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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 インド太平洋地域における米中の軍事動向

1 全般

インド太平洋地域を最重視するバイデン政権(当時)は、NSSにおいて、自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)は、同盟・パートナーの力の結集によってのみ達成可能との認識のもと、日本、豪州、韓国、フィリピン、タイの5か国の同盟国との最も緊密なパートナーシップを深化していくと表明した。また、日米豪印やAUKUS(オーカス)も地域の課題に取り組む上で重要であり、インド太平洋諸国と欧州諸国間の連携により総合力を強化するほか、東南アジアと太平洋諸島地域にも重点を置き、地域的な外交、開発や経済的な関与を拡大するとした。さらに、NDSにおいては自由で開かれた地域秩序を維持し、武力による紛争解決の試みを抑止するため、インド太平洋地域における抗たん性のある安全保障構造を強化・構築し、わが国との同盟関係を近代化し、戦略立案と優先順位を統合的に調整することで統合能力を強化する方針を示した。

また、2024年12月に成立した2025会計年度国防授権法は、対中抑止などを重視した内容となっており、インド太平洋地域における米軍の抑止・防衛態勢強化を目的とする太平洋抑止イニシアティブへの予算承認や、極超音速・AI・自律型システム・サイバーなどの中国抑止に必要な革新技術への投資の増加など、インド太平洋における米軍の態勢や能力強化に関する取組が含まれている。

第2期トランプ政権においても、対中抑止を念頭にインド太平洋地域へのコミットメントを重視する姿勢が示されており、例えば、2025年3月、ヘグセス国防長官は、訪問先のハワイにおいて、中国共産党によるインド太平洋における侵略を抑止するため米国の同盟国及びパートナーと協力するとしつつ、米国はインド太平洋地域の抑止力再構築及び力による平和を実現することにコミットする旨発言している。

参照1節1項(安全保障・国防政策)

わが国との関係においては、2024年7月の日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)共同発表において、米国は在日米軍を統合軍司令部として再構成する意図を表明した。また、米国は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用される旨を繰り返し表明しており、第2期トランプ政権においても、日米首脳会談などで、日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用を含む日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを再確認している。

一方、中国は、これらの米国の姿勢に対し、中国の発展を抑え込み、米国の覇権を擁護しようとしているなどとして反発しており、米国がインド太平洋地域での関与を強化するとともに、日米豪印などの取組が強固な同盟関係に成長することを警戒しているとみられる。また、中国は経済成長などを背景に急速に軍事力を強化させており、インド太平洋地域における米中の軍事的なパワーバランスは変化している。米国は、中距離核戦力全廃条約(INF(Intermediate-Range Nuclear Forces)条約)や新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))の枠組みの外にあった中国が、地上発射型のミサイルの戦力を一方的に強化してきていることに関し、軍備管理交渉に中国を含めるべきであると主張し、中国のミサイル戦力強化に一定の歯止めをかけたい意向を示してきたが、中国は、まずは米国が率先して軍縮を実施するべきとして一貫して拒否4している。

米中の軍事的なパワーバランスの変化は、インド太平洋地域の平和と安定に影響を与えうることから、南シナ海や台湾をはじめとする同地域の米中の軍事的な動向について一層注視していく必要がある。

2 南シナ海

南シナ海をめぐる問題について、米国は、海上交通路の航行の自由の阻害、米軍の活動に対する制約、地域全体の安全保障環境の悪化などの観点から懸念を有しており、中国に対し国際的な規範の遵守を求めるとともに、中国の一方的かつ高圧的な行動を累次にわたり批判している。一方、中国は、米国が南シナ海の平和と安定に対する最大の脅威であると反発を示し、対立を深めている。

中国は1950年代以降、南シナ海における力の空白を突いて進出を進め、西沙諸島の軍事拠点化などを推し進めるとともに、2014年以降、南沙諸島において大規模かつ急速な埋立てを実施してきた。2016年の比中仲裁判断において、中国の埋立てなどの活動の違法性が認定された後も、この判断に従う意思のないことを明確にして、同地域の軍事拠点化を進めている。

参照2節2項6(5)(南シナ海における動向)7節(東南アジア)

米国は、従来、南シナ海をめぐる問題について中国の行動を批判し、また、「航行の自由作戦」などを実施してきた。

バイデン政権(当時)においても、中国による南シナ海での海洋権益に関する主張について米国は拒否するとしたうえで、中国の圧力に直面する東南アジア諸国とともに立ち上がると表明し、一貫した対中抑止の厳しい姿勢を示した。米国は、比中仲裁判断後もなお発生している比中間の衝突を受け、中国に対して国際法の義務を遵守することを改めて求める声明を発表している。2022年1月には、米国務省が、南シナ海における中国の海洋権益主張を国際法に照らして検討した報告書を公表し、南シナ海の大部分に及ぶ中国の主張は不法であり、海洋における法の支配を深刻に損なうと指摘している。また、2023年2月には米国とフィリピンの国防相会談において、米軍のローテーション展開を可能とする「防衛協力強化に関する協定(EDCA:Enhanced Defense Cooperation Agreement)」に基づくフィリピン国内の協力拠点を、従来の5か所から、新たに4か所を追加することに合意したほか、2024年4月以降、米国はフィリピンに地上発射型の中距離ミサイルシステム「タイフォン」の展開を継続するなど、南シナ海沿岸国との連携をさらに強化する姿勢をみせている。

加えて、米国は、南シナ海における軍事的な取組を強化させてきている。中国などによる行き過ぎた海洋権益の主張に対抗するため、「航行の自由作戦」を継続的に実施するとともに、2020年7月、2014年以降初めて2個空母打撃群による合同演習を実施し、その後も、同様の演習を複数回にわたり実施している。さらに、わが国や英国、オーストラリア、オランダ、カナダ、シンガポール、インドネシア、フィリピンといったパートナー国との共同訓練も実施している。これに対し、中国は、地域の平和や安定につながらないなどと米国を批判している。

今後、南シナ海において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序の形成が重要である中、軍事的な緊張が高まる可能性があり、FOIPというビジョンを米国とともに推進するわが国としても、高い関心を持って注視していく必要がある。

3 台湾

中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持しており、「一つの中国」の原則が、中台間の議論の前提であり、基礎であるとしている。また、中国は、外国勢力による中国統一への干渉や台湾独立を狙う動きに強く反対する立場から、両岸問題において武力行使を放棄していないことをたびたび表明している。2005年3月に制定された反国家分裂法では、「平和的統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式やそのほか必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」とし、武力行使の不放棄が明文化されている。また、2022年10月、習総書記は、第20回党大会における報告の中で、両岸関係について、「最大の誠意をもって、最大の努力を尽くして平和的統一の未来を実現」するとしつつも、「台湾問題を解決して祖国の完全統一を実現することは、中華民族の偉大な復興を実現する上での必然的要請」であり、「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」との立場を改めて表明した。

一方、米国は、NSSにおいて、台湾海峡の平和と安定の維持に変わらぬ関心を持ち、中台いずれの側によるものであっても一方的な現状変更に反対であり、台湾の独立を支持せず、台湾関係法、3つの米中共同コミュニケ、6つの保証により導かれる「一つの中国」政策に引き続きコミットする考えを示した。そのうえで台湾の自衛を支援し、台湾に対するいかなる武力行使や威圧にも抵抗する米国の能力を維持するという、台湾関係法に基づくコミットメントを守る考えを示している。

また、米国は、中国を米国にとって最も重大な地政学的挑戦で、国際秩序を再構築する意図と能力を備えた唯一の競争相手と位置づけ、台湾をめぐる問題などについては、同盟国やパートナー国との協力によって中国を牽制する外交姿勢を鮮明にしている。第2期トランプ政権以降も、日米首脳会談などで「台湾海峡の平和と安定」の重要性が言及されているほか、台湾の国際機関への意味ある参加を支持する姿勢を示すなど、台湾の国際的地位を高める取組を推進している。

加えて、米国は、台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきており、航空機搭載型ミサイルの売却、防空ミサイルシステムの維持補修、無人機など、継続的な売却が行われているほか、米艦艇や航空機による台湾海峡通過を定期的に実施している。加えて、2021年10月には、蔡英文(さいえいぶん)総統(当時)が米メディアのインタビューにおいて、米軍が訓練目的で台湾に来訪していることを認める発言を行ったほか、2023年3月には、オースティン米国防長官(当時)が米議会公聴会において、米州兵が台湾軍に訓練を実施している旨証言している。

さらに、米国は、政府のみならず、議会も台湾に対する支援を一層強化する方針を示してきている。2022年には、ペロシ米下院議長(当時)をはじめ、米国の議員らがたびたび台湾を訪れ、蔡総統(当時)などと会見し、米台関係の強化などについて意見交換を行ったとされる。2023会計年度国防授権法では、台湾との安全保障協力を強化するための台湾抗たん性強化法の承認や、2023年から2027年の5年間で、最大100億ドルの軍事融資を行うことを承認するなどの内容が盛り込まれた。2024会計年度国防授権法では、台湾軍に対する包括的な訓練や助言を実施することや、制度的な能力構築プログラムを確立することなどが盛り込まれ、2025会計年度国防授権法では、台湾防衛への支援を再確認し、装備品の提供など最大3億ドル規模の支援を含む台湾の自衛力維持のための台湾安全保障協力イニシアチブの策定を盛り込んだ。

こうした米台接近に対し、中国は、米台双方の要人往来に際し台湾周辺で軍事演習を実施するなど、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化させている。

参照2節2項6(4)(台湾周辺における動向)2節「視点」(台湾をめぐる中国の軍事動向)

米国が軍事面において台湾を支援する姿勢を鮮明にしていく中、台湾問題を「核心的利益の中の核心」と位置づける中国が、米国の姿勢に妥協する可能性は低いと考えられ、台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性がある。台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要であり、わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある。

4 2019年12月11日付の中国外交部HPによる。