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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 欧州各国の安全保障・防衛政策

1 英国

英国は、冷戦終結以降、自国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。

こうした中、ISILの台頭をはじめとする中東の不安定化や、ウクライナ危機、サイバー攻撃による脅威などを受け、15(平成27)年11月、キャメロン政権は「国家安全保障戦略及び戦略防衛・安全保障見直し(NSS・SDSR2015)」を発表した。「NSS・SDSR2015」は国家・非国家主体の双方からの脅威に英国は直面しているという認識のもと、テロや過激主義、国家主体の脅威の再来、サイバー脅威を含む技術的発展、及びルールに基づく国際秩序の浸食の4点を今後10年間英国が取り組むべき課題と位置付けた。前回の「SDSR2010」では、国防費削減圧力を受けて兵力や主要装備の削減、調達計画の見直しを行った26が、「NSS・SDSR2015」においては、国防費の削減に歯止めをかけ、拡大した脅威全般に対処可能な戦力の整備のため、明確に国防力増強を打ち出している27。また、英国は国際社会における主要プレーヤーであり続けることを全面に打ち出し、国際テロ、サイバーセキュリティなどへの対応を念頭に、即応性・機動性の高い装備調達、部隊編成などを推進するとした28

英国は、14(同26)年9月以降、イラクにおいてISILに対する空爆を行っているほか、無人機によるISR活動、地上戦を担うイラク治安部隊やクルディスタン地域政府の軍事組織であるペシュメルガなどに対する教育・訓練、難民に対する人道支援などを行っている。また、パリ同時多発テロを受けて、英国は15(同27)年12月に空爆の範囲を従来のイラクからシリアにまで広げることとし、議会承認の翌日からシリアにおける空爆を実施している29

アジア太平洋地域については、「NSS・SDSR2015」の中で、アジア太平洋は英国にとって重要な経済的機会を提供し、かつルールに基づく国際秩序の将来における一体性・信頼性に大きな影響を与える地域であるとの認識を示し、日本をはじめとする安全保障パートナーとの協力を重視する姿勢を示している。特に、日本については、アジアにおける最も緊密な安全保障パートナーと位置づけている。こうした考えのもと、同地域においてはフィリピンへの災害支援である「オペレーション・パトウィン」の実施や多国間共同訓練「リムパック」に参加しているほか、日本との親善訓練を行っている30

なお、16(同28)年6月、EUからの離脱の是非を問う国民投票で離脱派が勝利したことを踏まえ、今後の安全保障・防衛分野を含む各種の影響が注目される。

2 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自立性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制及び能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、人員の削減や基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化と将来に備えた装備の近代化を進めている。

13(同25)年4月に5年ぶりに発表した「国防白書」は、フランスは国土に対する直接的かつ明白な通常戦力による軍事的脅威に直面していないが、国際テロ、サイバーによる脅威、組織犯罪、大量破壊兵器拡散などのグローバル化にともなう脅威の多様化が進んでいるとしている。また、前回に引き続き、①情報、②核抑止、③防護、④予防、⑤展開31を国家安全保障戦略の5本柱とし、これらの機能を組み合わせながら、今後15年間の戦略環境の変化に対応していくとしている。対外関係に関しては、NATOの機能を、①加盟国の集団防衛の確保、②大西洋間の戦略的パートナーシップの重要な手段、③脅威や危機への対処時の軍事行動の共通枠組みと位置づける一方、EUについては、防衛・安全保障能力強化における自らの主導的役割を明記したうえで、CSDPを現実的に進展させるとしている。15(同27)年5月には、国防白書で示された国家安全保障戦略を具現化するための実施計画として、「2014-19年軍事計画法案」を更新した「2015-19年軍事計画法案」が議会で成立し、装備関連予算の増大、防衛産業能力の保持などが定められた32

フランスは、14(同26)年9月以降はイラクにおいて、15(同27)年9月以降はシリアにおいてもISILに対する空爆を行っている33。同年11月にパリ同時多発テロが発生すると、国内においては緊急事態法を適用し、国内治安要員としての軍人1万人を展開、軍の人員削減中止などを決定した。国外においては、シリアにおける対ISIL空爆を強化するとともに、空母「シャルル・ドゴール」を含む機動部隊を地中海に展開した。また、イラク治安部隊やペシュメルガなどに対する教育・訓練や、難民に対する人道支援なども引き続き行っている。

アジア太平洋地域に海外領土を持つフランスは、国防白書において、同地域は世界的成長の主要なアクターであるが、同時に緊張度が高く紛争の多い地域であるとの認識を示している。15(同27)年10月にはプレゼンスを示すためにフロレアル級フリゲート「ヴァンデミエール」が寄港、海上自衛隊と親善訓練を行ったほか、多国間演習「南十字星」や「赤道」などに積極的に参加している34, 35

3 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進める一方で、国外への連邦軍派遣を徐々に拡大するとともに、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組みにおいて紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした国防改革を進めてきた36

11(同23)年に8年ぶりに策定された「国防政策の指針」(VPR:Verteidigungspolitische Richtlinien)では、従来の軍事手段によるドイツに対する直接的な脅威が発生する可能性は依然として低く、リスクと脅威は、破綻国家、国際テロリズム、自然災害、サイバー攻撃、大量破壊兵器の拡散などから生じるとした。そして、危機及び紛争の予防・封じ込めに積極的に参加する姿勢を示し、政府横断的な方策を講じるとともに、NATO及びEUの枠組みにおける軍の協力、標準化、相互運用性の推進が不可欠であるとしている。

11(同23)年4月に成立した改正軍事法では、徴兵制の運用停止や、総兵力の25万人から18万5,000人への削減が定められた一方、展開可能兵力を増やし、最大1万人の兵士を持続的に展開することができる体制を目標にしている。

14(同26)年中に策定が見込まれていた次期国防白書については、ウクライナ危機やISILの台頭、連邦軍の装備品調達にかかる再検討のため策定が遅れており、15(同27)年2月に策定に着手したことが公表された。発表は16(同28)年夏が予定されている。

ドイツは従来、イラクにおいて、イラク治安部隊やペシュメルガなどに対する教育・訓練や、装備品や弾薬の提供、人道支援のための資金援助を行うほか、ドイツ国内においてクルド人兵士の訓練を行っていた。15(同27)年11月のパリ同時多発テロを受けて、同年12月に対ISIL軍事作戦を実施中のフランス軍及び有志連合軍への後方支援計画を閣議決定し、偵察や空中給油などの後方支援任務に限定されるものの、対ISIL軍事作戦への関与を拡大した37

アジア太平洋地域については、国際政治において人口や経済の観点で中心的な役割を果たしている一方で、世界の貧困人口の3分の2が同地域に居住するなどの問題も抱えているとの認識を示している。同地域への軍事的関与は災害派遣や親善訪問にとどまり、共同訓練などは行っていない。

26 国防費については、14(平成26)年度までに、アフガン作戦費用などを除いた非前線分野での最低43億ポンドの節減を含めて、実質8%削減するとし、人員については、15(同27)年までに海軍5,000人、陸軍7,000人、空軍5,000人の兵力削減のほか、主力戦車の40%削減などが決定された。その後、13(同25)年7月に公表された陸軍改編計画「Army 2020」においては、20(同32)年までに陸軍の現役兵員数を10万2,000人から8万2,000人に削減、一方、18(同30)年までに予備役兵員数を1万5,000人から3万人に増加するとしていた。

27 NSS・SDSR2015では、陸軍の人員規模を維持し、海・空軍は合わせて700人増員としたほか、空母2隻の建造や海上哨戒機9隻の新規導入、戦略原潜4隻体制維持も決定した。また、安定した経済を背景に、NATO目標である国防費対GDP比2%を維持継続し、今後さらに国防費、特に装備調達費を増額するとしている。

28 2個タイフーン航空隊を追加し、新たな空母から運用可能なF-35飛行隊を新編、最大5,000人規模の2個攻撃旅団を新編、25(平成37)年までに約5万人からなる遠征軍部隊を海外展開できるよう体制整備するとしている。

29 16(平成28)年3月時点で、英国はトルネード戦闘機10機、タイフーン戦闘機6機を動員している。

30 英国の海洋安全保障戦略についてはI部3章3節4項参照

31 フランスは13(平成25)年4月に発表した「国防白書」において、①欧州周辺地域、②地中海地域、③アフリカの一部(サヘル地域から赤道地域まで)、④湾岸地域及び⑤インド洋を優先地域と定め、その地域における単独又は多国籍での作戦能力を維持するとしている。アフリカのサヘル地域については、チャドの首都ンジャメナに指令部を置き、特に大規模な軍事作戦「バルカンヌ作戦」を仏軍単独で展開している。

32 「国防白書」においては2万4,000人の人員削減が示され、これを踏まえた政府の方針では15(平成27)年から19(同31)年の間に2万5,800人の削減が予定されていた。しかし、15(同27)年1月に起こったシャルリー・エブド社に対するテロを経て、オランド大統領は同月、国防会議を開催し、7,500人の削減中止を決定し、同年5月、①国内に軍人7,000人を長期展開、②2016~19年予算で総額38億ユーロ増額、③予備役の増員及び活動日数の増大などを主な内容とする「2015~19年軍事計画法案」を閣議決定した。

33 平成28年5月時点で、フランスは航空機17機、フリゲート1隻、人員1000人を動員している。

34 フランスの海洋安全保障戦略については、I部3章3節5項参照

35 ル・ドリアン国防相は、16(同28)年6月のシャングリラダイアログにおいて、「EU各国の海軍は、アジアの海域で、できる限り定期的かつ目に見える形でプレゼンスを確保するために協調できるのではないか。近々、欧州各国に詳細を提案するつもりだ。」と発言し、アジア太平洋地域の更なるコミットメントの姿勢を示している。

36 ドイツは、東西統一時に50万人以上保有していた兵力を、10(平成22)年までに25万人体制へと削減した。また、1994(同6)年7月に、連邦憲法裁判所が国連やNATOなど多国間枠組みのもとで行われる国際任務への連邦軍派遣を合憲と判決して以降、バルカン半島やアフガニスタンにおける治安維持・復興支援活動、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処などの国際任務への連邦軍の派遣を徐々に拡大してきた。

37 16(平成28)年1月初頭~12月末までの12ヶ月間、①フリゲート「アウグスブルク」を派遣し、仏空母「シャルル・ドゴール」を護衛②トルネード戦闘機(最大6機)及び空中給油機をトルコのインジルリク空軍基地に展開③偵察衛星による情報収集及び関係国への情報提供を行うために、シリアのISIL活動地域及びその上空並びに東地中海・ペルシャ湾・紅海に最大1,200人を展開することを閣議決定した。また、マリでの国連PKO(MINUSMA:United Nations Multidimensional Integrated Stabilization Mission in Mali)要員やイラクでの訓練要員を拡大することでフランスの実質的負担軽減を図っている。