北極海では、近年、海氷の減少にともない、北極海航路の利活用や資源開発などに向けた動きが活発化している。カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国の8か国からなる北極圏国は1996年、北極における持続可能な開発、環境保護といった共通の課題についての協力などの促進を目的とし、北極評議会を設立した5。
安全保障の観点からは、北極海は従来、戦略核戦力の展開または通過海域であったが、近年の海氷の減少により、艦艇の航行が可能な期間や海域が拡大しており、将来的には、海上戦力の展開や、軍の海上輸送力などを用いた軍事力の機動展開に使用されることが考えられる。こうしたなか、軍事力の新たな配置などを進める動きもみられる。
ロシアは、2022年7月に発表した海洋ドクトリンでは、北極海を死活的に重要な海域に位置づけるなど、北極圏における国益擁護のための体制の構築を推進しており、各種政策文書において、北極圏におけるロシアの権益やロシア軍の役割を明文化している。また、北極圏沿岸部にレーダー監視網の整備を進めているほか、飛行場の再建や地対空・地対艦ミサイルの配備が進められている。6
米国は、2024年7月に公表した「北極圏戦略2024」において、米国は同盟国やパートナーと協力し、北極圏を安定した地域として維持し、米国本土の安全と重要な国益を守るとの最終目標を追求するとしている。活動面では、2024年3月に、北極圏における潜水艦運用に関する演習「オペレーション・アイスキャンプ2024」(旧演習名「アイスエックス」)を実施し、カナダ海・空軍、フランス海軍、英国海軍、豪海軍が参加している。また、米国はグリーンランドにピツフィク宇宙軍基地(2023年4月、トゥーレ空軍基地から改名)を有している。
北極圏国以外では、日本、中国、韓国、英国、ドイツ、フランスなどを含む13か国が北極評議会のオブザーバー資格を有している。中国は、北極海に対して積極的に関与する姿勢を示しており、科学調査活動や商業活動を足がかりにして、北極海において軍事活動を含むプレゼンスを拡大させる可能性も指摘されている7。
また、北極海における中国とロシアの連携は増加している。中露は2024年5月の首脳会談における共同声明において、北極海航路に関する協力強化を表明した。その後、2024年7月には中露の爆撃機4機がチュコト海、ベーリング海、太平洋北部で共同飛行を実施した。また同年9月から10月には、中国海警局とロシア連邦保安庁国境警備局の船舶が日本海から北極海にかけて共同航行を実施した。米国防省公表「北極圏戦略2024」の中では、中国はロシアとの協力を推進することで北極圏でのプレゼンスを拡大させる可能性も指摘されているほか、中露間には依然として大きな意見の相違が存在しているものの、この地域における両国の連携強化は懸念事項とし、北極圏での共同演習を含む中露軍事協力は増加の一途をたどっていると指摘されている。
5 北極評議会の議長国は、2021年5月から2年間、ロシアが務めることとなっていたが、ロシア以外の北極圏国7か国は2022年3月、ロシアによるウクライナ侵略を受け、ロシアが議長国を務める北極評議会の全ての会合への参加を一時的に停止した。2023年5月にノルウェーが議長国に就任し、作業部会の再開に向け合意した。
6 米国防省公表「北極圏戦略2024」では、ロシアは北極圏の国で、最も発達した軍事的プレゼンスを誇っていると指摘しているほか、ロシアは北極圏を通じて米国本土に接近する明確な手段を有しており、北極圏を拠点とする能力を利用して、欧州とインド太平洋地域の両方への米国の戦力投射能力を脅かし、危機への対応能力を制約する可能性があると指摘している。
7 米国防省「中華人民共和国の軍事および安全保障の進展に関する年次報告」(2019年)による。