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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 ウクライナ侵略が国際情勢に与える影響と各国の対応

1 全般

ロシアによるウクライナ侵略においては、ウクライナ自身の強固な抵抗に加え、国際社会が結束して強力な制裁措置などを実施してきている。また、欧州では、各国が国防費を増大させるのみならず、これまで中立化政策を掲げてきたフィンランドやスウェーデンがNATOに加盟するなど、ウクライナ侵略を契機として、欧州の安全保障環境は大きな転換点を迎えている。NATOの東方拡大を自国に対する脅威と位置づけてきたロシアの侵略行為がこのような欧州諸国の安全保障政策の変化を促したことは明らかである。

こうしたことも踏まえ、NATO加盟国である米国の同盟国であり、欧州とはロシアが位置するユーラシア大陸を挟んで対極に位置するわが国としては、欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であるとの認識のもと、その戦略的な影響を含め、今後の欧州情勢の変化に注目していく必要がある。さらに、ウクライナ侵略を受けた欧州情勢の変化は、米中の戦略的競争の展開やアジアへの影響を含め、グローバルな国際情勢にも影響を与え得るものである。いずれにせよ、引き続き関連動向について、強い関心を持って注視していく必要がある。

2 NATO加盟国などの対応

ロシアによるウクライナ侵略を受け、欧州各国の警戒感は急速に高まり、ロシアの攻撃的な行動は欧州・北大西洋の安全保障に対する最も重大かつ直接的な脅威と捉えられるようになった4。ロシアの脅威を再認識したNATO加盟国は、東部正面における部隊の規模を必要に応じて拡大するとともに、現行のNATO即応部隊に代わって30万人以上を高い即応態勢に置くことで合意するなど、NATOの集団防衛体制のもとでの防衛協力の強化に努めるとともに、自国の防衛力を高める取組も進めている。

参照3章9節2項(多国間の安全保障の枠組みの強化)

NATO加盟国をはじめとする国々は、ウクライナに対して、戦況に応じた装備品の供与や訓練支援なども実施している。各国は当初、ロシア軍の機甲部隊などの進軍を遅滞させることや空挺部隊などの減殺により前線の拡大を抑えることに貢献するとみられる携行型対戦車ミサイル・対空ミサイルなどの装備品を供与した。ウクライナ軍がロシア軍の全面侵攻を食い止めた後は、ウクライナ軍の反転攻勢のため、地上戦闘において制圧・確保に寄与する戦車や装甲車、りゅう弾砲といった大型装備品の供与に重点が移行した。2023年1月には、各国は初めて旧ソ連製以外の戦車や歩兵戦闘車の供与を発表し、同年2月のポーランドによるドイツ製戦車の引渡しを皮切りに、ウクライナへの引渡しが始まった。

さらに、ロシア軍がウクライナ東部地域に戦力を集中した後は、相手の拠点攻撃のための、より長射程の火力が供与されるようになった。

また、2022年10月以降にロシア軍が民間施設も含むウクライナ全土を標的にミサイル攻撃を行ったことを契機に、各国からの防空システムの引き渡しが急速に進められることとなり、弾道ミサイルにも対処可能な防空システム「ペトリオット」も供与された。

加えて、2023年3月には、旧ソ連製戦闘機の供与が表明されたほか、同年5月、英国とオランダが戦闘機の調達や訓練を支援する「国際的連合」の設立を表明し、米国はG7広島サミットの場において、F-16戦闘機を含む第4世代戦闘機の操縦訓練をウクライナに提供する共同取組を支援する旨を表明した。2024年初頭までに、オランダ、デンマーク、ベルギー、ノルウェーがF-16戦闘機の供与を申し出た。同年8月、ゼレンスキー大統領は、F-16戦闘機が供与され、運用を開始したと発表し、2025年1月時点で、既にオランダ、デンマーク、ノルウェーから供与されたとみられる。

さらに、2024年11月には、米国、英国およびフランスが、ロシア領内に対する長射程のミサイルの使用を許可したとみられる。

米国は、バイデン政権発足以降、ウクライナに対する安全保障支援(累計665億ドル以上)のうち659億ドル以上をロシアによるウクライナ侵略開始以降に発表した(2025年1月9日時点)。また、大規模かつ幅広い装備品の供与のほか、供与した装備品の習熟訓練・新兵などを対象とした訓練支援もウクライナ国外において実施してきている。

英国は、2014年のロシアによるクリミア「併合」以降、米国などとともに、ウクライナに対して装備支援や訓練教官の派遣などを継続して実施しており、ジョンソン政権からスナク政権に移行した後も、幅広い装備品の供与や新兵に対する訓練の実施など、ウクライナに対する積極的な支援を継続した。特に、2023年1月には、他国に先駆けて旧ソ連製以外の主力戦車供与の発表に踏み切ったことに加え、空中発射型の長射程巡航ミサイルの供与も行っている。その後、スターマー政権もこれまで以上に支援を強化するとし、2025年には新たな移動式防空システムを供与すると発表した。また、ロシアの偽(にせ)情報への対抗やロシアの行動をけん制する観点から、米国と同様、政府高官による発表やSNSによる発信などにより、ロシア軍の動向などに関する情報も積極的に開示してきた。

フランスは、ウクライナ東部における紛争の平和的解決を目指し、「ノルマンディー・フォーマット5」において、ドイツと共にロシアとウクライナの間の仲介役を務めてきた。また、ウクライナに対し、装輪装甲車やミサイル防空システム、空中発射型の長射程巡航ミサイルなどの供与を発表している。

ドイツは、ロシアによるウクライナ侵略を受け大きく国防戦略を転換し、歩兵戦闘車や地対空ミサイルシステムなどの供与を発表するとともに、2023年1月には、ドイツ製主力戦車について、自国からウクライナへの供与と、第3国からウクライナへの移転の許可に踏み切り、その後も砲弾や防空ミサイルの供与を継続している。

カナダは、2015年以降、ウクライナ軍への訓練支援などを行っており、ロシアによるウクライナ侵略以降、2025年4月時点で45億カナダドルの軍事支援を約束しているなど積極的なウクライナ支援を行っている。

また、EUもウクライナに対し、EUの基金である欧州平和ファシリティを通じて実施された66億ドルを含め、540憶ドルの軍事支援を実施した(2025年5月時点)。また、2025年3月には、ウクライナに対し砲弾を年間200万発以上供与する予定であると発表している。

2024年12月、ルッテNATO事務総長は、在独米軍基地に新設された「NATO対ウクライナ安全保障・訓練組織(NSATU:NATO Security Assistance and Training for Ukraine)」の活動が始動したと発表した。これにより、西側諸国による対ウクライナ軍事支援の調整機能が米国からNATOに移管されるとしている。

そのほか、民間企業によるウクライナに対する技術支援も注目されている。米企業がウクライナ政府の求めに応じて提供した衛星コンステレーションによるインターネットサービスは、ウクライナ国民の通信手段として使用されるのみならず、ウクライナ軍無人機の運用などにも活用されているとされる。また、欧米のIT・セキュリティ企業は、ウクライナ侵略が開始される前からウクライナのサイバーセキュリティ支援を実施し、ロシアによるサイバー攻撃の被害を低減・局所化させることに成功したと指摘されている。

このように、NATO加盟国をはじめとする国などがウクライナ支援の動きを見せる中、独自の対応を行っている国もある。ロシア・ウクライナ両国と関係の深いトルコは、ロシアに対して一定の配慮を見せている。具体的には、ウクライナへの支持を表明する一方、ロシアに対する制裁措置は基本的に実施していない。このほか、ロシアへの経済依存度が高いハンガリーは、国益に反するとして、ウクライナへの武器供与を行っておらず、NATO加盟国の中でも、ロシアに対して融和的な姿勢を見せている。

3 そのほかの地域の対応

ウクライナ侵略開始から1年となるのを前にした2023年2月23日、国連総会において、ロシアによる侵略の即時停止などを求める総会決議案が全国連加盟国の7割以上を占める141か国の賛成により採択された。一方、同決議案には、ロシアのほか、ベラルーシや北朝鮮といった6か国・地域が反対するとともに、中国やインドといった32か国が棄権するなど、こうした動きに同調しない国・地域もある。

北朝鮮は、ロシア軍のウクライナからの即時撤退を求める国連総会決議案などに反対するとともに、ウクライナにおける事態の原因が米国や西側諸国にあると主張し、ロシアを擁護する姿勢をみせている。また、2023年12月末以降、北朝鮮からロシアに供与されたミサイルが、ウクライナに対して使用されたことも明らかになった。さらに、2024年10月には、北朝鮮兵士がロシア東部へ派遣されたことが確認され、派遣された兵士は、ウクライナに対する戦闘に参加するに至った。北朝鮮によるロシアへの兵士の派遣やウクライナに対する戦闘への参加、北朝鮮からロシアへの弾道ミサイルを含む武器供与については、ウクライナ情勢のさらなる悪化につながりうるものであり、また、北朝鮮との間の武器や関連物資の移転等調達を全面的に禁止する関連安保理決議に違反するものであることから、わが国として強く非難してきている。

参照3章4節1項5(対外関係)

イランは、2018年の米国の核合意離脱以降、欧米との対立姿勢を強めてきた一方、ロシアと経済・軍事分野を中心に関係を強化しており、ウクライナ侵略の外交的解決を主張するも、米国とその同盟国による対露制裁を批判するなど、ロシアの立場に一定の理解を示している。

また、同年7月、米国は、イランがロシアに対して無人機の供与を計画している旨を公表したほか、同年9月には、ロシアがイラン製無人機を攻撃や情報収集・警戒監視・偵察(ISR:Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)に用いていると指摘した。ウクライナ軍も、ロシアがイラン製無人機を用いてウクライナ各地への攻撃を実施していると発表している。これに対しイランは、ロシアへのイラン製無人機の供与はウクライナ侵略前に行われたものであると主張し、その目的はウクライナ戦争で使用するためではなかった旨を示唆している。2023年2月、バーンズ米CIA(Central Intelligence Agency)長官(当時)は、ロシアはイランからの支援の見返りとして、イランのミサイル計画の支援や戦闘機提供の可能性について検討している旨を指摘した。2024年9月には、ロシアがイランから弾道ミサイルを受領したと指摘されており、両国の協力関係の進展を注視する必要がある。

中国は、ウクライナ侵略について、ロシアへの直接的な批判を避け、ロシアとウクライナの双方に「自制と対話」を求めるとともに、ウクライナ問題の解決に向けて自身の方法で建設的な役割を果たすとの立場をとっている。一方で、ロシアの行動の原因は、米国をはじめとするNATO諸国の「冷戦思考」にある旨を主張し、安全保障問題におけるロシアの合理的な懸念を理解するとの見解を表明するとともに、ロシアに対する制裁や欧米諸国によるウクライナへの装備品供与を批判している。2022年9月、侵略開始後初の対面での開催となった中露首脳会談で、習近平(しゅうきんぺい)国家主席は、互いの核心的利益にかかわる問題への強力な支持を表明しており、また、オンラインで開催された同年12月の中露首脳会談においては、ウクライナ侵略について、中国は引き続き客観的かつ公正な立場を堅持し、国際社会が力を合わせるよう推進し、ウクライナ危機の平和的解決に向けて建設的な役割を果たす、と発表した。さらに、2023年2月には、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した文書を公表し、和平交渉や戦後の再建に建設的な役割を果たす旨を表明した。同年3月、習近平国家主席がロシアを訪問した際には、プーチン大統領との会談に加えて共同声明を発表し、ロシア側に和平交渉の早期再開に向けて努力する用意があることを肯定的に評価するとともに、国連安保理を経ない一方的な制裁に反対した。同年10月には、ウクライナ侵略以降、初めてプーチン大統領が中国を訪問して習近平国家主席と首脳会談を行い、両国の信頼関係の深化を相互に確認している。ウクライナ侵略によって国際的に孤立するロシアにとって、今後、中国との政治・軍事的協力の重要性はこれまで以上に高まっていく可能性がある。また、中国はデュアル・ユース製品(軍民両用品)の移転によりロシアの継戦能力を下支えしているという指摘もある。

一方、ロシアと連携を深める中国に対し、欧米諸国はけん制する動きを見せている。2022年9月、ストルテンベルグNATO事務総長は、ウクライナ侵略後も中国がロシアと協力するとともに、NATO拡大に反対していることは、NATOが中国を安全保障上の課題とみなすべき理由となる旨指摘した。また、米国は、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」に衛星画像を提供したとみる中国企業などを、米国からの輸出を規制するエンティティ・リストに追加している。さらに、ブリンケン米国務長官(当時)は、2023年2月に実施した王毅(おうき)中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任との会談において、中国が殺傷兵器をロシアに供与すれば米中関係に深刻な結果をもたらすと警告した。

ウクライナ侵略以降も連携を深める両国の協力動向には、両国と隣接するわが国として引き続き懸念を持って注視していく必要がある。

参照3章2節3項(対外関係など)

伝統的にロシアとの関係が深いインドは、ウクライナ侵略に関し、敵対的行為と暴力の即時停止と、対話と外交を通じた解決を強調し、2022年9月の印露首脳会談において、モディ首相がプーチン大統領に対し、「今は戦争の時代ではない」などと述べる一方、ロシアへの明示的な批判を避けている。引き続き、ロシアとの間で軍事面における強固な協力関係を維持しているほか、経済制裁により価格が下落したロシア産原油の輸入を増やすなどの対応もみられ、今後の対応が注目される。

参照3章5節5項5(1)(アジア諸国との関係)

4 NATOは、2022年6月に開催された首脳会合において、2010年以来となる新戦略概念を採択した。前回の戦略概念においては、欧州・大西洋地域は平和であり、NATO領に対する攻撃の可能性は小さいとしていたところ、今般の戦略概念においては、欧州・大西洋地域は平和ではなく、加盟国の主権・領土に対する攻撃可能性を見過ごすことはできないとした。また、前回の戦略概念において「真の戦略的パートナーシップ」を目指すとしていたロシアを、「加盟国の安全保障及び欧州大西洋地域の平和と安定に対する最も重大かつ直接的な脅威」と位置づけている。

5 ウクライナ情勢が悪化した2014年以降、ミンスク合意に基づいた情勢解決に向けた協議などを行うウクライナ・ロシア・フランス・ドイツの4か国による対話枠組み。