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第III部 防衛目標を実現するための3つのアプローチなど

4 領域横断作戦能力の強化

領域横断作戦は、宇宙、サイバー、電磁波の領域と陸・海・空の従来の領域における作戦能力などを有機的に融合し、相乗効果によって全体の能力を増幅させる作戦である。わが国の防衛にあたっては、個々の領域が劣勢であっても他の領域で補完することが重要であることから、防衛省・自衛隊は、宇宙、サイバー、電磁波の領域において必要な能力を拡充していく。

1 宇宙領域
(1)基本的考え方

通信や測位などのための宇宙利用は、今や国民の生活に欠かせないものであると同時に、軍事上も、指揮統制や情報収集などに不可欠なものとなっている。このため、主要国は、ミサイル発射などの早期警戒、通信、測位、偵察機能を有する各種衛星の能力強化や基数増加に注力している。最近では中国の軍用衛星の増加が顕著であり、その数は2012年からの12年間で約5.9倍に急増している。

また、一部の国家は、他国の衛星などへの妨害活動12を活発化させていることから、宇宙の戦闘領域化が進展している。今や、宇宙空間の安定的利用を確保することは国家にとって死活的に重要な課題となっている。

わが国においては、2023年、宇宙開発戦略本部が、国家防衛戦略を踏まえ、民間技術の防衛分野への活用などを含めた、宇宙の安全保障分野における課題と政策を具体化した宇宙安全保障構想を策定するとともに、本構想を反映した宇宙基本計画を決定した。宇宙安全保障構想では、政府関係機関が行っている先端技術の研究開発を防衛目的にも活用することで、防衛力の抜本的強化につなげることとし、また、宇宙基本計画では、衛星コンステレーションなどによる情報収集や宇宙領域把握(SDA:Space Domain Awareness)体制の構築などにより、安全保障のために宇宙システムの利用を拡大し、宇宙空間の安全かつ安定的な利用を確保するとともに、安全保障と宇宙産業の発展の好循環を実現することとしている。

参照図表III-1-2-8(安全保障分野における宇宙利用(イメージ))、I部4章2節(宇宙領域をめぐる動向)3節6項(宇宙領域に関する取組)

図表III-1-2-8 安全保障分野における宇宙利用(イメージ)

動画アイコンQRコード動画:航空自衛隊、宇宙領域把握を開始
URL:https://m.youtube.com/watch?v=qoBwBWBR0-8

(2)防衛省・自衛隊の取組

防衛省・自衛隊は、宇宙領域において、衛星コンステレーションを含む新たな宇宙利用の形態を積極的に取り入れ、情報収集、通信、測位などの機能を宇宙空間から提供することにより、陸・海・空の領域における作戦能力をさらに向上させる。同時に、宇宙空間の安定的利用に対する脅威に対応するため、宇宙空間の監視能力を向上させ、宇宙領域把握(SDA)体制を確立するとともに、様々な状況に対応して任務を継続できるように人工衛星などの宇宙アセットの抗たん性強化に取り組む。また、相手の指揮統制・情報通信などを妨げる能力をさらに強化する。

さらに、宇宙航空研究開発機構(JAXA:Japan Aerospace Exploration Agency)を含む関係機関や民間事業者との間で、研究開発を含む協力や連携を強化するとともに、米国などの同盟国や同志国と交流して、人材育成をはじめとした連携強化を図る。

参照1章1節KEYWORD(宇宙領域把握)

(3)能力向上などの具体的な取組

防衛省・自衛隊は、宇宙領域を活用した情報収集、通信、測位などの各種能力の向上を通じて、宇宙作戦能力を強化していく。

情報収集については、情報収集衛星13や衛星コンステレーションをはじめとした民間衛星などを利用して多くの衛星画像を取得することにより、隙のない情報収集体制を構築する。特に、スタンド・オフ防衛能力の実効性を確保する観点から、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションを2027年度までに構築する。

通信については、指揮統制などの情報通信に使用するため、防衛省が所有し、運用しているXバンド防衛通信衛星「きらめき1号」と「きらめき2号」に加え、通信所要の増大への対応や抗たん性強化のため、2024年11月に「きらめき3号」を打ち上げた。また、「きらめき」と通信可能な装備品や関連施設を拡充するため、受信機材の調達や地上局通信の広帯域化を行うほか、1号と2号の後継機として2025年度から整備が開始される次期防衛通信衛星に搭載することを念頭に、妨害に対して抗たん性を有する技術などに関して実証試験などを行う。

さらに、通信環境の改善などのため、米国製の衛星コンステレーションであるスターリンクを使用した試験運用を艦艇などで行っているほか、米国が主導し、衛星の通信帯域を共有して抗たん性の高い通信を行うための枠組みであるPATS(Protected Anti-jam Tactical SATOCOM)への参加に向けて、通信機器の整備や実証試験を行っている。

測位については、多数の装備品にGPS(Global Positioning System)受信端末を搭載しており、精度の高い自己位置の測定やミサイルの誘導精度向上に不可欠なものとなっている。これに加え、2018年からサービスが開始された内閣府の準天頂衛星14システムも利用し、冗長性15を確保することとしている。

また、防衛省は、周辺国が配備を進めるHGVを早期に探知・追尾する手段として、衛星コンステレーションによる宇宙からの赤外線観測が有効である可能性があると考えていることから、米国との連携の可能性を踏まえつつ、JAXAの新型宇宙ステーション補給機(HTV(H-II Transfer Vehicle)-X)で計画している宇宙実証プラットフォームを活用した赤外線センサーなどの実証試験を行うほか、高感度広帯域の赤外線検知素子などの将来のセンサーの研究を推進することとしている。

参照1項(スタンド・オフ防衛能力の強化)

(4)宇宙空間の安定的利用の確保のための取組

一部の国が、人工衛星を攻撃するキラー衛星や衛星攻撃ミサイル、電磁波による妨害を行うジャミング兵器などの対衛星兵器の開発を進めているとみられていることに加え、中国やロシアが行った対衛星破壊実験16によるデブリ(宇宙ゴミ)の急増や、各国による衛星コンステレーションの構築により、宇宙空間の混雑化が進んでいることから、SDA衛星の打ち上げによるSDA体制の確立と人工衛星などの抗たん性を強化していく必要がある。

これまで防衛省・自衛隊は、宇宙空間の安定的利用を確保するための取組を進めており、その一環として、各国の衛星の運用状況や不審な衛星などの意図や能力を把握する宇宙領域把握(SDA)体制の構築に取り組んできた。引き続き、2026年度に予定しているSDA衛星の打ち上げや、SDA衛星を複数機で運用することの検討を含む各種取組を推進する。このほか、宇宙作戦の運用基盤を強化するための宇宙作戦指揮統制システムなどを整備していく。

また、衛星通信の抗たん性を高める技術の実証試験を行い、ジャミングなどの妨害行為に対する抗たん性を確保するほか、将来的な日米の宇宙システムの連携に向けて防衛省・自衛隊の宇宙関連システムに対するサイバーセキュリティを確保していく。加えて、相手の指揮統制・情報通信などを妨げる能力を強化していく。

参照図表III-1-2-9(宇宙領域把握(SDA)体制構築に向けた取組(イメージ))

図表III-1-2-9 宇宙領域把握(SDA)体制構築に向けた取組(イメージ)

(5)組織体制の強化

宇宙領域専門部隊を強化するため、2024年度には、空自の宇宙作戦群の要員を増やし、SDA任務のための装備品を安定的に運用する体制を強化した。2025年度は、SDA衛星の運用体制の構築やSDAに関する能力を強化するため、宇宙作戦団(仮称)を新編するなど、宇宙作戦能力をより一層強化していく。

また、宇宙領域の重要性の高まりと宇宙作戦能力の質的・量的強化にかんがみ、空自において、宇宙領域にかかる行動が、空における行動とは異なる、独立したものとして位置づけられることを踏まえ、空自を航空宇宙自衛隊(仮称)とすることとしている。

今後とも宇宙領域にかかる組織体制や人的基盤を強化するため、JAXAなどの関係機関や米国などの同盟国・同志国との交流による人材育成をはじめとした連携強化を図るほか、関係省庁間で蓄積された宇宙分野の知見などを有効に活用する仕組みを構築するなど、人材の確保に取り組む。

(6)同盟国・同志国などとの連携強化

ア 各国との連携強化の取組

宇宙空間の安定的利用の確保のためには、同盟国や同志国などとの連携強化が不可欠であり、また、宇宙における脅威の低減に向けた協力も必要である。2022年、国連総会本会議において、米国が主導し、わが国を含む11か国が共同で「破壊的な直接上昇型対衛星(DA-ASAT:Direct-Ascent Anti-SATellite)ミサイル実験」を行わないとの決議を提案し、155か国の支持を得て採択された。引き続き、誤解や誤算によるリスクを回避すべく、関係国間の意思疎通の強化や宇宙空間における透明性・信頼醸成措置(TCBM:Transparency and Confidence Building Measures)の重要性を発信していくことが必要である。

イ 米国との協力

米国とは、宇宙領域における日米防衛当局間の協力を一層促進する観点から、2015年に日米宇宙協力ワーキンググループ(SCWG:Space Cooperation Working Group)(審議官級)を設置し、宇宙政策や戦略にかかる連携、SDA情報の共有や教育を含む日米宇宙運用部隊間の協力、衛星コンステレーションにかかる議論など、宇宙協力について幅広く議論してきている。SCWGはこれまでに10回、直近では2024年6月に開催している。

また、日米政府間では、宇宙に関する包括的日米宇宙対話(CSD:Comprehensive Space Dialogue)が開催されており、安全保障分野を含む両国の宇宙政策に関する情報交換や今後の協力に関する議論を行っている。

直近のハイレベル交流については、2024年7月の日米「2+2」において、HGVなどの脅威を探知・追尾する衛星コンステレーションや連合宇宙作戦(CSpO(シースポ):Combined Space Operations)イニシアチブ17の下での取組を含む二国間、多国間協力などについて歓迎することを表明した18

運用面では、空自のSDA任務の遂行のためには米国との連携が不可欠であることから、米国との情報共有の具体化を進めている。また、米軍が主催する宇宙安全保障に関する多国間机上演習「シュリーバー演習」や宇宙状況監視多国間机上演習「グローバル・センチネル」などの演習への参加を継続し、多国間における宇宙空間の脅威認識の共有、SDAに関する協力や知見の蓄積などに努めているほか、米国宇宙コマンド多国間宇宙調整所(MSC:Multinational Space Collaboration Office)などに自衛官を派遣している。

ウ 同志国などとの協力

国境という概念がない宇宙の特性上、広大な範囲の宇宙領域を監視し、把握するためには、各国と連携する必要がある。同志国とは、協議や情報共有、多国間演習への参加を通じ、防衛当局間の関係強化やSDA情報にかかる協力、部隊間の協力など様々な分野で連携や協力を行っている。2023年には、防衛省・自衛隊としてCSpOイニシアチブの参加国に加わり、2024年12月には、イタリアで開催されたCSpOイニシアチブ将官級会議に参加した。本会議での議論を通じて参加10か国による今後のさらなる連携と協力の機会を確認した。CSpOイニシアチブに参加することにより、宇宙分野における同盟国・同志国との関係をさらに強化しつつ、宇宙空間の安定的な利用の確保のための国際的な取組に積極的に関与していく。

CSpOイニシアチブ将官級会議(前列左 小笠原航空幕僚副長)(2024年12月)

CSpOイニシアチブ将官級会議(前列左 小笠原航空幕僚副長)(2024年12月)

各国との連携や協力について、オーストラリアとは防衛当局間の協議を行っており、日豪防衛宇宙パートナーシップに関する趣意書を結び、また、宇宙ワーキンググループ(SWG:Space Working Group)を設置するなど、宇宙協力の深化を図っている。また、フランスとは宇宙に関する日仏政府間の対話や防衛当局間の協議、フランス航空・宇宙軍主催の多国間宇宙演習「AsterX(アステリクス)」への参加などを通じて連携を強化している。このほか、英国とは防衛当局間の協議、ドイツとは宇宙協力に関する専門家会議やSWG、カナダとは机上演習、インドやEUとは宇宙政策などに関する対話を通じて連携や協力を推進している。

多国間宇宙演習「AsterX」への参加(2025年3月)【フランス航空・宇宙軍提供】

多国間宇宙演習「AsterX」への参加(2025年3月)【フランス航空・宇宙軍提供】

2 サイバー領域
(1)基本的考え方

インターネットなどで利用されるサイバー空間は、様々なサービスやコミュニティが形成されており、国民の生活に欠かせないものとなっている。また、指揮統制や組織内ネットワークなど、軍事的にも利用される重要なインフラであり、わが国の防衛にとっても領域横断作戦を遂行する上で重要な領域である。このため、サイバー空間上の情報資産やネットワークを侵害するサイバー攻撃は、社会に深刻な影響を及ぼし、国家の安全保障にとっても深刻な脅威となるものである。

サイバー領域においては、諸外国や関係省庁、民間事業者との連携により、平素から有事まで情報の収集や共有を図るとともに、わが国全体としてサイバー安全保障分野における対応能力を強化していくことが重要である。防衛省・自衛隊は、サイバー安全保障分野における政府全体での取組と連携し、自らのサイバーセキュリティのレベルを高めつつ、関係省庁や重要インフラ事業者、防衛産業との連携を強化する取組を推進していく。

参照I部4章3節(サイバー領域をめぐる動向)3節3項(サイバー安全保障)

(2)防衛省・自衛隊の取組

防衛省・自衛隊は、能動的サイバー防御を含むサイバー安全保障分野における政府全体での取組と連携していく。その際、重要な情報システムなどを中心に常時継続的にリスク管理を行う態勢にするとともに、これに対応するサイバー要員を大幅に拡充する。特に高度なスキルを有する民間人材を活用することにより、高度なサイバーセキュリティを実現する。また、高いサイバーセキュリティの能力により、あらゆるサイバー脅威から自らの情報システムなどを防護するとともに、その能力を活かしてわが国全体のサイバーセキュリティの強化にも取り組んでいく。

このため、2027年度までに、サイバー攻撃19を受けている状況下においても、指揮統制能力や優先度が高い装備品のシステムを保全できる態勢を確立するとともに、防衛産業のサイバー防衛を下支えできる態勢を構築する。将来的には、自衛隊以外の関係省庁や民間企業が取り組むサイバーセキュリティを支援できる態勢も構築する。

参照図表III-1-2-10(防衛省・自衛隊におけるサイバーセキュリティ確保のための総合的施策)、資料16(防衛省のサイバーセキュリティに関する近年の取組)

図表III-1-2-10 防衛省・自衛隊におけるサイバーセキュリティ確保のための総合的施策

動画アイコンQRコード資料:防衛省・自衛隊の『ここが知りたい!』 自衛隊のサイバー攻撃への対応について
URL:https://www.mod.go.jp/j/press/shiritai/cyber/index.html

動画アイコンQRコード資料:サイバーセキュリティに関する注意喚起
URL:https://www.mod.go.jp/j/approach/defense/cyber/index.html

ア サイバーセキュリティ確保のための体制整備

2022年、陸・海・空自の共同の部隊として自衛隊サイバー防衛隊を新編し、サイバー攻撃への対処のほか、陸・海・空自のサイバー専門部隊に対する訓練支援や、防衛省・自衛隊の共通のネットワークである防衛情報通信基盤20(DII:Defense Information Infrastructure)の管理・運用などを行っている。また、自衛隊サイバー防衛隊をはじめ、陸・海・空自のサイバー専門部隊の体制を拡充しているほか、サイバー要員の育成を推進している。2023年には防衛省整備計画局情報通信課を改編し、サイバー整備課と大臣官房参事官を新設するなど、サイバー政策の企画立案機能も強化した。

さらに、2021年から、防衛省では、サイバー領域における高度な知識やスキル、豊富な経験と実績を有する人材をサイバーセキュリティアドバイザーとして採用しているほか、民間企業において実務経験を積んだ者を採用する官民人事交流制度や役務契約などによる民間人材の活用などにも取り組んでいる。このほか、サイバーセキュリティに関する専門的知見を備えた優秀な人材を発掘することを目的とした防衛省サイバーコンテストの開催や、サイバーセキュリティの技能を持つ予備自衛官補の採用を行っている。

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イ セキュリティ強化

サイバー攻撃などの脅威は日々高度化・巧妙化していることから、情報システムのセキュリティ対策については、一過性の「リスク排除」から継続的な「リスク管理」へ考え方を変え、情報システムの運用開始後も常時継続的にリスクを分析・評価し、必要なセキュリティ対策を行うリスク管理枠組み(RMF:Risk Management Framework)を導入している。

また、境界型セキュリティのみで組織内ネットワークの内部を安全に保つことができるという従来の発想を転換し、ゼロトラスト21の概念に基づくセキュリティ機能の導入に向けた取組を進めていく。これらにより、防衛省・自衛隊のサイバーセキュリティレベルを向上させるとともに、万が一、組織内ネットワークの内部に侵入されても情報資産を保護できる態勢を構築する。

さらに、情報システムの防護態勢を強化するため、自衛隊の情報システムを統合・共通化したクラウドを整備し、一元的なサイバーセキュリティ対策を行うほか、装備品や施設インフラシステムの防護態勢の強化や、ネットワーク内部に脅威が既に侵入している前提で内部の潜在的脅威を継続的に探索・検出するスレットハンティング機能の強化、AIを活用してサイバー攻撃の状況把握や対処などを迅速に行う支援システムの整備などを進めていく。

防衛産業のサイバーセキュリティの強化については、防衛省・自衛隊は、米国の基準であるNIST SP800-17122と同水準の管理策を盛り込んだ新たな情報セキュリティ基準「防衛産業サイバーセキュリティ基準」を2022年に策定した。これを受け、防衛関連企業においては、サイバーセキュリティを強化するため、保有する情報システムの改修などが進められている。

参照図表III-1-2-11(リスク管理枠組み(イメージ))、V部1章1節2項4(防衛産業保全の強化)

図表III-1-2-11 リスク管理枠組み(イメージ)

ウ 教育・研究

自衛隊のサイバー防衛能力を抜本的に強化するためには、サイバーセキュリティに関する高度な知識や技能を保有する人材を育成することが重要であり、教育の拡充や民間の知見の活用も含め、積極的に人材の育成に取り組む必要がある。このため、防衛省・自衛隊は、高度な知識や技能を修得できるよう、サイバー分野に関わる隊員をサイバー攻撃に対処する専門的な部隊などに継続的かつ段階的に配属するとともに、部内教育や部外教育による人材の育成を行っている。

教育については、各自衛隊共通の教育として、2019年度から陸自通信学校(当時)においてサイバーセキュリティに関する教育を行っているほか、米国防大学サイバー戦指揮官要員課程や米陸軍サイバー戦計画者課程への隊員派遣、陸自高等工科学校へのシステム・サイバー専修コースの設置といった取組を行っている。また、2024年3月に、陸自通信学校を陸自システム通信・サイバー学校に改編し、サイバー要員を育成する教育基盤を拡充した。防衛大学校では、サイバーに関するリテラシー教育を拡充するとともに、2024年度に情報工学科をサイバー・情報工学科に改編した。さらに、各自衛隊の部隊においても一般隊員のサイバーに関するリテラシー教育を推進している。

研究面では、2023年度に防衛研究所に新設したサイバー安全保障研究室の研究体制を強化するとともに、防衛装備庁新世代装備研究所23において、サイバー攻撃による被害拡大の防止やサイバー攻撃を受けても各種装備システムの運用を継続できるよう、装備システム用サイバー防護技術の研究を進めている。

(3)民間企業や諸外国との連携など

サイバー攻撃に対して、迅速かつ的確に対応するためには、民間企業との協力、同盟国などとの対話や共同訓練などを通じ、サイバーセキュリティにかかる最新のリスク、対応策、技術動向を常に把握しておく必要がある。このため、民間企業や米国をはじめとする諸外国と効果的に連携している。

ア 民間企業などとの協力

2013年にサイバーセキュリティへの関心が高い防衛産業10社程度をメンバーとするサイバーディフェンス連携協議(CDC):Cyber Defense Council)を設置し、防衛省が中心となり、防衛産業間において情報共有を行うとともに、情報を集約してサイバー攻撃の全体像の把握に努めている。また、毎年1回、防衛産業と共同訓練を行い、防衛省・自衛隊と防衛産業双方のサイバー攻撃対処能力の向上に取り組んでいる。

イ 米国との協力

米国とは、情報共有をさらに強化し、情報保全やサイバーセキュリティにかかる取組を強化していくこととしている。

2013年、日米両政府は、防衛当局間の政策協議の枠組みとして日米サイバー防衛政策ワーキンググループ(CDPWG:Cyber Defense Policy Working Group)を設置し、サイバーに関する政策的な協議の推進、情報共有の緊密化など、幅広い分野に関する専門的・具体的な検討や意見交換などを行っている。

2015年には日米防衛協力のための指針(ガイドライン)とCDPWG共同声明が発表され、日米両政府は、迅速かつ適切な情報共有体制の構築や、自衛隊と米軍が任務遂行上必要な重要インフラの防衛のほか、各々のネットワークとシステムの抗たん性の確保や教育交流、共同演習を行うこととした。また、2019年の日米「2+2」では、国際法がサイバー空間にも適用されることや、一定の場合には、サイバー攻撃が日米安保条約第5条にいう武力攻撃にあたりうることを確認した。さらに、2024年7月の日米「2+2」や2025年3月の日米防衛相会談において、サイバーセキュリティにおける連携を強化することで一致したほか、日米両政府全体の枠組みである日米サイバー対話への参加や、防衛当局間の枠組みである日米ITフォーラムを継続的に開催するなど、米国との連携強化を一層推進している。

運用協力の面では、日米共同統合演習(実動演習)、日米豪共同指揮所演習などにおいてサイバー攻撃対処訓練を行い、日米共同対処能力の向上に取り組んでいる。

ウ 同志国などとの協力

同志国などとは、脅威認識の共有、サイバー攻撃対処に関する意見交換、多国間演習への参加などにより、連携や協力を強化することとしている。

NATO(North Atlantic Treaty Organization)との間では、政府全体の枠組みである日NATOサイバー対話への参加や、防衛当局間においてサイバー空間を巡る諸課題について意見交換する日NATOサイバー防衛スタッフトークスなどを行うとともに、エストニアに設置されているNATOサイバー防衛協力センター(CCDCOE:Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence)が主催する「サイバー紛争に関する国際会議」(CyCon(サイコン):International Conference on Cyber Conflict)に参加している。CCDCOEには、2019年から防衛省の職員を派遣しており、2022年からは正式にCCDCOEの活動に参加している。

このほか、オーストラリア、英国、ドイツ、フランス、エストニアとの防衛当局間のサイバー協議を行っている。また、シンガポール、ベトナムなどとの防衛当局間で、ITフォーラムを行い、サイバーセキュリティを含む情報通信分野の取組や技術動向に関する意見交換を行っているほか、ASEANに対するサイバーセキュリティ分野の能力構築支援なども行っている。

訓練・演習については、自衛隊のサイバー領域の能力強化や諸外国との連携強化を目的に参加しており、2024年度は、4月にCCDCOE主催の多国間サイバー防衛演習「ロックド・シールズ2024」に日英合同チームで参加したほか、8月に米国主催の多国間サイバー競技会「テックネット・オーガスタ」、11月にオーストラリア主催の多国間サイバー訓練「サイバー・スキルズ・チャレンジ」、12月にNATO主催の多国間サイバー防衛演習「サイバー・コアリション」、2月に英国主催の「ディフェンス・サイバー・マーベル4」に参加した。さらに同月、陸自が多国間サイバー防護訓練「Cyber KONGO(サイバー コンゴウ)2025」を主催し、計17か国の参加国とともに、サイバー領域における能力の強化を図った24

多国間サイバー防衛演習「ロックド・シールズ2024」への参加(2024年4月)(演習参加者は自国からオンライン形式で参加(演習統裁部はエストニア))

多国間サイバー防衛演習「ロックド・シールズ2024」への参加(2024年4月)(演習参加者は自国からオンライン形式で参加(演習統裁部はエストニア))

3 電磁波領域
(1)基本的考え方

無線通信やレーダーなどで使われる電磁波は、陸・海・空、宇宙、サイバー領域に至るまで、活用範囲や用途が拡大していることから、電磁波領域における優勢を確保することは、抑止力の強化や領域横断作戦の遂行にとって極めて重要である。

このため、電磁波領域においては、相手からの通信妨害などの厳しい電磁波環境の中においても、自衛隊の電子戦やその支援能力を有効に機能させ、相手の電子妨害能力や通信を低減・無効化するなど、電子戦能力を強化する25。また、電磁波の管理機能を強化し、自衛隊全体でより効率的に電磁波を活用していく。

(2)防衛省・自衛隊の取組

防衛省・自衛隊としては、電子戦能力や電磁波管理機能の強化に取り組むほか、民生用の周波数利用と自衛隊の指揮統制や情報収集活動などのための周波数利用を両立させ、自衛隊が安定的かつ柔軟に電波を利用できるよう、関係省庁と緊密に連携しつつ、電磁波領域における能力を強化する。

参照I部4章4節(電磁波領域をめぐる動向)

ア 電子妨害能力(通信・レーダー妨害能力)などの強化

わが国に侵攻する相手の通信やレーダーなどの電波利用を妨害し、相手の作戦能力を低減または無効化することは、他の領域における自衛隊の能力が劣勢であったとしても、その状況を克服する手段として非常に有効である。

陸自は、電波情報の収集や分析を行い、相手の電波利用を妨害するネットワーク電子戦システム(NEWS)を配備するとともに、相手の航空機のレーダーを無効化する対空電子戦装置の取得を開始している。また、低電力通信妨害技術や将来電磁パルス(EMP:ElectroMagnetic Pulse)装備技術の研究を進めている。さらに、小型無人機などへの対処能力の向上を図るため、高出力レーザーや高出力マイクロ波(HPM:High Power Microwave)などの指向性エネルギー技術の研究を推進している。

ネットワーク電子戦システム(NEWS)

ネットワーク電子戦システム(NEWS)

2025年度は、電子妨害能力をさらに向上させたネットワーク電子戦システム(NEWS)(改)の開発や、多数飛来する小型無人機に対応するための艦載用レーザーシステムの研究を開始する。

イ 電子防護能力の強化

相手の電子妨害の効果を低減または無効化しつつ作戦を遂行するため、電子防護能力に優れたF-35A戦闘機の取得を推進するとともに、同じく電子防護能力に優れ、短距離離陸・垂直着陸が可能なF-35B戦闘機を取得する。また、電子防護能力を含むF-15戦闘機の能力向上を進めていく。

ウ 電子戦支援能力の強化

電磁波領域で優勢を確保するためには、平素から電磁波に関する情報を収集し、分析することが重要である。空自は、電子妨害や電子防護に必要となる電波を収集する能力を強化するため、RC-2電波情報収集機の取得を推進しており、このほか、防衛省として電子作戦機の開発を行っている。

エ 電磁波管理機能の強化

電磁波を効果的に利用して作戦を優位に進めるためには、電子戦能力の向上に加え、電磁波の周波数や利用状況を一元的に把握し、周波数の利用について調整するとともに、部隊などに適切に周波数を割り当てる必要がある。

このため、装備品の通信装置やレーダー、電子戦装置などで使用する電磁波の利用状況を把握し、モニター上で可視化するなど、電磁波管理機能の強化を進めていく。

オ 人材育成・研究

自衛隊の電磁波領域の能力強化や専門的知見を有する隊員の育成のため、各種訓練や米国の電子戦教育課程への要員派遣などを通じ、最新の電磁波領域に関する知見の収集やノウハウの獲得を図っている。また、抗たん性を強化するための通信網の多重化の推進や、電磁パルス防護の観点を踏まえた研究などに取り組んでいる。

4 陸・海・空の領域
(1)基本的考え方

領域横断作戦の基本となる陸上防衛力、海上防衛力、航空防衛力については、海上優勢26や航空優勢27を維持、強化するため、艦艇や航空機などの着実な整備や先進的な技術を積極的に活用するとともに、無人アセットとの連携も念頭に置きつつ抜本的に強化していく。このため、各種装備品の取得や能力向上を推進し、陸・海・空の領域における能力を向上させる。

(2)防衛省・自衛隊の取組

陸自は、10(ヒトマル)式戦車、16(ヒトロク)式機動戦闘車、19(ヒトキュウ)式装輪自走155mmりゅう弾砲などの取得を進めているほか、現有の96(キュウロク)式装輪装甲車の後継としてフィンランドで開発された装輪装甲車(人員輸送型)AMV(Armored Modular Vehicle)や、ベースとなる車体を共通化した国産の24(ニーヨン)式装輪装甲戦闘車、24(ニーヨン)式機動120mm迫撃砲、共通戦術装輪車(偵察戦闘型)を取得していく。

24式装輪装甲戦闘車

24式装輪装甲戦闘車

海自は、長射程ミサイルの搭載や対潜戦機能などが強化され、かつ省人化された護衛艦の新型FFM28や探知能力などが向上した潜水艦、後方支援能力を強化した補給艦、探知・識別能力などを強化した能力向上型P-1哨戒機などを取得していく。

新型FFM(イメージ)

新型FFM(イメージ)

空自は、F-35A戦闘機やF-35B戦闘機を取得するほか、F-15戦闘機とF-2戦闘機の能力向上のための改修を行っていく。

空自で導入予定のF-35Bを艦上運用するため、護衛艦「かが」は、米海軍と米海兵隊の支援を得てF-35Bによる艦上運用試験を米国で行った。(2024年10月から11月)

空自で導入予定のF-35Bを艦上運用するため、護衛艦「かが」は、米海軍と米海兵隊の支援を得てF-35Bによる艦上運用試験を米国で行った。(2024年10月から11月)

12 他国の人工衛星を攻撃するキラー衛星による妨害や、地上からの電磁波による妨害(ジャミング)など。

13 政府の情報収集衛星は、内閣衛星情報センターにおいて運用されているものであり、防衛省は他省庁とともに、情報収集衛星から得られる画像情報を利用している。

14 通常の静止衛星は赤道上の円軌道に位置するが、その軌道を斜めに傾け、かつ楕円軌道とすることで、特定の一地域のほぼ真上の上空に長時間とどまることが可能となるような軌道に投入された衛星のこと。1機だけでは24時間とどまることができないため、通常、複数機が打ち上げられる。また、ユーザーのほぼ真上を衛星が通過するため、山や建物などといった障害物の影響を受けることなく衛星からの信号を受信することができる。

15 特定の手段に不具合があった場合でも、それをカバーして本来の機能を維持するための予備の手段を持っていること。

16 中国は2007年、ロシアは2021年に地上からミサイルを発射し、衛星を破壊する実験を行った。この実験により無数のデブリが発生したことから、デブリの衝突を防ぎ、衛星を防護することが各国の課題となっている。

17 米国をはじめとする同志国で構成され、宇宙安全保障に関して議論する多国間枠組み。防衛省・自衛隊として2023年から参加国に加わった。

18 なお、2023年1月の日米「2+2」では、宇宙への、宇宙からのまたは宇宙における攻撃が、同盟の安全に対する明確な挑戦であると考え、一定の場合には、当該攻撃が、日米安全保障条約第5条の発動につながることがありうることを確認している。

19 情報通信ネットワークや情報システムなどの悪用により、サイバー空間を経由して行われる不正侵入、情報の窃取、改ざんや破壊、情報システムの作動停止や誤作動、不正プログラムの実行やDDoS攻撃(分散サービス不能攻撃)など。

20 自衛隊の任務遂行に必要な情報通信基盤で、防衛省が保有し運用するマイクロ回線、通信事業者から借り上げている通信回線や衛星通信回線などの各種通信回線を利用し、データ通信網と音声通信網を構成する自衛隊共通のネットワーク。

21 組織ネットワークの内部の安全性を当然視せず、ネットワーク内外からのすべてのアクセスの真正性を動的に検証・制御することで、組織の情報資産(データ、デバイス、アプリケーションなど)を安全に保つという考え方。

22 非政府機関情報システムにおけるセキュリティ管理策であり、米国防省が注意情報を取り扱う契約企業に対して義務付けている情報セキュリティ基準。

23 2024年10月、防衛装備庁は、次世代装備研究所を廃止し、新世代装備研究所を新設した。

24 「テックネット・オーガスタ」と「サイバー・スキルズ・チャレンジ」は2022年以降毎年参加。「サイバー・コアリション」は3年連続4回目の参加。「ディフェンス・サイバー・マーベル」は2023年以降毎年参加。「ロックド・シールズ」は2021年以降毎年参加。このほか、2022年に米国主催の多国間サイバー競技会「テックネットインド太平洋多国間Capture The Flag」に参加。

25 電磁波を用いた攻撃の一つとして、核爆発などにより瞬時に強力な電磁波を発生させ、電子機器を誤作動させたり破壊したりするEMP攻撃があるが、防衛分野のみならず国民生活全体に影響がある可能性があることから、政府全体で必要な対策を検討することとしている。

26 海域において相手の海上戦力より優勢であり、大きな損害を受けることなく作戦を遂行できる状態。

27 航空部隊が敵から大きな妨害を受けることなく作戦を遂行できる状態。

28 FFMは、多様な任務への対応能力の向上と船体のコンパクト化を両立させた新たな護衛艦のことであり、艦種は、フリゲートの艦種記号「FF」に多目的(Multi-Purpose)と機雷(Mine)の「M」を合わせたもの。