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第III部 防衛目標を実現するための3つのアプローチなど

5 指揮統制・情報関連機能の強化

1 基本的考え方

今後、戦闘様相はより一層迅速化、複雑化していくことから、部隊などの指揮官の意思決定を相手の意思決定よりも迅速かつ的確に行い、戦闘を主導的かつ有利に進めることが一層重要となる。このため、AIの導入などを含め、リアルタイム性、抗たん性、柔軟性を備えた指揮統制ネットワークを構築し、迅速かつ確実なISRT(Intelligence, Surveillance, Reconnaissance and Targeting)(情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング)の実現を含め、指揮統制・情報関連機能を強化していく。

具体的には、ハイブリッド戦や認知領域を含む情報戦に対処可能な情報能力を整備するとともに、衛星コンステレーションなどによるニアリアルタイムの情報収集能力を整備する。また、これまで以上に、わが国の周辺国などの意思と能力を常時継続的かつ正確に把握するため、情報の収集、整理、分析、共有、保全を実効的に行えるよう、情報本部を中心とした各種情報収集能力を強化するとともに、地理空間情報の活用を含む統合的な分析能力を抜本的に強化していく。

2 指揮統制機能

防衛省・自衛隊は、迅速かつ確実な指揮統制を行うため、抗たん性のあるネットワークによりリアルタイムで情報共有を行う能力を確保することで指揮統制機能を強化していく。このため、情報共有機能を強化し、各自衛隊の一元的な指揮統制を可能とする防衛省クラウド(仮称)基盤の整備や、空自の自動警戒管制システム(JADGE(ジャッジ):Japan Aerospace Defense Ground Environment)の大規模な換装を行い、端末のモバイル化などにより防空指令所(DC:Direction Center)以外においても指揮統制ができるという抗たん性の強化とHGVなどへの対処能力を向上させた次世代JADGE(仮称)を整備する。また、光電融合技術を利用し、大容量・低消費電力・低遅延が実現できるAPN(All-Photonics Network)を活用した防衛情報通信基盤の整備や陸自のクローズ系クラウドにAIを活用するための基盤の整備などを行っていく。

3 情報戦への対応を含む情報関連機能
(1)情報収集・分析などの機能の強化

ア 軍事情報の収集と分析機能の強化

急速かつ複雑に変化する安全保障環境において、政府が的確に意思決定を行うためには、質が高く、時宜に適った情報収集・分析が不可欠である。国際情勢の急速な変化やわが国周辺における軍事活動が活発化するなか、防衛省・自衛隊は、様々な手段を適切に活用し、隙のない情報収集体制を構築していく。

防衛省・自衛隊は、平素から様々な手段により、迅速かつ的確に情報収集を行っている。情報収集の手段などについては、①わが国上空に飛来する軍事通信電波や電子兵器が発する電波などの収集・処理・分析、②衛星画像の収集・判読・分析、③艦艇・航空機などによる警戒監視、④各種公開情報の収集・整理、⑤各国国防機関などとの情報交換、⑥各国に派遣されている防衛駐在官などによる情報収集などがあげられる。

防衛駐在官については、防衛省として派遣体制の強化に加え、赴任国において効果的に情報収集活動を行うため、赴任前研修の充実・強化やキャリアパスの確保、関連情報の蓄積をはじめとした情報収集サイクルを強化するなど、防衛駐在官の支援体制の強化にも取り組んでいる。2024年度は、新たにエストニア、カンボジア、スリランカに防衛駐在官各1名を派遣するとともに、ベトナムに1名を増員した。2025年度は、新たにフィジー、ブルネイに各1名を派遣するとともに、フィリピン、フランスに各1名を増員する。

また、情報本部や陸・海・空自の情報システムの整備、各種情報収集アセット(装備品)や各通信所、沿岸監視隊の情報収集器材の維持・整備、各種情報資料の収集・整理を行い、情報分析などの機能を強化していく。

さらに、多様化するニーズに情報部門が的確に応えていくため、能力の高い情報収集・分析要員の確保や育成を進め、採用、教育・研修、人事配置などの様々な面において着実な措置を講じ、総合的な情報収集・分析機能を強化していく。さらに、情報関連の国内関係機関との協力や連携を進めるとともに、情報収集衛星により収集した情報を防衛省・自衛隊の活動により効果的に活用するために必要な措置を講じていく。

参照図表III-1-2-12(防衛駐在官の派遣状況(イメージ))

図表III-1-2-12 防衛駐在官の派遣状況(イメージ)

動画アイコンQRコード資料:防衛省・自衛隊の『ここが知りたい!』 防衛駐在官について
URL:https://www.mod.go.jp/j/press/shiritai/chuuzaikan/index.html

イ 情報本部

情報本部は、1997年に創設された防衛省の中央情報機関であり、わが国最大の情報機関である。情報本部では、様々な情報を収集し、国際・軍事情勢など、極めて速いスピードで変化しているわが国を取り巻く安全保障環境にかかわる分析を行っている。

国家防衛戦略において、情報本部は、情報の収集・分析に加え、わが国の防衛において情報戦対応の中心的な役割を担うとされ、国際・軍事情勢などに関する情報収集・分析・発信能力を抜本的に強化していくこととしている。

情報本部は、陸・海・空の自衛官と事務官・技官(語学系、技術系、行政・一般事務)からなる組織であり、自衛官は各部隊などで培った経験や知見を、事務官・技官は語学、技術などの専門的な知識を駆使し、一丸となって業務に従事している。具体的には、電波情報、画像・地理情報、公開情報(新聞、インターネットなど)、関係者との意見交換など、様々な情報源から得た情報に基づき、軍事的、政治的、経済的要因を含む様々な観点から総合的な分析を行っている。

また、情報本部では、宇宙・サイバー・電磁波の領域における情報収集・分析機能を強化しており、例えば、サイバー空間における脅威の動向について、公開情報の収集や諸外国との情報交換など、必要な情報の収集・分析を行っている。

情報本部の情報業務の成果は、分析プロダクトとして、内閣総理大臣、防衛大臣、内閣官房国家安全保障局、内閣情報調査室や陸・海・空自の各部隊に対して適時適切に提供され、政策判断や部隊運用を支えている。また、関係省庁や諸外国カウンターパートとの情報交流も積極的に行っている。

ウ 情報保全に関する取組

防衛省・自衛隊においては、従来から、秘匿性の高い様々な情報を適切に保護するため、特定秘密保護法29などの関係法令に従い、関係省庁・部局間で連携しつつ、必要な情報保全のための体制整備に取り組んできた。

しかしながら、2020年、海自情報業務群司令(当時)が、かつて上司であった秘密を取り扱う資格のない者に対してブリーフィングを行い、特定秘密などの情報を故意に漏らしたことが判明した。これを受けて2023年、元職員との面会やブリーフィングにおける対応要領、管理者や退職する職員に対する保全教育の制度化などの再発防止策を策定し、浜田防衛大臣(当時)より全職員に対して周知徹底された。

また、2022年に、海自の護衛艦「いなづま」の当時の艦長が、特定秘密の適性評価が未実施の隊員を特定秘密取扱職員に指名し、特定秘密の情報を取り扱わせていたことが判明した。さらに、2023年に、北部方面隊隷下の部隊指揮官が訓練において指示・伝達を行った際、特定秘密の情報を知るべき立場にない隊員に対して特定秘密の情報を漏らしたことが判明した。

このような事案が生起したことを防衛省・自衛隊は深刻に受け止め、2024年4月、本件の調査結果と懲戒処分について公表すると同時に、再発防止に関する防衛大臣指示を発出し、改めて特定秘密保護法に基づく関連規則の適切な運用について、防衛省・自衛隊全体に対して点検を指示したほか、防衛副大臣を委員長とする「特定秘密等漏えい事案に係る再発防止検討委員会」において、より実効的な再発防止策について集中的に検討を行い、情報保全のより一層の徹底を図ることとした。

この点検の結果、護衛艦において適性評価未実施の隊員が特定秘密を知ることができる状態に置かれていた事案が35件確認され、転入に伴い必要となる適性評価を行わずに特定秘密取扱職員に指名した事案を含め、特定秘密保護法上の漏えいと評価される事案が計43件確認されたほか、特定秘密に関する手続に誤りがあった事案が15件確認されたことから、同年7月、これらの事案の調査結果とともに事務次官を含む総数121名の懲戒処分などを公表した。

以上のような防衛省の事案の公表を受け、衆議院および参議院情報監視審査会からは、「当審査会の令和5年の勧告を重く受け止めず、特定秘密の保全に真摯に取り組んでこなかったことの証左(しょうさ)」、「わが国の情報保全体制に対する信頼を著しく損なう事案が立て続けに生じたことは極めて遺憾である」との厳しい指摘を受けるとともに、確認された事案のほかに特定秘密の漏えいなどが生じた事例がないか防衛省全体で徹底調査すべき旨の勧告を受けるに至った。

その後の同年8月、衆議院および参議院情報監視審査会のこれら勧告を踏まえ、大規模な定期異動の時期を機に、他の行政機関から異動してきた職員に対する適性評価の実施状況について防衛省・自衛隊全体で点検を実施した結果、特定秘密保護法上の漏えいと評価される事案が32件確認されたほか、特定秘密の管理にかかる手続に瑕疵(かし)があった事案が69件確認された。

さらに、特定秘密を取り扱えない防衛省内のネットワーク30上に特定秘密文書の電子データが保存されていることが確認され、特定秘密の漏えいがあったと評価した事案も確認した。

頻発する事案を受け、防衛省は、これまでの再発防止策が、本質的な問題に切り込まない表面的なものとなっていたのではないかという問題意識を持ちつつ事案の調査を行い、その結果を踏まえ、①部隊運用の実情に即した情報保全の在り方の検討、②情報保全意識の向上および情報保全教育の抜本的改善、③既存の制度運用の改善・情報保全に関する制度の改正、④総合秘密保全システム(仮称)31の導入によるヒューマン・エラーの局限、⑤外部有識者会議の設置を含む防衛省における情報保全業務体制の強化、⑥特定秘密の漏えい事案などにかかる防衛省・自衛隊全体の調査とその進捗管理、といった真に実効性のある再発防止策を構築した。

防衛省・自衛隊は、情報保全に対する考え方や体制を抜本的に改めるとともに、法律や規範を確実に遵守する組織風土への改善に向け、防衛省・自衛隊全体で取り組むこととした。

参照図表III-1-2-13(特定秘密漏えい事案などにかかる再発防止策)

図表III-1-2-13 特定秘密漏えい事案などにかかる再発防止策

(2)認知領域を含む情報戦などへの対処

ア 認知領域を含む情報戦

国際社会においては、紛争が生起していない段階から、偽(にせ)情報や戦略的な情報発信など、人の認知に働きかけることにより、他国の世論や意思決定に影響を及ぼし、自らの意思決定への影響を防ぐことで、自らに有利な安全保障環境を構築しようとする情報戦が行われている。このような状況を踏まえ、わが国は認知領域を含む情報戦に確実に対処できる体制・態勢を構築することとしている。

参照I部4章1節4項(情報関連技術の広まりと情報戦)

イ 防衛省・自衛隊の取組

厳しさを増す安全保障環境やIT(Information Technology)技術を含む技術革新の急速な進展などに伴い、認知領域を含む情報戦などの新たな戦い方に対応していくことが重要である。特に、ロシアによるウクライナ侵略やイスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突の状況を踏まえれば、わが国防衛の観点から、偽情報を見破り、分析し、迅速かつ適切に正しい情報を発信するなど、認知領域を含む情報戦への対応が急務である。

防衛省・自衛隊においては、2027年までに認知領域を含む情報戦に確実に対処可能な情報能力を整備することとしており、情報本部においては、各国による情報発信の真偽を見極めるためのSNS情報などを自動収集する機能を整備するなど、政策部門や運用部門と緊密に連携しつつ、情報の収集・分析・発信のあらゆる段階において必要な措置を講じている。

2024年度には、情報戦対応にかかる情報の収集・分析・発信に関する体制強化のため、情報本部に当該業務を行う情報官と専門部署を設置したほか、防衛省の内部部局に、省内における認知領域を含む情報戦対応の司令塔機能として、情報戦対応班を新設した。また、AIを活用した公開情報、SNSなどの自動収集・分析機能の整備や、情報見積りに関する将来予測サービスを活用し、情報の真偽を見極めるなどの取組を開始している。さらに、陸・海・空自の基幹部隊の見直しを行い、情報戦部隊を新編することとしており、2025年度については、陸自情報作戦隊(仮称)、海自情報作戦集団を新編する予定である。

あわせて、同盟国・同志国などとの情報共有や共同訓練などを行うことにより、国際社会の趨勢を踏まえたさらなる能力の強化に努める。

こうした各種措置のほか、防衛力の中核である自衛隊員が偽情報に惑わされ、的確な意思決定や行動が阻害されることのないよう、隊員一人一人が偽情報の危険性を理解し、常日頃から物事を冷静に捉え、客観的に分析できる姿勢を涵養することが求められる。このため、教育などの機会を通じ、必要な素養の習得やサイバー/メディア・リテラシーの向上などを図り、情報保全体制のさらなる強化に取り組む。また、外国から発信された防衛省・自衛隊に関する偽情報の事例の一例を公表することなどにより、正確な情報の発信にも取り組む。

参照1節2項5(認知領域を含む情報戦への対応)

29 特定秘密の保護に関する法律

30 防衛省中央OAネットワーク・システム

31 適性評価の申請・登録をはじめ、保全区画への入退室記録、秘密文書へのアクセス履歴などを一元的に管理するシステム