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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

防衛白書トップ > 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 > 第3章 国際社会の課題 > 第3節 海洋をめぐる動向 > 1 東シナ海・南シナ海における「公海自由の原則」をめぐる動向

第3節 海洋をめぐる動向

四方を海に囲まれた海洋国家であるわが国にとって、「海洋安全保障」が持つ重要性は極めて大きい。例えば、わが国はエネルギー資源の輸入を海上輸送に依存しており、海上交通の安全確保が国家の存立にとり死活的な問題となっている。このような「海洋」というグローバル・コモンズの安定的な利用の確保は、国際社会の安全保障上の重要な課題となっており、関連する国際的な規範1の遵守を含め、近年、関係各国の海洋をめぐる動向が注目されている。

1 東シナ海・南シナ海における「公海自由の原則」をめぐる動向

国連海洋法条約(UNCLOS:United Nations Convention on the Law of the Sea)は、「公海における航行の自由」や「公海上空における飛行の自由」の原則を定めている2。しかし、わが国周辺、特に東シナ海や南シナ海を始めとする海空域などにおいては、既存の国際法秩序とは相容れない独自の主張に基づき、自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例が多く見られるようになっており、これらの原則が不当に侵害されるような状況が生じている。

東シナ海においては、近年、公海自由の原則に反するような行動事例が多数見られている。11(平成23)年3月、4月及び12(同24)年4月には、東シナ海において警戒監視中の海自護衛艦に対して、中国国家海洋局所属とみられるヘリコプターなどが近接飛行する事案が発生している。また、13(同25)年1月、東シナ海を航行していた海自護衛艦に対して中国海軍艦艇から火器管制レーダーが照射された事案や、中国海軍艦艇から海自護衛艦搭載ヘリコプターに対して同レーダーが照射されたと疑われる事案が発生している。さらに、14(同26)年5月及び6月には、東シナ海上空を飛行していた海自機及び空自機に対して中国軍の戦闘機が異常に接近するといった事案が発生したほか、16(同28)年6月にも、東シナ海上空で中国戦闘機が米軍偵察機に高速で接近する危険な行為を行ったとされている。

また、中国政府は、13(同25)年11月23日、尖閣諸島をあたかも「中国の領土」であるかのような形で含む「東シナ海防空識別区」を設定し、当該空域を飛行する航空機に対し中国国防部の定める規則を強制し、これに従わない場合は中国軍による「防御的緊急措置」をとる旨発表した。こうした措置は、東シナ海における現状を一方的に変更し、事態をエスカレートさせ、不測の事態を招きかねない非常に危険なものであり、わが国として強く懸念している。また、公海上空における飛行の自由の原則を不当に侵害するものであり、わが国は中国側に対し、公海上空における飛行の自由の原則に反するような一切の措置の撤回を求めている。米国、韓国、オーストラリア及び欧州連合(EU:European Union)は、中国による当該防空識別区設定に関して懸念を表明した。

一方、南シナ海においても同様の行動事例が多数見られている。09(同21)年3月には、中国海軍艦艇、国家海洋局の海洋調査船、漁業局の漁業監視船及び漁船が、南シナ海で活動していた米海軍の音響測定艦に接近し、同船の航行を妨害するなどの行為を行ったほか、13(同25)年12月には、中国海軍艦艇が南シナ海で活動していた米海軍の巡洋艦の手前を至近距離で横切るといった事案などが発生している。また、14(同26)年8月には、南シナ海上空で米海軍哨戒機に対し中国戦闘機が異常な接近・妨害を行ったとされる事案も発生しているほか、16(同28)年5月にも、南シナ海で中国戦闘機が米海軍の偵察機に異常接近したとされている3。これらは、公海における航行の自由や公海上空における飛行の自由の原則に反する事例であり、不測の事態を招きかねない危険な行為と言える4

また、中国は国際法上の根拠があいまいであるとの指摘があるいわゆる「九段線」5を示した上で、南沙(スプラトリー)諸島などの領有権を主張し、 ASEAN諸国などとの間で領有権などをめぐり摩擦が表面化する中、多数の地形において急速かつ大規模な埋め立てを強行し、軍事目的での利用を排除しない形で、滑走路や港湾、レーダー施設などの拠点整備を進めている。さらに、中国公船が当該地形などに接近する他国の漁船などに対し、威嚇射撃や放水などにより、妨害する事案も発生している。こうした中国による一方的な現状変更及びその既成事実化の一層の推進や、高圧的かつ不測の事態を招きかねない危険な行動に対しては、係争国のほか、米国をはじめとした国際社会からも繰り返し深刻な懸念が表明されている。

こうした海洋の安定的利用の確保に対するリスクとなるような行動事例が多数見られる一方で、近年、海洋における不測の事態を回避・防止するための取組も進展している。14(同26)年4月、日米中を含む西太平洋シンポジウム(WPNS:Western Pacific Naval Symposium)参加国海軍は、各国海軍の艦艇及び航空機が予期せず遭遇した際の行動基準を定めた「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES:Code for Unplanned Encounters at Sea)」6に合意した。また、同年11月、米中両国は、軍事活動に係る相互通報措置と共に、UNCLOS及びCUESなどに基づく海空域での衝突回避のための行動原則について合意したほか、15(同27)年9月には、航空での衝突回避のための行動原則を定めた追加の付属書に関する合意を発表した。さらに、同年1月には、日中間で偶発的な衝突を避けるための「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」7の実施に向けた、第4回共同作業グループ協議が、また、同年6月には第5回共同作業グループ協議が実施されている。さらに、同年11月にマレーシアで開催された第3回拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)における日中防衛相会談においても、本メカニズムの早期運用開始を目指すことが確認された。こうした、海洋及び空における不測の事態を回避・防止するための取組が、既存の国際法秩序を補完し、今後、中国を含む関係各国は緊張を高める一方的な行動を慎み、「法の支配」の原則に基づき行動することが強く期待されている。

参照I部2章3節(中国)I部2章6節(東南アジア)

1 例えば、「国連海洋法条約(UNCLOS)」(正式名称「海洋法に関する国際連合条約」)は、海洋の利用・開発とその規制に関する国際法上の権利義務関係を包括的に定めており、1982(昭和57)年に採択され、1994(平成6)年に発効した(わが国は1996(同8)年に批准)。

2 UNCLOS第87条第1項(a)及び(b)

3 このような事案が発生する原因として、米国をはじめ多くの国が、航行の自由の観点からUNCLOSに基づき排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)を公海と同じように扱うのに対し、中国はEEZを領海に類するものとして扱っているためだとする指摘もある。なお、米国はUNCLOSを未締結だが、その規定を尊重しているとされる。

4 15(平成27)年5月13日のシェア米国防次官補の上院外交委員会公聴会における書面証言によれば、米国は紛争の平和的解決や公海における航行の自由や公海上空における飛行の自由といった南シナ海における米国の国益を守るため、南シナ海周辺におけるプレゼンスを強化しており、米軍艦艇による寄港、ISR活動、周辺諸国との共同訓練などの活動を行っているとしている。また、中国の過度な海洋権益の主張に対抗するため、米軍は「航行の自由作戦」を実施している。細部については本節3項(海洋安全保障への各国の取組)参照

5 I部2章6節4項(南シナ海における領有権等をめぐる動向)参照

6 西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)参加国の海軍艦艇及び海軍航空機が、洋上において不慮の遭遇をした場合における安全のための手順や通信方法などを定めるもの。法的拘束力を有さず、国際民間航空条約の附属書や国際条約などに優越しない。

7 第4回共同作業グループ協議において、対象が航空機にも及ぶことを明確にするため、名称を「海空連絡メカニズム」とする方向で調整することに合意した。