国家防衛戦略では、力による一方的な現状変更を許容しない安全保障環境を創出していくこと、同盟国・同志国などと協力・連携して力による一方的な現状変更やその試みを抑止すること、わが国への侵攻が生起した場合はわが国が主たる責任をもって対処すること、の3つを防衛目標として掲げ、これを実現するために、①わが国自身の防衛体制、②日米同盟、③同志国などとの連携という、強化すべき3つのアプローチを示し、あらゆる努力を統合して実施していくとしている。
第III部では、防衛目標を達成するための3つのアプローチとその具体的な内容について説明する。
第1章は、「わが国自身の防衛体制」として、わが国への侵攻に対する自衛隊の行動などをはじめ、防衛力の抜本的な強化や国全体で推進していく防衛体制の強化の取組について記述する。
第2章は、「日米同盟」として、わが国の安全保障政策の基軸である日米同盟について、同盟による抑止力と対処力の強化にかかわる取組を記述する。
第3章は、「同志国などとの連携」として、多角的・多層的な安全保障協力の戦略的な推進のために行っている取組や、海洋安全保障の確保、国際平和協力活動、軍備管理・軍縮、不拡散への取組など、国際社会全体の平和と安定、繁栄の確保のための取組について記述する。
海に囲まれ長大な海岸線を持つわが国は、本土から離れた多くの島嶼(しょ)や広大な排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)、大陸棚を有しており、そこに広く存在する国民の生命・身体・財産、領土・領海・領空と多くの資源を守り抜くことが課題である。また、資源や食料の多くを海外との貿易に依存するわが国にとって、自由で開かれた海洋秩序を強化し、航行・飛行の自由や安全を確保することも不可欠である。
万が一、抑止が破綻し、わが国に対して侵攻が生起した場合は、その態様に応じて迅速かつ柔軟に対応し、同盟国の支援を受けつつ、わが国が主たる責任をもって侵攻に対処する。その際、防衛省・自衛隊は、陸・海・空の領域と宇宙・サイバー・電磁波の領域における作戦能力などを有機的に融合させるとともに、陸・海・空自の部隊を連携させて統合作戦を行い、わが国に対する侵攻を阻止・排除する。また、国民の生命・身体・財産に対する深刻な脅威となる大規模テロや重要なインフラに対する攻撃に対しても、関係機関と連携して実効的な対処を行っていく。
防衛省・自衛隊は、侵攻への対処だけでなく、わが国の平和と安全に関わる力による一方的な現状変更やその試みなどにも対応し、これを抑止する意思と能力を示し続ける必要がある。このため、平素から常時継続的に情報収集・警戒監視を行い、事態の兆候を早期に把握するとともに、外国の軍用機や艦船などによる領空侵犯や領海侵入に対して迅速かつ的確に対応する態勢を維持している。また、わが国の重要なシーレーンの安定的利用を確保するために、関係機関や同志国などと協力・連携し、海賊対処や日本関係船舶の安全確保に必要な取組などを行っていく。
わが国への侵攻が生起した場合、陸・海・空自がそれぞれ単独で対応するのではなく、統合作戦司令官の一元的な指揮のもとに各自衛隊の部隊が連携して行う統合作戦により対応する。
特に、現代戦においては、陸・海・空の領域に加えて宇宙・サイバー・電磁波の領域における作戦能力などを有機的に融合させることが重要である。また、グレーゾーン事態といった平時でも有事でもない幅広い状況やハイブリッド戦にも迅速かつ的確に対応していくことが必要である。
このため、統合作戦司令官は、防衛大臣の命令を受け、陸・海・空自の主要部隊や、宇宙、サイバー領域などで活動する部隊を平素から一元的に指揮し、事態の状況や推移に応じた柔軟な防衛態勢を迅速に構築する。また、作戦全般を掌握し、所要の指揮官に任務を付与するとともに、必要な戦力を各指揮官に配分して、迅速かつ効果的に統合作戦を行う。
主な統合作戦としては、島嶼を奪回するための水陸両用作戦や反撃能力を活用した作戦、ミサイル防衛のための作戦などがあり、例えば、水陸両用作戦については、海上から島嶼などへ陸上部隊を上陸させるために、陸自の水陸機動部隊と海自の輸送部隊が連携して行動する。
参照図表III-1-1-1(自衛隊の統合作戦の一例(イメージ))、II部2章2節2項1(1)ア(わが国の防衛力の抜本的強化)
現代戦1においては、陸上部隊による本格的な侵攻の前に、敵の航空機やミサイルによる急襲的な航空攻撃が行われると考えられる。このため自衛隊は、警戒管制レーダーや早期警戒管制機2(AWACS(エーワックス):Airborne Warning and Control System)などによりこれらの攻撃を早期に探知し、戦闘機や地対空ミサイルにより遠方で迎撃し、国民や領土に対する被害を防ぐ。
わが国に対する武力攻撃は、航空攻撃に加えて、敵の艦船などによるわが国の船舶や領土への攻撃も行われると考えられる。このため自衛隊は、哨戒機3などにより艦船などを捜索するとともに、護衛艦や潜水艦などによって海上侵攻に対処する。
また、資源や食料の多くを海外に依存しているわが国にとって死活的に重要な海上交通路(シーレーン)においても、護衛艦や潜水艦、哨戒機によるわが国の船舶の護衛などによって安全を確保する。
航空侵攻や海上侵攻ののち、またはこれらと並行して、敵の陸上部隊による着上陸侵攻などが行われると考えられる。敵陸上部隊の侵攻の態様は、海からの地上部隊の上陸や空からの空挺部隊の降下などが考えられる。自衛隊は、海上や沿岸地域においてスタンド・オフ・ミサイルなどにより敵の着上陸を阻止するとともに、万が一着上陸された場合には、これに加え、戦闘機による対地攻撃や陸自の火力をもって敵を排除する。
弾道ミサイル攻撃に対しては、警戒管制レーダーなどにより弾道ミサイルを探知し、イージス艦が搭載するSM-3(Standard Missile)による上層での迎撃と、ペトリオットPAC(Patriot Advanced Capability)-34による下層での迎撃を組み合わせた多層防衛を基本として弾道ミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)を行う。迎撃までの一連の指揮統制は、自動警戒管制システム5(JADGE(ジャッジ):Japan Aerospace Defense Ground Environment)により行われる。
北朝鮮は、弾道ミサイルなどの発射を繰り返しているが、防衛省・自衛隊は、破壊措置命令6を発出し、沖縄県などにPAC-3を展開するなど、万が一の事態に備えて必要な態勢を整えてきた。また、弾道ミサイルなどの発射に際しては、防衛省から政府や関係機関へ速やかに情報共有を行うとともに、関連情報の収集や分析などを行っている。
海自護衛艦から発射されたSM-3
ペトリオットPAC-3の機動展開訓練
弾道ミサイル攻撃への対応に際しては、在日米軍をはじめとする米国との平素からの協力が必要不可欠であり、これまで日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)において、BMD運用情報や関連情報についてリアルタイムでの共有などの措置や協力の拡大を決定してきた。
実際に弾道ミサイルが発射された場合は、米軍から早期警戒情報7(SEW:Shared Early Warning)を受領するとともに、米軍がわが国に配備しているBMD用移動式レーダー(TPY-2レーダー)8やイージス艦などが収集した情報の共有を受けるなど、日米は緊密に連携している。
また、日米韓の連携としては、2022年11月、日米韓首脳会合において、北朝鮮のミサイル警戒データをリアルタイムで共有する意図が表明され、2023年12月より、北朝鮮が発射した弾道ミサイルなどの情報を日米韓3か国で常時継続的に共有することが可能になった。
宇宙空間は、通信や測位などの分野で利用が進んでおり、軍事的にも重要な領域である。各国は宇宙領域での軍事的な優勢を確保するため、軍事衛星などによる活動を活発化させている。また、スペースデブリと呼ばれる人工衛星の部品などのゴミが増加していることも含め、宇宙空間の安定利用の確保が課題となっている。このため、自衛隊では、空自宇宙作戦群9が、不審な衛星の監視やスペースデブリの把握など、宇宙に関する情報を収集・分析する宇宙領域把握(SDA:Space Domain Awareness)の任務を行い、宇宙空間の安定的利用のための活動を行っている。
KEY WORD宇宙領域把握
宇宙物体の位置や軌道などの把握に加え、人工衛星などの運用の状況、その意図や能力を把握することを「宇宙領域把握(SDA)」という。衛星を攻撃するための衛星(キラー衛星)やスペースデブリからわが国の人工衛星を守り、宇宙空間の安定的な利用を確保するためには、宇宙を監視し正確に状況を認識する必要があることから、空自では2023年3月からSDA任務を開始した。
SDA任務にあたっては、宇宙航空研究開発機構(JAXA:Japan Aerospace Exploration Agency)、米国などの同盟国や同志国の宇宙部隊などとも連携している。
宇宙作戦群のSDA任務の様子
サイバー空間は、指揮統制や組織内ネットワークなど、軍事的にも利用される重要なインフラであり、わが国の防衛にとっても重要な領域である。周辺国をはじめとする各国は、攻撃主体の特定などが容易でなく、かつ、低コストで相手の活動を妨害できるサイバー攻撃能力の開発を進めているとみられる。このため自衛隊は、自衛隊サイバー防衛隊などが防衛省・自衛隊のネットワークを24時間体制で監視し、サイバー攻撃に関する情報の収集や分析などを行うとともに、サイバー攻撃などが発生した場合は速やかにその対処を行う態勢を維持している。
電磁波は、指揮通信、警戒監視、情報収集、ミサイルの精密誘導などに利用されている。電磁波の活用範囲は、陸・海・空だけでなく宇宙やサイバー領域に至るまで広範囲に及ぶため、それぞれの領域における作戦を優位に進めるためには、電子戦能力の強化や電磁波管理を適切にして電磁波領域における優勢を確保することが重要である。このため自衛隊は、ネットワーク電子戦システム(NEWS(ニュース):Network Electronic Warfare System)やEP-3多用機、RC-2電波情報収集機などにより、敵による電磁波の利用の妨害や電磁波に関する情報の収集・分析などを行う。
参照図表III-1-1-2(電子戦と電磁波管理)、I部4章4節(電磁波領域をめぐる動向)
わが国は、高度に都市化や市街化が進んでいることから、少人数による破壊活動でも都市の機能が大幅に低下するなど、国民の生活や社会経済に大きな影響を及ぼす。特に大規模テロや原子力発電所などの重要なインフラに対する攻撃は、国民の生命・身体・財産に対する深刻な脅威となる。これらの攻撃は、わが国に潜入した外国の武装工作員10による不法行為や、ゲリラや特殊部隊による破壊工作など様々な態様が考えられる。
防衛省・自衛隊は、警察、海上保安庁、消防、地方公共団体などの関係機関と緊密に連携して、大規模テロや重要なインフラに対する攻撃に対処する。
これらのテロや攻撃に対しては、第一義的に警察機関が対処し、防衛省・自衛隊は必要に応じて警察機関を支援する。一般の警察力による対処が困難な場合は、防衛省・自衛隊が治安出動により対処し、さらにこれらのテロや攻撃がわが国に対する武力攻撃と認定された場合は、防衛出動により対処する。
武装工作員などによる不法行為への対処にあたっては警察との連携が重要である。治安出動に関しては、自衛隊と警察の協力関係について定めた基本協定11や、陸自の師団などと各都道府県警察との間で現地協定などを締結しており12、自衛隊は警察と緊密に連携して、施設の防護や武装工作員の捜索などを行う。このため、自衛隊と警察は全国各地で共同訓練を行っており、連携の強化を図っている。
警察との共同訓練(千葉県)(2025年2月)
ゲリラや特殊部隊による攻撃の態様としては、民間の重要なインフラなどの破壊や民間人の襲撃、要人の暗殺などがあげられる。
ゲリラや特殊部隊による攻撃への対処にあたっては、自衛隊は、警戒監視により、早期発見や兆候の察知に努め、情報収集、沿岸部などにおける警戒監視、原子力発電所を含む重要施設の防護を行うとともに、ゲリラや特殊部隊が領土内に潜入した場合は、速やかに部隊を展開し、捕獲または撃破する。
化学・生物・放射性物質・核(CBRN(シーバーン):Chemical, Biological, Radiological and Nuclear)兵器などの大量破壊兵器については、弾道ミサイルなどの運搬手段や関連資器材とともに、テロリストや拡散懸念国などに拡散する危険性が認識されている。わが国では、1995年に東京で起きた地下鉄サリン事件で化学剤が使用され、多くの民間人が被害を受けた。
わが国でCBRN兵器が使用され、これが武力攻撃に該当する場合は、防衛出動によりその排除や被災者の救援などを行う。また、武力攻撃には該当しないものの、一般の警察力で治安を維持することができない場合は、治安出動により関係機関と連携して武装勢力などの鎮圧や被災者の救援を行う。さらに、防衛出動や治安出動に該当しない場合であっても、災害派遣や国民保護等派遣により、陸自の化学科部隊や衛生科部隊などを中心に情報収集、除染活動、医療活動などを関係機関と連携して行う。
自衛隊は、このような事態にも速やかに出動できる態勢を維持している。
1 現代戦においては、航空作戦は作戦全般の勝敗を左右する重要な要素となっており、陸上・海上作戦に先行または並行して航空優勢を獲得することが必要である。
2 警戒管制システムや全方向を監視できるレーダーを装備する航空機。速度性能に優れ、航続時間も長いことから遠隔地まで飛行して長時間の警戒が可能。さらに高高度での警戒もできるため、見通し距離が長いなど、優れた飛行性能と警戒監視能力を持つ。空自は、B-767旅客機をベースにしたE-767を運用している。
3 敵の奇襲を防ぐ情報収集などのために、見回ることを目的とした航空機で、海自は、固定翼哨戒機としてP-3C哨戒機とP-1哨戒機を、回転翼哨戒機としてSH-60J哨戒ヘリコプター、SH-60K哨戒ヘリコプター、SH-60L哨戒ヘリコプターを保有している。
4 PAC-3は、地対空誘導弾ペトリオットが運用するミサイルの一つであり、主として弾道ミサイルを迎撃目標とするミサイルである。なお、PAC-3と呼称する場合、ミサイルそのものを指す場合と、PAC-3を運用できるように改修したペトリオット・システムを指す場合がある。
5 全国各地のレーダーが捉えた航空機などの情報を一元的に処理し、対領空侵犯措置や防空戦闘に必要な指示を戦闘機などに提供するほか、弾道ミサイル対処においてPAC-3やレーダーなどを統制し、指揮統制や通信機能の中核となるシステム。
6 2023年5月に弾道ミサイル等に対する破壊措置の実施に関する自衛隊行動命令を発出した。
7 わが国の方向へ発射される弾道ミサイルなどに関する発射地域、発射時刻、落下予想地域、落下予想時刻などのデータを、発射直後、短時間のうちに米軍が解析して自衛隊に伝達する情報(1996年4月から提供を受けている。)。
8 米軍はミサイル防衛システムの一部をわが国に配備している。具体的には、2006年、米軍車力通信所(青森県)にTPY-2レーダー(いわゆる「Xバンド・レーダー」)が、同年10月には沖縄県にPAC-3が、2007年10月には青森県に統合戦術地上ステーションが配備された。加えて、2014年12月には、米軍経ヶ岬通信所(京都府)に2基目のTPY-2レーダーが配備された。2018年10月には、第38防空砲兵旅団司令部が相模原(神奈川県)に配置された。また、2015年10月、2016年3月と2018年5月には、米軍BMD能力搭載イージス艦が横須賀海軍施設(神奈川県)に配備された。
9 2025年度に宇宙作戦群を廃止し、「宇宙作戦団(仮称)」を新編する予定。
10 殺傷力の強力な武器を保持し、わが国において破壊活動などの不法行為を行う者。
11 防衛庁(当時)と国家公安委員会との間で締結された「治安出動の際における治安の維持に関する協定」(1954年に締結。2000年に全部改正)。
12 2004年には、治安出動の際における武装工作員など事案への共同対処のための指針を警察庁と共同で作成した。