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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3章 諸外国の防衛政策など

第1節 米国

1 安全保障・国防政策

2021年1月から2025年1月までのバイデン前大統領の在任期間中、米国は2022年10月に国家安全保障戦略1(NSS:National Security Strategy)を発表し、中露との「大国間の地政学的競争」と気候変動などの国境を越えた問題である「共通の課題」という2つの戦略的課題に直面しているとの認識などを示した。中国やロシアなどによる侵略を抑止することに重大な関心があるとし、新たな戦略を推進する競争相手に対して、通常戦力と核抑止力だけに頼るのは十分ではないとの認識に基づき、米国内の各機関や同盟国などとの能力の統合により、侵略行為の抑止に最大の効果を発揮する統合抑止2(Integrated Deterrence)を推進する考えを示した。

また、同月には国防省が国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)を発表し、抑止力を強化するため、米国本土防衛や戦略的攻撃の抑止などの国防省が追求すべき主要な防衛優先事項を掲げ、統合抑止を推進する考えなどを示した。

NSSにおいては、中国が米国にとって最も重大な地政学的挑戦であり、国際秩序を再構築する意図とそれを実現する経済力、外交力、軍事力、技術力をあわせ持つ唯一の競争相手として位置づけ、効果的に競争するとした。一方、ロシアについては、国際システムに対する直接的な脅威として抑制していく考えが示された。NDSにおいても、中国は今後数十年間の最も重要な戦略的競争相手で、米国の安全保障に対する最も包括的で深刻な挑戦であるとし、「対応を絶えず迫ってくる挑戦(pacing challenge)」と位置づけて、抑止力を維持・強化するため、国防省は迅速に行動するとして、中国の課題に最優先で取り組む姿勢が示された。

こうした中、米国では2024年11月、大統領選が行われた。民主党では、現職のバイデン大統領が同年7月に大統領選から撤退したことからハリス副大統領が候補者となった。一方の共和党ではトランプ前大統領が候補者となり、両者は経済、国境管理、外交などを論点として争った。その結果、トランプ氏が第47代大統領に当選した。また、大統領選と同日に連邦議会選挙が行われ、上下院いずれも小差ではあるが共和党が優勢となった。

2025年1月のトランプ大統領就任式【EPA=時事】

2025年1月のトランプ大統領就任式【EPA=時事】

トランプ大統領は、選挙期間中、「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」を旗印に主に経済政策を主論点としつつ、安全保障においては「戦争を終わらせる」と主張した。具体的には、ロシアによるウクライナ侵略の早期終結、イランに対する圧力強化を通じた中東地域における親イラン武装勢力の活動の抑止、また対中国関税の導入などによる台湾情勢の安定化について言及した。

このうち、ロシアによるウクライナ侵略の早期終結について、トランプ大統領は就任後早期にプーチン大統領との会談の意向を示していたが、第2期政権成立後の2025年2月には、第2期政権において初となる米露首脳電話会談が実現し、その後サウジアラビアにおいて米露の当局間協議が行われ、それぞれの協議の後、米ウクライナ間でも協議が行われた。翌3月にも米側はロシア、ウクライナそれぞれと当局間協議を行うなど停戦に向けた動きはみられるものの、4月現在では停戦の見通しは立っていない。今後も、米国を仲介した停戦協議の進捗が注目される。

参照2章2節(ウクライナ侵略の経過と見通し)

また、中東情勢について、トランプ大統領は、2025年1月の第2期政権成立以前から、バイデン前政権がイスラエル、エジプトおよびカタールと行う停戦協議に次期政権での担当者を参加させ、1月19日に三段階からなる停戦を実現させた。イランとの関係では、政権成立後の2月、イランによる核開発と中東地域における不安定化活動に関し、同国へ最大限の圧力をかけるとの方針を決定した。一方でトランプ大統領は、イランに対し核開発にかかる協議を要求するとし、合意に至らなければ攻撃するとの意向を示した。これに対しイラン側は反発していたが、4月にはオマーンおよびイタリアで当局間協議が行われ、今後も対話を継続することとされた。今後のトランプ政権による中東情勢への関与が注目される。

参照10節1項(中東)

2024年11月の大統領選後、トランプ氏は次期政権における国防長官としてピート・ヘグセス氏を指名した。ヘグセス氏は米国上院における承認手続を経て、2025年1月25日に国防長官に就任した。同日、ヘグセス国防長官は各軍へのメッセージとして、トランプ大統領のもと「力を通じた平和」を実現するため、「戦士の精神(warrior ethos)」の再興、軍の立て直し、抑止力の再確立の3点を柱とするとし、特に抑止力の再確立については、インド太平洋地域において中国がもたらす侵害を、同盟国などと協力して抑止することが述べられた。

ヘグセス国防長官は就任後、各国国防相と協議を行い、1月31日には、中谷防衛大臣と初の会談を電話で行った。その後、ヘグセス国防長官は3月にハワイ、グアム、フィリピン及びわが国を訪問した。ヘグセス国防長官はこれらの訪問において、自由で開かれたインド太平洋の重要性を確認し、またインド太平洋地域に所在する同盟へのコミットメントを表明した。

参照7節(東南アジア)III部2章1節3項(日米間の政策協議)

またヘグセス長官は、2025年2月にベルギーで開かれたウクライナ防衛コンタクトグループおよびNATO国防相会合に参加し、ウクライナにおける戦闘は終結せられるべきこと、2014年以前のウクライナの状況を回復することは困難と認めるべきことを述べ、米国はインド太平洋で中国という同格の競争者に直面しており、欧州の安全保障はNATO加盟国が国防費の増額などにより取り組むべきとした。そのうえで、欧州諸国が地域の安全保障に向き合うべきとしつつ、引き続き米国はNATO及び欧州との防衛協力にコミットするとした。

国際会議で発言するヘグセス国防長官【EPA=時事】

国際会議で発言するヘグセス国防長官【EPA=時事】

加えて、トランプ大統領は、デンマークの自治領であるグリーンランドに対し、北極圏における安全保障などを、またパナマ運河に対し、中国のプレゼンスなどをそれぞれ理由として、米国が保有すべきとの認識を示した。これに対しデンマーク、グリーンランド政府からは反発が示される一方、2025年4月にヘグセス国防長官がパナマを訪問し、同国との間で米軍艦艇によるパナマ運河の使用及び同国に所在する基地への米軍の展開について合意したと発表した。

参照9節(欧州・カナダ)

1 安全保障認識

バイデン前政権が発表したNSSにおいては、自由で開かれ、安全で繁栄した世界を追求するうえで、最も差し迫った戦略的課題は、権威主義的統治と修正主義的外交政策を重ねる大国からもたらされているとして、これからの10年間は、中国との競争の条件を設定するとともに、ロシアがもたらす差し迫った脅威に対処し、共通の課題、とりわけ気候変動やパンデミックなどに対処するための努力において、決定的な意味を持つとの認識が示された。中国は、インド太平洋地域における米国の同盟と安全保障上のパートナーシップを弱体化させようとし、経済的影響力や人民解放軍の強大化などを利用して、近隣諸国を威圧しその利益を脅かす試みを行っているとして、このような中国の威圧的でますます攻撃的になっている取組が米国の安全保障に対する最も包括的で深刻な挑戦と位置づけた。一方、ウクライナ侵略など差し迫った脅威をもたらすロシアに対しては、同盟国などと侵略を強力に抑止する考えを示した。北朝鮮は、米国本土や東アジアへの脅威となる核・ミサイル能力の拡大を継続している持続的脅威とし、イランはテロ集団の支援や悪意のあるサイバー作戦により中東の安定をさらに損ねているとの見方を表明した。また、これらの競争相手は、グレーゾーンにおける活動を用いて、敵対的な現状変更を試みているとの認識を示した。

第2期トランプ政権においても、中国をインド太平洋地域における同格の競争者とする認識は継続しているとみられる。またイランがテロ集団を支援し核開発を継続しているとする認識を示している。一方で、2014年以前のウクライナの状況を回復することは困難としつつロシアとの協議を開始したこと、気候変動についても、トランプ大統領就任直後に大統領令でパリ協定からの離脱を表明したことなど、バイデン政権時とは違う動向もみられ、今後の動向について、引き続き注目される。

2 安全保障・国防戦略

バイデン前政権が発表したNSSにおいては、自由で開かれ、安全で繁栄した国際秩序を実現するためには、①国内の力への投資、②強力な国家連合の構築、③米軍の近代化・強化という3つの方向性を示し、その方向性を達成するための具体的なアプローチとして、①外交・国内政策の分断解消、②同盟・パートナーシップ、③地政学的課題認識、④その他地域への関与、⑤新たな経済的変化への対応、⑥国際的な協力の維持・拡大という6つの柱を提示した。そのうえで、米国の強さの源泉である国内の力への投資を重視するとし、同盟・パートナーシップを米国の最も重要な戦略的資産と位置づけて、戦略的課題に対処する方針を示した。また、気候変動などの国境を越えた「共通の課題」に対しては、建設的に取り組む意思のある非民主主義国とも協力する考えが表明された。

同じくバイデン前政権が発表したNDSでは、安定して開かれた国際システムと国防のコミットメントを支えるため、①米国本土防衛、②戦略的攻撃の抑止、③侵略の抑止・紛争に勝利する準備、④抗たん性のある戦力・防衛エコシステムの構築という4つの防衛優先事項を掲げ、①統合抑止、②(国防省の)活動、③永続的な優位性の構築という3つの手段を通じて、防衛優先事項の取組を推進する考えを示した。侵略の抑止・紛争に勝利する準備では、インド太平洋地域における中国の課題が最優先で、次に欧州におけるロシアの課題を優先する方針を示した。

今後、第2期トランプ政権がどのような政策を公表するか注目される。

3 インド太平洋地域への関与

バイデン前政権が公表したNSSにおいては、日本を含むインド太平洋地域の同盟国とのパートナーシップを深化させるとともに、日米豪印や豪英米3か国による安全保障協力枠組みであるAUKUS(オーカス:Australia–United Kingdom–United States)3などの多国間枠組みを通じて、自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)を推進する姿勢を示した。わが国との関係では、尖閣諸島も含め、日米安全保障条約下での日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを再確認する考えが示された。また、東南アジアと太平洋諸島地域にも重点を置くとし、地域外交、開発、経済的な関与を拡大すると表明した。世界最大の民主主義国かつ主要防衛パートナーであるインドとの関係では、FOIPのため、2国間と多国間で協力するとし、インドも含む南アジアの地域パートナーとともに気候変動や中国の威圧的な行動に対応し、インド洋地域全体の繁栄と経済的な連結を促進する考えが示された。

2022年2月に発表されたインド太平洋戦略では、中国からの増大する課題に直面しているインド太平洋地域を最重視する姿勢を明確に示し、米国は同盟国やパートナーと協力してFOIPの推進や地域の安全保障の強化などに取り組むことを明らかにした。

中国の海洋進出をめぐる問題に関して、国防省は2020年7月、およそ6年ぶりに2個空母打撃群を南シナ海に展開して演習を実施し、それ以降も地域の同盟国などに米国がFOIPの推進に尽力していることを示し続けるためにこの地域における空母打撃群の活動を継続している。2022年1月には、国務省が南シナ海における中国の海洋権益に関する主張を国際法に照らして検討した報告書を公表し、南シナ海の大部分に及ぶ中国の主張は不法であり、海洋における法の支配を深刻に損なう旨を指摘した。また、2023年5月に行われた米比首脳会合では、南シナ海を含む太平洋において、フィリピンに対する武力攻撃が発生した際の米比相互防衛条約の適用を再確認し、同月には、同盟の協力を近代化する際の指針となる米比二国間防衛ガイドラインが初めて策定・公表された。2024年には、4月に初となる日米比首脳会合、7月に第4回米比「2+2」が行われ、航行・上空飛行の自由へのコミットメントが示されるとともに、後者においてはさらに、比軍と沿岸警備隊の能力強化のための5億ドルの支援などが表明された。

インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、分散型海洋作戦4(DMO:Distributed Maritime Operations)を推進する海軍は、2019年12月、F-35B戦闘機を含む艦載機の運用能力を強化した強襲揚陸艦「アメリカ」を佐世保に配備し、グアムでは2020年1月、MQ-4C無人海洋偵察機(トライトン)が初展開している。迅速な戦闘運用5(ACE:Agile Combat Employment)を推進する空軍は、インド太平洋地域において、戦闘機や無人機を用いたACE訓練を実施している。さらに、マルチドメイン作戦構想を推進する陸軍は、人間の認知面を含むすべての領域などにおいて作戦を同時並行的に実施するマルチドメイン任務部隊6のハワイへの配備を2022年9月に発表し、機動展開前進基地作戦7(EABO:Expeditionary Advanced Base Operations)を推進する海兵隊はEABOを実行する能力を保有する海兵沿岸連隊(MLR:Marine Littoral Regiment)を同年3月、ハワイに初めて配備した。沖縄に所在する第12海兵連隊は2025年までに第12海兵沿岸連隊に改編される予定であり、その取組の一環として、2023年11月に部隊の名称変更が行われた。さらに、2024年7月の日米2+2において、在日米軍をインド太平洋軍司令官隷下の統合軍司令部へと段階的に再構成していくと発表し、2025年3月末、自衛隊の統合作戦司令部の創設とタイミングを合わせる形で、在日米軍は統合軍司令部へのアップグレードを開始した。

このほか、米軍は、2018年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させ、2023年には、約40年ぶりの韓国寄港となった戦略原子力潜水艦をはじめとする、各種米戦略アセットが朝鮮半島周辺に頻繁に展開8した。

米国は、FOIPへのコミットメントを示すとして、引き続き南シナ海における「航行の自由作戦」を実施するとともに、米海軍艦船と航空機による台湾海峡の通過を実施しており、今後も「航行の自由作戦」を継続する考えを明らかにしている。

また、2023年9月には、米・太平洋島嶼(しょ)国サミットを開催し、島嶼国とのパートナーシップを強化する取組を発表するなど、近年中国が影響力の拡大を企図している同地域への米国の関与を拡大する姿勢を示した。

一方、北朝鮮をめぐっては、2018年6月に行われた史上初の米朝首脳会談以降、米朝間で交渉が行われたが、北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られない。2022年5月に厳しい対北朝鮮姿勢を示す韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)前政権が発足して以降、米韓両国は演習の範囲や規模を拡大してきているが、こうした状況の中で北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)国務委員長は、米国の目的は「わが政権をいつでも崩壊させようとすること」であるとし、米国を長期的に牽制するため「絶対に核を放棄することはできない」と表明したと報じられるなど、反発を強めている。

バイデン前政権が公表したNSSにおいては、北朝鮮の大量破壊兵器とミサイルの脅威に直面して拡大抑止を強化しつつ、朝鮮半島の完全な非核化に向けて具体的な進展を図るために、北朝鮮との持続的な外交を模索するとした。また、同じくバイデン前政権が公表したNDSでは、核・ミサイル能力の拡大を継続し、同盟国との間にくさびを打ち込む試みをしている北朝鮮に対し、米軍の前方展開態勢や核抑止力を通じて、攻撃を抑止する考えを示した。

第2期トランプ政権においても、引き続きインド太平洋地域を重視する姿勢を示しているところ、同地域における諸課題に対応していくため、米国と緊密に連携する必要がある。

参照4節1項5(1)(米国との関係)

4 国防分野におけるイノベーション

2021年2月の国防省におけるバイデン前大統領の演説において、新興技術のもたらす危険性と機会に対処し、サイバー空間における能力を強化し、深海から宇宙に至るまでの新時代の競争を主導するとして、国防政策における技術の重要性が強調された。また、バイデン前政権が公表したNDSにおいて、永続的な優位性を構築するための方策の一つとして、研究機関、民間企業、政府機関の相互連携を通じて装備品を開発するイノベーションのエコシステムの構築を支援する考えを示し、指向性エネルギーやサイバーなどを含む高度な能力の研究開発を促進するとともに、バイオテクノロジーや量子科学における機会を創出する考えが表明された。第2期トランプ政権による本分野における取組が注目される。

5 核・ミサイル防衛政策

バイデン前政権の2022年10月、国防省は、各戦略を確実に連携させるため、これまで個別に発表してきた核態勢の見直し(NPR:Nuclear Posture Review)とミサイル防衛見直し(MDR:Missile Defense Review)をNDSと同日に発表した。

NPRでは、中国を「対応を絶えず迫ってくる挑戦」と位置づけて、核抑止力を評価する上でより重要な要素になっているとして、2030年代には、ロシアに続いて中国も核大国となる考えを示し、史上初めて2つの核大国に直面することになると評価した。ロシアは戦略上、核兵器を重視し、核戦力の近代化と拡張を続け、修正主義的安全保障政策を支えるために核兵器を振りかざし、米国や同盟国などにとって永続的な存立にかかわる脅威との認識を示しつつ、敗北を避けるための限定的な核使用の可能性にも言及した。北朝鮮については、中露ほどのライバルではないが、核や弾道ミサイルに加えて、化学兵器を含む非核兵器能力の拡大にも取り組む持続的な脅威であり、朝鮮半島での危機や紛争は、多くの核武装した主体を巻き込む可能性があることから、より広範な紛争の危険性を高めると評価した。

このような核をめぐる情勢認識を示したうえで、核兵器の役割低減を米国の目標とし、核のリスクを削減するため、他の核保有国との関与を追求し続ける考えを表明した。米国の核兵器の役割として、①戦略的攻撃の抑止、②同盟国・パートナーに対する保証、③抑止が破れた場合における米国の目標達成を掲げ、第1期トランプ政権期の2018年に発表されたNPRにおいて核兵器の役割の一つとして掲げられた「将来の不確実性に対するヘッジ」は、役割として除外された。また、宣言的政策として、核兵器の基本的な役割は、敵の核攻撃を抑止することであり、極限の状況下においてのみ核兵器の使用を検討するとし、「先行不使用」と「唯一の目的」を含めた宣言的政策については検討したが、米国、同盟国・パートナーに戦略レベルの損害を与えうる、相手側の非核能力を踏まえれば、このような政策は許容できないリスクをもたらすと判断して採用しないものの、「唯一の目的」への移行目標は保持するとの考えを示した。

米国の核抑止戦略は、敵対者に合わせた戦略が必要との認識のもと、対中国では柔軟な抑止戦略・戦力態勢を維持する一方、対ロシアでは大規模攻撃と地域の限定的な攻撃を抑止するため、近代化した核の3本柱9を配備し、柔軟に調整可能な核戦力により、核の3本柱を補強すると言及した。近代化された3本柱を維持することにより、いかなる戦略攻撃にも耐え、必要に応じて抑止戦略を調整し、拡大抑止のコミットメントを支え同盟国に保証を与えることが可能になるとして、核抑止力に空白が生じないよう、多くの兵器が設計寿命を越えている3本柱の換装計画を推進する考えを示した。柔軟に調整可能な核戦力として、現在運用中の低出力核弾頭搭載潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)は維持するが、前回のNPRで示された海洋発射型核搭載巡航ミサイル計画は中止を表明した。また、NATOの核任務を支援するため、核・非核両用機(DCA:Dual-Capable Aircraft)の役割をF-15E戦闘機からF-35A戦闘機に移行する計画を示した。

なお、ロシアとの間で締結していた中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして、2019年8月に米国は脱退し、同月に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型ミサイルの発射試験を実施するなど、この条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型ミサイルの開発を進めている。

また、2021年2月にロシアとの間で5年間の期限延長を合意した新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))について、2023年2月にプーチン大統領が年次教書演説において、履行の一時停止を発表したことから、今後の核軍備管理の動向が注目される。

MDRは、NDSで掲げられた統合抑止の構想を色濃く反映した内容になっており、米国を守り、攻撃を抑止するための最優先分野と位置づけるミサイル防衛は、敵の攻撃の利益を打ち消し、抑止が破れたとしても、被害を局限することに資するとの考えが示された。また、グアムを含むあらゆる海外領土に対する攻撃は、米国に対する直接攻撃とみなすと宣言し、グアムはFOIPを維持するために欠かせない運用拠点であり、グアムの防衛は統合抑止の実現に資すると表明した。

第2期トランプ政権が採用する核・ミサイル防衛政策が注目される。

6 2026会計年度予算

2025年4月時点で、米国政府は、2026会計年度予算要求を発表していない。一方で、トランプ大統領は同月、米国史上最大となる1兆ドルの国防費を要求することを表明した。今後公表される国防省予算要求の内容について注目される。

参照図表I-3-1-1(米国の国防省費の推移)

図表I-3-1-1 米国の国防省費の推移

1 国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)はともに、法律により一定期間での議会への提出が定められている。NSSは、新たな大統領の就任から150日以内に、NDSは、大統領選挙後に新たな国防長官を指名した場合においては、上院による指名承認後、可能な限り速やかに議会に報告書を提出することが合衆国法典第50編と同第10編でそれぞれ定められている。

2 領域間の統合や同盟国との統合などの能力のシームレスな組み合わせにより、敵対者に、敵対的な活動のコストがその利益を上回ると確信させることにより侵略を抑止するアプローチ。

3 インド太平洋地域における外交、安全保障、防衛の協力を深めることを目的に、2021年9月に設立された。

4 各アセットを分散し、ネットワークを介して統合することにより、圧倒的な戦闘力を集結させる作戦構想。

5 空軍戦力を分散配備し、分散配備された場所から迅速に展開する作戦構想。

6 全ての領域(陸海空、宇宙、サイバー、電磁波、認識面も含めた情報環境など)において作戦を実施することを通じて、敵の接近阻止/領域拒否(A2/AD)の打破を目指す作戦構想である「マルチドメイン作戦構想」を前方で実行することを任務とした陸軍部隊。

7 敵の火力圏内において迅速に分散展開し、一時的な拠点を設置することにより前線での作戦を実行する作戦構想。

8 韓国政府高官は米戦略アセットの朝鮮半島周辺への展開について、2023年は17回であり、2022年の5回から大幅に増加したとしている。

9 核の3本柱は「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦」、「核巡航ミサイル・核爆弾を搭載するB-52戦略爆撃機およびB-2戦略爆撃機」からなる。