中東地域においては、近年、船舶を対象とした攻撃事案などが断続的に発生している。
特に、2023年10月のイスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突以降、紅海を含むアラビア半島周辺海域においては、民間の商船への攻撃事案などが発生している。中東地域において高い緊張状態が継続するなか、現在、航行の安全を確保するための取組として、米国やEUのイニシアチブのもとでそれぞれ活動が行われており、2024年1月には、民間船舶などへの攻撃を繰り返すイエメン国内のホーシー派の拠点に対して米英軍が攻撃を実施している。
各地で発生している海賊行為は、海上交通に対する脅威となっている。近年の全世界の海賊・海上武装強盗事案(以下「海賊事案」という。)発生件数3は、2010年の445件をピークに減少傾向にある(2023年は120件。)。
これはソマリア沖・アデン湾の海賊事案発生件数の減少に大きく依拠している。ソマリア沖・アデン湾における海賊事案発生件数については2008年から急増し、2011年には237件と全世界の発生件数の半数以上を占め、船舶航行の安全に対する脅威として大きな国際的関心を集めた。近年は、わが国を含む国際社会の様々な取組の結果、ソマリア沖・アデン湾における海賊事案の発生件数は低い水準で推移していたものの、2023年12月には、2017年以来となる商船の乗っ取り事案が発生した。2024年に入ってからも海賊の活動は活発化しており、依然予断を許さない状況となっている。かかる現状を踏まえれば、国際社会による継続した取組をより一層強化しなければ、海賊行為がさらに活発化するおそれがある。(わが国の取組についてはIII部3章2節2項(海賊対処への取組)参照。)
ソマリア沖・アデン湾における国際的な海賊対処の取組としては、まず、バーレーンに本部を置く米軍主導の連合海上部隊4が設置した多国籍部隊である、第151連合任務群による海賊対処活動があげられ、これまでに米国、オーストラリア、英国、トルコ、韓国、パキスタンなどが参加し、ゾーンディフェンスなどによる海賊対処活動を実施している。また、EUは、2008年12月から海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っている。この作戦は、各国から派遣された艦艇や航空機が船舶の護衛やソマリア沖における監視などを行うもので、2024年末まで実施することが決定されている。
さらに、前述の枠組みに属さない各国の独自の活動も行われており、例えば中国は、2008年12月以降、ソマリア沖・アデン湾に艦艇などを派遣し、海賊対処活動を行っている。
一方、ソマリア国内の不安定な治安や貧困といった海賊を生み出す根本的な原因はいまだ解決しておらず、海賊による脅威は引き続き存在している。国際商業会議所(ICC:International Chamber of Commerce)国際海事局(IMB:International Maritime Bureau)によれば、2023年に1件、2017年以来の乗っ取り事案が発生した。同乗っ取り事案について、IMBは、1件ではあるものの、この海域において依然として海賊行為を行う能力を有する主体が存在していることを示すものとして、改めて警告している。
またアフリカでは、ギニア湾において海賊事案が発生(2023年は22件)しており、国際社会はアフリカにおける海賊などの問題への取組を継続している。
東南アジア海域における2023年の海賊事案発生件数は67件であった。特に、2019年以降はシンガポール海峡における事案が増加しており、2023年は37件発生した。備品の窃盗といった軽微な事案が多いものの、世界で報告された海賊事案件数の三分の一近くを占めるにいたっている。
3 本文における海賊事案発生件数は、国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)のレポートによる。件数は未遂事案も含む。
4 米中央軍の隷下で海洋における安全、安定と繁栄を促進することを目的として活動する多国籍部隊。43か国(2024年4月現在)の部隊が参加しており、連合海上部隊司令官は米第5艦隊司令官が兼任している。インド洋とオマーン湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第150連合任務群、海賊対処を任務とする第151連合任務群、ペルシャ湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第152連合任務群、紅海からアデン湾にかけての海洋安全保障と能力構築のための活動を任務とする第153連合任務群、海上安全保障のための教育訓練を任務とする第154連合任務群(2023年5月発足)の5つの連合任務群で構成されており、第151連合任務群には自衛隊の部隊も参加している。