2024年5月、民進党の頼清徳(らいせいとく)氏が総統に就任した。頼清徳総統は、就任演説において、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と述べるなど、蔡英文・前総統の対中路線を踏襲しつつ、現状を維持する旨言及し、対等な立場での交流や対話を求める姿勢を示した。同年9月には、頼総統は、「一つの中国」を旨とする「92年コンセンサス」5は「主権を売り渡すことに等しい」として、受け入れない旨表明した。同年10月の双十節の演説において、頼総統は、「中華人民共和国は、台湾を代表する権利はない」と主張しつつ、気候変動対話などでの協力を呼びかけた。これに対して中国は、「一つの中国」原則に対する挑戦などと反発し、頼総統の就任演説や双十節の演説後に台湾周辺の海空域で軍事演習を実施した。また、2025年3月、中国の「反国家分裂法」制定20周年に際し、頼総統は、「中国は既に、台湾の反浸透法が定義する『域外敵対勢力』である」旨初めて言及し、台湾が直面する中国の脅威を5つ指摘しつつ、17項目の対策を発表した。その後の同年4月、中国は、台湾周辺で軍事演習を実施し、本演習は台湾独立勢力に対する「重大な警告、強力な抑止」としつつ、頼総統が3月に中国を「域外敵対勢力」に位置付けたことなどを批判した。
台湾に対する「一国二制度」の適用について、習総書記は2019年1月の「台湾同胞に告げる書」40周年記念大会で、「台湾での『一国二制度』の具体的な実現形式は、台湾の実情を十分に考慮する」などと提起した。これに対し、蔡総統(当時)は即日、「一国二制度」を断固受入れないとする談話を発表するなど、台湾側は「一国二制度」を拒否する姿勢を示している。さらに、2021年10月、習総書記は辛亥革命110周年を記念する式典において、「国家を分裂させるものは全て、これまでも良い結末はなく、必ずや人民に唾棄され、歴史的な審判を受けるであろう」と述べている。頼政権発足後の2024年6月に中国政府は、「台湾独立」分子による国家分裂行為に対し最高刑として死刑を適用する処罰指針を発表した。これに対し、頼総統は「民主主義は犯罪ではない」と述べ、中国は「中華民国の存在を直視し、台湾の民選の合法的政権と交流・対話」するよう呼び掛けた。同年9月、習総書記は建国75周年の記念式典において「台湾独立の分裂活動に断固として反対」すると改めて表明したほか、「一つの中国」原則と「92年コンセンサス」を引き続き堅持することを強調している。
国際社会と台湾の関係については、蔡・前総統の就任前後から、国際機関が主催する会議などにおいて、これまで参加していたものを含め、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしている6。さらに、2024年1月にナウルが台湾と断交して中国と外交関係を樹立したことにより、台湾の国交国は2016年5月の蔡政権発足当初の22か国から12か国に減少している。台湾当局はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。
台湾軍は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力約10万4,000人を擁している。台湾軍は台湾本島と澎湖島を5個作戦区に区分しているところ、陸軍の軍団などが各作戦区の指揮・管理を担任している。このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられており、2022年1月には、予備役や官民の戦時動員にかかわる組織を統合した全民防衛動員署が設立され、有事の際の動員体制の効率化が図られている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、自主建造したステルスコルベット「沱江(だこう)」などを保有している。台湾は現在、「国艦国造」と称する艦艇自主建造計画を推進しており、量産型の沱江級コルベットを2026年までに11隻、潜水艦を2023年9月に進水した1番艦を含め最終的に8隻程度それぞれ建造する計画などが進められている。航空戦力については、F-16(A/B改修V型)戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。2021年11月、台湾初のF-16A/B改修V型から編成される部隊が嘉義基地に発足し、米国から導入する新造のF-16V戦闘機を含め、より長射程のミサイルを搭載できる戦闘機の配備が強化されている。
台湾は1951年から徴兵制を採用してきたが、その後志願制への移行が進められ、徴兵による入隊は2018年末までに終了した。それ以降も、適齢男性(18~36歳)に対する4か月間の軍事訓練義務が維持されてきたが、蔡政権は、2024年1月から適齢男性に対する1年間の義務兵役を復活させた。陸軍では2023年までに義務役兵主体の歩兵旅団を7個新編して計12個旅団体制とし、2024年1月から1年制となった義務役兵の受入れを開始した。新兵役制度では、従来の軍事訓練義務よりも訓練内容を強化するとし、具体的には、新装備の操作訓練の強化や実戦的な訓練への参加などが義務づけられるとされる。
一方、中国は、台湾に対する武力行使を放棄しない意思を示し続けており、航空・海上封鎖、限定的な武力行使、航空・ミサイル作戦、台湾への侵攻といった軍事的選択肢を発動する可能性があり、その際、米国の潜在的な介入の抑止または遅延を企図することが指摘されている。報道によれば、2021年12月、台湾国防部が立法院に提出した非公表の報告書では、中国の台湾侵攻プロセスは次のとおりとされている。中国は初期段階において、演習の名目で軍を中国沿岸に集結させるとともに、「認知戦」を行使して台湾民衆のパニックを引き起こした後、海軍艦艇を西太平洋に集結させて外国軍の介入を阻止する。続いて、「演習から戦争への転換」という戦略のもとで、ロケット軍および空軍による弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの発射が行われ、台湾の重要軍事施設を攻撃すると同時に、戦略支援部隊が台湾軍の重要システムなどへのサイバー攻撃を実行する。最終的には、海上・航空優勢の獲得後、強襲揚陸艦や輸送ヘリなどによる着上陸作戦を実施し、外国軍の介入の前に台湾制圧を達成する。
また、2025年3月に台湾国防部が発表した「4年ごとの国防総検討」(QDR:Quadrennial Defense Review)では、台湾海峡における作戦の形態が変化しているとして、具体的には、中国軍の侵攻兆候の明確な判断が困難になり、平時から戦時への転換が早くかつ曖昧になっていること、中国の長距離精密攻撃能力の発展により前方・後方の別が曖昧になっていること、紛争発生後、中国は「伝統的戦力、ハイブリッド戦力、非正規戦力」による多領域における攻撃を台湾に実施することなどを指摘している。
このような中国の動向に対し、台湾は、「防衛固守・重層抑止」と呼ばれる戦闘機、艦艇などの主要装備品と非対称戦力を組み合わせ、中国軍を可能な限り遠方で制約することを企図しつつ、本土防衛の強化、米国を含む国際パートナーとの連携などによる多層的な防衛態勢を構築し、中国軍による侵攻の阻止・失敗を追求する防衛戦略を打ち出している。この戦略について、2023年の台湾国防報告書では「縦深防衛」の項目を新たに追加し主に以下のとおり記述している。
台湾は、「防衛固守・重層抑止」を完遂するために、国産の非対称戦力や長射程兵器の開発生産を拡充するとともに、米国からの武器の導入を進めている。台湾は現在、海空戦力や長射程ミサイルなどの自主開発を強化しており、2021年11月には、海空戦力などの拡充のための特別予算案が可決され、5年間で2,400億台湾ドル(約9,500億円)を自主開発装備の取得に投入することを決定した。これに加え、台湾は米国から、主力戦車「M1A2Tエイブラムス」、高機動ロケット砲システム「M142」(HIMARS:High Mobility Artillery Rocket System)、地対艦ミサイルシステム「RGM-84L-4」(ハープーン)、長距離空対地ミサイル「AGM-84H」(SLAM-ER:Standoff Land Attack Missile Expanded Response)、無人機の「スイッチブレード」や「アルティウス」、地対空ミサイルシステム「NASAMS(National Advanced Surface-to-Air Missile System)」などを取得することを決定している。
また、台湾は、中国軍の侵攻を想定した大規模軍事演習「漢光」を毎年実施しており、一連の演習を通じ台湾軍の防衛戦略を検証しているものと考えられている。近年の「漢光」では、対着上陸や迎撃などの演目のほか、対サイバー戦、海軍と海巡署の共同訓練といった対グレーゾーン戦略を意識した訓練が行われている。2024年の「漢光40号」では、対着上陸や防空、ミッション・コマンドの確立を念頭に置いたとみられる分散型の指揮・統制、グレーゾーン対処、国際連携を念頭に域外からの物資輸送訓練などが演練されたほか、本土防衛に関しては予備役による市街地戦や義務役による陣地構築などが演練され、これら演習内容を通じ防衛戦略を検証したとみられる。
このほか、台湾は、中国のグレーゾーンでの軍事活動を通じた統一の追求にも警戒感を強めている。例えば、2023年の台湾国防報告書は、2022年以降、中国の台湾に対する軍事行動が頻繁かつ多様化していると指摘しつつ、具体的には、中国軍アセットの台湾海峡「中間線」越えや、台湾周辺での航行・飛行禁止区域の設定、実戦的な軍事演習などの例をあげ、中国は、台湾への威嚇を強め民心をかく乱し、統一の推進や統一にかかる交渉強要を企図している旨指摘している。
加えて、報道によれば、2024年8月に台湾国防部が立法院に提出した非公表の報告書では、現時点では中国の全面侵攻能力は不十分としつつ、軍事的威嚇、封鎖などが台湾に対する目下の主要オプションである旨指摘されている。このうち封鎖について、同年10月、台湾国防部は、立法院に提出した中国の「グレーゾーン戦術」による台湾封鎖に関する報告書で、「社会全体の防衛と強靱性を高めていく」として対策の重要性を強調した。封鎖は中国が台湾に統一を強要する手段のひとつとの指摘があるところ7、中国が台湾周辺海空域で実施した軍事演習では封鎖も演練している。2024年5月に台湾周辺で実施した演習では、中国軍は台湾を取り囲む形で演習区域を設定したほか、海警局が台湾東部海域などで活動したことが初めて発表された。また、同年10月に中国が台湾周辺で実施した軍事演習では、5月の演習と同様に台湾を取り囲む形で演習区域を設定し、台湾の「重要な港湾・地域の封鎖・管理」などを演練したほか、海警局が台湾を取り囲む形でパトロールを実施した。こうしたことを踏まえると、台湾封鎖作戦においては、米国など第3国による軍事介入の回避を念頭に、法執行機関である海警局を前面に展開させグレーゾーンでの封鎖を行う可能性があるほか、さらには台湾侵攻への速やかな移行やそれに伴う米軍の介入阻止なども企図している可能性がある。
中国軍が公表した台湾周辺での演習区域(2024年10月)【時事】
2025年4月現在、台湾の2025年度の国防費は公表されていないが8、2024年度の台湾の国防費は約4,345億台湾ドルと約20年間でほぼ横ばいである一方、中国は継続的に高い水準で国防費を増加させている。2024年度の中国の公表国防費は約1兆6,655億4,000万元であり、台湾中央銀行が発表した為替レートで米ドル換算して比較した場合、台湾の約17倍となっている。なお、中国の実際の国防支出は公表国防費よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性がある。
米国防省が2024年12月に公表した「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告(2024年)」によれば、中国軍の対台湾侵攻戦力を次のように評価している。
これに加え、同報告書は、台湾侵攻時においては、情報支援部隊やサイバー空間部隊などがサイバー戦、電子戦などを実施するほか、聯勤保障部隊が統合的な後方支援任務を担う旨指摘している。
中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。
軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化している。
中国は、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させており、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定については、わが国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会全体において急速に懸念が高まっている。
力による一方的な現状変更はインド太平洋のみならず、世界共通の課題との認識のもと、わが国としては、同盟国たる米国や同志国、国際社会と連携しつつ、関連動向を一層の緊張感を持って注視していく。
参照図表I-3-3-1(台湾軍の配置)、図表I-3-3-2(台湾の防衛当局予算の推移)、図表I-3-3-3(中台軍事力の比較)、図表I-3-3-4(中台の近代的戦闘機の推移)
5 1992年に中台当局が「一つの中国」原則について共通認識に至ったとされるもの。当事者とされる中国共産党と台湾の国民党(当時の台湾与党)の間で「一つの中国」にかかる解釈が異なるとされるほか、台湾の民進党は「92年コンセンサスを受入れていない」としてきている。
6 2019年9月24日付の台湾外交部HPによる。
7 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2024年)による。
8 2025年1月の台湾行政院の発表によると、2025年度の国防部予算案約4,760億台湾ドルのうち、立法院での審議の結果、約84億台湾ドルが削減されるとともに、約900億台湾ドルが凍結された。同年4月以降、国防部は凍結解除を立法院に請求している。なお、中国は、2025年度の国防予算を約1兆7,846億6,500万元と発表。