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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第7節 南アジア

1 インド

1 全般

広大な領土に12億を超える人口を擁し、近年着実な経済発展を遂げているインドは、世界最大の民主主義国家であり、南アジア地域で大きな影響力を有している。また、アジア・太平洋と中東・ヨーロッパを結ぶ海上交通路を有するインド洋のほぼ中央という、戦略的および地政学的に重要な位置に存在している。

多くの国と国境を接するインドは、中国およびパキスタンと国境未画定地域を抱えている。また、国内においては、多様な民族、宗教、文化、言語を抱えていることもあり1、極左過激派や分離独立主義者などの活動や、パキスタンとの国境をまたいで存在しているイスラム過激派の動向も懸念されている。

14(平成26)年5月、下院の任期満了にともなう総選挙で野党であったインド人民党(BJP:Bharatiya Janata Party)が過半数を上回る282議席を獲得し、モディ新首相が就任した。インド人民党は、選挙マニフェストにおいて、軍の近代化の推進、越境テロ対策の強化、核ドクトリンの見直し2などに言及しており、今後の国防政策などの具体化が引き続き注目される中、モディ首相は、外交面では南アジア諸国との関係を強化する近隣諸国優先政策を推進しつつ、国防分野においては、「メイク・イン・インディア」イニシアティブの下、海外企業の国内国防産業への直接投資の拡大や、他国との技術協力強化を通じた装備品の国産化を推進するほか、海洋安全保障分野における協力強化のため、各国との連携を深めている。

2 軍事

インドは、自国を取り巻く安全保障環境が、近隣諸国、西アジア、中央アジア、東南アジア、東アジアおよびインド洋地域と直結しており、戦略的および経済的要因から果たすべき責務が増大していると認識している。安全保障上の懸念事項が多角化し、世界規模となっていることを背景に、インドは各国との協力関係を強化しており、また、従来から国連平和維持活動(PKO:UN Peacekeeping Operations)に積極的に人員を派遣している。また、多様な安全保障上の課題に迅速かつ効果的に対応するため、国家および軍は常に態勢を整えているとしている。

インドは、03(同15)年に発表された核ドクトリンに基づき、最小限の核抑止、核の先制不使用、核兵器非保有国への不使用、98(同10)年の核実験の直後に表明した核実験の一時休止(モラトリアム)の継続などを維持している。インドは、各種弾道ミサイルの開発、配備を推進しており、14(同26)年1月および11月に「プリトビ2」(射程約350km)、同年4月に「アグニ1」(射程約1,250km)、同年12月に「アグニ4」(射程約4,000km)の軍による発射実験がそれぞれ成功している。また、15(同27)年1月に「アグニ5」(射程約5,000~8,000km)を初めてキャニスターから発射する実験に成功している。さらに、「アグニ6」(射程約8,000~10,000km)3の開発にも着手していると伝えられており、弾道ミサイルの射程の延伸などの性能向上を追求しているとみられている。巡航ミサイルについては、ロシアと「ブラモス」(射程約300km)を共同開発し、陸軍および海軍に配備しているほか、弾道ミサイル防衛システムも開発中であり、14(同26)年4月に弾道ミサイル迎撃実験に成功している。

また、インドは、近年特に海軍力および空軍力の近代化に取り組んでいる。この一環で、インドは、海外からの装備調達や共同開発を推進しており、世界第1位の兵器輸入国であると指摘されている4。海上戦力としては、空母は、英国製「ヴィラート」1隻に加え、13(同25)年11月にロシア製空母「ヴィクラマディティヤ」を導入5したほか、国産空母「ヴィクラント」を建造中である。潜水艦については、12(同24)年4月にロシア製のアクラ級攻撃型原子力潜水艦「チャクラ」をリース方式により導入したほか、14(同26)年12月に、インド初の国産原子力潜水艦「アリハント」が試験航海を始めている。さらに、09(同21)年、米国とP-8哨戒機8機の購入契約を締結し、14(同26)年11月までに6機を導入している。航空戦力としては、現有の戦闘機の改修を行っているほか、07(同19)年から機種選定を行っていた多目的戦闘機(126機)は、12(同24)年1月にフランス製ラファールに決定した6。また、ロシアとは12(同24)年12月にSu-30戦闘機42機の追加購入契約を締結したほか、ロシアが開発中の「PAK FA」を母体とした第5世代戦闘機の共同開発を行うなど、軍事技術協力を強化している。さらに、米国とは、10(同22)年にC-17輸送機10機の購入契約を締結し、14(同26)年までに9機を導入している。また、インドは空母や原子力潜水艦に加えて、戦車や軽戦闘機の開発および自国生産にも取り組んでいるが、その開発の遅れが装備品の国産化における課題となっている。

参照図表I-1-7-1(インド・パキスタンの兵力状況(概数))

図表I-1-7-1 インド・パキスタンの兵力状況(概数)

3 対外関係
(1)パキスタンとの関係

インドとパキスタンは、カシミールの帰属をめぐり主張が対立しており7、過去に三度の大規模な武力紛争が発生した。カシミール問題は、両国の長年にわたる懸念事項であり、両国は対話の再開と中断を繰り返している。両国間の対話は、08(同20)年のインド・ムンバイでの連続テロを受けて中断していたが、11(同23)年2月の外務次官協議の結果を受けて再開された。同年、両国間の全ての重要問題を、協議を通じて平和的に解決することの重要性を確認し、パキスタンはインドに最恵国待遇付与を決定した。その後、14(同26)年5月のモディ首相就任宣誓式にパキスタンのシャリフ首相が招待され、首脳会談が行われるなど、両国は関係改善の姿勢を示していたが、14(同26)年8月に予定されていた両国の外務次官級会合が中止された8。15(同27)年3月にパキスタンのイスラマバードにおいて同次官級会合は開催されたものの、両国間の対話が継続的に実施されるかどうかは不透明である。カシミール地方では両軍の武力衝突がたびたび発生しており、14(同26)年10月の大規模な武力衝突においては、一般市民の間に死傷者が出たと伝えられている。これに対し、両国が互いに抗議を行うなど、カシミール問題は依然として両国の懸念事項となっている。

(2)米国との関係

インドは、米国との関係強化に積極的に取り組んでおり、米国もインドの経済成長にともなう関係拡大を背景に対印関与を促進している。両国は、「マラバール」9などの共同演習を定期的に行っているほか、近年、米国はインドにとって主要な装備調達先の一つになっている10。また、14(同26)年9月には、モディ首相が訪米し、オバマ米大統領との会談において、米軍によるインド海軍への技術協力強化や15(同27)年に期限が切れる米印軍事協力の枠組みを10年延長するための協議を進めることに合意した。

さらに、15(同27)年1月には、オバマ米大統領がインド共和国記念日式典に主賓として参加するためインドを訪問し、装備品の共同開発および共同生産を含む、技術協力の拡大に合意したほか、海洋安全保障の分野における協力関係の深化を確認し、二国間で実施している海軍共同演習「マラバール」の格上げを含む、海軍間の協力拡大に合意するなど、安全保障分野での協力が拡大している。

(3)中国との関係

参照I部1章3節3項5((3)南アジア諸国との関係)

(4)ロシアとの関係

参照I部1章4節5項2(アジア諸国との関係)

1 人口の大部分はヒンズー教徒であるが、イスラム教徒も1億人を超える。

2 「核ドクトリンの見直し」については、内外からの批判を受け、モディ首相は後に同政策を改正する意図がないことを明らかにしたと伝えられている。

3 各ミサイルの射程は、「ジェーン戦略兵器システム(2013)」などによる。また、「プリトビ2」は移動型で液体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ3」は移動型で2段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ4」は移動型で2段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ5」は移動型で3段式固体燃料推進方式の弾道ミサイル、「アグニ6」は3段式固体/液体燃料推進方式の弾道ミサイル、「ブラモス」は固体燃料とラムジェット推進方式の超音速巡航ミサイルと指摘されている。

4 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)「国際的な兵器移転の傾向2014」(15(平成27)年3月)

5 空母艦載機として、ロシアからMiG-29戦闘機45機の購入契約も締結しており、15(平成27)年2月までに、23機が導入されている。

6 多目的戦闘機ラファールの購入契約の細部については交渉が継続中とされるが、15(平成27)年4月、フランスを訪問したモディ首相は、同国のオランド大統領との会談において、同36機の早期購入に関する意向を表明したとされる。

7 カシミールの帰属については、インドが、パキスタン独立時のカシミール藩王のインドへの帰属文書を根拠にインドへの帰属を主張し、72(昭和47)年のシムラ協定(インド北部のシムラにおいて実施された首脳会談を経て紛争の平和的解決や軍の撤退について合意されたもの)を根拠に二国間協定を通じて解決すべきとしているのに対し、パキスタンは48(同23)年の国連決議を根拠に住民投票の実施により決すべきとし、その解決に対する基本的な立場が大きく異なっている。

8 14(平成26)年12月、シン閣外外相が本会合の中止について、パキスタン側の高官がカシミール地方のインドからの分離独立を目指す組織の指導者と接触したことによるものだと述べている。

9 「マラバール」は米印の二国間海軍共同演習であったが、「マラバール07-2」には日本、オーストラリアおよびシンガポールが参加し、「マラバール09」および「マラバール14」には日本が参加した。

10 SIPRI「国際的な兵器移転の傾向2014」(15(平成27)年3月)によれば、インドにおける武器取引のうち、米国からの輸入割合は、08(同20)年は0.3%であるのに対し、14(同26)年は、26.8%であり、インドにとって最大の武器供給国であるロシアに次ぐ割合を占めている。