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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 台湾の軍事力など

1 対中関係

台湾では、16(平成28)年1月に実施された総統選挙において、蔡英文(民進党)が朱立倫(しゅ・りつりん)(国民党)に大差で勝利し、同年5月20日、蔡英文総統率いる民進党政権が発足した。蔡英文総統は、中国が「両岸関係」の政治的基礎と位置付け、「一つの中国」を体現しているとする「92コンセンサス」について明確な立場を示していない141。一方で対中関係について、就任当初より、「対話と意思疎通の維持」や「両岸関係の平和的・安定的発展の推進の維持」142を掲げ、中国が台湾との交流の停止を発表した後も、中国に対して、対話の実施を呼びかけてきた143

しかし、蔡英文総統の就任前後から、国際機関会議などにおいて、相次いで台湾代表が出席を拒否されたり、台湾に対する招待が見送られたりするなどしたほか、外交関係を有する国による台湾との断交及び中国との国交樹立144などが発表された。台湾はこれらを「中国による台湾の国際的空間を圧縮する行為」などとし、強い反発を示している。

また、経済面においても、蔡英文総統就任以降、中国から台湾への旅行客数が減少しているとされ、16(同28)年9月には、台湾の観光業者ら2万人が、政府による対策を求める抗議デモを行ったことが報じられた。

16(同28)年12月2日、台湾総統府は、蔡英文総統が米国のトランプ次期大統領(当時)と電話会談を行ったことを発表した。会談について、台湾側は「踏み込んだ議論は行っていない」145とし、対中関係と対米関係の両方を重視していく考えを示したが、中国側は、「台湾が行った小細工に過ぎない」とし、強い反発を示した。

米新政権下での米台関係の動向を含めた、今後の中台関係の行方が注目される。

2 台湾の軍事力

台湾は、蔡英文総統のもと、国家安全の防衛、プロフェッショナルな国軍の編制、国防自主の着実な推進、人民の福祉の保護及び地域の安定促進という戦略目標と「防衛固守、重層抑止」の軍事戦略及び航空宇宙、艦船及び情報セキュリティーを核心とした国防発展計画を打ち出している146

台湾は、兵士の専門性を高めることなどを目的として、総兵力を14(同26)年末時点の21.5万人から、19(同31)年を目途に17万人~19万人まで削減しつつ、徴兵及び志願兵から構成されている台湾軍を完全志願制に移行させることを目指している147。また、台湾軍は、先進科学技術の導入や統合作戦能力の整備を重視しているほか、09(同21)年8月の台風により深刻な被害が発生したことを踏まえ、防災・災害救助能力を軍の主要任務の一つとしている。

台湾軍の勢力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約14万人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、比較的近代的なフリゲートなどを保有している。航空戦力については、F-16A/B戦闘機148、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。

経国戦闘機

経国戦闘機の写真

【Jane's By IHS Markit】

〈諸元、性能〉

最大速度:時速1,296km

主要兵装:20mmバルカン砲、空対地ミサイル(最大射程60km)、対艦ミサイル

〈概説〉

台湾の国産戦闘機。米国の技術協力により設計・開発され、1989(平成元年)年に初飛行した。

3 中台軍事バランス

中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、台湾の国防費は約20年間でほぼ横ばいであり、16(同28)年時点の中国の公表国防費は台湾の約15倍となっている149

中国軍がミサイル戦力や海・空軍力の拡充を進める中で、台湾軍は、装備の近代化が依然として課題である。米国防省はこれまで台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきている150が、台湾側は先進武器の購入を継続151していくことを表明しており、関連の動向に注目していく必要がある。

一方、台湾は、独自の装備開発も進めており、地対空ミサイル天弓II、対艦ミサイル雄風II及び長距離攻撃能力を持つ対地巡航ミサイル雄風IIEを配備しているほか、空母を含めた大型艦に対抗するため、超音速対艦ミサイル雄風IIIを搭載した新型の台湾産ステルス高速ミサイル艇も導入している。また、弾道ミサイル対処能力の獲得のため、地対空ミサイル天弓IIIの開発や、主力艦艇や航空機の自主開発を推進するとともに、潜水艦の自主建造に着手している。

中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。

  1. ① 陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は、現時点では限定的である。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力を着実に向上させている152
  2. ② 海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が急速に強化されている153
  3. ③ ミサイル攻撃力については、台湾は、PAC-2のPAC-3への改修及びPAC-3の新規導入を進めるなど、弾道ミサイル防衛を強化中であるが、中国は、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有しており、台湾には有効な対処手段が乏しいとみられる。

軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中国は軍事力の強化を急速に進め、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向が見られ、今後の中台の軍事力の強化や、米国による台湾への武器売却、台湾による主力装備の自主開発などの動向に注目していく必要がある。

参照図表I-2-3-7(台湾の防衛費の推移)
図表I-2-3-8(中台の近代的戦闘機の推移)

図表I-2-3-7 台湾の防衛費の推移

図表I-2-3-8 中台の近代的戦闘機の推移

141 蔡英文総統は16(平成28)年5月20日、総統就任演説において、「1992年に両岸両会は、相互理解、求同存異(共通点を見いだし、相違を残す)という政治的思考の下、協議を行い、若干の共通認識と理解を達成しており、私はこの歴史的事実を尊重する。」と発言した。

142 蔡英文総統は、16(平成28)年5月20日の就任演説において「両岸間の対話及び意志疎通に関し、現有のメカニズムの維持に努力していく」としたほか、「両岸は既存の政治的基礎の上に、両岸関係の平和・安定的発展の推進を維持すべきである」旨発言した。

143 蔡英文総統は、16(平成28)年10月10日に行った演説において、「就任演説における一言一句に変化はなく、我々は、両岸間の対話と意思疎通の維持に最大の努力を払う」旨発言した。

144 16(平成28)年4月18日、経済協力会議(OECD)の鉄鋼に関する会合において台湾代表が退席させられたほか、同年7月に行われた国連食糧農業機関(FAO)漁業委員会(COFI)会合から台湾政府職員が閉め出され、更に同年8月の国際民間航空機関(ICAO)総会及び同年11月の国際刑事警察機構(ICPO)総会への台湾代表参加が見送られたとされており、台湾は、これらを中国による要求や働き掛けによるものとしている。このほか、同年12月にはサントメ・プリンシペ、17(同29)年6月にはパナマによる台湾との断交、中国との国交樹立が発表されたほか、17(同29)年1月には、ナイジェリアの台湾代表処の改名及び首都からの移転が発表された。

145 台湾総統府報道官は16(平成28)年12月3日、「具体的な詳細については踏み込んだ議論を行っていない。台湾にとって良好な両岸関係と良好な対米関係は同じように重要であり、互いに矛盾することも衝突することもない」旨コメントした。

146 台湾国防部が17(平成29)年3月16日に発表した「4年毎の国防見直し(QDR)」でも、軍事戦略として「防衛固守、国土の安全確保」及び「重層抑止、統合戦略の発揮」を挙げている。

147 当初、国防部は14(平成26)年末までに完全志願制に移行させることを目指していたが、13(同25)年9月に16(同28)年末まで延期することを発表した。その後、16(同28)年12月、馮世寛(ひょう・せかん)国防部長は立法院における議員からの質問に対し、「18(同30)年以降は徴兵を行わない」旨発言している。

148 16(平成28)年11月17日、台湾空軍は17(同29)年1月16日から、現有のF-16A/B戦闘機のレーダー性能等を向上させたF-16V戦闘機へのアップグレードを開始すると公表。初年度に4機のアップグレードを実施し、23(同35)年までに計画を完了させるとしている。

149 16(平成28)年度の中国の公表国防費約9,544億元及び台湾の公表国防費約3,201億台湾ドルを、台湾中央銀行が発表した同年度の為替レート「1米ドル=6.6445元=32.318台湾ドル」で米ドル換算して比較した数値。なお、中国の実際の国防費は公表額よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性もある。

150 最近では、10(平成22)年1月にPAC-3、UH-60ヘリコプター、オスプレイ級掃海艇などの売却を、11(同23)年9月にF-16A/B戦闘機の改良に必要とされる機器などを含む武器売却を、さらに15(同27)年12月、オリバー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲート2隻、AAV7水陸両用車36両などの売却を、それぞれ決定している。

151 台湾は米国に対し、F-16C/D戦闘機や通常動力型潜水艦などの売却を希望してきたとされるが、実現していない。なお、CSISが発表した「アジア太平洋リバランス2025」は、「台湾は既にF-16C/Dの売却要求を停止しており、米国に対し、10年以内にF-35を売却するよう希望する可能性がある」と指摘している。また、トランプ政権は17(平成29)年6月、同政権では初めて、台湾への武器売却(約14億ドル)を議会に通知した。ただし、F-35など高性能兵器の売却は含まれていないとされる。

152 台湾国防部は、15(平成27)年10月に公表した「2015年国防報告書」の中で、「中国軍は2020年までに、対台湾攻撃のための確かな戦力を備えることを計画している」と指摘した。

153 第4世代戦闘機の数は、中国789機に対し、台湾328機となっている。また、駆逐艦・フリゲート、潜水艦の数は、中国約80隻、約60隻に対し、台湾約20隻、4隻となっており、さらに中国は12(平成24)年9月に空母「遼寧」を就役させているほか、国産空母も17(同29)年4月に進水している。