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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

5 対外関係

1 全般

2023年3月31日、プーチン大統領は、2016年以来となる新たな「ロシア連邦外交政策コンセプト」を承認した。この文書でロシアは、多極化した国際秩序の構築を目指すとしつつ、欧米諸国が反ロシア的政策をとっていると非難し、中国やインドなどの国々との連携を重視する姿勢を示している。特に中国については、2014年のウクライナ危機以降、西側諸国との対立の深まりと反比例するかのように連携を強化する動きがみられ、2022年2月のウクライナ侵略以降も顕著となっている。

2 米国との関係

プーチン大統領は、米国との経済面での協力関係の強化を目指しつつ、一方で、ロシアが「米国によるロシアの戦略的利益侵害の試み」と認識するものについては、米国に対抗してきた。

軍事面においては、ロシアは、米国が欧州やアジア太平洋地域を含む国内外にMDシステムを構築していることについて、地域・グローバルな安定性を損ない、戦略的均衡を崩すものと反発してきており、MDシステムを確実に突破できるとする戦略的な新型兵器の開発・配備を進めている。

米露間の軍備管理については、第1期トランプ政権下の2019年8月、米側の脱退表明に端を発した一連のプロセスを経て、中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty)全廃条約が終了した。2020年11月には米国が、欧米とロシアなどとの間で偵察機による相互監視を認めたオープンスカイ(領空開放)条約を脱退し、ロシアも2021年1月に脱退を表明した。

一方、米露間の戦略核戦力の上限を定めた新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))については、同年2月の期限直前となる同年1月、5年間の延長に合意したものの、2023年2月、プーチン大統領は同条約に規定のない「効力の一時停止」を一方的に宣言した。

参照2章3項2(NATO加盟国などの対応)

3 中国との関係

中国との関係では、90年代以降、近年まで地対空ミサイル、戦闘機や潜水艦といった装備を輸出してきたほか、各種の共同軍事活動を実施しており、ウクライナ侵略を継続するなかにあっても、依然として緊密な軍事協力を進めている。

参照図表I-3-5-4(中露による共同飛行(2024年度))、2節3項2(ロシアとの関係)

図表I-3-5-4 中露による共同飛行(2024年度)

4 旧ソ連諸国との関係

ロシアは旧ソ連諸国との二国間・多国間協力の発展を外交政策の最も重要な方向性の一つとしている。また、自国の死活的利益がこの地域に集中しているとし、集団安全保障条約機構4(CSTO:Collective Security Treaty Organization)加盟国であるアルメニア(2024年2月にCSTO参加凍結を表明)、タジキスタン、キルギスのほか、モルドバ(トランスニストリア)、ジョージア(南オセチア、アブハジア)、ウクライナ(クリミア)にロシア軍を駐留させ、2014年11月には、アブハジアと同盟や戦略的パートナーシップに関する条約を、2015年には、南オセチアと同盟や統合に関する条約を締結するなど、軍事的影響力の確保に努めている。

しかし、ソ連解体から30年以上が経過した現在、ベラルーシを除く旧ソ連諸国はいずれもロシアによるウクライナ侵略を支持しておらず、ウクライナ侵略を契機にロシアが旧ソ連圏に対し有するとされる影響力を一層減少させるとの見方もある。

ベラルーシについては、ウクライナ侵略開始に前後して、ロシアが軍事的関与を強める動きを示している。2022年6月、ルカシェンコ大統領は、プーチン大統領に対しベラルーシ空軍機の核搭載仕様への改修支援を要請し、プーチン大統領はこれに応諾した。2023年2月には、ベラルーシがロシアから受領した地対地ミサイル・システム「イスカンデル」が実戦配備されたことが公表された。同年7月には、両国国防相がベラルーシ領におけるロシアの戦術核兵器保管手続きに関する文書に署名したことが発表され、同年12月にベラルーシのルカシェンコ大統領は、ロシアがベラルーシ領内に搬入した戦術核兵器の配備が同年10月に完了したと発言している。ロシアは改訂版「核抑止分野における基本原則」(いわゆる「核ドクトリン」)において、核兵器使用の条件として、ベラルーシに対する攻撃を新たに明記した。また、2024年12月、ベラルーシ配備の露戦術核兵器の使用を含め、防衛のための相互義務を規定した安全の保証に関する条約に両国首脳が署名した。

コーカサス地方では、アゼルバイジャン領内で一方的に独立を宣言して実効支配を継続してきた「ナゴルノ・カラバフ共和国」をめぐり、2023年9月にアゼルバイジャンが、この地域のアルメニア軍を撤退させるためとして軍事行動を開始した。アゼルバイジャン軍の攻撃を受けた「共和国」側は9月中に降伏し、2024年1月までの「共和国」解体に向けた文書に署名した。

この紛争の結果、ソ連末期以降、32年以上にわたりアゼルバイジャン領の一部を実効支配してきた「ナゴルノ・カラバフ共和国」が消失する形となった。

「共和国」内に平和維持部隊として駐留していたロシア軍は、今回の軍事衝突の事態を阻止することができなかったことから、CSTO加盟国で軍事同盟関係にもあったアルメニアからは不信を招き5、この地域一帯におけるロシアの影響力低下が露呈したという見方もある。

5 その他諸国との関係
(1)アジア諸国との関係

ロシアは、多方面にわたる対外政策の中で、アジア太平洋地域の意義が増大していると認識し、シベリアと極東の社会・経済発展や安全保障の観点からも同地域における地位の強化が戦略的に重要としている。アジアにおいては、中国との関係に加え、インドとの優先的な戦略的パートナーシップ関係に重要な役割を付与することとしており、幅広い軍事協力も継続させている。また、ASEANとの関係強化にも取り組んでおり、2021年12月には初のASEAN諸国との海上共同演習をインドネシア近海で実施した。2023年11月から12月には、ロシア太平洋艦隊の艦艇が東南アジアから南アジアに至る8か国を訪問している。特にミャンマーとの間では、2023年8月に拡大ASEAN国防相会議(ADMM(ASEAN Defense Ministers' Meeting)プラス)の枠組みで対テロ机上演習を共同で主催した後、同年11月には2国間で初となる海上共同演習「MARUMEX(Myanmar-Russia Maritime Security Exercise)」を実施している。2024年10月から11月には、東南アジアから東アジアに至る5か国を訪問し、10月にミャンマーと2年連続で「MARUMEX」を実施したほか、11月にはインドネシアとの間で初の2国間海軍演習「ORRUDA」を、タイとの間で同じく初の2国間海軍演習となる「PASSEX」を実施した。

また、北朝鮮との協力を強化する動きもみられる。2023年9月には金正恩委員長がロシア極東ボストーチヌイ宇宙基地を訪問し、プーチン大統領と4年ぶりとなる首脳会談を実施したほか、コムソモリスク・ナ・アムーレを訪問して第5世代戦闘機であるSu-57戦闘機の説明を受け、その後に訪れたウラジオストクではウダロイ級駆逐艦「マルシャル・シャポシニコフ」の説明を受けている。2024年6月、プーチン大統領は北朝鮮を訪問し、武力侵攻を受けた際の軍事援助の提供等を規定した「包括的戦略的パートナーシップ条約」に署名している(同年12月に同条約は発効)。首脳会談後の共同記者会見において、プーチン大統領は、同文書に従って北朝鮮と軍事技術協力を発展させることを排除しない旨発言した。

参照4節1項5(4)(ロシアとの関係)8節1項3(3)(ロシアとの関係)

(2)欧州諸国との関係

NATOとの関係については、NATO・ロシア理事会(NRC:NATO-Russia Council)の枠組みを通じ、ロシアは、一定の意思決定に参加するなど、共通の関心分野において対等なパートナーとして行動してきたが、2014年のウクライナ危機を受けて、NATOや欧州各国は、NRCの大使級会合を除き、軍事面を含むロシアとの実務協力を同年以降停止した。さらにウクライナ侵略により、ロシアと欧州諸国との関係は、冷戦期以来の緊張したものとなっている。

参照2章3項2(NATO加盟国などの対応)

(3)中東・アフリカ諸国との関係

2023年3月に公表された外交政策コンセプトでは、イランとの包括的な相互協力、シリアへの全面的な支援、トルコやサウジアラビア、エジプトなどとのパートナーシップ深化が明記された。特にシリアに関しては、2015年9月以降、シリアでアサド政権を支援する作戦を展開していたロシア軍は、シリア国内のタルトゥース海軍基地とフメイミム航空基地を拠点として確保し続け、シリアでの作戦では、戦闘爆撃機や長距離爆撃機による空爆のほか、カスピ海や地中海に展開した水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃を実施した。2024年12月のアサド政権崩壊後、ペスコフ露大統領報道官は、在シリア露軍拠点に関する最終決定は下されておらず、同国内を掌握する諸勢力との協議により決定されると発言している。また、2025年1月、プーチン大統領は、イランのペゼシュキアン大統領と、安全保障やエネルギーなど幅広い分野に及ぶ「包括的戦略的パートナーシップ条約」に署名した。軍事技術協力が盛り込まれるも、武力侵攻を受けた際の軍事援助の提供については規定されていない。

さらに、ロシアは、リビアにおいてトルコと利害調整しつつ、その影響力を強めている。

参照10節2項2(1)(中国・ロシア)

6 武器輸出

ロシアは、防衛産業基盤の維持、経済的利益のほかに、外交政策への寄与といった観点から武器輸出を積極的に推進しており、国営企業「ロスオボロンエクスポルト」が独占して輸出業務を行っている。ロシアは現在、武器輸出の世界シェアで米国とフランスに次ぐ3位を占めており6、アジア、アフリカ、中東などに戦闘機、艦艇、地対空ミサイルなどを輸出している。近年は、従来の武器輸出先に加え、トルコなどの米国の同盟国や友好国に対しても積極的な売り込みを図ってきたが、2017年に成立した米国の対敵対者制裁法(CAATSA:Countering America's Adversaries Through Sanctions Act)やロシアによるウクライナ侵略による対露制裁はロシアの防衛産業に大きな影響を与えているものとみられる。

参照4章1節5項(防衛生産・技術基盤をめぐる動向)

動画アイコンQRコード資料:最近の国際軍事情勢(ロシア)
URL:https://www.mod.go.jp/j/surround/index.html

4 ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アルメニアの6か国が加盟する軍事同盟。CSTOの設立根拠となる1992年の集団安全保障条約第4条に、加盟国が侵略を受けた場合、「残る全加盟国は、被侵略国の要請に応じて、軍事的援助を含む必要な援助を早急に行うとともに、自らの管理下にある全ての手段を用いた支援を国連憲章第51条に規定された集団的自衛権の行使手順に則って提供する」との規定がある。

5 2024年6月、アルメニアのパシニャン首相は、CSTOからの脱退を示唆。2024年1月14日、アルメニアと米国の外相は、両国間の戦略的パートナーシップ憲章に署名。

6 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI:Stockholm International Peace Research Institute)によれば、ロシアは2019年から2023年の間の武器輸出の世界シェアで米国とフランスに次ぐ第3位(11%)となっている。