加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、2024年に75周年を迎えた。冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させ、抑止・防衛、危機の防止・管理、協調的安全保障の3つを中核的任務としている。
ロシアによるウクライナ侵略を受けて加盟国の危機感が高まるなか、2022年6月に開催されたNATO首脳会合において、2010年以来12年ぶりとなる新たな戦略概念が採択された。新たな戦略概念では、欧州・大西洋地域は平和ではなく、加盟国の主権・領土に対する攻撃が行われる可能性を見過ごすことはできないとしている。
そして、ロシアを加盟国の安全保障と欧州・大西洋地域の平和と安定に対する最も重大かつ直接的な脅威と位置づけた。
また、初めて中国について言及し、中国が表明している野心と威圧的な政策は、NATOの利益・安全保障・価値観に対する挑戦であるとした。
2024年7月のNATO首脳会合で発出されたワシントン首脳宣言では、新たに露朝・中露連携についても言及された。ロシアと北朝鮮との軍事協力については、欧州・大西洋の安全保障に深刻な影響を与えているとし、重大な懸念を表明した。中国については、ロシアによるウクライナに対する侵略の決定的な支援者となっていると指摘した。
また、インド太平洋地域の情勢が欧州・大西洋の安全保障にも直接的に影響しうるとの認識のもと、インド太平洋地域のパートナー(オーストラリア、ニュージーランド、韓国、わが国)との間で、ウクライナ支援、サイバー防衛、偽情報対策、テクノロジーに関する旗艦事業を通じて協力を進めることとしている。
このように、NATOは大きく変化した情勢認識のもと、中核的任務の1つである加盟国の防衛を改めて強調しつつ、抑止力・防衛能力の強化に取り組んでいる。
2014年以来、NATOは加盟国があらゆる方向からのあらゆる脅威に対応できるよう計画と構造を全面的に見直し、特に東部における前方プレゼンスの確立が合意された。2017年にエストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランドに多国籍の大隊規模の戦闘群が初めて配置され、2022年以降、さらにブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアにも戦闘群が創設されている。同年6月のNATO首脳会合では、これらの戦闘群を必要に応じて大隊から旅団規模へ拡大することが合意された1。また、従来の即応態勢よりもはるかに大規模で高度な即応力を有する新しい戦力モデルも合意された。2024年6月、NATOの即応態勢が50万人に達したことが発表され、同年7月、従来のNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)に代わる、同盟対応部隊(ARF:Allied Reaction Force)が発足した2。
さらに、同年6月のNATO国防相会合において、フィンランドにもNATOの司令部の1つを設置し3、多国籍戦闘群を配置することが承認された。また、スウェーデンがその多国籍戦闘群を率いることを表明している。
NATO加盟国の防衛支出については、2014年の合意で対GDP比2%を目標とし、2023年7月のNATO首脳会合では、NATO加盟国はGDPの最低2%を防衛支出に投資することに合意した。これにより、2024年には22か国の防衛支出が対GDP比2%を達成している。さらにルッテNATO事務総長は、2024年10月の就任以降、加盟国にさらなる防衛支出の増額の必要性を訴えている。
EU(European Union)は、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)と共通安全保障・防衛政策4(CSDP:Common Security and Defence Policy)のもと、安全保障分野における取組を強化している。
2017年12月には、「常設軍事協力枠組み(PESCO:Permanent Structured Cooperation)」が発足した。本枠組みにより、航空・海洋領域などにおける新たな能力の開発や、軍への訓練・支援、サイバー領域など特定分野における専門知識の共有などを推進している旨を表明しており、欧州の防衛力強化が期待されている5。また、2024年5月には、非加盟国のノルウェーと新しい安全保障・防衛パートナーシップが締結された。
加えて、近年はインド太平洋地域への関与も強めており、2021年4月には、EUとしては初の「インド太平洋戦略」を発表し、同年9月にはその詳細となる「共同コミュニケーション」を発表した。「共同コミュニケーション」では、インド太平洋地域において中国などによる著しい軍備増強がみられ、東シナ海、南シナ海、台湾海峡における力の誇示と緊張の高まりは、欧州の安全保障と繁栄に直接的な影響を及ぼすとし、ルールに基づく国際秩序を目指し、わが国を含む価値観を同じくするパートナー国と連携するとともに、台湾との貿易や投資などの分野における関係を強化するとしている。
2022年3月の欧州理事会では、今後5~10年間の安全保障・防衛政策に向けた共通の戦略ビジョンを示す「戦略的コンパス」を採択した。この文書では、救難・退避作戦などでの運用を想定した、最大5,000人規模の「EU即応展開能力」の完全運用能力を2025年までに獲得するとした。
また、2024年12月、EUの行政執行機関である欧州委員会の新体制が発足した。新体制では初めて防衛担当委員が任命され、EU内の防衛産業の強化などを担うこととなった。
2025年3月、欧州委員会は2030年までの欧州の防衛強化方針をまとめた白書を公表し、その中で、財政規律の緩和などを盛り込んだ「欧州再軍備計画」を通じて各国が国防費を増加させる方針などを掲げている。
近年の中国による台頭は、NATOにおいても注目されている。2022年6月のNATO首脳会合において発表された新戦略概念では、「中国の野心と威圧的な政策は、NATOの利益、安全保障および価値への挑戦である」とし、核戦力の急速な増強、透明性の欠如や悪意あるハイブリッド・サイバー行動について言及された。そのうえで、同盟の安全保障上の利益のため中国に建設的に関与し、また、NATOを分断するための中国の威圧的な取組を防ぐ旨言及している。
NATOの中国に対する関与方針を含め、中国と欧州諸国との関係については、引き続き注目する必要がある。
1 2024年にはラトビアの戦闘群が旅団へ格上げされた。
2 ARFは戦略的で高い即応性を有する多領域かつ多国籍の能力をNATOに提供し、兵力や火力などを10日以内に展開可能としている。
3 フィンランドに新設されるのは陸上部隊司令部(Land Component Command)で、NATOのノーフォーク統合軍司令部の指揮下に入る。NATO北部での作戦における計画や指揮統制が可能となる。
4 EUは、1993年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、1999年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策(ESDP:European Security and Defence Policy)」をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。2009年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。
5 EUは2025年5月時点で、75の共同プロジェクトが進行中と公表している。