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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

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第6節 軍事科学技術と防衛生産・技術基盤をめぐる動向

1 軍事科学技術の動向

近年の情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)の大幅な進歩に代表される科学技術の発展は、様々な分野に波及し、経済、社会、ライフスタイルなど、多くの分野において革命とも呼ぶべき大きな変化が引き起こされている。

このことは軍事分野においても例外ではなく、米国をはじめとする先進諸国では、ICTの発展に端を発する変革が戦闘力などの飛躍的向上を実現できると考え、各種研究と施策が継続して行われている。

例えば、ネットワークを活用することにより、偵察用の衛星や無人機などの情報収集システムを駆使して収集された敵部隊などに関する情報が共有されれば、遠隔地の司令部からであってもきわめて短時間に指揮・統制が行われ、目標に対して迅速・正確かつ柔軟に攻撃力を指向することが可能となる。

また、米国など高度に近代化された軍隊を有する主要国は、より精密で効果的な攻撃を行えるよう、兵器の破壊力の向上、精密誘導技術、C4ISRを含む情報関連技術、無人化技術(無人機1など)、極超音速技術2に加え、隠密性の向上による先制攻撃の機会の増加や、残存性の向上による戦力損耗のリスクを低減させるステルス技術などの研究開発3を重視している。最近では、火砲などの従来兵器と比べて1発あたりのコストや、射程、精度、迅速性などの観点から効果的な火力発揮が期待されるレールガン4や高エネルギーレーザー兵器5の実験成功が伝えられているほか、きわめて遠方に位置する目標であっても、通常兵器で迅速かつピンポイントでの打撃を可能とする高速打撃兵器6の開発も伝えられている。

米国は、米国防省の「4年ごとの国防計画の見直し」(QDR:Quadrennial Defense Review)において、最新技術の普及7が戦争方式を変えると言及しており、ゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の研究開発を推進している。米国は、昨今の中国等による「A2/AD」能力の強化などを念頭に、米軍の軍事的優位性が徐々に侵食されているとの認識の下、その優位性を維持・拡大するため、新たに革新的方策を見つけることを企図し、「第3のオフセット戦略」を推進している。

参照I部2章1節4項(第3のオフセット戦略)

この中で米国は、人間と機械の協働により、人間の負担を軽減するだけでなく、装備品などの能力を相乗的に増大させることなどを重視しており、例えば、ビッグデータ解析により、サイバー攻撃の兆候察知や警告を行うなど、人工知能を用いた「深層学習する機械」の技術を例示している。また、米国防省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)の最近の研究によれば、人間の脳とデジタル世界を直接つなぐ脳への埋め込み型神経インターフェースを開発し、高速で膨大なデータの移動を可能にする研究や、空中射出・回収・再利用が可能な「グレムリン」と呼ばれる小型無人機の開発、「シーハンター」と呼ばれる潜水艦発見用の無人艦8の開発などさまざまな研究が行われている。

グレムリンと呼ばれる開発中の無人航空機システム【米国防省高等研究計画局(DARPA)HP】の画像

グレムリンと呼ばれる開発中の無人航空機システム
【米国防省高等研究計画局(DARPA)HP】

最近の軍事科学技術の進歩は、民生技術の発展にも拠るところが大きい。近年は、現有装備品の性能向上や新たな装備品の開発を行うにあたっては、デュアルユース技術の活用が頻繁に行われている。例えば、米国防省においては、革新的な民生技術を軍事分野に取り込むため、15(平成27)年、国防省と民生部門の架け橋として国防イノベーション実験ユニット(DIUx:Defense Innovation Unit Experimental)を設置している。

一方、ハイテク型軍隊などを保有することが技術的、経済的に困難な国やテロ組織などの非国家主体においては、先端技術を有する国に対しても有利な戦い方が可能になる兵器などの研究・開発や、ICTなどを利用した不正な技術の取得を行っていくものと考えられる。つまり、相対的に低費用で開発・取得可能であり、在来型の戦力以外で相手のぜい弱性を衝くことができる非対称的な攻撃手段、すなわち核兵器、化学兵器、生物兵器といった大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ攻撃、サイバー攻撃などに重点的に取り組む傾向があると考えられる。

非対称的な攻撃手段が世界的に拡散していく可能性に対して、こうした非対称的な脅威に対抗するための技術に関する研究開発9も重要なものとして認識されている。

1 軍用の無人機については、無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)、陸上無人機(UGV:Unmanned Ground Vehicle)及び海洋無人機(UMV:Unmanned Maritime Vehicle)などが開発されている(海洋無人機は、海上無人機(USV:Unmanned Surface Vehicle)と無人潜水艇(UUV:Unmanned Undersea Vehicle)に区分できる。)。こうした無人機については、人間が操作するものから完全な自律行動型、いわゆる自律型致死兵器システム(LAWS:Lethal Autonomous Weapons System)に推移していく可能性も指摘されている。また、14(平成26)年5月に国連の特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)の非公式会合で、人間が判断することなく自動的に敵を殺傷する、自律型致死兵器システムを運用する上での、人道上や法律面などの課題について初めて議論され、同年11月の締約国会議においても議論が行われた。また、16(同28)年1月、セルバ米統合参謀本部副議長は、「まもなく軍は、敵を攻撃可能な無人・自律システムを配備するかどうかの決断を迫られるかもしれない」と発言したと伝えられている。

2 例えば、米国においては、DARPAと空軍が共同で、超音速で取り入れた空気を、音速以下に減速せずに燃焼させることで極超音速飛しょうを可能とするスクラムジェットエンジンの技術を使用した極超音速吸気式兵器構想(HAWC:Hypersonic Air-breathing Weapon Concept)について研究開発を行っており、将来の極超音速ミサイルなどへの適用を目指している。

3 例えば中国及びロシアは、ステルス性能を有するとされる次世代戦闘機や新型の弾道ミサイルなどの開発を行うなど、最新技術を用いた兵器開発を推進している。中国はミサイル防衛網の突破が可能となる打撃力獲得のため、極超音速滑空兵器の開発も推進しているとみられる。(参照 I部2章3節2の5I部2章4節3の2I部2章3節2の2

4 レールガンは、火薬の代わりに電気エネルギーから発生する磁場を利用して弾丸を撃ち出す兵器であり、米軍では、従来兵器である5インチ(127mm)砲と比べ射程を約10倍の約370kmとするレールガンが開発されており、コストはレールガン1発あたり、ミサイルの20~60分の1と伝えられている。

5 米軍はレーザー兵器を、対小型舟艇用の防御や対無人機などの低高度防空能力強化のため開発中であり、14(平成26)年9月から11月に、米輸送揚陸艦ポンスに搭載し射撃試験が行われた。こうした高エネルギーレーザー兵器は、今後、システムの小型化が進められ、軽機動車両への搭載も念頭に置かれているとの指摘がある。また、レーザー発射1回の費用は1ドル未満と伝えられている。また、DARPAと米空軍研究所が共同で資金を出し、高エネルギー液体レーザー地域防空システムと地上レーザー兵器の統合した実験を15(同27)年7月から行っている。今後テストを続け、操作上の改良や、試験・軍事利用への移行を目指しているとしている。

6 通常兵器による攻撃の所要時間を大幅に短縮するのが目的とされ、弾道ミサイルとは明確に異なる低い軌道で飛翔するとされている。また、米国と中国が開発しているとの指摘がある。

7 かつて多額の費用がかかった「対ステルス技術」、すでに民生や軍事に広く応用されている「無人及び自律システム化したロボット技術」、武器の製造や戦闘時の補給に革命をもたらす可能性のある「低価格の3Dプリンター技術」、及び新たな方法での大量破壊兵器の開発が可能となる「バイオテクノロジーの発展」などがあるとし、これらの技術が戦場でどのように使われるかは依然として不透明であると指摘している。

8 16(平成28)年4月、進水したこの試験艦は、「対潜水艦戦用連続追跡無人艦」(ACTUV:Anti-Submarine Warfare Continuous Trail Unmanned Vessel)(通称シーハンター)と呼ばれ、全長約40mの三胴船であり、人による恒常的な遠隔監視のもと、無人で数ヶ月間、数千キロメートルを航行することが可能。さらにこれは「第3のオフセット戦略」(参照 I部2章1節4)で重視される自律航行、人間と機械の協働を体現する技術として注目されている。また、米海軍作戦司令部に15(同27)年11月、要員の訓練や調達、システムの設計を行う無人攻撃システム局が設立され、研究と並行して組織面での整備も進められている。

9 弾道ミサイル、テロ攻撃、サイバー攻撃などに対抗する技術であるBMD及びICTなどがあげられる。