Contents

第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

防衛白書トップ > 第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 > 第1章 概観 > 第2節 アジア太平洋地域の安全保障環境

第2節 アジア太平洋地域の安全保障環境

アジア太平洋地域は、大規模な軍事力が集中する特異な地域であり、昨今、中国などの国力の増大に伴うグローバルなパワーバランスの変化などを受け、地域における軍事的動向にも顕著な影響がみられている。こうした中、域内各国間の具体的かつ実践的な連携・協力関係の充実・強化が図られてきており、特に人道支援・災害救援など、非伝統的安全保障分野を中心に進展がみられる。一方で、この地域は、政治体制や経済の発展段階、民族、宗教など多様性に富み、また、安全保障観、脅威認識も各国によって様々であることなどから、安全保障面の地域協力枠組みは十分制度化されておらず、依然として領土問題や統一問題といった従来からの問題も残されている。

朝鮮半島においては、半世紀以上にわたり同一民族の分断が継続し、南北双方の兵力が対峙する状態が続いている。また、台湾をめぐる問題のほか、南シナ海をめぐる問題なども存在する。さらに、わが国について言えば、わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している。

これに加えて、近年では、グレーゾーンの事態が長期化する傾向が継続しており、この事態の解決に向けた道筋が見えない中、これがより重大な事態に転じる可能性が懸念されている。

北朝鮮においては、金正恩(キムジョンウン)党委員長を指導者とする体制への移行後、金正恩党委員長を唯一の指導者とする体制の強化・引き締めが継続しているとみられる。北朝鮮は、軍事を重視する体制をとり、大規模な軍事力を展開している。また、核兵器をはじめとする大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発・配備、移転・拡散を進行させるとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、非対称的な軍事能力1を引き続き維持・強化している。特に、北朝鮮は、累次にわたる弾道ミサイルの発射による技術的検証などを通じ、新たな弾道ミサイルを含め、弾道ミサイル開発全体をより一層進展させていると考えられる。昨今は弾道ミサイルの研究開発だけでなく、奇襲攻撃を含む運用能力の向上を企図した動きも活発化している。また、北朝鮮は、国際社会からの自制要求を顧みず、核実験を実施しており、昨今は、核戦力のさらなる強化のため、水爆の獲得を企図しているとみられる。過去5回の核実験を通じた技術的な成熟などを踏まえれば、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられ、時間の経過とともに、わが国が射程内に入る核弾頭搭載弾道ミサイルが配備されるリスクが増大していくものと考えられる。さらに、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返しており、13(平成25)年には、わが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調したほか、17(同29)年3月には、「在日米軍基地を打撃する任務を担当している部隊」による弾道ミサイル発射を実施したと発表した。このような北朝鮮の軍事動向は、わが国はもとより、地域・国際社会の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっており、核兵器・弾道ミサイルの開発や運用能力の向上は新たな段階の脅威となっている。北朝鮮による日本人拉致問題は、わが国の主権及び国民の生命と安全に関わる重大な問題であるが、依然未解決であり、北朝鮮側の具体的な行動が求められる。

今日、国際社会で大きな影響力を有するに至った中国は、国際社会における自らの責任を認識し、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より協調的な形で積極的な役割を果たすことが引き続き強く期待されている。一方、中国は、継続的に高い水準で国防費を増加させ、十分な透明性を欠く中で軍事力を広範かつ急速に強化している。特に、中国は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する非対称的な軍事能力(いわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力)の強化のほか、昨今、実戦を意識した統合運用体制の構築などを念頭に、大規模な軍改革に取り組んでいるとみられる。また、中国は、東シナ海や南シナ海をはじめとする海空域などにおいて質・量ともに活動を急速に拡大・活発化させている。特に、海洋における利害が対立する問題をめぐっては、力を背景とした現状変更の試みなど、高圧的とも言える対応を継続させ、自らの一方的な主張を妥協なく実現しようとする姿勢を継続的に示している。わが国周辺海空域においては、公船によるわが国領海への定期的な侵入を繰り返し行っているほか、海軍艦艇による海自護衛艦に対する火器管制レーダーの照射や戦闘機による自衛隊機への異常な接近、独自の主張に基づく「東シナ海防空識別区」の設定といった上空飛行の自由を妨げるような動きを含む、不測の事態を招きかねない危険な行為に及んでいる。また、南シナ海においても、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張のもと、多数の地形において大規模かつ急速な埋立て、拠点構築、軍事目的での利用など、現状を変更し緊張を高める一方的な行動を継続させ、その既成事実化を着実に進めるなど、周辺諸国などとの間で摩擦を強めているほか、戦闘機が米軍機に対し異常な接近・妨害を行ったとされる事案も発生している。このような中国の動向は、わが国を含む地域・国際社会の安全保障上の強い懸念となっている。こうしたことから、中国による軍事に関する透明性の一層の向上や、国際的な規範を遵守する姿勢の強化が強く求められており、中国との間で対話や交流を促進し、相互理解と信頼関係を一層強化し、海洋における不測の事態を回避・防止するための取組などの信頼醸成措置を進展させていくことが重要な課題となっている。

KeyWordいわゆる「アクセス(接近)阻止/エリア(領域)拒否」(「A2/AD」)能力とは

アクセス(接近)阻止(A2:Anti-Access)能力とは、米国によって示された概念であり、主に長距離能力により、敵対者がある作戦領域に入ることを阻止するための能力のことを指す。また、エリア(領域)拒否(AD:Area-Denial)能力とは、より短射程の能力により、作戦領域内での敵対者の行動の自由を制限するための能力のことを指す。A2/ADに用いられる兵器としては、例えば、弾道ミサイル、巡航ミサイル、対衛星兵器、防空システム、潜水艦、機雷などがあげられる。

ロシアは、豊かなロシアの建設を現在の課題としつつ、新たな経済力・文明力・軍事力の配置を背景に、多極化する世界の中で影響力ある大国になることを重視しており、軍の即応態勢の強化や新型装備の開発・導入を推進すると同時に、核戦力を引き続き重視している。昨今、ロシアは、自らの勢力圏とみなすウクライナをめぐり欧米諸国などとの対立を深めた一方で、シリアへの軍事介入を行うなど国際的影響力拡大を企図した動きをみせている。ロシアは、歳出の削減が幅広く行われる中においても優先的に国防費の確保に努め、軍の近代化を継続しているほか、最近では、アジア太平洋地域のみならず、北極圏、欧州、米本土周辺、中東などにおいても軍の活動を活発化させ、その活動領域を拡大する傾向がみられる。極東においては、ロシア軍による大規模な演習も行われているほか、ロシアは北方領土で沿岸(地対艦)ミサイル配備や北方領土又は千島列島への師団配備の予定について明らかにするなど、引き続き北方四島を含む極東におけるロシア軍の動向を注視していく必要がある。また、ロシアがウクライナにおいて行った力を背景とした現状変更については、ロシアによる「ハイブリッド戦」に対する脅威を特に欧州を中心に増大させるとともに、アジアを含めた国際社会全体に影響を及ぼし得るグローバルな問題と認識されている。

これらのように、一層厳しさを増す安全保障環境にあるアジア太平洋地域においては、その安定のため、米軍のプレゼンスは依然として非常に重要であり、わが国、オーストラリア、韓国などの各国が、米国との二国間の同盟・友好関係を構築し、これらの関係に基づき米軍が駐留やローテーション展開しているほか、米軍のさらなるプレゼンスの強化に向けた動きなどがみられる。独自の主張に基づく力を背景とした一方的な現状変更に対しては、法に基づく既存の国際秩序を守るため、域内各国を中心に国際社会において連携していくことが重要である。

参照図表I-1-2-1(わが国周辺における主な兵力の状況(概数))

図表I-1-2-1 わが国周辺における主な兵力の状況(概数)

また、近年、この地域では、域内諸国の二国間軍事交流の機会の増加がみられるほか、東南アジア諸国連合(ASEAN:Association of Southeast Asian Nations)地域フォーラム(ARF:ASEAN Regional Forum)や拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス:ASEAN Defence Ministers' Meeting-Plus)、民間機関主催による国防大臣参加の会議などの多国間の安全保障対話や二国間・多国間の共同演習も行われている。地域の安定を確保するためには、こうした重層的な取組をさらに促進・発展させていくことも重要である。

1 ここでいう非対称的な軍事能力とは、通常兵器を中心とした一定の軍事能力を保有又は使用する相手に対抗するための、例えば、大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ、サイバー攻撃といった、相手と異なる攻撃手段を指す。