海賊行為は、海上における公共の安全と秩序の維持に対する重大な脅威である。特に、海洋国家として国家の生存と繁栄の基盤である資源や食料の多くを海上輸送に依存しているわが国にとっては、看過できない問題である。わが国は、海賊行為に対し、第一義的には警察機関である海上保安庁が対処し、海上保安庁では対処できない、または著しく困難と認められる場合には、自衛隊が対処することとしている。
ソマリア沖・アデン湾は、わが国および国際社会にとって、欧州や中東から東アジアを結ぶ極めて重要な海上交通路にあたる。同海域において、人質の抑留による身代金獲得などを目的に、機関銃やロケット・ランチャーなどで武装した海賊事案が多発・急増したことから、2008年に国連安保理決議1816が採択された。以後、追加採択された関連決議により、各国は同海域における海賊行為を抑止するための行動、特に軍艦、軍用機の派遣を要請され、これまでに、わが国や米国などを含む約30か国がソマリア沖・アデン湾に軍艦などを派遣している。
海賊対処のための取組としては、多国籍部隊の第151連合任務群、同じく海賊対処を担うEU海上部隊(EUNAVFOR:European Union Naval Force)と連携し、作戦地域の沿岸国領域外において海賊対処にあたっている。
こうした国際社会の取組が功を奏し、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は低い水準で推移していたものの、2023年11月には、2017年以来となる商船(セントラルパーク)の乗っ取り事案が発生した。2024年に入ってからも海賊の活動は活発化しており、依然予断を許さない状況となっている。また、ソマリア自身の海賊取締能力もいまだ不十分である現状を踏まえれば、国際社会がこれまでの取組を弱めた場合、状況は容易に逆転するおそれがある。
参照図表III-3-2-1(ソマリア沖・アデン湾およびその周辺における海賊等事案の発生状況(未遂を含む))、I部3章10節1項4(2)(湾岸地域の海洋安全保障)、I部4章5節2項(海洋安全保障をめぐる各国の取組)
2009年、ソマリア沖・アデン湾においてわが国関係船舶を海賊行為から防護するため、海上警備行動が発令された。これを受けて、護衛艦2隻2がわが国関係船舶の直接護衛を開始し、P-3C哨戒機2機3も同年、警戒監視などを開始した。
さらに、同年、海賊対処法4が施行され、全ての国の船舶を海賊行為から防護できるようになったほか、民間船舶に接近するなどの海賊行為を行っている船舶の進行を停止するため、他の手段がない場合、合理的に必要な限度において武器の使用が可能となった。
参照資料10(自衛隊の主な行動の要件(国会承認含む)と武器使用権限など)
ア 派遣海賊対処行動水上部隊などの部隊派遣
防衛省・自衛隊は、派遣海賊対処行動水上部隊、派遣海賊対処行動航空隊、派遣海賊対処行動支援隊を派遣し、現地における活動を実施している。
派遣海賊対処行動水上部隊は、護衛艦(1隻派遣)により、アデン湾を往復しながら民間船舶を直接護衛するエスコート方式と、状況に応じて割り当てられたアデン湾内の特定の区域で警戒にあたるゾーンディフェンス方式により、航行する船舶の安全確保に努めている。護衛艦には海上保安官も同乗5している。
アデン湾で船舶の直接護衛をする護衛艦「いかづち」
(2023年11月)
派遣海賊対処行動航空隊は、P-3C哨戒機(1機派遣)により海賊行為への対処を行っている。第151連合任務群司令部との調整により決定した飛行区域において、同部隊は警戒監視にあたり、不審な船舶の確認と同時に、海自護衛艦、他国艦艇および民間船舶に情報を提供し、求めがあればただちに周囲の安全を確認するなどの対応をとっている。収集した情報は、常時、関係機関などと共有され、海賊行為の抑止や海賊船と疑われる船舶の武装解除といった成果に大きく寄与している。
派遣海賊対処行動支援隊は、派遣海賊対処行動航空隊を効率的かつ効果的に運用するために、ジブチ国際空港北西地区に整備された活動拠点において、警備や拠点の維持管理などを実施している。
また、これらの部隊に必要な物資などの航空輸送を実施するため、必要に応じ空輸隊などを編成し、空自輸送機を運航している。
なお、海賊対処のため運営されているジブチの自衛隊活動拠点については、国家安全保障戦略などにおいて、ジブチ政府の理解を得つつ、在外邦人等の保護にあたっても活用していくこととされた。2023年12月には、「中東・アフリカ地域における在外邦人等の安全確保等に関する政府の取組」について閣議決定され、現地の海賊対処部隊には、装備品などの集積・管理など、在外邦人等の保護および輸送の可能性を見据えた臨時の態勢整備の任務が新たに追加された。
イ 第151連合任務群司令部などへの要員派遣
海賊対処を行う各国部隊との連携強化や自衛隊の海賊対処行動の実効性向上を図るため、2014年8月以降、第151連合任務群および連合海上部隊の各司令部に司令部要員を派遣している。このうち、2015年には、自衛隊から初めて第151連合任務部隊司令官を派遣し、その後、2017年、2018年、2020年にもそれぞれ派遣した。
ウ 活動実績
水上部隊が護衛した船舶は、2024年3月31日現在で4,076隻(海上警備行動に基づく護衛実績である121隻を含む。)である。また、航空隊は、アデン湾における各国の警戒監視活動の大部分を担っており、同日現在で飛行回数3,267回、延べ飛行時間約23,360時間、船舶や海賊対処に取り組む諸外国への情報提供16,299回の活動を行っている。
2023年11月、イギリスの会社が運航するリベリア船籍タンカー「セントラルパーク」がアデン湾において何者かに乗っ取られたとの情報を受け、海賊対処部隊の海自P-3C哨戒機と護衛艦「あけぼの」を現場に急行させた。対処部隊は、警戒監視・情報収集を行いつつ、第151連合任務群に対し、現場で得た情報を迅速に提供するなどの対応を実施した。
参照図表III-3-2-2(派遣部隊の編成・自衛隊による海賊対処のための活動(イメージ))、I部4章5節2項(2)(海賊)
資料:海賊対処への取組
URL:https://www.mod.go.jp/js/activity/overseas.html
動画:海賊から海を守れ
URL:https://www.youtube.com/watch?v=9-VlPG_jsMc
動画:ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動
URL:https://www.youtube.com/watch?v=0GvdTkufJwU&feature=youtu.be
2023年10月のイスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突により、中東情勢が緊迫するなか、パレスチナとの連帯を掲げるイエメンの反政府武装勢力ホーシー派が、紅海およびアデン湾において、民間商船などへの攻撃を繰り返しており、民間人の死傷者も発生している。同年11月には、日本郵船が運航する船舶が拿捕される事象6が生起した。また、同月、アデン湾において「セントラルパーク」が一時的に乗っ取られた事案発生時に、イエメンのホーシー派が支配する地域からアデン湾に向けて、少なくとも1発の弾道ミサイルが発射された7。
こうしたなか、防衛省・自衛隊は、部隊の安全に万全を期しつつ、引き続きソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動を適切に実施し、諸外国の部隊を含む国際社会と緊密に連携して、中東地域のシーレーンの安定的な利用の確保を図っていく。
参照I部3章10節1項(中東)、I部4章5節2項(1)(中東地域における海洋安全保障)
自衛隊による海賊対処行動は、各国首脳などから感謝の意が表されるほか、累次の国連安保理決議でも歓迎されるなど、国際社会から高く評価されている。また、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処に従事する現場の海自護衛艦に対し、護衛を受けた船舶の船長や船主の方々から、安心してアデン湾を航行できた旨の感謝や、引き続き護衛をお願いしたい旨のメッセージが多数寄せられている。加えて、一般社団法人日本船主協会などからも日本関連船舶の護衛に対する感謝の意とともに、引き続き海賊対処に万全を期して欲しい旨、継続的に要請を受けている。
2 2016年12月以降、1隻に変更。
3 2023年12月以降、1機に変更。
4 海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律
5 海自護衛艦に海上保安官8名が同乗し、必要に応じて海賊の逮捕、取調べなどの司法警察活動を行っている。
6 拿捕された「ギャラクシー・リーダー」は、日本郵船が運航するイギリス企業所有バハマ籍自動車運搬船であり、日本人の船員は含まれていない。ホーシー派は、同船舶がイスラエルの船であるとして拿捕の正当性を主張しており、国土交通省、外務省など関係省庁が関係国と連携しながら同船舶および船員の早期解放のため取り組んでいる。2024年1月、わが国が米国とともに提案した、紅海上の船舶に対するホーシー派の攻撃を非難する国連安保理決議第2722号が採択された。
7 発射された弾道ミサイルは、「セントラルパーク」および対応にあたった米艦艇、護衛艦「あけぼの」から約10海里以上離れた周辺海域に着弾し、被害はなかった。