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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 台湾の軍事力など

1 対中関係

台湾は、馬英九総統の下、「不統、不独、不武(統一せず、独立せず、武力行使せず)」を基本方針とし、独立を掲げないことを明確にして、中国に対して協調的姿勢をとり、特に経済関係を深化させてきた。

しかし、14(平成26)年3月から4月にかけて、台湾・中国間の「サービス貿易協定」の承認に反対する学生たちが立法院を占拠した「ひまわり学生運動」が起こるなど、政権に対する不満が高まり、同年11月に実施された統一地方選挙では与党国民党が民進党に大敗を喫した。

その一方で、15(同27)年11月には、馬英九総統と習近平国家主席による、中台分断後初となる首脳会談が実現し、双方は「一つの中国」について再確認を行ったほか、閣僚級ホットライン設置などについて合意した。台湾メディアが実施した世論調査によると、同会談の実施は、台湾住民からも一定の評価を得たとされている153

しかし、会談により与党国民党への支持が改善することはなく、16(同28)年1月に実施された総統選挙では、蔡英文・民進党主席が朱立倫・国民党主席を大差で破り、新総統に選出された。また、同日行われた立法院選挙においても、国民党の獲得議席が35議席に止まったのに対し、民進党は過半数を超える68議席を獲得し勝利した。

5月20日に就任した蔡英文新総統は対中関係について、「両岸関係の平和と安定の維持に尽力する」との立場をとる一方で、中国が両岸関係の政治的基礎と位置づける「92コンセンサス」154については、明確な態度を示していない155。蔡英文総統率いる新政権下での、今後の対中関係の行方が注目される。

2 台湾の軍事力

台湾は、馬英九総統が提唱する「固若磐石(こじゃくばんじゃく)(磐石のように堅固)」の国防建設の方針のもと、戦争の予防、国土の防衛、緊急事態への対応、衝突の防止及び地域の安定を戦略目標とし、「防衛固守、有効抑止」を内容とする軍事戦略をとってきた。

台湾は、兵士の専門性を高めることなどを目的として、総兵力を27万5,000人から21万5,000人まで削減しつつ、14(同26)年末までに徴兵及び志願兵から構成されている台湾軍を完全志願制に移行させることを目指していたが、13(同25)年9月、国防部は完全志願制への移行を16(同28)年末まで延期することを発表した。また、台湾軍は、先進科学技術の導入や統合作戦能力の整備を重視しているほか、09(同21)年8月の台風により深刻な被害が発生したことを踏まえ、防災・災害救助能力を軍の主要任務の一つとしている。

台湾軍の勢力は、現在、海軍陸戦隊を含めた陸上戦力が約14万人であり、このほか、有事には陸・海・空軍合わせて約166万人の予備役兵力を投入可能とみられている。海上戦力については、米国から導入されたキッド級駆逐艦のほか、比較的近代的なフリゲートなどを保有している。航空戦力については、F-16A/B戦闘機、ミラージュ2000戦闘機、経国戦闘機などを保有している。

3 中台軍事バランス

中国が継続的に高い水準で国防費を増加させる一方、台湾の国防費は約20年間でほぼ横ばいであり、15(同27)年時点の中国の公表国防費は台湾の約14倍となっている156

人民解放軍がミサイル戦力や海・空軍力の拡充を進める中で、台湾軍は、装備の近代化が依然として課題である。米国防省はこれまで台湾関係法に基づき台湾への武器売却を決定してきている157が、台湾側はF-16C/D戦闘機158や通常動力型潜水艦などの購入も希望しており、引き続き関連の動向に注目していく必要がある。一方、台湾は、独自の装備開発も進めており、地対空ミサイル天弓II、対艦ミサイル雄風II及び長距離攻撃能力を持つ対地巡航ミサイル雄風IIEを配備しているほか、弾道ミサイル対処能力の獲得のため、地対空ミサイル天弓IIIの開発などを進めているとみられている。さらに、空母を含めた大型艦に対抗するため、超音速対艦ミサイル雄風IIIを搭載した新型の台湾産ステルス高速ミサイル艇の導入も進めている。

中台の軍事力の一般的な特徴については次のように考えられる。

① 陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は、現時点では限定的である。しかし、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力の向上に努力している159

② 海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が着実に強化されている160

③ ミサイル攻撃力については、台湾は、PAC-2のPAC-3への改修及びPAC-3の新規導入を進めるなど、弾道ミサイル防衛を強化中であるが、中国は、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有し、引き続き増勢に努めており、台湾には有効な対処手段が乏しいとみられる。

軍事能力の比較は、兵力、装備の性能や量だけではなく、想定される軍事作戦の目的や様相、運用態勢、要員の練度、後方支援体制など様々な要素から判断されるべきものであるが、中国は軍事力の強化を急速に進め、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に変化しており、今後の中台の軍事力の強化や、米国による台湾への武器売却などの動向に注目していく必要がある。

参照図表I-2-3-7(台湾の防衛費の推移)、図表I-2-3-8(中台の近代的戦闘機の推移)

図表I-2-3-7 台湾の防衛費の推移

図表I-2-3-8 中台の近代的戦闘機の推移

153 台湾の大手テレビ局TVBSによる世論調査によると、馬英九総統と習近平国家主席による会談実施について、約41%が「支持する」と回答し、約28%が「支持しない」と回答した。

154 1992(平成4)年、中台交流窓口機関が「一つの中国」原則を確認したとされる共通認識

155 蔡英文新総統は16(平成28)年5月20日、総統就任演説において、「1992年に両岸両会は、相互理解、求同存異(共通点を見いだし、相違を残す)という政治的思考の下、協議を行い、若干の共通認識と理解を達成しており、私はこの歴史的事実を尊重する。」と発言した。

156 2015年度の中国の公表国防費約8,896億元及び台湾の公表国防費約3,128億台湾ドルを、台湾中央銀行が発表した同年度の為替レート「1米ドル=6.2264元=31.898台湾ドル」で米ドル換算して比較した数値。なお、中国の実際の国防費は公表額よりも大きいことが指摘されており、中台国防費の実際の差はさらに大きい可能性もある。

157 最近では、10(平成22)年1月にPAC-3、UH-60ヘリコプター、オスプレイ級掃海艇などの売却を、11(同23)年9月にF-16A/B戦闘機の改良に必要とされる機器などを含む武器売却を、さらに15(同27)年12月、オリバー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲート2隻、AAV7水陸両用車36両などの売却を、それぞれ決定している。

158 CSISが発表した「アジア太平洋リバランス2025」は、「台湾は既にF-16C/Dの売却要求を停止しており、米国に対し、10年以内にF-35を売却するよう希望する可能性がある」と指摘している。

159 台湾国防部は、15(平成27)年10月に公表した「2015年国防報告書」の中で、「中国軍は2020年までに、対台湾攻撃のための確かな戦力を備えることを計画している」と指摘した。

160 第4世代戦闘機の数は、中国810機に対し、台湾329機となっている。また、駆逐艦・フリゲート、潜水艦の数は、中国約70隻、約60隻に対し、台湾約30隻、4隻となっており、さらに中国は12(平成24)年9月に空母「遼寧」を就役させているほか、国産空母も建造中である。