国家防衛戦略は、1976年以降6回策定されてきた、自衛隊の防衛力整備、維持および運用の基本的指針である防衛大綱に代わって、わが国の防衛目標、この防衛目標を達成するためのアプローチやその手段を包括的に示すものである。
国家防衛戦略は、わが国政府の最も重大な責務は、国民の命と平和な暮らし、そして、わが国の領土・領空・領海を断固として守り抜くことであり、安全保障の根幹であるとしている。そして、わが国を含む国際社会は、深刻な挑戦を受け、新たな危機に突入しており、今後、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて、戦後の安定した国際秩序の根幹を揺るがしかねない深刻な事態が発生する可能性が排除されないことから、戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境のなかで、国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、厳しい現実に正面から向き合って、相手の能力と新しい戦い方に着目した防衛力の抜本的強化を行う必要があるとしている。
KEY WORD新しい戦い方
これまでの航空侵攻・海上侵攻・着上陸侵攻といった伝統的なものに加えて、精密打撃能力が向上したミサイルによる大規模な攻撃、情報戦を含むハイブリッド戦、宇宙・サイバー・電磁波領域や無人アセットを用いた非対称的な攻撃、核兵器による威嚇ともとれる言動などを組み合わせた新しい戦い方が顕在化している。こうした新しい戦い方に対応できるかどうかが、今後の防衛力を構築するうえでの課題となっている。
また、国家安全保障戦略などに示された防衛力の抜本的強化の方向性などに基づき、令和5年度以降に実施する事業などの進捗管理を徹底し、防衛省・自衛隊が一丸となり、予算を効果的かつ効率的に執行していくため、2023年4月、防衛大臣のもとに「防衛力抜本的強化実現推進本部」を立ち上げ、2024年4月までに計6回、推進本部会議を実施した。この推進本部のもと、徹底した事業の進捗管理や、調達手続き、会計業務の早期化・合理化を図ることにより、防衛力の抜本的強化を強力に推進していく。
また、国家防衛戦略は、次のとおりの認識を示したうえで、自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した防衛力を構築する必要があるとしている。まず、ロシアがウクライナを侵略するに至った軍事的な背景としては、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための十分な能力を保有していなかったことにある。また、どの国も一国では自国の安全を守ることはできず、共同して侵攻に対処する意思と能力を持つ同盟国との協力の重要性が再認識されている。さらに、高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきである。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するが、その意思を外部から正確に把握することは困難である。国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在する。
参照図表II-2-2-2(防衛力の抜本的強化の実施体制)、資料2(国家防衛戦略について)
わが国の防衛の根幹である防衛力は、わが国の安全保障を確保するための最終的な担保であり、わが国に脅威が及ぶことを抑止するとともに、脅威が及ぶ場合には、これを阻止・排除し、わが国を守り抜くという意思と能力を表すものである。国家防衛戦略は、今後の防衛力については、相手の能力と戦い方に着目して、わが国を防衛する能力をこれまで以上に抜本的に強化するとともに、新たな戦い方への対応を推進し、いついかなるときも力による一方的な現状変更とその試みは決して許さないとの意思を明確にしていく必要があるとしている。
そして、国家防衛戦略は、次の3つをわが国の防衛目標として掲げている。
また、核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、前述①から③までの防衛目標を達成するためのわが国自身の努力と、米国の拡大抑止などがあいまって、あらゆる事態からわが国を守り抜くとしている。
そのうえで、国家防衛戦略は、これらの防衛目標を達成するための3つのアプローチと、その基本的な考え方などを次のとおり示している。
ア わが国の防衛力の抜本的な強化
抜本的に強化された防衛力は、防衛目標であるわが国自体への侵攻をわが国が主たる責任をもって阻止・排除しうる能力でなくてはならない。これは、相手にとって軍事的手段ではわが国侵攻の目標を達成できず、生じる損害というコストに見合わないと認識させうるだけの能力をわが国が持つことを意味する。こうした防衛力を保有できれば、米国の能力とあいまって、わが国への侵攻のみならず、インド太平洋地域における力による一方的な現状変更やその試みを抑止でき、それを許容しない安全保障環境を創出することにつながる。
また、抜本的に強化された防衛力は、新しい戦い方に対応できるものでなくてはならない。そのために必要な機能・能力として、まず、わが国への侵攻そのものを抑止するために、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除できる能力である、①スタンド・オフ防衛能力、②統合防空ミサイル防衛能力を強化する。万が一抑止が破れ、わが国への侵攻が生起した場合、①と②の能力に加え、有人・無人アセットを駆使するとともに領域を横断して優越を獲得し、非対称的な優勢を確保するため、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能を強化する。さらに、迅速かつ粘り強く活動し続けて、相手方の侵攻意図を断念させるため、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靱性を強化する。
このような防衛力の抜本的強化は、いついかなる形で力による一方的な現状変更が生起するか予測困難であることから、速やかに実現していく必要がある。まず、策定から5年後の2027年度までに、わが国への侵攻が生起する場合には、わが国が主たる責任をもって対処し、同盟国などの支援を受けつつ、これを阻止・排除できるように防衛力を強化する。今後5年間の最優先課題は、現有装備品を最大限有効に活用するため、可動数向上や弾薬・燃料の確保、主要な防衛施設の強靱化への投資を加速するとともに、将来の中核となる能力を強化することである。さらに、おおむね10年後までに、この防衛目標をより確実にするためさらなる努力を行い、より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除できるように防衛力を強化する。
わが国への侵攻を抑止するうえで鍵となるのは、スタンド・オフ防衛能力などを活用した反撃能力である。近年、わが国周辺のミサイル戦力が質・量ともに著しく増強されるなか、ミサイル発射も繰り返されており、ミサイル攻撃が現実の脅威となっている。こうしたなか、今後も、既存のミサイル防衛網を質・量ともに不断に強化していくが、それのみでは完全に対応することが困難になりつつある。このため、ミサイル防衛により飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からのさらなる武力攻撃を防ぐために、わが国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力の保有が必要である。
反撃能力とは、わが国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイルなどによる攻撃が行われた場合、「武力の行使」の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、わが国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力などを活用した自衛隊の能力をいう。こうした有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。そのうえで、万一、相手からミサイルが発射される際にも、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、反撃能力により相手からのさらなる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守っていく。
反撃能力は、憲法および国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、「武力の行使」の三要件を満たす場合に初めて行使しうるものであり、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない。また、日米の基本的な役割分担は今後も変更はないが、わが国が反撃能力を保有することに伴い、日米が協力して対処していくこととなる。
イ 国全体の防衛体制の強化
わが国を守るためには自衛隊が強くなければならないが、わが国全体で連携しなければ、わが国を守ることはできない。このため、防衛力の抜本的強化に加え、外交力、情報力、経済力、技術力を含めた国力を統合し、あらゆる政策手段を体系的に組み合わせて国全体の防衛体制を構築していく。その際、政府一体となった取組を強化していくため、政府内の縦割りを打破していくことが不可欠であることから、防衛力の抜本的強化を補完する不可分一体の取組として、わが国の国力を結集した総合的な防衛体制を強化する。また、政府と地方公共団体、民間団体などとの協力を推進する。
米国との同盟関係は、わが国の安全保障の基軸であり、わが国の防衛力の抜本的強化は、米国の能力のより効果的な発揮にもつながり、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化するものとなる。日米は、こうした共同の意思と能力を顕示することにより、力による一方的な現状変更やその試みを抑止する。そのうえで、わが国への侵攻が生起した場合には、日米共同対処により侵攻を阻止する。
このため、まず、日米共同の抑止力・対処力の強化に取り組む。わが国の防衛戦略と米国の国防戦略は、あらゆるアプローチと手段を統合させて、力による一方的な現状変更を起こさせないことを最優先とする点で軌を一にしている。これを踏まえ、即応性・抗たん性を強化し、相手にコストを強要し、わが国への侵攻を抑止する観点から、それぞれの役割・任務・能力に関する議論をより深化させ、日米共同の統合的な抑止力をより一層強化していく。
次に、同盟調整機能を強化する。日米両国による整合的な共同対処を行うため、同盟調整メカニズム(ACM:Alliance Coordination Mechanism)を中心とする日米間の調整機能をさらに発展させる。また、日米同盟を中核とする同志国などとの連携を強化するため、ACMなどを活用し、運用面におけるより緊密な調整を実現する。
さらに、情報保全、サイバーセキュリティ、防衛装備・技術協力など、あらゆる段階における日米共同での実効的な対処を支える基盤を強化する。
最後に、厳しい安全保障環境に対応する、日米共同の態勢の最適化を図りつつ、在日米軍再編の着実な進展や在日米軍の即応性・抗たん性強化を支援する取組など、在日米軍の駐留を安定的に支えるための各種施策を推進する。
力による一方的な現状変更やその試みに対応し、わが国の安全保障を確保するため、同盟国のみならず1か国でも多くの国々との連携を強化することが極めて重要である。その観点から、自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)というビジョンの実現に資する取組を進めていく。また、地域や各国の特性などを考慮した多角的・多層的な防衛協力・交流を積極的に推進する。この際、同志国などとの連携の推進の一方で、中国やロシアとの意思疎通についても留意していく。
国家防衛戦略は、基本方針やこれらと整合された統合的な運用構想により導き出された、わが国の防衛上必要な7つの機能・能力の基本的な考え方とその内容を示している。7つの機能・能力は、①スタンド・オフ防衛能力、②統合防空ミサイル防衛能力、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能、⑥機動展開能力・国民保護、⑦持続性・強靱性である。
国家防衛戦略は、防衛力の抜本的強化は速やかに実現していく必要があり、策定から5年後の2027年度までに、わが国への侵攻が生起する場合には、わが国が主たる責任をもって対処し、同盟国などの支援を受けつつ、これを阻止・排除できるように防衛力を強化するとしている。このような、防衛力の抜本的強化の検討に際しては、国民の命と暮らしを守り抜けるのか様々な検討を行うことで、防衛力の不足を検証し、必要となる防衛力の内容を積み上げた。具体的には、今後5年間の優先課題として、現有装備品を最大限活用するため、可動数向上や弾薬・燃料の確保、主要な防衛施設の強靱化への投資に加え、スタンド・オフ防衛能力や無人アセット防衛能力といった将来の中核となる能力の強化に取り組んでいくこととしている。
参照図表II-2-2-3(防衛力の抜本的強化にあたって重視する7つの機能・能力とそのイメージ)
国家防衛戦略は、防衛力の抜本的強化にあたって重視する能力の7つの分野における各自衛隊の役割や、それらを踏まえた統合運用体制、各自衛隊の体制整備にかかる基本的な考え方を示している。また、国家防衛戦略は、戦略的・機動的な防衛政策の企画立案の必要性を踏まえ、その機能を抜本的に強化していくこととしている。
参照図表II-2-2-4(自衛隊の体制整備の考え方)
国家防衛戦略は、以上に加え、国民の生命・身体・財産の保護に向けた取組や国際的な安全保障協力への取組、いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤や、防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための人的基盤の強化について、基本的な考え方を示している。
参照図表II-2-2-5(国民の生命・身体・財産の保護に向けた取組など)、III部1章7節(国民の生命・身体・財産の保護に向けた取組)、III部3章3節(国際平和協力活動への取組)、III部3章4節(軍備管理・軍縮や不拡散への取組)、IV部1章(いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤の強化)、IV部2章(防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化)