海洋国家であるわが国にとって、法の支配、航行の自由などの基本的ルールに基づく秩序を強化し、海上交通の安全を確保することは、平和と繁栄の基礎であり、極めて重要である。防衛省・自衛隊は、関係国と協力して海賊に対処するとともに、この分野におけるシーレーン沿岸国自身の能力向上の支援、わが国周辺以外の海域における様々な機会を利用した共同訓練・演習の充実など、各種取組を推進している。
海賊行為は、海上における公共の安全と秩序の維持に対する重大な脅威である。特に、海洋国家として国家の生存と繁栄の基盤である資源や食料の多くを海上輸送に依存しているわが国にとっては、看過できない問題である。
海賊行為には、第一義的には警察機関である海上保安庁が対処する。海上保安庁では対処できない又は著しく困難と認められる場合には、自衛隊が対処することになる。
ソマリア沖・アデン湾は、わが国及び国際社会にとって、欧州や中東から東アジアを結ぶ極めて重要な海上交通路に当たる。当該海域については、人質の抑留による身代金の獲得などを目的とした機関銃やロケット・ランチャーなどで武装した海賊事案が多発・急増したことを受けて採択された08(平成20)年6月の国連安保理決議第1816号をはじめとする決議1により、各国は、同海域における海賊行為を抑止するための行動、特に軍艦及び軍用機の派遣を要請されている。
これまでに、米国など約30か国がソマリア沖・アデン湾に軍艦などを派遣している。また、海賊対処のための取組として、09(同21)年1月に設置された第151連合任務部隊(CTF(Combined Task Force)1512)による活動のほか、欧州連合(EU)は08(同20)年12月から「アタランタ作戦」を、NATOは09(同21)年8月から「オーシャン・シールド作戦」を行っている。各国は、現在も引き続きソマリア沖・アデン湾の海賊に対して重大な関心を持って対応している。
ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は、ここ数年、極めて低い水準で推移しているものの、海賊を生み出す根本的な原因とされているソマリア国内の貧困などはいまだ解決しておらず、また、ソマリア自身の海賊取締能力もいまだ不十分である現状を踏まえれば、国際社会がこれまでの取組を弱めた場合、状況は容易に逆転するおそれがある。また、一般社団法人日本船主協会などからも引き続き海賊対処に万全を期して欲しい旨、継続的に要請を受けている。このように、わが国が海賊対処を行っていかなければならない状況に大きな変化はない。
参照図表III-2-2-1(ソマリア沖・アデン湾における海賊等事案の発生状況(東南アジア発生件数との比較))
09(同21)年3月、ソマリア沖・アデン湾においてわが国関係船舶を海賊行為から防護するため、海上警備行動が発令されたことを受け、護衛艦2隻がわが国関係船舶の護衛を開始し、P-3C哨戒機も同年6月より警戒監視などを開始した。
その後、国連海洋法条約の趣旨を踏まえ、海賊行為に適切かつ効果的に対応するため、海賊対処法3が同年7月から施行されたことにより、船籍を問わず、すべての国の船舶を海賊行為から防護することが可能となり、また、民間船舶に接近するなどの海賊行為を行っている船舶の進行を停止するために他の手段がない場合、合理的に必要な限度において武器の使用が可能となった。
さらに、13(同25)年11月、「海賊多発地域における日本船舶の警備に関する特別措置法」の施行により、一定の要件を満たした場合に限り、警備員が日本船舶に乗船し、小銃を所持した警備が可能となった。
参照資料24(自衛隊の主な行動)、資料25(自衛官又は自衛隊の部隊に認められた武力行使及び武器使用に関する規定)、資料64(海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律の概要)
派遣海賊対処行動航空部隊帰国行事に参加する藤丸政務官(左)
民間船舶を護衛する護衛艦
ア 第151連合任務部隊(CTF151)への参加
近年、海賊発生海域がオマーン沖やアラビア海まで拡散してきたことにより、特定の海域の警戒監視(ゾーンディフェンス)を実施しているCTF151などの活動範囲が広がる傾向にあり、また、水上部隊が行う直接護衛(船団に随伴して直接護衛する方式)の1回当たりの護衛隻数が徐々に減少していた。これらの状況を踏まえ、13(同25)年7月、海賊対処を行う諸外国の部隊と協調して、より柔軟かつ効果的な運用を行うため、これまでの直接護衛に加え、CTF151に参加してゾーンディフェンスを実施することを決定した。これを受け、水上部隊は、同年12月からCTF151に参加してゾーンディフェンスを実施している。航空隊も、14(同26)年2月からCTF151に参加し、これまで接することができなかった情報を入手することが可能となった。また、必要に応じ、海賊事案が発生する可能性の高い区域も飛行するなど、柔軟な警戒監視が可能となり、各国の部隊との連携が強化された。
さらに、自衛官がCTF151司令官や同司令部要員を務めることで、海賊対処を行う各国部隊との連携強化及び自衛隊の海賊対処行動の実効性が向上することから、同年8月から他国が司令官を務めるCTF151司令部に司令部要員を派遣するとともに、15(同27)年5月から8月までの間、自衛隊からCTF151司令官及び司令部要員を派遣した。自衛官がこのような多国籍部隊の司令官を務めるのは自衛隊創設以来初めてであり、今後もCTF151の活動に積極的に参加することにより、わが国として国際社会の平和と安定に一層貢献していくことができるものと考えている。
イ 活動実績
現在派遣されている護衛艦は、アデン湾を往復しながら民間船舶を直接護衛する方式と、状況に応じて割り当てられたアデン湾内の割当区域で警戒にあたるゾーンディフェンス方式をとっている。また、護衛艦には海上保安官も同乗4している。
直接護衛では、まずアデン湾の東西に一か所ずつ定められた地点に、護衛艦と護衛対象の民間船舶が集合する。護衛の際には、必要に応じ護衛艦搭載の哨戒ヘリコプターも上空から監視にあたる。昼夜を問わず船団の安全確保に万全を期しつつ、約900km5を2日ほどかけて通過していく。また、ゾーンディフェンスでは、護衛艦が、CTF151司令部との調整に基づき割り振られた海域に展開して警戒監視を行い、船舶の安全確保に努めている。
16(同28)年5月31日現在で3,697隻の船舶が、自衛隊による護衛のもとで、1隻も海賊の被害を受けることなく、安全にアデン湾を通過している。
参照図表III-2-2-2(自衛隊による海賊対処のための活動)
一方、P-3C哨戒機も、CTF151司令部との調整により決定された飛行区域において警戒監視を行い、不審な船舶の確認と同時に、護衛艦、他国艦艇及び民間船舶に情報を提供し、求めがあればただちに周囲の安全を確認するなどの対応をとっている。収集した情報は、常時、関係機関などと共有され、海賊行為の抑止や、海賊船と疑われる船舶の武装解除といった成果に大きく寄与している。
09(同21)年6月に任務を開始して以来、16(同28)年5月31日現在で飛行回数1,568回、延べ飛行時間約12,070時間、識別作業を行った船舶約130,300隻、船舶や海賊対処に取り組む諸外国への情報提供約11,960回である。特に、2機の海自P-3C哨戒機による活動は、アデン湾における警戒監視の約6割を占めている。
また、航空隊を効率的かつ効果的に運用するために、ジブチ国際空港北西地区に整備された活動拠点においては、陸自と海自で構成される支援隊が警備や拠点の維持管理などを実施している。さらに、空自も、本活動を支援するため、空輸隊を編成し輸送任務を行っている。
参照図表III-2-2-3(派遣部隊の編成)
自衛隊による海賊対処行動は、各国首脳などから感謝の意が表されるほか、累次の国連安保理決議でも歓迎されるなど、国際社会から高く評価されている。また、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処に従事する現場の護衛艦に対し、護衛を受けた船舶の船長や船主の方々から、安心してアデン湾を航行できた旨の感謝や、引き続き護衛をお願いしたい旨のメッセージが多数寄せられている。
1 ほかに、国連安保理が海賊抑止のための協力を呼びかけている決議としては、決議第1838号、1846号及び1851号(以上08(平成20)年採択)、決議第1897号(09(同21)年採択)、決議第1918号及び1950号(以上10(同22)年採択)、決議第1976号及び2020号(以上11(同23)年採択)、決議第2077号(12(同24)年採択)、決議第2125号(13(同25)年採択)、決議第2184号(14(同26)年採択)並びに決議第2246号(15(同27)年採択)がある。
2 バーレーンに司令部を置く連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Force)が、海賊対処のための多国籍の連合任務部隊として、09(平成21)年1月に設置を発表した。
3 正式名称:「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」
4 8名が同乗し、必要に応じて海賊の逮捕、取調べなどの司法警察活動を行う。
5 風浪が小さく海賊の活動海域が拡大する非モンスーン期(3月~5月、9月~11月)は、護衛航路を東方へ約200km延長して護衛活動を行っている。