2019年5月以降、中東の海域では、民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事象が散発的に発生している。
こうしたなか、各国は地域における海洋の安全を守るための取組を継続している。例えば、米国は2019年7月、海洋安全保障イニシアティブを提唱した後、国際海洋安全保障構成体(IMSC:International Maritime Security Construct)を設立した。IMSCには、米国を含む12か国が参加している(2025年3月現在)。
2023年10月にイスラエルとパレスチナ武装勢力の衝突が始まった後、ホーシー派はガザの人々との連帯を主張し、同年11月以降、紅海やアデン湾において、民間船舶への攻撃などを行っている。同月19日には、日本関係船舶が拿捕される事案も発生した。なお、同船舶の乗組員は2025年1月に解放された。
こうしたことを受け、2023年12月、米国は、紅海からアデン湾にかけての海洋安全保障と能力構築のための活動を任務とする第153連合任務群の傘下に多国籍安全保障作戦である「繁栄の守護者作戦」(OPG:Operation Prosperity Guardian)を立ち上げ、紅海、アデン湾における巡回任務などを行うと発表した。また、EUも2024年2月、攻撃対象となった船舶を保護する防御的な海洋安全保障作戦である「アスピデス作戦」を開始した。
さらに、2024年1月12日、米英軍は、カナダ、オランダ、オーストラリア、バーレーンの支援を受け、ホーシー派の軍事拠点などを攻撃した。以降も、米軍は、英軍との共同攻撃を含め、継続的にホーシー派の軍事拠点などを攻撃した。また、ホーシー派と対立するイスラエルも散発的にホーシー派の拠点に対する空爆を実行している。
現在もホーシー派による攻撃は継続しており、わが国としては、中東地域情勢をめぐる動向を引き続き注視していく必要がある。
各地で発生している海賊行為は、海上交通に対する脅威となっている。近年の全世界の海賊・海上武装強盗事案(以下「海賊事案」という。)発生件数3は、2010年の445件をピークに減少傾向にある(2024年は116件)。
これはソマリア沖・アデン湾の海賊事案発生件数の減少に大きく依拠している。ソマリア沖・アデン湾における海賊事案発生件数については2008年から急増し、2011年には237件と全世界の発生件数の半数以上を占め、船舶航行の安全に対する脅威として大きな国際的関心を集めた。近年は、わが国を含む国際社会の様々な取組の結果、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は低い水準で推移していたものの、国際商業会議所(ICC:International Chamber of Commerce)国際海事局(IMB:International Maritime Bureau)によれば、2023年12月には、2017年以来となる商船の乗っ取り事案が発生した。2024年に入ってからも3件の乗っ取り事案が発生しており、依然予断を許さない状況となっている。ソマリア国内の不安定な治安や貧困といった海賊を生み出す根本的な原因はいまだ解決しておらず、海賊による脅威は引き続き存在している。かかる現状を踏まえれば、国際社会による継続した取組をより一層強化しなければ、海賊行為がさらに活発化するおそれがある。(わが国の取組についてはIII部1章1節2項7(シーレーンの安定的利用を確保するための取組)参照。)
ソマリア沖・アデン湾における国際的な海賊対処の取組としては、まず、バーレーンに本部を置く米軍主導の連合海上部隊4が設置した多国籍部隊である、第151連合任務群による海賊対処活動があげられ、ゾーンディフェンスなどによる海賊対処活動を実施している。また、EUは、2008年12月から海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っている。この作戦は、各国から派遣された艦艇や航空機が船舶の護衛やソマリア沖における監視などを行うもので、2027年2月末まで実施することが決定されている。
またアフリカでは、ギニア湾において海賊事案が発生(2024年は18件)しており、国際社会はアフリカにおける海賊などの問題への取組を継続している。
東南アジア海域における2024年の海賊事案発生件数は70件であった。特に、2019年以降はシンガポール海峡における事案が増加しており、2024年は43件発生した。備品の窃盗といった軽微な事案が多いものの、世界で報告された海賊事案件数の三分の一近くを占めるにいたっている。
3 本文における海賊事案発生件数は、国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)のレポートによる。件数は未遂事案も含む。
4 米中央軍の隷下で海洋における安全、安定と繁栄を促進することを目的として活動する多国籍部隊。46か国(2025年3月現在)の部隊が参加しており、連合海上部隊司令官は米第5艦隊司令官が兼任している。インド洋とオマーン湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第150連合任務群、海賊対処を任務とする第151連合任務群、ペルシャ湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第152連合任務群、紅海からアデン湾にかけての海洋安全保障と能力構築のための活動を任務とする第153連合任務群、海上安全保障のための教育訓練を任務とする第154連合任務群(2023年5月発足)の5つの連合任務群で構成されており、第151連合任務群には自衛隊の部隊も参加している。