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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 海洋安全保障への各国の取組

海洋においては、適切なルール作りを進め、当該ルールを尊重しつつ国際社会が協力してリスクへの対処や航行の自由の確保に向けた取組を行うことが、経済の発展のみならず安全保障の観点からも一層重要な課題となっている。「開かれ安定した海洋」は、世界の平和と繁栄の基盤であり、各国は、自ら又は協力して、海賊、不審船、不法投棄、密輸・密入国、海上災害への対処や危険物の除去といった様々な課題に取り組み、シーレーンの安定を図っている。

1 米国

15(平成27)年2月に発表された米国の国家安全保障戦略は、米国は航行の自由及び安全で安定した海洋環境に不朽の利益を有していることから、商業流通の自由を確保し、必要な場合には迅速に対処し、また攻撃を目論む者を抑止するための能力を維持するとしている。米国は、同年5月頃より、法の支配や航行の自由の原則を支持する立場から、中国による南シナ海の南沙諸島における地形の埋立てなどに対し、度々懸念を示してきた10。同年8月には、国防省が「アジア太平洋の海洋安全保障戦略」を公表し、米太平洋軍は南シナ海及びその周辺で強固なプレゼンスを維持し、同盟国及びパートナー国との間で訓練や演習、寄港などの幅広い活動を実施するほか、日常的な活動の一部として「航行の自由作戦」11を実施する旨の方針を明らかにし、艦艇を南沙諸島及び西沙諸島の地形周辺で航行させるなどしている。17(同29)年2月、トランプ政権発足後、2週間という非常に早い時期に日本を訪問したマティス国防長官は、稲田防衛大臣との会談において、東シナ海・南シナ海における中国の活動はアジア太平洋地域における安全保障上の懸念であるとの認識を共有した。また、トランプ大統領自身も、同月10日の安倍内閣総理大臣との首脳会談において、同様の認識を示している。

米国は自国の安全と経済の安定は世界の海洋の安全な使用にかかっており、海洋安全保障に重大な利益を有するという認識のもと、アデン湾やペルシャ湾、インド洋といった中東・アフリカの周辺海域でテロ対処を含む海洋の安全の促進や海賊対処のため、連合海上部隊(CMF:Combined Maritime Forces)12を率いているほか、中米周辺の海域においても、欧州・米州諸国とともに麻薬を主とした違法取引の対処のための作戦13を実施するなど、世界の様々な海域に艦艇を派遣して海賊や組織犯罪、テロリズム、大量破壊兵器の拡散への対処のための活動を実施している。

2 NATO

NATOは加盟国の艦艇から構成される多国籍統合の部隊である常設海上部隊を有し、定期的な演習や即応展開能力の維持を通じ、加盟国に海洋における抑止力を提供してきた。NATOは、テロ行為を加盟国に対する脅威の一つと位置づけており、01(同13)年の米国同時多発テロを受け、同年10月から「アクティブ・エンデバー作戦」を行い、北大西洋条約第5条に基づく集団防衛の一環として、地中海において海上監視などのテロ対策活動を行ってきた。16(同28)年7月にワルシャワで開催されたNATO首脳会合では、危機管理任務である「シー・ガーディアン作戦」へ移行させることが決定され、同年11月から、欧州連合(EU:European Union)の「ソフィア作戦」と連携しつつ、テロ対策や能力構築支援などの広範な任務を実施している。さらに、16(同28)年2月、難民・移民の大量流入に対応するため、常設海上部隊をエーゲ海に展開することを決定し、ギリシャ・トルコ当局及びEUの国境管理機構に難民船舶に関する情報を通知する活動を行っている。海賊による脅威に対しては、ソマリア沖・アデン湾に常設海上部隊の艦艇を派遣し、09(同21)年8月以降「オーシャン・シールド作戦」を実施し、艦船による海賊対処活動に加えて、要請があった国に対して海賊対処能力の構築支援を行っていたが、16(同28)年12月に活動を終了した。

また、NATOは11(同23)年1月に「同盟海洋戦略」を発表した。同戦略においては、グローバル化に伴い、テロや大量破壊兵器の拡散が起こりやすくなってきているという認識のもと、抑止や危機管理、集団防衛、海洋の安定などに資するよう、①適切な国及びEUや国連などの国際主体との協力関係の強化、②十分な能力があり、柔軟で即応展開能力が高く、相互運用性があって、持続性のある海洋戦力の構築などの取組を行っていくとの方針を示している。14(同26)年9月にNATO首脳会合において採択されたウェールズ首脳宣言においては、同戦略で示された施策の履行を引き続き強力に推進し、さらに海洋における同盟の有効性を拡大していく旨を明らかにしている。さらに、16(同28)年7月にNATO首脳会合において採択されたワルシャワ首脳宣言においては、同戦略を推進し、加盟国の海洋能力の潜在能力を十分に生かし、海洋の態勢を強化するとしている。

3 EU

加盟国の多数が海洋に面し、海上交通や海洋における経済活動が活発なEUは、これまでも海洋の安定のためソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動などに積極的に関与してきた14。14(同26)年6月には、EU加盟国の海洋政策策定のための大枠を示すとともに、各国の戦略的海洋権益の保護などを目的に、欧州理事会において「EU海洋安全保障戦略」を採択した。同戦略では、海賊やテロ、大量破壊兵器の拡散、航行の自由の制限などを脅威ととらえ、海洋安全保障に対する包括的かつ分野横断的で、一貫性のある効率的なアプローチとして、①海洋における法に基づく良好なガバナンスの促進、②加盟国間や他の国際機関などとの連携強化、③紛争予防や危機への対応、海洋権益の管理を行う主体としてのEUの役割強化、などを打ち出している。

4 英国

英国は、周囲を海洋に囲まれた島国であり、伝統的に海上交易を含む様々な海洋活動を活発に行ってきた。また、英国は、海外領土も多く、国の領土のおよそ25倍もの排他的経済水域を有している。こうしたことから英国は、海外領土を含めた自国周辺海域、ひいては周辺各国の海洋の安全を確保するため、NATOやEU主導の多国籍部隊に積極的に軍を派遣している15

14(同26)年5月、英国政府は「英国海洋安全保障国家戦略」を発表した16。同戦略においては、海洋の安全確保は英国の国内外における国益の増進及び保護と同義であるとの認識のもと、安全な国際海上領域の拡大や国際規範の擁護、戦略的に重要な海域に面する国々の海上ガバナンス能力の構築、重要な貿易やエネルギー輸送ルートの確実な安全確保などを目的に、①省庁横断的な情報リソースの活用などを通じた海上領域に関する総合的理解の獲得、②航行の自由の擁護者として地域的取組を強力に推進することを通じた海洋パートナー国との緊密な連携、③パートナー国との情報共有や戦略的に重要な地域に対する能力構築支援、④海洋関連省庁間での統合作戦調整や共通装備品の調達の追求などの方策を列挙している。15(同27)年11月に公表した「NSS・SDSR 2015」17では、海上哨戒能力強化のため、P-8哨戒機を9機導入することとした。また、クイーンエリザベス級空母2隻を建造中であり、18(同30)年より順次就役予定とされており、17(同29)年6月には1隻目が試験航海を開始した。

5 フランス

フランスは、多数の海外領土を保有することから、世界第2位とされる排他的経済水域を有しており、その約62%が太平洋地域に、約24%がインド洋にある。国防白書において自らを「インド洋・太平洋における主権国家で安全保障アクター」と位置づけるフランスはアジア・太平洋における海洋戦略を重視しており、フランス軍は仏領ポリネシアやニューカレドニアなどに部隊を常駐させ、フリゲートや戦車揚陸艦などを配備している。また、16(同28)年6月に国防省が発表した「フランスとアジア太平洋の安全保障」では、同地域でのフリゲートの寄港や演習への参加、人道支援活動などを通して同地域に積極的に関与している現状を示した18。さらに、ル・ドリアン国防相(当時)は、同年6月のIISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)において、「アジアの海洋において、できる限り恒常的かつ目に見える形でプレゼンスを確保すべく、欧州の海軍を連携させることができると考えており、近く私はこの提案を欧州のカウンターパートに説明するつもりである。」と発言し、アジア太平洋地域への更なる関与の姿勢を示している。

6 オーストラリア

オーストラリアは、16(同28)年に発表した国防白書において、自国の安全及び強じん性と併せて、シーレーンの安全を国防戦略上の利益とみなしている。そして、特に、自国が東南アジアとの海上貿易及び東南アジアを通過する海上貿易に依存していることから、オーストラリア付近の海域と東南アジアにおける貿易ルートの安全が確保されなければならないとしている。

こうした方針のもと、豪軍はマレーシアのバターワース空軍基地に拠点を設けるなどして、インド洋北部及び南シナ海において「オペレーション・ゲートウェイ」と称する哨戒活動を実施している19。豪政府は南シナ海周辺海域での哨戒活動について詳細を明らかにしていないが、同海域で活動する豪軍哨戒機が定期的に中国軍機から妨害を受けていたとする報道も確認されている。また、インドとの海軍協力の拡大、南太平洋諸国への警備艇の提供20、豪軍アセットを動員しての沿岸警備などにも取り組んでいる。

7 中国

中国もまた、貿易関連貨物の9割以上を海上輸送に依存21しており、自国のシーレーンの安全確保が、中国の「核心的利益」の一つである「経済・社会の持続的発展を可能とする基本的保障」22の重要な一角となっている。そのため、中国は、「アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP:Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)」23の加盟国として、東南アジア地域の海賊に関する情報共有及び協力体制に参画しているほか、08(同20)年12月以降、ソマリア沖・アデン湾に海軍艦艇を派遣し、海賊対処のための国際的な取組に参加するなど、海洋安全保障の確保に貢献している。このような中国による自国のシーレーンの安全確保を重視する姿勢は、中国海軍がより遠方の海域で継続的に作戦を遂行する能力の向上を目指していることとも関係していると考えられる。特に、中国は、アデン湾に面するジブチにおいて、軍の後方支援を提供するための施設建設を進めているほか、インド洋諸国において港湾インフラ建設を支援するなどしており、インド洋などにおける作戦遂行基盤の構築を目指していると考えられる。

他方、南シナ海において、中国は、南沙(スプラトリー)諸島24や西沙(パラセル)諸島の領有権25などをめぐってASEAN諸国と主張が対立しているほか、近年、中国を含む関係国が領有権主張のための活動を活発化させており、海洋における航行の自由などをめぐって、その動向に国際的な関心が高まっている。

8 東南アジアなど

東南アジアは、マラッカ海峡や南シナ海など、太平洋とインド洋を結ぶ交通の要衝に位置する地域であるが、南シナ海の領有権などの対立や海賊など、海洋における安全保障上の課題が存在している。

南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(同14)年、「南シナ海に関する行動宣言(DOC:Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)」26に署名している。13(同25)年以降、同宣言より具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされるCOCの策定に向けた公式協議を行っている。17(同29)年5月、中国とASEANは、COCの「枠組み」に合意したとされる。ただし、協議に参加した中国の劉振民(りゅうしんみん)外務次官は、同枠組みはまだ具体的な規則ではなく、法的拘束力については次の段階の協議プロセスで議論すべきだとしており、今後の動向が注目される。

また、国連海洋法条約に定められた仲裁手続を通じた問題解決の動きもみられる。13(同25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張及び行動に関する両国間の紛争を同条約に基づく仲裁手続に付し、16(同28)年7月にはフィリピンの申立て内容がほぼ認められる内容の最終的な判断が下された27。仲裁裁判所による判断の結果は当事者間に対し法的拘束力を有し、最終的なものとなる。また、係争国であるベトナムも、南シナ海における自国の主張にも留意するよう同裁判所に要請するなど、一部の関係国においては国際法に基づく問題の平和的解決に取り組もうとする動きがみられる。

さらに、東南アジア地域においては、海賊といった国境を越える問題など安全保障上の幅広い問題に対応するため、多国間の協力も進展している。海賊対策としては、インドネシア、マレーシア、シンガポール及びタイによる「マラッカ海峡パトロール(Malacca Strait Patrols)」28が行われているほか、ReCAAPに基づき、海賊に関する情報共有及び協力体制の構築が進められている。また、近年、スールー海・セレベス海において海賊の活動が活発化している状況を受けて、17(同29)年6月、インドネシア、マレーシア及びフィリピンの3か国は、スールー海での共同パトロールの開始を発表している。

参照2章6節4(南シナ海における領有権などをめぐる動向)

10 16(平成28)年5月に発表された米国防省「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告」(2016年版)において、中国が東シナ海や南シナ海の係争地域でのプレゼンス及び支配の強化を目的に低強度の強制力を用いていると指摘しつつ、中国による南沙諸島の埋め立てについて軍民インフラを改善することで事実上の統制を強化しているとの見方があることを紹介している。また、同年5月にカーター国防長官(当時)は、中国が拡張的かつ前例のない活動を行っており中国の戦略的意図に対する懸念を生み出していると指摘した上で、中国は自らを孤立させる万里の長城を築くことになり得る旨述べている。

11 「航行の自由作戦」(Freedom of Navigation Operation)は、沿岸国による行き過ぎた海洋権益の主張に対抗することにより、国際法上、すべての国に保障された権利、自由、海洋及び空域の合法な利用を保護することを目的として、米軍が行う作戦行動である。1979(昭和54)年より、継続的に実施されてきたとされている。15(平成27)年10月、ミサイル駆逐艦「ラッセン」が南沙諸島スビ礁12海里以内を航行したほか、16(同28)年1月、ミサイル駆逐艦「カーティス・ウィルバー」が西沙諸島トリトン島12海里以内を、同年5月、ミサイル駆逐艦「ウィリアム・P・ローレンス」が南沙諸島ファイアリークロス礁12海里以内を、同年10月、ミサイル駆逐艦「ディケーター」が西沙諸島周辺を航行している。また、17(同29)年5月には、ミサイル駆逐艦「デューイ」が南沙諸島ミスチーフ礁12海里以内を航行したと報じられている。

12 米中央軍の隷下で海洋における安全、安定、繁栄を促進することを目的として活動する多国籍部隊。31か国の部隊が参加しており、CMF司令官は米第5艦隊司令官が兼任している。海洋安全保障のための活動を任務とする第150連合任務部隊(CTF-150)、海賊対処を任務とする第151連合任務部隊(CTF-151)、ペルシャ湾における海洋安全保障のための活動を任務とする第152連合任務部隊(CTF-152)の3つの連合任務部隊で構成されており、CTF-151には自衛隊も部隊を派遣している。

13 米国を含む欧州・米州の14か国は中米周辺海域において麻薬、化学物質の原料、金銭、武器などの違法取引及び組織犯罪の対処のため、「マルティーリョ作戦」を実施している。米軍においては米南方軍隷下の南部統合省庁間任務部隊が活動を実施しており、15(平成27)年はコカイン約192トンを押収するなどの成果を挙げた。

14 EUは、08(平成20)年12月から初の海上任務となる同海域での海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っており、各国から派遣された艦船や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行っている。また、地中海においては、15(同27)年より「ソフィア作戦」を実施している。ソフィア作戦については2章8節2項参照

15 EU主導の「アタランタ作戦」にはローテーションで軍を派遣しており、同作戦の司令部は英国内のノースウッド海上司令部に置かれている。また、CMF主導の各作戦にも軍を派遣している。

16 同戦略は、外務省、内務省、国防省及び交通省の4省庁合同で発表された戦略文書である。

17 「NSS・SDSR2015」については2章8節3項1参照

18 フランスによる寄港や演習への参加については2章8節3項2参照。人道支援活動としては、13(平成25)年11月、15(同27)年3月、16(同28)年2月の台風・サイクロン被害を受けたフィリピン、バヌアツ、フィジーでの活動などを行うなどしている。

19 豪国防省は15(平成27)年12月、同活動の一環として、豪空軍機による南シナ海の哨戒活動を11月から12月の間に行ったことを認めた。これに先立ち、英BBCは、オーストラリアが南シナ海において航空機による「航行の自由作戦」を実施しているとして、豪空軍機と中国海軍間で行われたとされる無線交信の内容を公開した。

20 2章5節3項4参照

21 中国中央人民政府ホームページによると、中国の原油、鉄鉱石、食料、コンテナなどの輸出入貨物の90%以上は海上輸送によるものである。

22 戴秉国(たい・へいこく)・国務委員(当時)「平和的発展の道を歩むことを堅持しよう」(10(平成22)年12月7日、中国外交部ホームページ)

23 17(平成29)年6月現在、同協定の締約国は、オーストラリア、バングラデシュ、ブルネイ、カンボジア、中国、デンマーク、インド、日本、韓国、ラオス、ミャンマー、オランダ、ノルウェー、フィリピン、シンガポール、スリランカ、タイ、英国、米国及びベトナムの20か国である。

24 2章6節4脚注37参照

25 2章6節4脚注38参照

26 2章6節4脚注45参照

27 2章6節4脚注44参照

28 同パトロールは、04(平成16)年、インドネシア、マレーシア及びシンガポールの3か国の海軍により、マラッカ・シンガポール海峡における海賊などの警戒のため開始された「マラッカ海峡海上パトロール」(08(同20)年タイが参加)、05(同17)年に開始された航空機による警備活動、及び06(同18)年に開始された情報共有活動からなる。