐり主張が対立している。近年、両国は領有権主張のための活動を活発化させており、相手国の活動や主張に対し、互いに抗議の表明を行っている。こうした中、フィリピンは国際法による解決を追求するため、13(同25)1月、中国を相手に国連海洋法条約に基づく仲裁裁判手続を開始しており、こうした平和的解決を目指す動きに対しては、米国を始め多くの国から支持を集めており、仲裁裁判所は16(同28)年7月に最終的な判断を下した。

参照I部2章6節4項(南シナ海における領有権等をめぐる動向)

参照III部2章1節4項6((4)フィリピン)

5 シンガポール

国土、人口、資源が限定的なシンガポールは、グローバル化した経済の中で、その存続と発展を地域の平和と安定に依存しており、国家予算のうち国防予算が約5分の1を占めるなど、国防に高い優先度を与えている。

また、シンガポールは、国防政策として「抑止」と「外交」を二本柱に掲げている。

シンガポールは、ASEANやFPDA24の協力関係を重視しているほか、域内外の各国とも防衛協力協定を締結している。地域の平和と安定のため、米国のアジア太平洋におけるプレゼンスを支持しており、米国がシンガポール国内の軍事施設を利用することを認めている。13(同25)年以降、米国の沿海域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)のローテーション展開が開始25されたほか、15(同27)年12月、米軍のP-8哨戒機が初めて約1週間にわたり同国へ展開され、両国は今後も定期的に同様の展開が継続されていくとしている26。このほか、米国と「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行っている。

その一方で、中国とは、要人の往来も活発であり、14(同26)年11月には、ウン・エン・ヘン国防相が訪中し、常万全国防部長との会談で、防衛協力の発展、共同訓練の促進などで合意したほか、15(同27)年11月に習近平・中国国家主席がシンガポールを訪問している。15(同27)年5月には、初の二国間海軍合同演習として「中星協力2015」を実施した。

参照III部2章1節4項6((3)シンガポール)

6 タイ

タイは、国防政策として、ASEAN・国際機関などを通じた防衛協力の強化、政治・経済など国力を総合的に活用した防衛、軍の即応性増進や防衛産業の発展などを目指した実効的な防衛などを掲げている。タイ南部では、分離・独立を求めるイスラム過激派による襲撃、爆弾事件などが頻発しており、政府は、南部における人民の生命及び財産に対する平和と安全の迅速な回復を緊急課題に挙げている。

13(同25)年8月、与党による下院議会への「大赦法案」27提出をめぐり、首都バンコクを中心に大規模な反政府デモが発生し、同年12月に下院が解散され、14(同26)年1月には「非常事態宣言」が発出された。

同年5月、全国に戒厳令が布かれた後、軍中心の勢力が政変を起こし、国家の全権を掌握した。その後、プラユット陸軍司令官(当時)は、自らを議長とする国家平和秩序維持評議会を設立し、同年8月、暫定首相に選出された。同政権は民政移管に向けたロードマップに基づき、14(同26)年10月に改革会議及び憲法起草委員会を順次立ち上げ、新憲法下での総選挙実施及び新政権への移行を目指している。一方、15(同27)年9月、新憲法草案が改革会議により否決された結果、新憲法草案の国民投票が16(同28)年8月に予定されることにより、総選挙の実施が17(同29)年以降にずれ込む見通しである。

15(同27)年8月、タイの首都バンコクでは連続爆発事件が発生し、外国人を含む20人が死亡するなど多数の死傷者が出た28。また、タイは、ミャンマーやカンボジアなどの隣国との間で国境未画定問題を抱えている。

タイは、柔軟な全方位外交政策を維持しており、東南アジア諸国との連携や、わが国、米国、中国といった主要国との協調を図っている。同盟国29である米国とは、1950(昭和25)年に軍事援助協定を締結して以降、協力関係を維持し、1982(同57)年より多国間共同訓練「コブラ・ゴールド」を行っているほか、「CARAT」や「SEACAT」などの合同演習を行っている30

中国とは、両国海兵隊による「藍色突撃」や、両国空軍による「鷹撃」31などの共同訓練を行っているほか、12(平成24)年4月には多連装ロケットランチャーの共同開発で合意するなど、軍事交流も進めている。

参照III部2章1節4項6((5)タイ)

7 ベトナム

ベトナムは、多様かつ複雑な安全保障上の課題に直面していると認識しており、南シナ海における問題が自国の海上活動に深刻な影響を与えているほか、海賊やテロなどの非伝統的脅威も懸念事項であるとしている。

ベトナムは、冷戦期においては旧ソ連が最大の支援国であり、02(同14)年までロシアがカムラン湾に海軍基地を保有していたが、旧ソ連の崩壊後、米国と国交を樹立するなど、急速に外交関係を拡大させた。現在、ベトナムは全方位外交を展開し、全ての国家と友好関係を築くべく、積極的に国際・地域協力に参加するとしており、14(同26)年5月のPKOセンター開設や同年6月からの国連PKOへの要員派遣開始に続き、今後、派遣規模を段階的に増加させていくことを表明するなど、国際社会への貢献に努力する姿勢がみられる。

16(同28)年1月にベトナム共産党大会が5年ぶりに開催され、グエン・フー・チョン書記長の留任などを決定し新指導部が発足した32。2期目となったチョン書記長は、今後5年間の主要任務として、党建設の強化、政治改革、国家近代化の加速、国家の独立・主権・統一及び領土の一体性維持などを示している。

米国とは、近年、米海軍との合同訓練や米海軍艦艇のベトナム寄港など、軍事面において関係を強化している33。15(同27)年6月には、ベトナムを訪問したカーター米国防長官とタイン国防相との間で、協議・対話の促進や海洋安全保障に取り組むとの内容を含む共同声明が署名34されたほか、同年7月、ベトナム共産党書記長として初めて訪米したチョン書記長がオバマ大統領と会談し、防衛分野として海洋安全保障協力、防衛装備品の取引、防衛科学技術の移転等の協力を継続することが確認された35。さらに16(同28)年6月、ベトナムを訪問したオバマ大統領はベトナムに対する武器禁輸を完全に解除する旨発表した。

ロシアとは、国防分野での協力を引き続き強化しているほか、13(同25)年3月には、ショイグ国防大臣がベトナムを訪問し、カムラン湾の艦船補給施設などの共同建設に合意している。また、14(同26)年には、ロシアのIL-78空中給油機が、同国のTu-95MS戦略爆撃機への給油に向けた飛行のため、カムラン国際空港に初めて着陸36するなど、両国間には新たな軍事協力の動きもみられる。近年では、原子力発電などのエネルギー分野での協力も推進しているほか、ベトナムはその装備品をほぼロシアに依存している。

参照I部2章4節5項2(アジア諸国との関係)

中国とは、包括的な戦略的協力パートナーシップ関係のもと、政府高官の交流も活発であるが、南シナ海における領有権問題などをめぐり主張が対立している。15(同27)年4月には、チョン共産党書記長が3年半ぶりに訪中し、習近平国家主席との会談後、両軍の交流・協力の強化や意見の食い違いが問題とならないよう管理していくなどの内容を含む共同声明37を発出した。また、同年11月には、習近平国家主席がベトナムを訪問し、海上における意見の相違を適切に処理することで一致したほか、南シナ海問題を当事国間で平和的に解決することなどを盛り込んだ共同声明に署名した。

インドとは、安全保障や経済など広範な分野において協力関係を深化させている。防衛協力については、ベトナム海軍潜水艦要員や空軍パイロットに対する訓練をインド軍が支援していると指摘されているほか、インド海軍艦艇によるベトナムへの親善訪問も行われている。さらに、15(同27)年5月にタイン国防相が訪印した際、同年から5年間の防衛協力に関する共同声明38に署名した。また、インドは南シナ海で石油・天然ガスの共同開発を行うなど、ベトナムとのエネルギー分野での協力も推進している。

参照I部2章6節4項(南シナ海における領有権等をめぐる動向)

参照III部2章1節4項6((2)ベトナム))

2 細部はI部3章1節3項の「拡散する国際テロリズムをめぐる動向」を参照。

3 14(平成26)年10月、ムルドコ国軍司令官が今後4年間でMEFを達成させる目標に対し、現時点では38%しか到達していないと発言したほか、マルセティオ海軍参謀長も、自国の海上防衛能力は著しく不十分であり、潜水艦12隻とフリゲート16隻が必要であると発言している。

4 15(平成27)年12月15日、リャミザルド国防相は、「違法操業や不法侵入など、あらゆる脅威に備える」ことを目的に、ナツナ諸島に戦闘機の1個飛行隊と小型艦艇を配備するほか、現在800人とする駐留部隊の規模を、空軍特殊部隊を含む2,000人規模へ増員する方針を表明したとされる。

5 15(平成27)年6月9日、ムルドコ国軍司令官により編成された統合特別任務部隊は、対テロ訓練を受けた陸・海・空軍の人員により構成され、西ジャワ州のスントゥールを拠点とし、24時間出動可能な態勢をとるとされる。

6 16(平成28)年1月14日、ジャカルタ中心部で複数の爆発及び銃撃が発生し、実行犯4名を含む8名が死亡、20名以上が負傷した。ISILインドネシア支部が犯行声明を発出している。

7 米国が、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ及び東ティモールとの間で行っている一連の二国間演習の総称である。

8 米国が、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール及びタイとの間で行っている対テロ合同演習である。

9 15(平成27)年10月26日、リャミザルド国防大臣が訪米した際にカーター米国防長官との間で署名された包括的な防衛協力に関する共同声明は、海洋、平和維持、HA/DR、国防近代化及び国家を跨ぐ脅威への対応の5つを柱とする。また、15(同27)年11月、オバマ大統領が東南アジア諸国に対する支援強化の方針を表明した際、インドネシアに対して沿岸警備や情報・監視・偵察(ISR)能力構築等の協力を拡大させるとして、16(同28)年までの2年間に2,100万ドルの支援を行うことに言及した。

10 1971(昭和46)年発効。マレーシアあるいはシンガポールに対する攻撃や脅威が発生した場合、オーストラリア、ニュージーランド、英国がその対応を協議するという内容。5か国はこの取決めに基づいて各種演習を行っている。

11 15(平成27)年11月、ヒシャムディン国防相は、同国を訪問したカーター米国防長官とともに、南シナ海において米空母を乗艦視察した。また、同月、オバマ大統領が東南アジア諸国に対する支援強化の方針を表明した際、16(同28)年までの2年間に250万ドルの支援を行うことに言及した上で、マレーシアへの港湾警備、共同訓練等の協力拡大を表明した。

12 15(平成27)年11月9日から11日の間、中国海軍司令員・呉勝利海軍上将がマレーシアを訪問し、マレーシア国防副大臣や海軍司令官等と会談した際、両軍関係の発展や各方面での実務協力の推進等が合意されたほか、防衛協力の一環として、マレーシア・サバ州のコタキナバル港を中国艦艇が寄港地として使用する旨が合意されたとされる。

13 14(平成26)年10月、ナジブ首相は、ホーク軽攻撃機をマレー半島から南シナ海に面するラブアン航空基地へ部隊移転させるほか、カリマンタン島北東部サバ州に位置するラハダトゥ飛行場の滑走路整備について発表している。

14 国民議会の再開、民主化に必要なプロセスの段階的実施、憲法草案の起草、憲法制定の国民投票、総選挙、下院の初招集及び新政権発足の7段階からなる。

15 15(平成27)年11月8日に行われた総選挙では、20日にミャンマー連邦選挙管理委員会の結果発表により、改選議席491議席に対して、国民民主連盟(NLD)が390議席を獲得、与党の連邦団結発展党(USDP:Union Solidarity and Development Party)は41議席にとどまる結果が確定した。

16 ミャンマーは、人口の約30%が少数民族であり、一部の少数民族は、ミャンマー政府に分離独立などを主張している。1960年代、ミャンマー政府は、強制労働、強制移住など人権侵害に及ぶ抑圧政策を行い、少数民族武装勢力と武力衝突が生起した。

17 テイン・セイン大統領は、12(平成24)年5月の韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)との会談において、北朝鮮との武器取引について、過去20年間にある程度は行ったことを認めたうえで、今後は行わないと表明し、一方、核開発については北朝鮮との協力関係を否定したと伝えられている。また、フラ・ミン国防大臣(当時)は、同年6月の第11回IISS(International Institute for Strategic Studies)シャングリラ会合(アジア安全保障会議)において、前政権下において学術的な核関連研究を始めようとしていたが、新政権発足とともに研究を断念しており、北朝鮮との政治的・軍事的関係も停止していると明らかにしたと伝えられている。

18 マレーシア、ブルネイ、インドネシア、日本、ノルウェー及びEUがIMTに参加している。(15(平成27)3月現在)

19 12(平成24)年10月、ミンダナオ和平の最終合意の実現に向けた「枠組み合意」が署名され、14(同26)年1月には、MILFの武装解除に合意している。同年3月に署名された「バンサモロ包括合意」は、基本法の制定、管轄領域を画定するための住民投票の実施、ムスリム・ミンダナオ自治地域の廃止及び暫定移行機関の設置を経て、16(同28)年の自治政府発足を目指すものである。

20 15(平成27)年1月、ミンダナオ島においてジェマ・イスラミア(JI)の容疑者逮捕のため出動したフィリピン国家警察と、MILFやバンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF:Bangsamoro Islamic Freedom Fighters)の間で銃撃戦が発生し、双方に死者が発生したと伝えられている。

21 1947(昭和22)年、米軍にクラーク空軍基地及びスービック海軍基地などの99年間の使用を求める軍事基地協定を締結し、同年に軍事援助協定、1951(同26)年に相互防衛条約を締結した。1966(同41)年、軍事基地協定の改定により駐留期限は1991(平成3)年までとされ、1991(同3)年にクラーク空軍基地、1992(同4)年にスービック海軍基地が返還された。その後、両国は1998(同10)年に「訪問米軍の地位に関する協定」を締結、米軍がフィリピン国内で合同軍事演習などを行う際の米軍人の法的地位などを規定した。

22 本協定は、米軍によるフィリピン国内における施設の利用や整備、装備などの事前集積などを可能とするもの。米軍が使用するフィリピン国内の基地については、協定締結後の協議により決定し、協定の付属書として明記されることになっている。14(平成26)年の署名後、フィリピン国内において本協定に対する違憲裁判が提起されたことから、付属書に関する協議が停止していた。

23 16(平成28)年1月12日(米東部時間)に行われた2+2協議においては、EDCAは合憲であるとの判断を歓迎するとともに、相互防衛及び安全保障、地域の平和・安定・経済的繁栄への共同による貢献のための同盟関係強化の取組継続を再確認した。同年3月17~18日(米東部時間)には、外務・防衛当局者による戦略対話をワシントンで行い、EDCAに基づく拠点として、アントニオ・バウチスタ空軍基地、バサ空軍基地、フォート・マグセイセイ地区、ルンビア空軍基地、マクタン・ベニト・エブデン空軍基地の5か所に合意した。さらに同年4月14日、「バリカタン」実施中のフィリピンを訪問したカーター国防長官は、同年3月から開始した南シナ海での共同パトロールを継続していくとともに、「バリカタン」終了後もクラーク空軍基地にA-10対地攻撃機5機、HH-60Gヘリコプター3機、MC-130H特殊作戦機1機が駐留することを表明した。

24 I部2章6節2項脚注10参照

25 13(平成25)年4月の合意に基づくものであり、同年12月、2隻目のローテーション展開となるLCS「フォートワース」がシンガポールに到着している。

26 15(平成27)年12月には、シンガポールのウン国防相が訪米して「防衛協力強化に関する協定」が署名され、今後、同協定に基づき、軍事分野、政策分野、戦略分野、技術分野及び海賊・テロ等の非伝統的安全保障分野といった5つの分野において防衛協力を強化していくとしている。

27 06(平成18)年に発生した軍事クーデター以降の政治混乱で逮捕された人々に恩赦を与えるもので、有罪判決を受けるも海外に在住するタクシン元首相の帰国を可能とするものであるとされている。

28 15(平成27)年8月17日、バンコク中心部商業地区(ラチャプラソン交差点にある観光名所「エラワン廟」)で爆発が2回発生、20人死亡、日本人を含む多数が負傷。翌18日にも同市内チャオプラヤ川の船着場で爆発が発生(死傷者なし)。同18日、プラユット首相は「当該事案により、タイ経済及び観光業を損なうことで政治的利益等を目論む組織の存在が明白となり、政府は犯人捜査に全力で取り組む」と声明を発表。同日、陸軍司令官は深南部で分離独立を目指すイスラム過激派関与の可能性を否定。同年11月24日、タイ警察は事件の容疑者として逮捕していたウイグル族とされる外国人2名を起訴した。

29 タイと米国は、1954(昭和29)年の東南アジア集団防衛条約(マニラ条約)及び1962(同37)年のタナット・ラスク声明に基づき同盟関係にある。

30 14(平成26)年5月、米国はタイにおける政変の発生を受けて共同訓練の中止及び軍事支援の凍結を表明していたが、多国間共同訓練「コブラ・ゴールド15」については、15(同27)年2月に実施され、二国間共同訓練「キャラット」についても同年8月に実施された。

31 15(平成27)年11月12日から30日の間、タイのコラート空軍基地において、初の中国・タイ両空軍による共同訓練「鷹撃-2015」が実施され、中国側はJ-11B戦闘機6機、タイ側はJAS-39グリペン戦闘機5機が参加。また、訓練閉幕式の飛行展示に際し、中国側は八一飛行表演隊のJ-10戦闘機7機、タイ側はF-16戦闘機2機が参加した。

32 サン主席、ズン首相、タイン国防相らは再任されず、退任し、16(平成28)年4月のベトナム国会において、クアン主席、フック首相、リック国防相らの人事が決定された。

33 1984(昭和59)年、米国はベトナムの人権問題を理由に同国への武器禁輸を発動したが、07(平成19)年には、殺傷兵器を除く武器禁輸が解除されていた。14(同26)年10月、米国は、海洋安全保障に関する殺傷武器について、ベトナムへの禁輸解除を発表した。15(同27)年11月、オバマ大統領が東南アジア諸国に対する支援強化の方針を表明した際、16(同28)年までの2年間に約4,000万ドルの支援を行うことに言及した上で、海洋関連の情報・監視・偵察(ISR)能力等の強化やHA/DRに焦点をあてた二国間訓練等の協力拡大を表明した。

34 15(平成27)年6月1日、カーター米国防長官とタイン越国防相はハノイで共同声明に署名し、①高官協議と防衛政策対話を促進、国連PKOに共に取り組む、②捜索救難、人道支援・災害救援に共に取り組む、③海洋安全保障に取り組む、米国は、経験と情報の共有、要員訓練、海洋安保・法執行に資する装備の提供に向け取り組む用意、などが確認された。

35 15(平成27)年7月、チョン越共産党書記長は書記長として初めて訪米し、オバマ大統領と会談を実施。会談後の共同記者会見で、防衛・安全保障関係の強化、経済・貿易・投資協力の促進、高官相互訪問・二国間協議の増大等が表明されたほか、両国は「越米共同ビジョン声明」、「国連PKO協力に関する了解覚書」及び貿易促進、感染症対策、民用航空機の無償援助等に係る合意文書の締結を公表した。

36 15(平成27)年3月、米国防省当局者が関連の事実関係について発言しつつ、ベトナム側に再発防止を要求したことが伝えられるほか、米太平洋軍の高官が、カムラン基地から飛来した空中給油機による給油を受けたロシア軍機が挑発的な飛行を行ったと発言したとされる。なお、同年1月、ロシア国防省は、同国の空中給油機(IL-78)が2014年にカムラン湾を使用し、戦略爆撃機に対する給油が可能になったと発表した。

37 共同声明における軍事分野の内容として、両国のハイレベル交流及び軍事・安全保障対話の継続、国境警備部隊の親善交流の強化、意見の食い違いの管理への善処、軍における党・政治業務に関する経験の交流。人員訓練における協力の強化、トンキン湾での共同パトロールや艦艇交流の継続などがある。また、同共同声明では、南シナ海問題で「南シナ海に関する行動宣言(DOC:Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)」の履行と「南シナ海に関する行動規範(COC:Code of the Conduct of Parties in the South China Sea)」の早期策定の重要性を確認するとの言及もなされている。

38 15(平成27)年5月、フン・クアン・タイン・ベトナム国防相がインドを訪問し、マノハル・パリカル国防相と会談した際に合意されたもので、共同声明の内容は明らかにされていないが、対象期間は15(同27)年から20(同32)年までとされ、海洋安全保障に関する協力が柱になっているとされる。また、同日、沿岸警備隊の協力強化に関する覚書(MOU)にも署名している。