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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

第3節 中国

1 全般

中国は、14もの国と接する長い国境線と海岸線に囲まれた広大な国土に世界最大の人口を擁する国家であり、また、国内に多くの異なる民族、宗教、言語などを抱える国でもある。中国は、長い歴史を有し、固有の文化、文明を形成、維持してきている。この中国特有の歴史に対する誇りと19世紀以降の半植民地化の経験が、中国国民の国力強化への強い願いとナショナリズムを生んでいる。

近年、国際社会における中国の存在感は高まっている。例えば中国は、非伝統的安全保障分野における取組において積極的な姿勢を取っており、国連PKOに対し人的・財政的貢献を行っているほか、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処のために継続的に艦艇を派遣している。さらに、中国は各種人道支援・災害救援活動へも積極的に参加しており、国際社会から高い評価を受けている。中国は、国際社会における自らの責任を認識し、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが引き続き強く期待されている。

一方、中国は、「平和的発展」1を唱えながらも、特に海洋における利害が対立する問題をめぐって、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張2に基づき、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を継続させており、その中には不測の事態を招きかねない危険な行為もみられる。さらに、力を背景とした現状変更については、その既成事実化を着実に進めるなど、自らの一方的な主張を妥協なく実現しようとする姿勢を継続的に示しており、このような行動が、わが国を含む地域・国際社会の安全保障環境に与える影響について強く懸念される。

また、中国国内には人権問題などを含む様々な問題が存在している。中央及び地方の共産党幹部などの腐敗・汚職の蔓延が大きな政治問題となっているほか、急速な経済成長に伴う、都市部と農村部、沿岸部と内陸部の間の地域格差、それら格差を助長する税制の問題に加え、都市内部における貧富の差、物価上昇、環境汚染、農業・工業用水不足などの問題も顕在化している。さらに、最近では中国経済の成長が鈍化3しているほか、将来的には、人口構成の急速な高齢化に伴う年金などの社会保障制度の問題も予想されている。このような政権運営を不安定化させかねない要因が拡大・多様化の傾向にあることから、中国政府は社会の管理に関する取組を強化している4が、インターネットの普及などもあり、民衆の行動を統制することについては不安定な側面も指摘されている。さらに中国は、国内に少数民族の問題を抱えており、チベット自治区や新疆(しんきょう)ウイグル自治区などにおいて少数民族の抗議活動などが発生しているほか、少数民族による分離・独立を目的とした活動も行われている。

このような中、15(平成27)年12月以降、中国では建国以来最大規模とも評される中国軍改革が具体化している。また、「虎もハエも叩く」5という方針のもと、周永康(しゅう・えいこう)前政治局常務委員や郭伯雄(かく・はくゆう)・徐才厚(じょ・さいこう)両前中央軍事委員会副主席など、党・軍の最高指導部経験者も含め「腐敗」が厳しく摘発されている。16(同28)年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議(第18期六中全会)のコミュニケでは、「全面的な党の厳格統治」が言及されるなど、17(同29)年秋頃に開催されるとされる中国共産党第19回全国代表大会(第19回党大会)に向け、党・軍内部の腐敗問題への対応は今後も継続するとみられる。第18期六中全会においては、習近平(しゅう・きんぺい)総書記が「核心」と位置づけられるなど、現体制の権力基盤を一層強固なものにする姿勢も見られ、今後の動向が注目される。

中国は、国の安定を維持するため、外交面においては、周辺諸国との関係を強化しつつ、米国やロシアなど大国との良好な関係を維持することで戦略的な国際環境の安定に努め、発展途上国との協力も強化するとともに、中国主導の多国間メカニズムの構築などによる世界の多極化の推進6、資源・エネルギー供給など経済発展に必要な権益の確保などを目指しているものと考えられる。

軍事面では、過去25年以上にわたり、継続的に高い水準で国防費を増加させ、軍事力を広範かつ急速に強化している。特に中国は、台湾問題を国家主権にかかわる「核心的」な問題として重視7しており、軍事力の強化においても当面は台湾の独立などを阻止する能力の向上を目指しているとみられる。その一環でもあるが、中国は周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する非対称的な軍事能力(いわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD(Anti-Access/Area-Denial)」能力8)の強化に取り組んでいるとみられる。また、台湾問題への対処以外にも、遠方の海域での作戦遂行能力向上などに積極的に取り組んでいる。中国は政治面、経済面に加え、軍事面においても国際社会で大きな影響力を有するに至っており、各国がその動向を注目している。

1 中国の「平和的発展」とは、04(平成16)年頃から正式に使われはじめた言葉であり、11(同23)年3月11日に戴秉国(たい・へいこく)国務委員(当時)が発表した論文によると、中国の発展が、①平和的であること、②自主性があること、③科学的であること、④協力的であること、⑤世界各国との共通性があることを意味しているとされる。

2 例えば、南シナ海において中国が主張するいわゆる「九段線」については、比中仲裁判断(16(平成28)年7月)においても中国が主張する「歴史的権利」を否定されたところである。

3 中国国家統計局の発表によれば、16(平成28)年通年の国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)の伸び率は前年比6.7%で、中国政府が目標としていた6.5~7.0%には沿う内容だったが、1990(同2)年以来26年ぶりの低水準にとどまった。

4 中国による国家安全関連法制の推進については2章3節2項7(教育・訓練などの状況)参照。また、17(平成29)年1月には、中国当局のインターネット上の検閲規制を乗り越えるためのネットワークであるVPNの提供を許可制とする通知が出された。中国政府によるインターネット検閲強化の一環との指摘がある。

5 13(平成25)年1月22日、習近平総書記は第18期中央紀律検査委員会第2回全体会議で、「腐敗を処罰するには、虎もハエも一緒に取締まる必要がある」と発言した。大物幹部も下級官僚も摘発するということを意味しているとされる。

6 中国は、アジア信頼醸成措置会議(CICA:Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia)において軍事同盟を批判し、「アジア人によるアジアの安全保障」を提唱するなど、安全保障の分野で独自のイニシアティブを発揮しようとしているほか、国際金融の分野でも、新開発銀行(BRICS開発銀行)や、アジアインフラ投資銀行(AIIB:Asian Infrastructure Investment Bank)の設立を主導するなどしている。

7 中国はわが国や米国などに対し中国の「核心的利益」の尊重を強く求めており、11(平成23)年9月に発表された国防白書「中国の平和的発展」において、中国は「覇権を唱えず平和的発展を歩む」と説明する一方で、「核心的利益」については断固擁護するとしている。「核心的利益」には「国家主権」「国家安全」「領土保全」「国家統一」「国家の政治制度と社会の安定」「経済社会の持続的発展の基本的保障」などが含まれ、特に領土については、台湾、チベット、新疆を指すほか、東シナ海や南シナ海における領有権などが含まれているとの指摘もある。中国国防部によると、16(同28)年6月、常万全(じょう・ばんぜん)国防部長は、訪中した火箱元陸幕長と面会した際、「日本は、東シナ海、南シナ海等の中国の核心的利益に関わる問題に対してあれこれと批評し、『中国の軍事的脅威』を誇張している。」と発言した。

8 いわゆる「A2/AD」能力の定義については1章2節参照