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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

4 南シナ海をめぐる動向

南シナ海においては、南沙諸島24(Spratly islands)や西沙諸島(Paracel islands)の領有権25などをめぐってASEAN諸国と中国の間で主張が対立しているほか、海洋における航行の自由などをめぐって、国際的に関心が高まっている。

南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(平成14)年、「南シナ海に関する行動宣言」26に署名した。同宣言は、南シナ海をめぐる問題を解決する際の原則を記した、法的拘束力のない政治宣言である。さらに11(同23)年7月に開催されたASEAN・中国外相会議においては、同宣言の実効性を高めるための「南シナ海に関する行動宣言ガイドライン」が採択された。現在関係国は、同宣言より具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされる「南シナ海に関する行動規範」の策定を目指すことを確認しており、13(同25)年9月には、同規範策定に向けた初の公式協議を中国の蘇州で開催した27。その後も、14(同26)年にシンガポール、タイおよびインドネシアで同規範策定に向けた協議が行われている。

一方、南シナ海においては、関係国が領有権主張のための活動を活発化させている。中国は、92(同4)年に南沙諸島、西沙諸島などが中国の領土である旨明記された「領海および接続水域法」を制定したほか、南シナ海における自国の「主権、主権的権利および管轄権」が及ぶと主張する範囲に言及した09(同21)年の国連宛口上書にいわゆる「九段線」の地図を添付した。また、この「九段線」については、国際法上の根拠があいまいであるとの指摘があり、南シナ海における領有権などをめぐる東南アジア諸国との主張の対立を生んでいる。

また、近年、フィリピン近傍のスカボロー礁およびセカンドトーマス礁、マレーシア近傍のジェームズ礁および南ルコニア礁などに、中国の海軍艦艇および海上法執行機関所属の公船が進出している。さらに、12(同24)年6月、中国は、南沙諸島、西沙諸島および中沙諸島の島嶼ならびにその海域を管轄するとされる海南省三沙市の設置を発表したほか、13(同25)年11月には、同省が「海南省中華人民共和国漁業法実施規則」を修正し、同省の管轄水域内において外国漁船などが活動を行う場合には、同国国務院関係部門の承認を得なければならない旨定めた。

12(同24)年4月から6月にかけては、スカボロー礁周辺海域において、中国海上法執行機関の船舶とフィリピンの海軍艦艇などが対峙する事件が発生したほか、12(同24)年6月にはベトナムが、南沙諸島および西沙諸島に対する主権を明示したベトナム海洋法(13(同25)年1月施行)を採択した。13(同25)年3月には、中国艦船がベトナム漁船に発砲する事例が発生したと伝えられている。さらに、14(同26)年5月、西沙諸島周辺海域において、中国が一方的に石油掘削活動を開始したことに端を発し、中国およびベトナムの船舶が対峙し、衝突により多数の船舶に被害が出ていると伝えられている。このように、関係国が、相手国の船舶に対し拿捕や威嚇射撃を行うなどの実力行使に及んでいると伝えられており28、これらの動きをめぐり、関係国は互いに抗議の表明などを行っている。最近では、14(同26)年1月、スカボロー礁周辺において、中国公船がフィリピン漁船に放水し、活動していた海域から同漁船を追い出したとして、フィリピン政府が中国政府に対し抗議を行った。

また、13(同25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張および行動に関し、国連海洋法条約に基づく仲裁手続きに付したが、同年2月、中国は問題の二国間解決を主張し、提訴に応じないことをフィリピンに通知した29

このほか、13(同25)年11月、中国が設定した「東シナ海防空識別区」に関連し、中国国防部報道官は、今後その他の防空識別区も設定する旨発言した。これに関し同年12月、ケリー米国務長官は、アジア地域、特に南シナ海上空において、「防空識別区」の設定を含む、一方的措置をとることを中国は控えるべきとの考えを表明している。

南シナ海をめぐる問題は、その平和的解決に向け、ASEAN関連会議などにおいてもたびたび議論がなされているが、12(同24)年7月のASEAN外相会議において共同声明が採択されない事態となるなど、加盟国の足並みが乱れる場面もみられた。しかし、14(同26)年5月、南シナ海における中国およびベトナムの船舶の対峙について、ASEAN首脳会議および外相会議において、「深刻な懸念」が表明されるなど、ASEANが一体となって対応する場面もみられる。

南シナ海をめぐる問題は、アジア太平洋地域の平和と安定に直結する国際社会全体の関心事項であり、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。

参照III部3章1節(アジア太平洋地域における多国間安全保障協力・対話の推進)

24 南沙諸島周辺は、石油、天然ガスなどの海底資源の存在が有望視されるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。

25 南沙諸島については、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシアおよびブルネイが領有権などを主張しており、西沙諸島については、中国、台湾およびベトナムが領有権を主張している。

26 国際法の原則に従い、領有権などの係争を平和的手段で解決すること、行動規範の採択は地域の平和と安定をさらに促進するものであり、その達成に向けて作業を行うことなどが盛り込まれている。

27 公式協議を後押しするため、専門家らによる「賢人会議」設置に取り組むことなどで合意

28 10(平成22)年、インドネシアが中国漁船を拿捕したほか、同年、マレーシア海軍艦艇と航空機が中国漁船監視船を追跡したと伝えられている。また、11(同23)年5月には中国当局船が、12(同24)年11月には中国漁船が、ベトナムの資源探査船の調査用ケーブルを切断したと伝えられているほか、11(同23)年2月には、中国海軍艦艇がフィリピン漁船に威嚇射撃を行い、同年5月には中国当局船が、12(同24)年2月には中国海軍艦艇が、ベトナム漁船に発砲する事例が発生したと伝えられている。

29 仲裁裁判所においては、いずれかの紛争当事者が裁判に応じない場合でも、他の紛争当時者の要請により、手続が進行し、判断を下すことができる。