概 観
戦後最大の試練の時を迎える国際社会
- 普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大。力による一方的な現状変更やその試みは、既存の国際秩序に対する深刻な挑戦。国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入。グローバルなパワーバランスが大きく変化し、国家間の競争が顕在化し、特に米中の国家間競争が今後一層激しさを増す可能性がある。
- 科学技術の急速な進展により、安全保障のあり方が根本的に変化。各国は、いわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の開発を推進。従来の軍隊の構造や戦い方に根本的な変化が生起している。
- サイバー領域などにおけるリスクの深刻化や、情報戦の展開、気候変動など、グローバルな安全保障上の課題も存在している。
- 領域をめぐるグレーゾーン事態が恒常的に生起。軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせるハイブリッド戦がさらに洗練された形で実施される可能性がある。
厳しさを増すインド太平洋地域の安全保障
- このようなグローバルな安全保障環境と課題は、わが国が位置するインド太平洋地域で特に際立っており、将来、さらに深刻さを増す可能性が存在する。
- ウクライナ侵略と同様の深刻な事態が、将来、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない。

わが国周辺の安全保障環境
ロシアによる侵略とウクライナによる防衛
- ロシアによるウクライナへの侵略は、ウクライナの主権と領土一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国連憲章を含む国際法の深刻な違反。このような力による一方的な現状変更は、アジアを含む国際秩序の根幹を揺るがすものである。
- 国際の平和と安全の維持に主要な責任を負うこととされている安保理常任理事国が、国際法や国際秩序と相容れない軍事行動を公然と行い、罪のない人命を奪うとともに核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返すという事態は前代未聞。このような侵略を容認すれば、他の地域でも力による一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねず、わが国を含む国際社会として、決して許すべきではない。
- ウクライナ自身の強固な抵抗に加え、国際社会が結束して強力な制裁措置などを実施。NATO加盟国である米国の同盟国であり、欧州とはユーラシア大陸を挟んで対極に位置するわが国として、欧州とインド太平洋の安全保障は不可分であるとの認識のもと、その戦略的な影響を含め、今後の欧州情勢の変化に注目していく必要がある。

ウクライナ・ハルキウの被害状況(2024年1月)【AFP=時事】
諸外国の防衛政策など
米国 ~第2期トランプ政権の成立~
- 2024年11月に行われた米国大統領選の結果、トランプ前大統領が第47代大統領として当選。2025年1月に第2期トランプ政権が成立した。
- トランプ大統領は、就任以前から、ウクライナ情勢、中東情勢、また台湾情勢などの安全保障分野について発信しており、第2期政権成立以降、同大統領および国防長官などは精力的に活動している。
- 米国の安全保障分野における動向は、わが国の所在するインド太平洋地域の安全保障環境に大きく影響するものであり、今後の動向が引き続き注目される。

2025年1月のトランプ大統領就任式【EPA=時事】
中国 ~力による一方的な現状変更の試みや活動の活発化~
- 中国の対外的な姿勢や軍事動向などは、わが国と国際社会の深刻な懸念事項であるとともに、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、わが国の総合的な国力と同盟国・同志国などとの協力・連携により対応すべきものである。
- 過去30年以上、透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加。核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。
- 尖閣諸島周辺をはじめとする東シナ海、日本海、さらには西太平洋など、いわゆる第一列島線を越え、第二列島線に及ぶわが国周辺全体での活動を活発化させている。
- 2024年には、8月の中国軍機による領空侵犯や9月の中国海軍空母によるわが国領海に近接した海域での航行などが相次いで発生した。中国による活発な軍事活動がわが国の安全に深刻な影響を及ぼし得る状況となっており、強く懸念される。
- 2025年5月には、尖閣諸島周辺においてわが国領海侵入中の中国海警船からヘリコプターが発艦しわが国の領空を侵犯した。中国は、尖閣諸島周辺において力による一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される状況となっている。
- 台湾周辺での軍事活動を活発化させている。台湾周辺海空域で軍事演習をたびたび実施している。中国は、台湾周辺での一連の活動を通じ、中国軍が常態的に活動している状況の既成事実化を図るとともに、実戦能力の向上を企図しているとみられる。
- 南シナ海において、既存の海洋法秩序と相いれない主張に基づき活動を活発化させ、軍事拠点化を推進している。力による一方的な現状変更とその既成事実化を一層推し進める行為であり、わが国として深刻に懸念している。南シナ海をめぐる問題はインド太平洋地域の平和と安定に直結するものであり、南シナ海に主要なシーレーンを抱えるわが国のみならず、国際社会全体の正当な関心事項である。
- 軍事活動を含め、ロシアとの連携を一層強化。わが国周辺では、爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行を実施。こうした度重なる共同での活動は、わが国に対する示威活動を明確に意図したものであり、わが国の安全保障上、重大な懸念がある。

総書記として3期目に入った習近平氏【EPA=時事】

ICBM発射時(2024年9月)に中国が公表した画像【EPA=時事】
激化する米中の戦略的競争、緊張感が高まる台湾情勢
- 中国の国力伸長によるパワーバランスの変化や種々の懸案などにより、近年、米中の政治・経済・軍事にわたる競争が一層顕在化している。
- 中台の軍事バランスは、全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化している。
- 台湾について、中国は、台湾は中国の一部であり、台湾問題は内政問題であるとの原則を堅持。武力行使を放棄していない旨たびたび表明。中国は、台湾周辺での軍事活動をさらに活発化している。
- 中国のグレーゾーンでの軍事活動を通じた統一の追求にも警戒感の高まり。軍事的威嚇、封鎖などが台湾に対する目下の主要オプションである旨の指摘も。台湾封鎖では、海警を前面に展開させグレーゾーンでの封鎖を行う可能性がある。

中国軍が公表した台湾周辺での演習区域(2024年10月)【時事】
北朝鮮 ~核・ミサイル開発の進展~
- 北朝鮮の軍事動向は、わが国の安全保障にとって従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威。地域と国際社会の平和と安全を著しく損なうもの。大量破壊兵器などの不拡散の観点からも、国際社会全体にとって深刻な課題となっている。
- 北朝鮮は、過去6回の核実験を実施し、技術的には、わが国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を保有しているとみられる。
- 近年、極めて速いスピードで継続的にミサイル開発を推進し、変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルや「極超音速ミサイル」と称するものなどを発射。核兵器の搭載を念頭に置いた長距離巡航ミサイルの実用化も追求している。
- 2023年以降、固体燃料推進方式の大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の「火星18」や「火星19」の発射、衛星打ち上げを目的とする弾道ミサイル技術を使用した発射などを実施。保有する装備体系の多様化や、核・ミサイル運用能力を補完する情報収集・警戒監視・偵察(ISR)手段の確保といった、質的な意味での核・ミサイル能力の向上に注力している。

ICBM級弾道ミサイル「火星19」発射時に北朝鮮が公表した画像【時事通信フォト】
ロシア ~「強い国家」を掲げるロシアと中国の戦略的連携~
- ロシア軍は、極東方面にも最新の装備を配備する傾向にあるなど、わが国周辺における活発な軍事活動を継続。わが国を含むインド太平洋地域におけるロシアの軍事的動向は、中国との戦略的な連携と相まって安全保障上の強い懸念となっている。
- 「強い国家」を掲げるロシアは、各種の新型兵器の開発・配備を進めてきたが、ウクライナ侵略開始後は、兵員数の増加や部隊編制の拡大改編も指向している。
- わが国固有の領土である北方領土において、不法占拠のもと、軍の活発な活動を継続。所在部隊の施設整備を進めているほか、海軍所属の沿岸(地対艦)ミサイルや航空宇宙軍所属の戦闘機などの新たな装備も配備し、周辺海・空域において大規模な演習も実施されている。

ロシアのクルスク州を訪問したプーチン大統領(左)(2025年3月12日)【AFP=時事】
その他の地域など
- イスラエルとハマスとの衝突が発生後、イスラエルとレバノンのヒズボラやイエメンのホーシー派などとの間でも衝突が発生した。2024年には、イスラエルとイランの間で攻撃の応酬が発生し、現在も双方の間では高い緊張状態が継続している。
- シリアでは、シャーム解放機構を中心とする反体制派がシリア政府軍に対する攻勢をかけ、2024年12月に首都ダマスカスを制圧。アサド政権は崩壊し、「シリア救済政府」に対し、暫定的に政府の権限を委譲することで合意された。

イランによるミサイル攻撃により、激しく損傷したイスラエル南部の校舎の様子(2024年10月1日)【AFP=時事】
宇宙・サイバー・電磁波の領域や情報戦などをめぐる動向・国際社会の課題など
情報戦などにも広がりをみせる科学技術をめぐる動向
- 科学技術とイノベーションの創出は、わが国の経済的・社会的発展をもたらす源泉であり、技術力の適切な活用は、安全保障だけでなく、気候変動などの地球規模課題への対応にも不可欠である。
- 各国は、技術的優越を確保すべく、AI、量子技術、次世代情報通信技術など、将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなりうる先端技術の研究開発や、軍事分野での活用に注力している。
- 偽情報の拡散などを通じた情報戦などが恒常的に生起している。

北朝鮮の国家航空宇宙技術総局平壌総合管制所の様子【朝鮮通信=時事】
宇宙・サイバー・電磁波の領域をめぐる動向
- 宇宙空間を利用した技術や情報通信ネットワークは、人々の生活や軍隊にとっての基幹インフラ。一方、中国やロシアなどは、他国の宇宙利用を妨げる能力を強化し、国家や軍がサイバー攻撃に関与していると指摘されている。
- 各国は、宇宙・サイバー・電磁波領域における能力を、敵の戦力発揮を効果的に阻止する攻撃手段として認識し、能力向上を企図している。

NATOサイバー演習の様子【NATO HP】
大量破壊兵器の移転・拡散
- 核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つである。
- 近年、国家間の競争や対立が先鋭化し、国際的な安全保障環境が複雑で厳しいものとなるなか、軍備管理・軍縮・不拡散といった共通課題への対応において、国際社会の団結が困難になっていることが懸念されている。