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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 サイバー空間における脅威に対する動向

こうしたサイバー空間における脅威の増大を受け、各国で各種の取組が進められている。

サイバー空間に関しては、国際法の適用のあり方など、基本的な点についても国際社会の意見の隔たりがあるとされ、例えば、米国、欧州、わが国などが自由なサイバー空間の維持を訴える一方、ロシアや中国、新興国などの多くは、サイバー空間の国家管理の強化を訴えている。国連では、2021年から2025年にかけ、サイバー空間における脅威認識、規範、国際法の適用など幅広い議論をするオープン・エンド作業部会が開催されている。

参照III部1章1節1項5(サイバー領域における対応)III部1章2節4項2(サイバー領域)

1 米国

米国では、連邦政府のネットワークや重要インフラのサイバー防護に関しては、国土安全保障省が責任を有しており、CISAが政府機関のネットワーク防御に取り組んでいる。また、重要インフラなどに関する機微な情報の流出への対策として、2023年9月には、中国やロシアとのつながりが認められる企業によって設計、開発、製造および販売されたコネクテッドカー13の輸入を禁止する新たな規則案が示されている。

戦略面では、国家サイバーセキュリティ戦略を発表し、重要インフラの防御や脅威アクターの阻止・解体などに注力するとしている。また、連邦政府機関のサイバーセキュリティを強化するための「ゼロトラスト14戦略」を発表し、各省庁に対してゼロトラストモデルのセキュリティ対策を求めている。さらに、不足するサイバー人材を確保するため国家サイバー人材・教育戦略を発表し、国民の基本的サイバースキルの習得やサイバー教育の変革などに長期的に対処するとしている。

安全保障に関しては、国家安全保障戦略において、サイバー攻撃の抑止を目指し、サイバー空間における敵対的行動に断固として対応するとし、国家防衛戦略では、サイバー領域における抗たん性の構築を優先し、直接的な抑止力の手段として攻勢的サイバー防御をあげている。また、国防省の「サイバー戦略2023」では、攻撃者の組織・能力・意図を追跡し、悪意のあるサイバー活動を妨害・劣化させて防御するほか、統合軍のサイバー領域での作戦を支援し、同盟国や関係国と協力して防御するとしている。

なお、2019年日米「2+2」では、サイバー分野における協力を強化していくことで一致し、国際法がサイバー空間に適用されるとともに、一定の場合には、サイバー攻撃が日米安全保障条約にいう武力攻撃に当たりうることを確認している。

米軍は、2018年に統合軍に格上げされたサイバー軍が、サイバー空間における作戦を統括している。米サイバー軍は、国防省の情報ネットワークの防護、敵のサイバー活動監視や攻撃防御、統合軍の作戦支援などのチームから構成されており、6,200人規模である。また、米軍は、ラトビアやリトアニアなどのパートナー国において、重要なネットワーク上の悪意のあるサイバー活動に対して、防御し妨害する作戦を実施している。

2 韓国

韓国は、2024年2月、北朝鮮などによるサイバー脅威や高度化するサイバー環境に対応するため、攻勢的サイバー防御や抗たん性確保などを目標とする新しい「国家サイバー安保戦略」を発表している。2024年9月には、下位文書として「国家サイバー安全保障基本計画」が策定され、目標の達成に向けた具体的な方針が示された。

国防部門では、韓国軍は、サイバー作戦態勢を強化し、サイバー空間における脅威に効果的に対応するため、2019年に合同参謀本部を中心としたサイバー作戦の遂行体系を構築するとともに、合同参謀本部、サイバー作戦司令部、各軍の連携体制を整備した。また、2024年8月の乙支(ウルチ)演習の際には、サイバーレジリエンス15の確保を目的として、官・軍・民による初の実動型統合訓練が実施された。

3 オーストラリア

オーストラリアは、2022年に発表した「国防サイバーセキュリティ戦略」において、サイバー脅威環境に適応した任務を重視し、かつ最新のサイバーセキュリティをベストプラクティスとパートナーシップによって実現するとし、運用モデル実装や能力取得など行動目標を定めている。また、2023年に公表した「2023年から2030年までのサイバーセキュリティ戦略」において、2030年までにサイバーセキュリティの世界的なリーダーになるためのロードマップを定めている。

2024年11月には国内初となるサイバーセキュリティ法案、ランサムウェア報告やスマートデバイスのセキュリティ基準の成文化、重大なサイバーインシデント管理のための枠組みの導入を目指している。

組織面では、オーストラリアサイバーセキュリティセンター(ACSC:Australian Cyber Security Centre)を設置し、政府機関と重要インフラに関する重大なサイバーセキュリティ事案に対処している。また、2023年には、豪内務省傘下に、サイバー政策の総合調整などを担う国家サイバー局(NOCS:National Office for Cyber Security)を設置している。

豪軍は、2017年に統合能力群内に情報戦能力部を、2018年にその隷下に国防通信情報・サイバー・コマンド(DSCC:Defence Signals Intelligence and Cyber Command)を設立した。空軍では、職種区分としてネットワーク、データ、情報システムなどを防護するサイバー関連特技を新設し、2019年に新設した特技の募集を開始した。

4 欧州

EUは、2020年に「デジタル10年のためのEUのサイバーセキュリティ戦略」を発表し、強靱なインフラと重要サービスのための規則改正や、民間・外交・警察・防衛各分野横断型の共同サイバーユニットの設立などを目標としている。加えて、EUの市民とインフラの保護能力強化などのため、2022年にEUサイバー防衛政策を発表している。2024年には、消費者や企業の保護を目的としてサイバーレジリエンス法が施行され、他のデバイスやネットワークに直接または間接的に接続されるすべての製品に、サイバーセキュリティ要件が課されるようになった。

NATOは、2014年のNATO首脳会合において、加盟国に対するサイバー攻撃をNATOの集団防衛の対象とみなすことで合意している。また、2024年のNATO首脳会合では、統合サイバー防衛センターを新たに設置することが合意された。これは、既存の各種サイバー関連機能の統合を試みるものであり、これによってサイバー空間における状況把握、抗たん性、集団防衛を強化するとしている。

また、研究や訓練などを行う機関としてNATOサイバー防衛協力センター(CCDCOE:Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence)が2008年に認可された。CCDCOEは、サイバー活動に適用される国際法をとりまとめたタリンマニュアル2.0を2017年に公表しており、このマニュアルを3.0へ更新する取組が進められている。また、2024年、CCDCOE主催「ロックド・シールズ」や、NATO主催「サイバー・コアリション」のサイバー防衛演習が開催され、NATO加盟国のほか、わが国も参加している。

NATO主催のサイバー演習「サイバー・コアリション2024」の様子【NATO HP】

NATO主催のサイバー演習「サイバー・コアリション2024」の様子【NATO HP】

英国は、2021年に公表した国家サイバー戦略において、敵対勢力の探知・阻止・抑止などの戦略的目標を掲げている。また、2023年に公表した「国家サイバー部隊:責任あるサイバー戦力の実践」では、テロ活動の妨害、APT脅威への対抗、選挙干渉の軽減などを実施し、今後、国家サイバー部隊の規模・能力・機能統合を追求するとしている。

フランスは、2015年に発表した国家デジタルセキュリティ戦略において、サイバー空間の基本的利益を保護し、サイバー犯罪への対応を強化するなどとしている。また、2018年の「サイバー防御の戦略見直し」では、サイバー危機管理プロセスを明確化している。

13 ICT端末としての機能を有する自動車のことをさす。車両の状態や周囲の道路状況などの様々なデータをセンサーにより取得し、ネットワークを介して集積・分析することができる。米国政府によれば、コネクテッドカーは、車両の安全性の促進や運転手のナビゲーション支援といった利点を持つ一方で、収集された地理情報や重要インフラに関する機微な情報の悪用や自動車の運用の妨害といったリスクも有している。

14 「内部であっても信頼しない、外部も内部も区別なく疑ってかかる」という性悪説に基づいた考え方。利用者を疑い、端末などの機器を疑い、許されたアクセス権でも、なりすましなどの可能性が高い場合は動的にアクセス権を停止する。防御対象の中心はデータや機器などの資源。

15 サイバー攻撃時によって指揮統制システムや情報通信ネットワークの一部が損なわれた場合においても、柔軟に対応して運用可能な状態に回復する能力。