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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 南シナ海における領有権などをめぐる動向

南シナ海においては、南沙(スプラトリー)諸島40や西沙(パラセル)諸島の領有権41などをめぐってASEAN諸国と中国の間で主張が対立している。こうした中、中国による一方的な大規模かつ急速な埋め立て及び施設建設等により地域の緊張が高まるなど、海洋における航行の自由などをめぐる国際的な関心の高まりを背景として、一方的な現状変更及びその既成事実化に対する国際社会による深刻な懸念が急速に広まりつつある。

近年、南シナ海においては、関係国等が領有権主張のための活動を活発化させている。中国は、1992(同4)年に南沙諸島、西沙諸島などが中国の領土である旨明記された「領海及び接続水域法」を制定したほか、南シナ海における自国の「主権、主権的権利及び管轄権」が及ぶと主張する範囲に言及した09(同21)年の国連宛口上書にいわゆる「九段線」の地図を添付した。この「九段線」については、国際法上の根拠があいまいであるとの指摘があり、南シナ海における領有権などをめぐる東南アジア諸国との主張の対立を生んでいるが、中国は「九段線」と関連する国際的な規範との関係についてこれまで具体的な説明をしていない。さらに、12(同24)年6月、中国は、南沙諸島、西沙諸島及び中沙諸島の島嶼並びにその海域を管轄するとされる海南省三沙市の設置を発表したほか、13(同25)年11月には、同省が「海南省中華人民共和国漁業法実施規則」を修正し、同省の管轄水域内において外国漁船などが活動を行う場合には、同国国務院関係部門の承認を得なければならない旨定めた。16(同28)年1月には、同年以降の5年間に係る海洋政策の中で「南沙島礁生態保護区」の建設に取り組む方針を打ち出した。

フィリピンは、09(同21)年3月、いわゆる群島基線法を成立させ、南沙諸島の一部及びスカボロー礁について国連海洋法に則った領有権などを同国が有することを明記した42。ベトナムは、09(同21)年5月、マレーシアと共同により南沙諸島の一部を含む海域の大陸棚限界線の延長を国連に申請した。また、12(同24)年6月には、南沙諸島及び西沙諸島に対する主権を明示したベトナム海洋法(13(同25)年1月施行)を採択した。

また、南シナ海関係国等の一部は、相手国の船舶に対し拿捕や威嚇射撃を行うなどの実力行使に及んでいると伝えられており、これらの動きをめぐり、関係国は互いに抗議の表明などを行っている。14(同26)年5月、西沙諸島周辺海域において、中国が一方的に石油掘削活動を開始したことに端を発し、中国及びベトナムの船舶が対峙し、衝突により多数の船舶に被害が出ていると伝えられている。15(同27)年7月には、西沙諸島周辺でベトナム漁船が中国船に体当たりされ沈没する事案が生起しているほか、同年9月、及び16(同28)年1月及び3月にも同様の事案があったとされる。また、15(同27)年11月、フィリピンが占拠する南沙諸島ティトゥ島の沖合数kmに中国船が出現し、約10日間にわたり停泊したとされている43。さらに、16(同28)年1月、南沙諸島で操業していたベトナム漁船が台湾の沿岸警備隊船舶に衝突される事案が発生したことも伝えられている。また、同月、中国の石油掘削装置「海洋石油981」が西沙諸島北部のベトナムとの大陸棚の主張が重なる部分で活動したとして、ベトナム外務省は作業の中止と装置の撤収を中国に要求した44

参照I部2章3節2項(5海洋における活動)

急速かつ大規模な埋め立てが進むスビ礁(左上:15(平成27)年1月26日時点、中央上:15(同27)年3月5日時点、左下:15(同27)年9月3日、中央下:16(同28年)5月1日時点)、同礁では3、000m級の滑走路などの施設建設が進んでいる(右:16(同28年)5月1日時点)(CSIS Asia Maritime Transparency Initiative / DigitalGlobe)の画像

急速かつ大規模な埋め立てが進むスビ礁(左上:15(平成27)年1月26日時点、中央上:15(同27)年3月5日時点、左下:15(同27)年9月3日、中央下:16(同28年)5月1日時点)、同礁では3、000m級の滑走路などの施設建設が進んでいる(右:16(同28年)5月1日時点)(CSIS Asia Maritime Transparency Initiative / DigitalGlobe)

このほか、南シナ海関係国等の一部は、南沙諸島などでそれぞれ占拠する地形において、埋め立てや施設整備を行っている。中国は、14(同26)年以降、南沙諸島の7つの地形において、大規模かつ急速な埋め立て及び港湾や滑走路などの施設整備を強行しているほか、軍事施設の設置も公的に認めている。16(同28)年1月には、中国がファイアリークロス礁に建設した飛行場において民間機を徴用した試験飛行を強行したことに対して、ベトナムが厳重な抗議を表明し再発防止を要求したほか、フィリピンも抗議の意思を表明している。

台湾は、15(同27)年10月、南沙諸島のイツアバ島45に高さ12.7mの灯台を完成させ、同年12月、同島に3,000トン級の艦船が停泊可能な深水埠頭を完成させた。さらに16(同28)年1月、台湾の馬英九総統(当時)がイツアバ島を訪問した。これに関連してベトナムは「深刻な主権侵害」であるとして台湾に抗議を表明したほか、米国政府関係者も失望を表明している。一方、ベトナムは、南沙諸島のウエストロンドン礁及びサンド礁において15(同27)年までに合わせて約8.6万平方mの埋め立てを行い、その工事には軍事施設も含まれるとの指摘がある46。また、フィリピンは、南沙諸島のティトゥ島の港湾や滑走路を改修する計画を11(同23)年に表明したほか、同島に民間機を追尾するための監視装置を16(同28)年中に設置することを計画していると表明している47。また、15年12月、中国の主張に抗議するフィリピンの若者ら47名がティトゥ島に上陸して約1週間にわたり滞在し、これに対し、中国が強烈な不満を表明した。

こうした中、南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(同14)年、「南シナ海に関する行動宣言(DOC:Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)」48に署名し、現在は、同宣言より具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされる「南シナ海に関する行動規範(COC:Code of the Conduct of Parties in the South China Sea)」の策定に向けた公式協議を続けている。

南シナ海をめぐる問題は、その平和的解決に向け、ASEAN関連会議などにおいてもたびたび議論がなされているが、過去にはASEANの共同声明が採択されない異例な事態となるなど、加盟国の足並みが乱れる場面もみられた。しかし、15(同27)年4月のASEAN首脳会議及び同年8月の外相会議においては、南沙諸島において進められる埋め立てに関して「深刻な懸念を共有」したことが表明され、同年11月のASEAN首脳会議では南シナ海におけるさらなる軍事化の可能性に対する懸念が共有されるなど、ASEANが一体となって対応する場面もみられる。また、域外国も含めて行われた同月開催の東アジアサミットでは、南シナ海での情勢の推移に対する深刻な懸念について関心が表明されるとともに、中国の習近平国家主席が同年9月の訪米中に言及した「南シナ海において軍事化を追求する意図はない」との約束49を歓迎することが議長声明に盛り込まれた。

このほか、関係国の一部では、国際法に基づく問題解決に向けた努力もなされており、13(同25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張及び行動に関する紛争を国連海洋法条約に基づく仲裁手続に付した。15(同27)年7月には、フィリピンの申立て内容に対し、仲裁裁判所が管轄権を有するか否かを判断するための口頭審理がオランダ・ハーグで行われ、同年10月、一部に管轄権を有するとの判断が示された50。中国はこれに対して「無効であり拘束力はない」との声明を発表し、手続への不参加の立場を改めて表明した。しかし、仲裁裁判所は、中国の不参加は手続進行に影響しないとの見解を示しており、仲裁裁判所の判断は当事者間において法的拘束力を有する51。同年11月、本案に関する口頭審理が行われ、仲裁裁判所は16年(同28年)7月、フィリピンの申立て内容がほぼ認められる内容の最終的な判断を下した52。中国はこれに対して、同判断が無効であり、拘束力を持たず、中国は受け入れず、承認しないとの声明を改めて発表した。国連海洋法条約の規定に基づき、仲裁判断は最終的であり、紛争当事国を法的に拘束するので、当事国は今回の仲裁判断に従う必要がある。

南シナ海をめぐる問題は、アジア太平洋地域の平和と安定に直結する国際社会全体の関心事項であり、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。

参照I部3章3節1項(東シナ海・南シナ海における「公海自由の原則」をめぐる動向)III部2章1節4項(各国との防衛協力・交流の推進)

40 南沙諸島周辺は、石油、天然ガスなどの海底資源の存在が有望視されるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。

41 南沙諸島については、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイが領有権などを主張しており、西沙諸島については、中国、台湾及びベトナムが領有権を主張している。

42 「フィリピン共和国法第9522号(Republic Act No.9522)」による。同法ではルソン島やパラワン島、ミンダナオ島などについて緯度・経度により基線の位置を明記しているが、南沙諸島(フィリピン呼称:「カラヤン諸島」)及びスカボロー礁(フィリピン呼称:「バホ・デ・マシンロック」)については、国連海洋法条約第121条「島の制度」に基づくとされ、基線の地理的位置は示されていない。

43 ティトゥ島(フィリピン呼称:「パグアサ島」)は、中国が滑走路を建設中のスビ礁の近傍に位置する地形である。中国海警船舶の出現は、同島を管轄する町長の目撃によるとされ、10日間にわたる長期間の停泊は初めてと伝えられる。

44 ベトナム外務省によれば、16(平成28)年1月16日、中国のオイルリグ「海洋石油981」がベトナムと中国の大陸棚が重なる場所の想定中間線から21.4海里東側で確認され、同18日に中国側へ申し入れを行ったとされる。

45 イツアバ島(台湾呼称:「太平島」)は、台湾が南沙諸島で唯一占拠する地形であり、1,200m級の滑走路が所在する。

46 米国の戦略国際問題研究所(CSIS:Center for Strategic and International Studiesアジア海洋透明性イニシアチブ(AMTI:Asia Maritime Transparency Initiative)の記事による。ウエストロンドン礁(ベトナム呼称:「ダオタイ」)は10(平成22)年1月から15(同27)年4月の間に約6.5万平方mを、サンド礁(ベトナム呼称「ダオソンカ」)は11(同23)年8月から15(同27)年2月の間に約2.1万平方mをそれぞれ埋め立てたことが判明したとされる。

47 フィリピン民間航空局関係者の発言を伝える記事による。監視機材は、民間機から発せられる位置情報などのデータを受信するシステム(ADS-B:Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)とされる。

48 国際法の原則に従い、領有権などの係争を平和的手段で解決すること、行動規範の採択は地域の平和と安定をさらに促進するものであり、その達成に向けて作業を行うことなどが盛り込まれている。

49 その一方で、中国は、防御を目的とした軍事施設の設置は「軍事化」にあたらないと主張している。

50 仲裁裁判所の公表資料によれば、フィリピンの15の申立てのうち、これまでに仲裁裁判所による管轄権が認められた内容には、中国が占拠する地形などが領海又はEEZ・大陸棚を有する要件を満たすか否かの判断に関するもの(例えばミスチーフ礁、スビ礁は低潮高地であり領海などを有する要件を満たさないなど)及び中国によるフィリピン漁船への妨害・危険行為や環境保護義務違反を訴えるものなどが含まれる。

51 国連海洋法条約には、仲裁裁判所による判断の拘束力として、「紛争当事者は当該仲裁判断に従う」、「判断は、紛争当事者間において、かつ、当該紛争に関してのみ拘束力を有する」等の規定がある(第296条、附属書VII第11条)。

52 中国による「九段線」及び歴史的権利の主張については、国連海洋法条約(UNCLOS)上の権原に基づかない中国による「九段線」内の海域に関する歴史的権利の主張が、同条約に違反し、法的効果を有しないと認定した。また、地形の法的地位については、スカボロー礁及び南沙諸島(イツアバ島(台湾呼称:「太平島」)を含む。)におけるいかなる地形も、EEZ・大陸棚を有しないと認定した。さらに、中国による活動の合法性については、スカボロー礁におけるフィリピン漁民の伝統的漁業権の侵害、大規模埋立て・人工島造成等による海洋環境保護義務の違反、中国法執行船の危険な航行による航行安全に係る義務違反、ミスチーフ礁における中国の埋立てによるフィリピンの主権的権利の侵害、仲裁手続開始後の浚渫、空港建設等による紛争の悪化・拡大などの義務違反等を認定している。