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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 拡散する国際テロリズムをめぐる動向

1 最近の国際テロリズムの特徴

国境を越えて活動する各種のテロ組織は、活動目的や能力が組織によってそれぞれ異なると見られる82が、一般的な傾向として、グローバル化の進展は、テロ組織による組織内外における情報共有・連携、武器や資金の獲得にあたって、ソーシャル・メディアなどサイバー空間が活用されるケースも多く、高度な広報戦略を有しているとみられる組織も存在する83。テロ組織によるサイバー攻撃の可能性も指摘されており、15年1月、米中央軍のツイッターのアカウントがサイバー攻撃を受ける事案が発生し、イスラム過激派の関与が疑われている。こうしたテロ組織は、統治機構の弱体化或いは破綻した国家・地域に進出し、活動の拠点を置くなどしている。

各種のテロ組織の中にあって、シリアやイラクにおける混迷に乗じて勢力を拡大84してきたISILは、並外れて潤沢な資金源や国家に対峙しうる強力な軍事力を有し、一定の領域を事実上支配するなどの点で、特に際立った存在となっている。また、地域における従来の国家による統治体制を真っ向から否定し、イスラム共同体85の建設など、独自の政治・宗教的秩序の追求を優先するという点において、ISILは、欧米本土への攻撃など「グローバル・ジハード」を重視するアルカイダなどのテロ組織とは異なる特徴を有している。

一方、01(平成13)年に発生した9.11テロを主導したとされるアルカイダについては、11(同23)年5月、パキスタンに潜伏していた指導者ウサマ・ビン・ラーディンが、米国の作戦により殺害されたが、その中枢はこれまでに受けた損失を踏まえ、昨今は組織の生き残りを重視しているとの指摘がある。しかしながら、アルカイダによる攻撃の可能性が根絶されたわけではない。アルカイダ指導部の指揮統制力が衰退する一方、「アルカイダ」を名称の一部に取り入れた関連組織は、勢力を増大させているとの指摘もあり、それらの関連組織が主に北アフリカや中東などを拠点としてテロを実行している86

また、アルカイダやISIL87との関連が指摘される組織およびその他のイスラム過激派については、中東・北アフリカ地域を中心としつつも、管理が十分でない国境を越えて、拠点が所在する国以外でもテロを実行する能力を持つとされている。これらの組織については、リビアのカダフィ政権が崩壊した際に拡散した大量の武器を入手しているとの指摘があるほか、特にISILについては、シリアおよびイラクにおける戦闘においてシリア軍やイラク治安部隊などから先進的な装備を含め大量の武器を奪取したとされている。

近年、アルカイダやISILとの正式な関係はないものの、それらの過激思想に影響された個人や団体がテロ実行主体となる例が見られ、いわゆる「ホーム・グロウン型」のテロの脅威が懸念されている。欧米諸国などでは、自国民がイラクやシリア88といった紛争地域で戦闘を経験し本国に帰還した者や、過激な思想を吹き込まれ、本国に帰国した後にテロを実行することが懸念されている89。また、近年では、単独または少人数でテロを計画・実行するため事前の兆候の把握や未然防止が困難とされる「ローン・ウルフ型」のテロも脅威として認識されている。

わが国との関係でも、15(同27)年初頭、シリアにおける邦人殺害テロ事件90において、ISILが日本人をテロの対象とする旨、明確に宣言していることなどを踏まえれば、国際テロの脅威に対しては、わが国も無縁とは決して言えない状況が生起している。

このように国際テロの脅威の拡散傾向に拍車がかかっており、その実行主体も多様化し、地域紛争の複雑化とあいまってその防止がますます困難となっていることから、国際テロ対策に関する国際的な協力の重要性がさらに高まっており、現在、軍事的な手段のほか、テロ組織の資金源の遮断やテロ戦闘員の国際的移動の防止など国際社会全体として各種の取組が行われている。

2 世界各地で発生するテロをめぐる動向
(1)「ホーム・グロウン型」、「ローン・ウルフ型」テロ

近年、欧米ではホーム・グロウン型やローン・ウルフ型のテロに対する懸念が高まっている。特に、巧みな広報戦略(ソーシャル・メディアやウェブサイトを通した勧誘など)により影響を受けたとみられる人物やシリアなどの紛争地から帰還した人物によるテロ事件が多数発生していることから、各国では入国管理の強化91やテロ計画の事前摘発などの取組が行われている。

米州においては、13(同25)年4月、米国ボストンのマラソン会場で爆発が起き、3人が死亡し多数が負傷した。また、カナダでは、14(同26)年10月、オタワの連邦議会前で、ISILの過激思想に同調したとみられる、イスラム教に改宗した男性によってカナダ軍兵士が銃撃され死亡する事件が発生した。豪州では、14(同26)年12月、シドニー中心部のカフェで、ISILの過激思想に同調したとみられるイラン出身の男性が人質18名を取って立てこもり、地元警官隊との銃撃戦の末に犯人を含む3名が死亡する事件が発生した。同年9月には、豪州国内の警戒レベルが引き上げられている92

これらの事件はいずれも、「ホーム・グロウン型」、「ローン・ウルフ型」のテロとみられている。

欧州においては、ベルギーで、14(同26)年5月、シリアでイスラム過激派に参加していたとされるフランス人がユダヤ博物館で銃を乱射し、4人が死亡する事件が発生した。また、フランスでは、15(同27)年1月、イスラム過激派の影響を受けたとみられるアルジェリア系などのフランス人が、パリ中心部のフランス週刊紙「シャルリー・エブド」の本社やユダヤ人系食料品店などを襲撃する事件が発生した93。フランス政府は事件を受け、国内各地にフランス軍約1万人を配置するなど厳重な警戒態勢を取っている。さらに、デンマークでは、15(同27)年2月、コペンハーゲン市内のカフェで開催されていた「芸術と冒涜、表現の自由」集会およびユダヤ教礼拝所周辺で銃撃事件が発生し、2名が死亡した。

(2)イスラム過激派によるテロ

一方、依然として中東では、イラク・シリアで勢力を拡大しているISILやアルカイダ系組織などのイスラム過激派によるテロ事件が発生している。サウジアラビアでは、15(同27)年5月に同国東部でシーア派のモスクを狙った自爆テロが複数発生し、ISILが犯行声明を出している。

また、北アフリカでは、リビア、エジプトおよびアルジェリアでISILの関連組織やアルカイダ系組織が活動しているとみられており、チュニジアでは、15(同27)年3月には、イスラム過激派とみられるグループによってチュニスのバルドー国立博物館が襲撃され、邦人3人を含む外国人観光客等21名が犠牲となった。アルジェリアでは、13(同25)年1月、それまで主にアルジェリア人や欧米人を標的とした誘拐事件を起こしてきたAQIMから離脱したとされるイスラム過激派が、同国南東部イナメナスの天然ガスプラントを襲撃し、邦人10人を含む多数が犠牲となった。同年6月には、マリやリビアとの国境付近でアルジェリア軍と武装勢力の銃撃戦が起きるなど依然としてテロの脅威に直面している。また、ケニアでは、アル・シャバーブの犯行と見られるテロ事件が発生している。13(同25)年9月、ナイロビ市内の高級ショッピングセンターを武装集団が襲撃し67名が死亡し、15(同27)年4月には、同国北東部のガリッサの大学を武装集団が襲撃し、少なくとも148人が死亡した。

サブサハラアフリカ地域でも、マリ、ソマリア94、ナイジェリアなどでイスラム過激派が勢力を拡大させている。特に、ナイジェリアでは、09(同21)年以降、イスラム国家の建設を目的とする「ボコ・ハラム」が、警察などの取り締まりに対する報復としてテロを繰り返すなど活動を活発化させている。

14(同26)年4月、北東部のボルノ州において、ボコ・ハラムによって200人以上の女子生徒が拉致された。これを受け、米国はナイジェリア政府による捜索活動の支援のため無人機などを派遣し、国連安保理の制裁委員会はボコ・ハラムを制裁対象に加えるなど、国際社会による取組が行われている。また、最近は周囲に警戒されにくい女性や少女を利用した自爆テロを繰り返しているとの指摘もある。15(同27)年2月には、ニジェール南東部ディファ州のナイジェリア国境にある村を襲撃するなど、国外にも活動を広げつつあるほか、同年3月には、ISILに対して忠誠を誓うなど、その勢力を拡大させる動きを見せているが、周辺国によるボコ・ハラム掃討作戦も進行中であり、支配地域を急拡大させるには至っていない。

南アジアでは、以前からテロが頻発している地域であり、特にパキスタンでは、「パキスタン・タリバーン運動(TTP:Tehrik-e Taliban Pakistan)」やアルカイダなどによる宗教施設や政府機関などを標的としたテロが多発している。特に、14(同26)年12月、TTPは北西部ペシャワルの軍学校を襲撃し、141人以上が死亡した事件に関与している。また、14(同26)年9月、アルカイダのザワヒリ容疑者は新たにインドに支部を設立したと発表95したほか、ISILもアフガニスタンおよびパキスタン国内にホラサン州を一方的に設置した96と指摘されており、イスラム過激派によるテロの激化が懸念される。

東南アジアでは、テロ組織の取締りなどに一定の進捗がみられる97一方、フィリピンの「アブ・サヤフ・グループ(ASG:Abu Sayyaf Group)」はISILに忠誠を誓い、資金提供を行っているとの指摘がある。また、外国人戦闘員としてインドネシアなどからイラク・シリアに渡航する若者の存在が伝えられており、域内における新たな脅威となっている98

参照図表I-2-1-2(アフリカ・中東地域の主なテロ組織)

図表I-2-1-2 アフリカ・中東地域の主なテロ組織

82 米国務省「2012年版国別テロリスト報告書」(13(平成25)年5月)

83 15(平成27)年2月にISILから発行されたダビーク第7号では、邦人2名の殺害についての記述があり、改めて日本人およびその権益を標的としたテロを呼びかけている。また、10(平成22)年7月にAQAPから発行されたインスパイア第1号では簡単な爆弾製造方法が紹介されている。

84 15(平成27)年2月、クラッパー米情報長官が発表した世界脅威評価2015によると、シリアに向かった外国人戦闘員は90か国以上、2万人以上と見積もられている。

85 アラビア語でウンマと表す。民族あるいは血縁集団としての意味が強い。ウンマはヒジュラ(移住)によって成立するとされ、ムハンマドとともに移住した70名余りおよび彼らを助けたメディナの70余名の集団が最初のウンマを形成した。

86 米国家情報長官(DNI:Director of National Intelligence)「世界脅威評価」(14(平成26)年1月)

87 米シンクタンクのインテルセンターによると、15(平成27)年5月現在、中東・北アフリカ(21組織)、サブサハラアフリカ(3組織)、南アジア(6組織)、東南アジア(5組織)の合計35組織が確認されている。

88 イラクおよびシリアの情勢についてはI部2章1節2参照

89 米国土安全保障省長官発言(14(平成26)年2月7日)

90 14(平成26)年のテロリストなどによる殺害者数は、ISILが最も多く(24%:4,230人)、次いでアルカイダ系組織(22%:3,949人)となり、2つの組織で約半数を占めている(米インテルセンター報告)。

91 14(平成26)年9月、国連安保理は、テロ行為の実行を目的とした渡航を国内法で犯罪とすることなどを求めた,外国人テロ戦闘員問題に関する決議第2178号を採択した。また同決議では、テロ行為への参加の目的で自国領域内に入国または通過しようとしていると信じるに足りる合理的な根拠を示す信頼性の高い情報を有する場合、当該個人の領域内への入国または通過を阻止することを義務づけるなどの措置を含んでいる。また、15(同27)年6月にドイツで開催されたG7首脳会議でも、テロリストの資産凍結に関する既存の国際的枠組みを効果的に履行するとのコミットメントが再確認されている。

92 豪州政府は国内におけるテロの脅威を、Extreme(最高位)、High(高位)、Medium(中位)、Low(低位)の4段階に分けて評価して、テロ警戒レベルを公表しており、15(平成27)年3月現在はHigh(テロが発生する可能性が高い)に引き上げられている。

93 「シャルリー・エブド」本社を襲撃した兄弟2人組の内、1人はAQAPのキャンプで訓練を受けていたことが確認されている他、AQAPは兄弟に対して直接指示を出したとの声明を発表。また、明確な関連性は確認されていないものの、ユダヤ系食料品店を襲撃したクリバリ氏はISILに忠誠を誓う動画をインターネット上に投稿していたと見られる。

94 15(平成27)年2月、アル・シャバーブは米国、英国、フランス、カナダ国内にあるショッピングモールや商業地区を攻撃するようこれらの国のイスラム教徒に呼びかけている。

95 アルカイダ指導者のザワヒリ氏は、バングラデシュ、インド、ミャンマー、スリランカで抑圧されているムスリム教徒を解放することがインド亜大陸のアルカイダ(AQIS:Al-Qaida in the Indian Subcontinent)の目的であると述べている。

96 ISILのアドナーニ広報官は、TTPの前司令官のサイード・カーン氏をホラサン州の州知事に任命すると発表した。

97 フィリピンでは、国内治安上の最大の懸案となってきた、イスラム過激派テロ組織ASGなどのテロ組織が衰退していると指摘されている。フィリピン情勢についてはI部1章6節2参照。

98 インドネシアでは14(平成26)年8月、政府がISILへの参加を禁止したが、既存の法体系では、明確にテロ活動に関与したとする証拠がなければ、ISILの支持者を逮捕する権限はないといわれている。