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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 対外関係

オーストラリアは、国防白書において、地域の国々の軍事力が強化される中、より深い戦略的パートナーシップを構築し、地域の安全と安定に貢献しつつ、戦略的不安定性に対処していくとしている。具体的には、今後、インド洋・太平洋地域において、パートナーシップを深める機会をとらえていくことが重要との認識の下、当面の防衛面での対外関係を推進していくこととしている。また、安全保障上の課題や、競争や誤算の可能性から生まれる危険性を管理する効果的な仕組みづくりを重視するとともに、地域の安全保障への貢献は、紛争や危機の発生時の部隊派遣に限定されないとし、他国との定期的な交流を通じて信頼やパートナーシップを築くことで紛争の危険性を減らすことに焦点をあてるとしている。こうした方針は、アボット政権においてもおおむね継続するものとみられる13

参照III部3章1節4項1(日豪防衛協力・交流)

1 米国との関係

オーストラリアは、ANZUS(Security Treaty between Australia, New Zealand and the United States of America)条約14に基づく米国との同盟関係は、最も重要な防衛関係であり、同国の戦略および安全保障の枠組みの柱であるとして、米豪同盟を重視している。オーストラリアは、国防白書において、米国は今後も、世界最強の軍事大国であり、オーストラリアの周辺地域において戦略的に最も影響力のある国であり続けるとしている。また、戦略環境の急速な変化が起きているインド洋・太平洋地域の将来にとっては、米国のプレゼンスが最も重要であり、米国のアジア太平洋地域への戦略的な重点の移動や、外交、経済、安全保障上の米国のプレゼンスの維持を歓迎するとしている。

両国は、85(昭和60)年以降、外務・防衛閣僚協議(AUSMIN:Australia United States Ministerial Consultations)を定期的に開催し、主要な外交・安保問題について協議している。運用面では、「タリスマン・セーバー」15をはじめとする共同訓練を通じて相互運用性の向上を図っているほか、12(平成24)年4月以降、米海兵隊のオーストラリア北部へのローテーション展開を実施している16。装備面においては、13年5月に発効した米豪防衛貿易協力条約に基づき装備品取引にかかる輸出手続きの簡素化を行っているほか、F-35統合攻撃戦闘機(JSF)の共同開発やミサイル防衛協力に関する検討17も進めている。このほか、情報・監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, Reconnaissance)、宇宙18、サイバー19などの分野における協力も推進している。アボット政権以降も、米豪関係を一層強化する方針の下、14(同26)年8月の第29回米豪外務・防衛閣僚協議(AUSMIN)では、米海兵隊によるローテーション展開の法的枠組みとなる「戦力態勢協定」に署名したほか、同年10月からは米国が主導する対「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」作戦の戦闘任務にも豪軍を参加させている。

2 中国との関係

オーストラリアは、国防白書において、中国の経済成長が国際的な戦略バランスをインド洋・太平洋地域に移動させている主要な要因であるとしている。そして、オーストラリアは、中国を敵とみなすのではなく、中国の台頭が平和的になるよう促し、地域における戦略的競合を紛争に発展させないことを目指すとし、中国の軍事力の増加や近代化については、経済成長にともなう自然で正当な結果であるとしている。

また、オーストラリアは、中国は地域における重要なパートナーであるとし、対話と実務的な活動を通じて、中国との防衛関係を強固で積極的な関係に発展させていくとしている。このような方針のもと、中国との国防当局間の対話を継続的に実施しているほか20、共同演習や艦艇の相互訪問など、両国軍の協力関係を発展させるための交流も行っており21、14(同26)年10月には米中豪3か国の陸軍による初の生存訓練「KOWARI 2014」をオーストラリア北部において主催した22

一方、アボット政権は、中国に対する懸念は明確に発信する姿勢を見せており、13(同25)年10月の日米豪の外務大臣による閣僚級戦略対話の共同声明や同年11月の米豪外務・防衛閣僚協議(AUSMIN)の共同コミュニケにおいて、東シナ海における現状を変更しうる、力によるまたは一方的な行動に反対するとの立場や、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)と中国が南シナ海に関する行動規範に合意する必要があるとの立場を表明している23。また、同年11月の中国による「東シナ海防空識別区」の発表に対しては、ビショップ外務大臣が東シナ海の現状を変更するいかなる力によるまたは一方的な行動に反対する立場を明確にするとの声明を発表している。

「KOWARI 2014」の画像

米中豪陸軍による初の共同生存訓練「KOWARI 2014」【豪国防省】

3 インドとの関係

オーストラリアは、国防白書において、インド洋・太平洋地域重視の姿勢を掲げた背景のひとつとして、インドによる戦略的、外交的および経済的に重要なアクターとしての台頭と地域の枠組みへの関与拡大を挙げている。そのうえで、インドとは地域における戦略的変化への対処に資する共通の利益があるとして、関係強化の方針を掲げている。

両国の関係は09(同21)年11月に戦略的パートナーシップに引き上げられ、各種戦略対話、軍高官の相互訪問、各軍種間の交流および軍教育機関への学生の相互派遣などを定期的に実施してきた。近年では、14(同26)年9月に、アボット首相がインドを訪問し、同国へのウラン輸出を可能とする原子力協力協定が署名された24。さらに、同年11月には、インドのモディ首相が、同国の首相としては28年ぶりにG20出席を兼ねてオーストラリアを訪問し、研究、開発および産業分野への防衛協力の拡大、国防大臣間の会談および海上演習の定期的開催25、両国の各軍種間における協議の開催などについて合意している。

参照I部1章7節1項2(インド軍事)

4 東南アジアおよび南太平洋諸国との関係

オーストラリアは、国防白書において、インド洋・太平洋地域、とりわけ東南アジアと海洋環境の安定を自国の戦略的利益とみなしており、自国の北に隣接し、自国の貿易にとって重要な海上交通路が存在する東南アジアにおいて、オーストラリアと敵対する可能性のある勢力が、オーストラリアに対して軍事力を行使する可能性がある拠点を築くことを懸念している。このような観点から、オーストラリアは、最大の隣国であるインドネシアの安定と安全が最も重要であり、インドネシアが強力な統一国家であり、かつ自国のパートナーとして存在することを望むとしている。

インドネシアとは、06(同18)年11月のロンボク協定署名、10(同22)年3月の戦略的パートナーシップへの引き上げおよび12(同24)年9月の防衛協力協定締結などを経て、安全保障・国防分野の関係を強化してきた26。アボット首相も13(同25)年9月に初の外遊先としてインドネシアを選択するなど、政権発足当初から関係を重視する姿勢を示していた。しかし、インドネシアからの密航者をめぐる両国の対応の違いや豪情報機関によるインドネシア大統領らに対する盗聴問題27などが表面化し、両国間の安全保障・国防分野の協力関係は一時停滞した。その後、14(同26)年に入り、首脳間の往来や同年8月の両国外務大臣による情報協力に関する行動規範28への署名を経て、同年11月には両国軍のハイレベル交流29が再開されるまでに回復している。

マレーシアおよびシンガポールとは、「5か国防衛取決め(FPDA:Five Power Defence Arrangements)」30の枠組みで、南シナ海などにおいて定期的に共同統合演習を行っている31。また、オーストラリアはマレーシアのバターワース空軍基地に豪軍を常駐させるとともに、南シナ海やインド洋北部の哨戒活動を通じて、同地域の安全と安定の維持に貢献している。

パプアニューギニア、東ティモールおよび南太平洋諸国に対しては、治安維持、自然災害対処および海上警備などの分野における支援を主導的に行っている32。特に、海上警備分野においては、現在も定期的に豪軍アセットを南太平洋に派遣して警備活動を支援しているほか、14(同26)年6月には過去これらの国に提供してきた22隻の警備艇を更新する計画を発表した。

ニュージーランドとは、ANZUS条約に基づく同盟関係にあり、両国の首脳や国防大臣による定期的会合に加え、共同訓練や地域における共同活動などを通じて安全保障・国防分野における緊密な協力関係を維持している。

参照I部1章6節2(東南アジア各国の安全保障・国防政策)

5 海外における活動

オーストラリアは、国防白書において、安定し法規範に基づいた国際秩序の維持を第四の戦略的利益に掲げており、国際社会による各種リスクや脅威への対処を支援するため、状況によって豪軍を用いるとしている。こうした方針のもと、5月末現在、約5万6,750人の現有兵力33のうち、約2,250人を海外に派遣し、活動させている。

イラクでは、米軍がイラク北部でISILに対して実施している空爆を支援するため、14(同26)年8月以降、人道支援物資の投下を開始したほか、同年10月からは空爆などの戦闘任務にも参加するとともに、特殊部隊によるイラク治安部隊への軍事面の助言および支援活動を行っている。5月末現在、兵士約900人(約400人はアラブ首長国連邦にて支援に従事)に加え、F/A-18戦闘攻撃機6機、E-7A早期警戒管制機1機、KC-30A給油機1機などが同作戦を遂行している。

アフガニスタンでは、01(同13)年10月以降、年平均約1,550人の豪軍が国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)のもとで復興支援活動やアフガニスタン治安部隊(ANSF:Afghan National Security Forces)の訓練などに従事してきた。14(同26)年末をもってISAFの活動が終了したのにともない、現在は約400人の豪軍がANSFなどへの訓練、助言および支援の任務にあたっている。

このほか、同年3月に消息を絶ったマレーシア機の捜索にあたっては、オーストラリア西部のパースにおいて各国の捜索部隊を受け入れて捜索活動を主導したほか、同年12月のエアアジア機墜落事故の際にも捜索部隊を派遣している。

13 アボット政権は選挙公約において、前政権と同様、アジア太平洋およびインド洋地域を重視する方針を表明している。特に、オーストラリアの利益を増進させる能力を秘めるとする環インド洋の一部には、外交、開発、貿易および安全保障面での努力を集中するとしている。さらに自国の国益に合致すると判断すれば、米国をはじめとする同盟国とともにより広範囲の地域において活動を行う方針を示している。

14 52(昭和27)年に発効したオーストラリア・ニュージーランド・米国間の三国安全保障条約。ただし、ニュージーランドが非核政策をとっていることから、86(同61)年以降、米国は対ニュージーランド防衛義務を停止しており、オーストラリアと米国の間およびオーストラリアとニュージーランドの間でのみ有効

15 「タリスマン・セーバー」は05(平成17)年以降、2年に1度行われている米豪共同演習であり、作戦分野における即応性や相互運用性の向上を目的としている。13(同25)年7月から8月にかけて行われた同演習には、約21,000人の米軍および約7,000人の豪軍が参加した。なお、15(同27)年は7月の実施が予定されている。

16 I部1章1節1項3参照

17 14(平成26)年8月に開催されたAUSMINでは、米豪両国がアジア太平洋地域における弾道ミサイルの増大する脅威に対抗するため、共に協力を続けることが合意された。協力の具体的な事例として、オーストラリアが貢献可能な選択肢を調査するためのワーキング・グループの設立が挙げられた。

18 米豪は10年(平成22)11月に宇宙の状況監視に関するパートナーシップに署名して以降、米国の地上配備型Cバンド・レーダーシステムおよび宇宙監視望遠鏡のオーストラリアへの移設などの宇宙協力を進めている。

19 両国は、11(平成23)年9月に開催されたAUSMINにおいて、サイバー空間における協力に関する共同声明に署名し、両国の長年の防衛関係およびANZUS条約を踏まえ、領土保全、政治的自立あるいは両国の安全保障を脅かすような態様のサイバー攻撃が発生した場合に、協議のうえ、脅威に対処するための適切な選択肢を決定することを確認した。

20 14年(平成26)年7月には、范長龍(はん・ちょうりゅう)・党中央軍事委員会副主席が訪豪し、アボット首相およびジョンストン国防大臣らと会談し、米中豪3か国による合同訓練の実施などに合意した。また、豪中間では、97(同10)年以降、国防戦略対話が定期的に開催されており、14(同26)年12月に中国で開催された第17回対話では、豪軍と中国人民解放軍間における各種交流計画などについて議論された。

21 13(平成25)年8月には、オーストラリア、米国、中国およびニュージーランドの4か国による初の人道支援および災害救援合同演習がニュージーランドのクライストチャーチで行われた。また、同年10月には、中国海軍艦艇がシドニーで開催された国際観艦式に参加した。

22 14(平成26)年10月、米軍10人、中国人民解放軍10人、豪軍10人および豪支援要員約100人が参加し、オーストラリア北部で行われた。同訓練には、厳しい自然環境における生存性を高めるための基本原則、手続き、技術および装備に関する理解を深める内容が含まれるとされた。

23 14(平成26)年8月のAUSMINの共同コミュニケにおいては、力の行使または脅しを用いた、陸上および海上の事実を変更しようとする一方的試みに反対するとの立場を表明している。

24 オーストラリアは自国産ウランの輸出を同国と原子力協力協定を締結した国に限定することにより、ウランの軍事への転用を防止する方針を掲げている。インドは核実験を行い、核兵器不拡散条約(NPT)にも加盟していないことから、オーストラリアは同国に対し豪産ウランの輸出を認めてこなかった。

25 豪海軍は、インド海軍が14(平成26)年2月、アンダマン・ニコバル諸島で開催した多国間海軍演習「ミラン2014」に、海軍警備艇1隻を派遣した。両海軍は初となる海上演習の共同開催を15(同27)年に予定している。

26 ロンボク協定は、幅広い防衛分野における協力をうたった安全保障協力の枠組みであり、08年(平成20)年2月に発効した。また、防衛協力協定には、テロ対策や海上安全保障での協力強化などが盛り込まれている。

27 アボット政権は、増加するインドネシアからの密航者対策として、オーストラリアへの上陸前に海上で追い返すなどの対応を行っており、インドネシア政府はこれに反対している。また、13(平成25)年11月には、豪情報機関がインドネシアのユドヨノ前大統領、同夫人および閣僚などの電話を盗聴していたことが報じられた。インドネシア政府は駐豪大使の召喚や豪政府への謝罪要求などを通じて強く抗議するとともに、オーストラリアとの軍事交流や情報協力の停止を発表した。

28 同行動規範には、相手の利益を害するような情報活動の禁止および情報交流の促進などが盛り込まれた。

29 インドネシア国軍司令官がオーストラリアを訪問し、豪国防軍司令官とともに「第2回豪尼ハイレベル委員会」を開催した。なお、同委員会の第1回は、13(平成25)年4月に開催している。

30 I部1章6節2脚注8参照

31 13(平成25)年11月には、南シナ海およびマレー半島で「ベルサマ・リマ」が行われ、豪軍からは約400人の要員、艦艇およびF/A-18などの航空機が参加した。14(同26)年10月に南シナ海、マレーシアおよびシンガポールで行われた「ベルサマ・リマ」には、約500人の豪軍、艦艇およびAP-3Cなどの航空機が参加した。

32 オーストラリアは、東ティモールにおいて独立の機運が高まった99(平成11)年以降、東ティモールの政治的、社会的安定のために積極的な支援を行ってきた。豪軍は、06(同18)年以降、国際治安部隊(ISF:International Stabilization Force)を主導してきたが、東ティモールの治安情勢が安定したことから、13(同25)年3月に撤収を完了した。豪軍は、ソロモン諸島においても03(同15)年7月から同国に対する地域支援活動(RAMSI:Regional Assistance Mission to Solomon Islands)を通じて同国の安定化のための支援を行ってきたが、軍事部門の活動終了にともない、13(同25)年8月に撤収した。

33 「ミリタリー・バランス(2015)」による。軍種別の内訳は、陸軍:約2万9,000人、海軍:約1万3,550人、空軍:約1万4,050人。