Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第4節 ロシア

1 全般

12(平成24)年5月に再就任したプーチン大統領のもと、ロシアは、これまでに復活・強化の段階を終了したとし、豊かなロシアの建設を現在の課題としつつ、新たな経済力・文明力・軍事力の配置を背景に、影響力ある大国になることを重視している1

「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学的悲劇だった」2とするプーチン大統領は、旧ソ連地域を包含したユーラシア同盟構想3の実現を目指すとともに、ウクライナ危機の責任は欧米にあり、自らの勢力圏と見なす旧ソ連諸国に対し、欧米が直接あるいは間接的に影響力を行使しているとして、対決姿勢を明確にしている4

ウクライナ情勢をめぐっては、不安定化したウクライナ東部において、停戦合意(ミンスク合意)5の徹底がはかられた以降も、ウクライナ軍と分離派勢力との間で、散発的な戦闘が続いており、ミンスク合意に定められた分離派支配地域における地方選挙の実施や自治権拡大などの政治プロセスについても大きな進展はみられていない。欧米などから、ロシアは、いわゆる「ハイブリッド戦」を展開し、力を背景とした現状変更を試みたとみられているが、ロシアは自らの一方的な行動の正当性を主張しつづけ、現状変更の結果は固定化の様相を示しており、情勢の改善に向けた国際社会による更なる努力が求められている6。こうしたロシアによる「ハイブリッド戦」に対する脅威認識が特に欧州を中心に増大している7

また、15(同27)年9月以降、ロシアはシリアへの軍事介入を実施しているが、同国内における拠点を確保しつつ、遠隔地にその軍事力を迅速かつ継続的に展開する能力があることを示すとともに、装備の試験・展示の機会として捉えているものと考えられる。16(同28)年12月には、戦略的要衝であるアレッポをシリア政府軍が制圧し、同月末にシリア全土でロシア及びトルコ主導によるアサド政権と反体制派との停戦合意が発効した。17(同29)年1月以降、ロシアはISIL及びヌスラ戦線との闘いを続行しながら、ロシア、トルコ及びイランの仲介によるシリア和平協議を開催するなど、中東での存在感を増してきている。さらに、ロシアはシリア国内における拠点を今後も利用可能とする合意をシリア政府との間で結ぶなどしており、シリアを始めとする中東への影響力拡大に向けた動きが注目される。

参照3章1節(地域紛争・国際テロリズムなどの動向)

このほか、ロシアは、厳しい経済状況に直面しているが、主要輸出産品である原油価格の回復に伴い、17(同29)年の経済成長はプラスに向かうと予測されている8。また、ウクライナは、ソ連崩壊後もロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)の整備などに協力してきたとされており、両国関係の悪化を受けたウクライナからの技術支援の停止により、ウクライナへの依存度が高いロシアの装備に関しては、その運用に支障が出る可能性が指摘されている。

こうした中、プーチン大統領がいかに権力基盤を維持しつつ、欧米などとの外交的孤立状態や経済的状況に対処し、経済構造改革や軍事力の近代化、国際的影響力拡大に向けた取組など9を推進していくか注目されている。なお、米露関係については、トランプ政権発足直後、関係改善が図られるかが注目されたが、米国内の対露観は引き続き厳しく、見通しは不透明である。

1 プーチン大統領による年次教書演説(12(平成24)年12月)

2 プーチン大統領による年次教書演説(05(平成17)年4月)

3 プーチン首相(当時)は、11(平成23)年10月4日付イズベスチヤ紙において、関税同盟及び統一経済圏を土台に域内の経済的連携を強化する「ユーラシア同盟」の創設を提唱している。

4 プーチン大統領による年次教書演説(14(平成26)年12月)

5 14(平成26)年9月のミンスク合意は次の項目からなる。①双方による武器の即時使用停止、②武器の使用停止を欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)が監視、③ドネツク及びルガンスク州の特別な地位に関する法律を採択、④ウクライナとロシアの間に安全地帯を設置し、OSCEが監視、⑤全捕虜の即時解放、⑥ドネツク及びルガンスク州事案に関連する起訴・科刑を禁止、⑦包括的な全国民的対話の継続、⑧ドンバスにおける人道状況改善施策の実施、⑨ドネツク及びルガンスク州の前倒し選挙の実施、⑩ウクライナ領内の不法武装勢力・戦闘員・傭兵の撤退、⑪ドンバスの経済復興及び社会生活再建の計画立案、⑫本協議参加者の個人の安全を保証

6 プーチン大統領は、15(平成27)年12月17日の記者会見において、軍事分野を含む特定の問題解決に従事する人材がウクライナ国内にいないとは我々は一度も言っていないが、それはロシア軍が常駐しているということを意味するわけではない旨述べている。
また、クリミア半島の経済統合のために設置したクリミア担当省を15(同27)年7月に廃止して事実上「編入が完了したこと」を示したり、プーチン大統領やメドベージェフ首相が度々クリミアを訪問するなど、現状の固定化を目指したと指摘される行動をとっている。

7 ハイブリッド戦に関しては、経済、情報作戦、外交などが混合した複雑さを持っているため、その脅威の高まりは軍事同盟であるNATOと軍事以外の機能を持つEUが緊密に協力するきっかけになるという指摘もある。

8 タス通信によれば、IMFはロシアのGDP成長率について、2016年は▲0.6%であったが、2017年には1.1%、また、2018年には1.2%になると予想している。

9 プーチン首相(当時)は、12(平成24)年1月以降に発表した選挙綱領的論文の中で自らの政策として、国民の政治参加の拡大や汚職防止、エネルギー資源に依存した経済を脱却して国内産業の強化を図り、経済の近代化を進めていくこと、中産階級が社会の主導役となるべきことなどをあげている。