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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第3章 国際社会の課題

第1節 地域紛争・国際テロリズムなどの動向(中東・アフリカを中心に)

1 全般

グローバルな安全保障環境においては、一国・一地域で生じた混乱や安全保障上の問題が、直ちに国際社会全体が直面する安全保障上の課題や不安定要因に拡大するリスクが増大している。

近年、世界各地で発生している紛争の性格は必ずしも一様ではない。紛争は、民族、宗教、領土、資源などの様々な問題に起因して発生し、また気候変動のような地球規模の問題の影響が紛争の要因になるという指摘もある1。また、その態様も、武力紛争から軍事的対峙の継続まで様々である。さらに、紛争に伴い発生した人権侵害、難民、飢餓、貧困などがもたらす影響は、紛争当事国にとどまらず、より広い範囲に及ぶ場合があるほか、内戦や地域紛争などにより発生・拡大した国家統治の空白地域が、テロ組織の活動の温床となる例も多くみられる。これらのテロ組織の中には国境や地域を越えて活動するものもあり、引き続き国際社会にとって差し迫った安全保障上の課題となっている。さらに、統治能力のぜい弱な国家の存在は、感染症の爆発的な流行・拡散などのリスクへの対処を難しくしている。

特に、中東・アフリカで数多く見られる政情が不安定で統治能力がぜい弱な国家においては、国境管理が十分に行われていないことから、テロ組織の要員や武器、テロ組織の資金源となる麻薬などが国境を越えて移動し、地域における脅威となっている。また、同地域では、紛争当事者間で和平合意などにより一旦停戦した後も、紛争が再発する場合がみられる。11(平成23)年に本格化した「アラブの春」は、中東・北アフリカの一部の国で民主主義体制への移行を促したが、政権の交代にともなう政治的混乱により部族間や宗派間、党派間の対立を招き、未だに収束していない国もある。これらの背景には、経済・社会格差や高い失業率に対する、若年層を中心とする国民の不満があるとみられる。加えて、欧米などの先進国においても、社会からの疎外感、差別、貧困、格差などの不満などを背景として、イラク・シリアで勢力を拡大化させていたイラク・レバントのイスラム国(ISIL)2をはじめとする国際テロ組織の過激思想に共感を抱く若者が増えており、それらが戦闘員などとして国際テロ組織の活動に参加しているほか、自国においていわゆる「ホーム・グロウン型」、「ローン・ウルフ型」のテロ活動を行う事例が増えている。このような過激思想の世界的な拡散によって、15(同27)年11月のパリ同時多発テロや16(同28)年7月にバングラデシュで発生したテロ事案にみられるように、テロの脅威は中東・北アフリカにとどまらずグローバルに拡散している。また、マリや中央アフリカなどにおいては、ぜい弱な統治体制のもとで国民が抱える政治的・経済的不満のほか、領土や資源をめぐる対立なども紛争の要因となっている。さらに、14(同26)年の西アフリカにおけるエボラ出血熱の急速かつ広範な流行は、流行国の安定を脅かすとともに、感染が欧米など各国にも拡大し、感染症の拡大リスクの深刻さを浮き彫りにした。

KeyWordアラブの春とは

アラブの春とは、11(平成23)年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動であり、チュニジア、エジプト、リビア及びイエメンでは政権が交代した。この運動では、ソーシャル・メディアによって急速に情報が拡散するなど、メディアが大きな役割を果たした。しかし、運動後は必ずしも安定や平和が訪れたとは限らず、シリアやイエメン等のようにその後も混乱が継続している国も存在している。

KeyWord「ホーム・グロウン型」及び「ローン・ウルフ型」のテロとは

欧米諸国では、アル・カーイダやISILの唱える過激思想に感化されて過激化し、居住国でテロを実行するいわゆる「ホーム・グロウン型」のテロが脅威となっており、特に、自国民がイラクやシリアといった紛争地域で戦闘訓練や実戦経験を積み、過激な思想を吹き込まれ、本国に帰国した後にテロを実行することが懸念されている。

また、近年では、アル・カーイダやISILなどのテロ組織との正式な関係はないものの、インターネットなどの情報により自ら過激化した個人や団体が単独又は少人数でテロを計画し実行主体となる「ローン・ウルフ型」テロも、事前の兆候の把握や未然防止が困難なため、脅威として認識されている。

国際社会にとっては、このような複雑で多様な不安定要因に対し、それぞれの性格に応じた国際的枠組みや関与のあり方を検討し、適切な対処を模索することがより重要となっている。

冷戦終結後、平和維持の取組に対する期待が高まり、多くの国連PKO3が設立された。近年、その任務は、停戦や軍の撤退などの監視といった伝統的な任務に加え、武装解除の監視、治安部門の改革、選挙や行政監視、難民帰還などの人道支援など、文民や警察の活動を含む幅広い分野にわたり、こうした中、文民保護や平和構築などの任務の重要性が増している。

参照図表I-3-1-1(国連平和維持活動一覧)

図表I-3-1-1 国連平和維持活動一覧

また、国連PKOの枠組みのみならず、国連安保理に授権された多国籍軍や地域機構などが、紛争予防・平和維持・平和構築に取り組む例もみられる。アフリカにおいては、アフリカ連合(AU:African Union)4などの地域機構が国連安保理決議に基づいて活動を行い、その後、国連PKOが権限を引き継ぐ例もある。また、アフリカ各国の自助努力を促すという長期的観点から、現地の統治機関の強化や軍・治安機関の能力向上のため、国際社会は助言や訓練支援、装備品供与などの取組を行っている。

1 14(平成26)年3月に米国防省が公表した「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)では、気候変動が将来の安全保障環境を形成するうえで重要な要因の一つとしており、水不足や食糧価格の高騰などを引き起こすことで不安定な状態や紛争を加速させうるとしている。

2 ISILは、イラクで04(平成16)年に設立されたアル・カーイダ系テロ組織の「イラクのアル・カーイダ」(AQI:Al-Qaida in Iraq)の流れをくんでいる。

3 17(平成29)年5月末現在、全世界で16の国連PKOが設立されている(128か国、約9万5,300人の軍事・警察要員(同日現在)と、約1万5,000人の文民要員(16(同28)年12月末現在)が国連PKOに参加している)。このうち、12の国連PKOが中東・アフリカ地域に設立されている。(図表I-3-1-1参照

4 アフリカ55か国・地域が加盟する世界最大級の地域機構。02(平成14)年7月、「アフリカ統一機構」(OAU:Organisation of African Unity)(63(昭和38)年5月設立)が発展改組されて発足した。活動目的は、アフリカ諸国・諸国民間の一層の統一性・連帯の達成、アフリカの政治的・経済的・社会的統合の加速化、アフリカの平和・安全保障・安定の促進など。17(同29)年1月、アフリカで唯一非加盟だったモロッコの加盟がAU総会で承認された。