Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

防衛白書トップ > 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 > 第3章 諸外国の防衛政策など > 第10節 その他の地域など(中東・アフリカを中心に) > 1 中東

第10節 その他の地域など(中東・アフリカを中心に)

1 中東

1 全般

中東地域は、アジアと欧州をつなぐ地政学上の要衝である。さらに、世界における主要なエネルギーの供給源で、国際通商上の主要な航路があり、また、わが国にとっても原油輸入量の約9割をその地域に依存しているなど、中東地域の平和と安定は、わが国を含む国際社会の平和と繁栄にとって極めて重要である。

一方、この地域では、イスラエルとイランとの間の高い緊張状態に加え、イスラエルとパレスチナ武装勢力間の衝突やイエメンのシーア派系武装勢力であるホーシー派による船舶への攻撃など、不安定な情勢が継続している。

2 イスラエル情勢
(1)軍事

イスラエル軍は、その任務をイスラエル国家とその市民の防衛であるとしている。イスラエルはF-35戦闘機を保有するなど、周辺国に対し、軍事力の質的優位を維持している。また、周辺国や組織から発射されるロケット弾やミサイルなどから自国を防衛するために、アロー、ダビデ・スリング、アイアン・ドームといった防空システムにより、多層的な防空体制を築いている。

(2)パレスチナ武装勢力との対立

1993年、イスラエルとパレスチナの間で、パレスチナ人がガザ地区およびヨルダン川西岸地区で暫定自治を行うことなどを決めたオスロ合意が締結され、双方は平和的な共存に向け、交渉による和平プロセスを開始した。しかし、交渉は進展せず、イスラエルとパレスチナとの間で繰り返し衝突も発生しており、和平プロセスは停滞している。

こうしたなかで、2017年、第1期トランプ米政権が、米国はエルサレムをイスラエルの首都と認めると発表した。さらに、2018年には、駐イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことを受けて、ガザ地区を中心に緊張が高まった。2020年には、同政権が新たな中東和平案を発表したものの、パレスチナ側はその案に示されたエルサレムの帰属やイスラエルとパレスチナの境界線などに反対し、交渉を拒否した。その後、イスラエルとパレスチナ武装勢力の間で、たびたび衝突が発生し、両者の緊張状態は継続していた。

そうしたなか、2023年10月7日、ガザ地区で活動するハマスなどのパレスチナ武装勢力がイスラエルに対し、数千発のロケット弾を発射した。また、多数の戦闘員がイスラエル領に侵入し、イスラエル軍兵士や外国人を含む民間人を殺害・拉致した。これを受け、イスラエル軍は同日ガザ地区への空爆を、また同月27日以降、ガザ地区内において地上作戦を開始した。同年11月24日から30日までの間、一時的な休戦が行われ、ハマスなどに連れ去られた人質の一部が解放されたが、12月1日に戦闘は再開した。

イスラエル軍は、ガザ地区内でハマスの戦闘員の殺害、武器の押収・破壊、地下トンネル網の解体、人質の救出などを実行した。2024年10月には、ガザ地区南部でハマスのシンワル政治局長(当時)を殺害した。一方で、イスラエル軍の攻撃により、ガザ地区内では多数の民間人の死傷者が発生した。

パレスチナ自治区ガザ北部を走行するイスラエル軍の戦車(2023年12月)【AFP=時事】

パレスチナ自治区ガザ北部を走行するイスラエル軍の戦車(2023年12月)【AFP=時事】

その後、2025年1月19日、米国、エジプトおよびカタールの仲介によるイスラエルとハマス間の停戦合意が発効した。同合意に基づき、一部の人質は解放されたものの、3月18日、イスラエル軍は、ハマスが停戦延長案を拒否したなどとして、大規模な攻撃を再開しており、残る人質の解放や恒久的な停戦に向けた協議は難航している。

(3)ヒズボラとの対立

2023年10月にイスラエルとパレスチナ武装勢力の衝突が始まった後、イスラエル北部では、ヒズボラによるロケット弾、無人機、ミサイルによる攻撃などが頻発した。これに対し、イスラエル軍はヒズボラの軍事拠点に対する空爆などで応戦し、ヒズボラの最高指導者(当時)であるナスラッラー師を含む多数のヒズボラ幹部や戦闘員を殺害した。

また、2024年9月にはヒズボラの戦闘員らが使用する多数の通信機器が一斉に爆発する事案が生じ、イスラエルは同国の関与を認めた。さらに、同年10月には、イスラエル軍はレバノン南部に対する地上侵攻を開始し、ヒズボラへの攻勢を強めた。その後、米国とフランスの仲介により、同年11月、イスラエルとレバノン政府の間で、イスラエルとレバノンの国境地帯といったレバノン南部からのイスラエル軍の撤退およびレバノン南部におけるヒズボラの武装解除などを含む停戦合意が結ばれた。しかし、合意で定められた撤退の期限である2月18日以降も、イスラエルは、レバノン政府およびヒズボラが停戦合意を完全に履行していない旨主張し、レバノン南部の5か所で軍の駐留を継続させている。さらに、3月にはレバノン側からの攻撃を受け、イスラエル軍はベイルート近郊などに対して攻撃を実施した。

(4)ホーシー派との対立

2023年10月19日以降、ホーシー派はガザの人々との連帯を主張して、イスラエル領内に対し散発的にミサイルや無人機などを発射している。イスラエルはアローなどの各種防空アセットにより、これらの多くを迎撃している。一方、一部のミサイルや無人機に対する迎撃の失敗や、迎撃後に発生したミサイルの破片の落下などにより、イスラエル領内で被害が発生している。直近では、2025年5月、ホーシー派が発射したミサイルが、イスラエルのベン・グリオン空港付近に落下した。また、ホーシー派は、イエメン沖を航行する商船を攻撃しており、商船の沈没や乗組員の死亡といった事案も発生している。

ホーシー派からの攻撃が続くなか、イスラエルは2024年7月にイエメンのホデイダ港などのホーシー派が支配する地域を初めて空爆した。空爆には、F-35戦闘機、F-16戦闘機、F-15戦闘機といった戦闘機のほか、空中給油機などが参加したとされる。また、同年9月、12月、2025年1月および5月にも同様に空爆を実行した。

なお、2025年1月19日のガザでの停戦に関する合意発効後、ホーシー派は船舶への攻撃を一時停止していたが、イスラエルによるガザへの物資搬入停止などを理由に、同年3月11日、「イスラエルの船舶」への攻撃再開を発表した。こうしたなかで米国は、同月15日以降、「強力な軍事行動」として、ホーシー派に対する攻撃を実施していたが、同年5月、ホーシー派が米艦艇等に対する攻撃を停止することに同意したとして、米国がホーシー派に対する攻撃の停止を表明した一方、ホーシー派は、イスラエルに対する攻撃を継続している。

参照4章5節2項(1)(中東地域における海洋安全保障)

(5)イランとの対立

2024年4月1日、在シリア・イラン大使館関連施設が空爆された。イランは、同空爆がイスラエルによって行われたとして、同月13日夜から14日未明にかけ、報復としてイスラエルに対し多数のミサイルを発射し、無人機でも攻撃した。

また、同年10月1日、イランは、イスラエルによるハマスのハニーヤ政治局長(当時)やヒズボラの最高指導者(当時)であるナスラッラー師の殺害などを理由として、イスラエルに対し、多数の弾道ミサイルを発射した。

イランによるミサイル攻撃により、激しく損傷したイスラエル南部の校舎の様子(2024年10月1日)【AFP=時事】

イランによるミサイル攻撃により、激しく損傷したイスラエル南部の校舎の様子(2024年10月1日)【AFP=時事】

これらのイランが発射した弾道ミサイルの迎撃には、イスラエルのアローや東地中海に展開していた米駆逐艦のSM-3(Standard Missile 3)が使用されたと指摘されている。

同年10月26日、イスラエルはイランの攻撃への報復として、イラン国内の軍事施設などを攻撃した。同攻撃には100機以上の戦闘機などが参加したと指摘されている。

現在も双方の間では高い緊張状態が継続している。

(6)他国との軍事協力

米国とは「特別な関係」と称される関係を有しており、1960年代から米国の軍事支援を受けており、現在も毎年38億米ドル相当の軍事支援を受けている。

米国は、2023年10月にイスラエルとパレスチナ武装勢力の間の衝突が始まった直後から、空母打撃群の中東派遣を発表し、その後も状況の推移に応じて、ペトリオットPAC-3(Patriot Advanced Capability-3)やTHAAD(The Terminal High Altitude Area Defense)といった防空システムやF-22戦闘機などを中東地域に追加展開した。また、中東に展開している米駆逐艦はイランやホーシー派がイスラエルに向けて発射したミサイルなどを度々迎撃した。

2024年4月にイランがイスラエルに向けてミサイルや無人機を発射した際には、米国だけでなく、英国などの戦闘機部隊も迎撃したとされている。

3 イラン情勢
(1)軍事

イランは、正規軍や治安維持軍に加え、革命体制の防衛のために設立された革命ガードを有している。革命ガードは、対称戦を遂行する正規軍と異なり、一般に非対称戦の遂行を主任務としているとされる。また、隷下部隊に海外工作を担うコッヅ部隊を擁しており、国外のイランに近いとされる勢力の活動などへの支援を通じ、地域に影響力を行使しているとの指摘がある。

米国防情報局は2019年に公表した報告書の中で、イランの軍事戦略について、米国などの航空攻撃・地上侵攻に対処可能な戦力の整備を追求するとしている。また、イランの抑止力は主に3つの核心的能力によって構成されるとしたうえで、①長距離打撃が可能な弾道ミサイル、②ペルシャ湾・ホルムズ海峡の航行を妨害できる海軍能力および③国外のイランに近いとされる勢力などを駆使した対外工作活動に注力していると評価している。

弾道ミサイルについては、1980年代から開発を推進しているとの指摘があり、現在では、短距離弾道ミサイルや準中距離弾道ミサイルを保有している。さらに、イランは2023年に極超音速弾道ミサイルとされるミサイルを公開した。これに加え、イランでは無人機の開発も顕著であり、攻撃用や偵察用など、多様な無人機を製造している。

こうしたミサイルや無人機は前述の対イスラエル攻撃で使用されており、2024年4月の攻撃では120発以上の弾道ミサイル、30発以上の巡航ミサイルおよび約170機の無人機が使用されたとされる。また、同年10月には、180発以上の弾道ミサイルを使用したとされる。なお、革命ガードは同攻撃の際、極超音速弾道ミサイルを使用したと主張している。

(2)他国との軍事協力

2025年3月、イランは、インド洋北部においてロシアや中国とともに、海軍の共同演習である「海上安全ベルト2025」を実施した。同演習は、2019年以降、中国不参加の回を含めこれまで6回行われており、オブザーバー国は年々増加している。

また、イランはロシアに対し無人機を供与しており、ウクライナへの侵略にあたりロシアによって使用されている。さらに、2024年には弾道ミサイルを供与したとの指摘があるなど、ロシアとの軍事協力を深化させている。

4 シリア情勢

シリアでは、2011年3月以降、ロシアやイランが支援するシリア政府軍とトルコなどが支援する反体制派などの暴力的衝突が継続してきた。

こうしたなか、2024年11月、シリア北西部イドリブを拠点とするシャーム解放機構(HTS:Hay'at Tahrir al-Sham)を中心とする反体制派がシリア政府軍に対する攻勢をかけ、同年12月には、首都ダマスカスを制圧した。アサド大統領(当時)がロシアへ亡命し、アサド政権は崩壊した。同月10日、HTSの指導者アフマド・シャラア氏とアサド政権のジャラリ首相が会談し、HTSが拠点としていたシリア北西部の事実上の自治政府「シリア救済政府」に対し、暫定的に政府の権限を委譲することで合意した。その後、シャラア氏は「シリア救済政府」首相のムハンマド・バシール氏を「暫定政府」の首相に指名し、同日付でバシール氏は暫定首相に就任した。それと同時に「シリア救済政府」の複数の閣僚が「暫定政府」の閣僚に就任した。さらに、2025年1月29日には、シャラア氏が暫定大統領に就任した。3月13日、シャラア大統領は、正式な新政府への移行期間を5年とする暫定憲法を承認した。また、同月29日、全23名の閣僚からなる「移行政府」の発足を宣言した。今後、同内閣の下で新憲法が起草され、選挙が実施されるとみられる。

5 イエメン情勢

イエメンでは、2011年2月以降に発生した反政府デモとその後の国際的な圧力により、サーレハ大統領(当時)が退陣に同意し、2012年2月の大統領選挙を経て、ハーディ副大統領(当時)が新大統領に選出された。

一方、イエメン北部を拠点とするホーシー派と政府との対立は激化し、ホーシー派が首都サヌアなどに侵攻したことを受け、ハーディ大統領はアラブ諸国に支援を求めた。これを受けて、2015年3月、サウジアラビアが主導する有志連合軍がホーシー派への空爆を開始した。これに対し、ホーシー派もサウジアラビア本土に弾道ミサイルなどによる攻撃を開始し、無人機や巡航ミサイルも使用するようになった。

2019年11月、サウジアラビアの首都リヤドにおいて、イエメン政府とイエメン南部の独立勢力「南部移行評議会」(STC:Southern Transitional Council)がリヤド合意1に署名し、2020年12月、その合意に基づき新内閣が発足した。2022年4月、ハーディ大統領は、「大統領指導評議会」を新設し、すべての権限を委譲することを発表した。この評議会は、ホーシー派を除くイエメン国内の主要な政治勢力の代表者によって構成され、イエメン政府の統治強化やホーシー派との交渉の妥結を目指している。同月、国連イエメン特使は、紛争当事者が2か月間のイエメン全土における停戦に合意したことを発表した。停戦合意は、同年6月と8月に更新された後、10月には更新されなかったことが発表されたが、停戦が発効して以降、イエメン国内における大規模な衝突や、有志連合軍による空爆やホーシー派による越境攻撃は、ほとんど生起していない。

こうしたなか、2023年12月、停戦実現などに向けたロードマップの作成を進めることで合意がなされたが、最終的な和平合意の締結の目途は立っていない。

6 アフガニスタン情勢

アフガニスタンでは、2014年12月に同国内で治安維持活動を行っていた国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)が撤収し、アフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)への教育訓練や助言などを主任務とするNATO主導の「確固たる支援任務」(RSM:Resolute Support Mission)が開始された。一方、ANDSFは兵站、士気、航空能力、部隊指揮官の能力などの面で課題を抱えており、こうしたなかでタリバーンは国内における支配地域を拡大させた。

2020年2月、米国とタリバーンとの間で、駐アフガニスタン米軍の条件付き段階的撤収などを含む合意が署名され、同年3月、米国は、米軍の撤収を開始したと発表し、2021年8月末までに撤収を完了した。こうした状況のなか、タリバーンは、アフガニスタン国内での支配領域をさらに急速に拡大し、同年8月、首都カブールを制圧し、同年9月、暫定内閣の設立を発表した。

2024年、アフガニスタンでは、首都カブールでの自爆テロにより、タリバーン「暫定政権」の閣僚が死亡する事件や、隣国パキスタンとの間で、双方が相手国領土を攻撃する事案などが発生しており、今後とも、タリバーンによる国内の統治やタリバーンと各国の関係が注目される。

1 イエメン政府と同国南部の自治を志向するSTCとの間で衝突が継続していたなかで、両者の衝突の収束などに向け、STC出身閣僚を含む新内閣の樹立などを規定。