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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 多国間の安全保障の枠組みの強化

1 NATO・EUの安全保障・防衛政策

加盟国間の集団防衛を中核的任務として創設されたNATOは、冷戦終結以降、活動範囲を紛争予防や危機管理にも拡大させた。

10(平成22)年11月にリスボンで開催されたNATO首脳会合において、11年ぶりとなる新しい戦略概念5が採択され、より効率的で柔軟性のある同盟の実現に向けた、以後10年間の指針が提示された。

近年は、加盟国の国防費削減や、加盟国間、特に米国と欧州各国間の軍事能力の格差が深刻化していることなどを背景6に、「スマート防衛」(Smart Defence)構想が推進されている7。これは、多国間協調によって、より少ない資源でより確実な安全保障を実現することを目的とした考え方である。

また、12(同24)年5月のNATO首脳会合では兵力連結構想(CFI:Connected Forces Initiative)が打ち出された8。CFIとは、加盟国が共同で演習・訓練を実施できる枠組みを提供することや、加盟国間やパートナー国との共同訓練の強化、相互運用能力の向上、先進技術の利用などを図るものであり、各国の国防費が削減される中9、「スマート防衛」構想とCFIを組み合わせることで、NATOの即応性と軍事能力を維持するねらいがあるものと考えられる。

ウクライナをめぐる、ロシアによる「ハイブリッド戦」の展開や、ロシア軍機によるバルト諸国を含む欧州正面の活発な「特異飛行」などを受け、NATO及び加盟国は、ロシアの脅威を再認識し、14(同26)年4月、ロシアとの実務協力を停止したほか、従来から行ってきたバルト上空監視ミッションの規模を拡大10するなどの対応をとった。さらに、同年9月にウェールズで開催されたNATO首脳会合では、ロシアに対しクリミア「併合」を撤回するよう要求する共同宣言や、既存の即応部隊の強化を行う即応性行動計画(RAP:Readiness Action Plan)も採択した11。しかし、ロシアに対する認識については地理的近接性などを背景に加盟国において温度差がみられる一方、昨今は、テロの脅威の欧州域内への拡散やシリアなどからの難民流入増などを受け、ISIL対策での国際的連携強化も視野に、ロシアとの関係を改善するきざしもみられる12

ISILに対しては、NATOの枠組みによる軍事行動などは行われていないものの、ウェールズ首脳宣言においてはISILの暴力行為について強く非難するほか、仮にISILによる同盟国への攻撃があった場合、集団防衛の対象になることを確認している。

EUは、共通外交・安全保障政策(CFSP:Common Foreign and Security Policy)及び共通安全保障・防衛政策(CSDP:Common Security and Defence Policy)13のもと、安全保障分野における取組を強化しており、03(同15)年に採択した初の安全保障戦略文書「よりよい世界の安定した欧州」において、新たな脅威に対処する能力を強化し、欧州近隣地域への関与を通じてその安全保障に貢献するとともに、米国、パートナー諸国、国連などの国際機構と協力しながら、より効率的な多国間主義に基づく国際秩序の形成を先導することを目指すとしている14

また、EUにおいても、各国における国防費削減や加盟国間の能力格差が契機15となり、加盟国間でより多くの軍事能力を共同管理し、共同使用する「プーリング・アンド・シェアリング(Pooling & Sharing)」構想が推進され、空中給油、無人機、衛星通信及びサイバー防衛などの分野における協力が進展している。EUは、本構想における全ての取組が、「スマート防衛」構想などのNATOの枠組みで実施されている活動と相互に害することなく、また補完し合うようにするとしている。

13(同25)年12月の欧州理事会(EU首脳会議)でCSDP強化に関する決議文書が採択されたことを受け、14(同26)年6月、欧州理事会は「EU海洋安全保障戦略」16を採択した。また、同年11月のEU外務理事会は「EUサイバー防衛政策枠組み」17を採択した。

ウクライナ危機を受け、EUはロシアの軍事的対応を非難し、ロシアに対する経済制裁を行っている18。さらに、ウクライナの経済・政治改革を支援するため、大規模な資金援助19を行うなど、非軍事面における関与を継続している。

ISILの脅威に対しては、シリア及びイラクに人道支援のための資金供与を行っているほか、中東・北アフリカ諸国などと協力し、テロ対策の能力構築支援などを行うこととしている。また、15(同27)年11月、パリ同時多発テロを受けたフランスの要請に基づき、EUとして初めて、相互防衛義務を定めた、いわゆる「相互援助条項」20を発動し、加盟国による支援表明がなされた21

地中海を経由して欧州に流入する難民・移民の増加を受けて、EUは15(同27)年5月、地中海EU海軍部隊(EUNAVFOR Med)による「ソフィア作戦(Operation Sophia)を開始した。密航及び人身売買ネットワークの監視などに焦点をあてた第一段階は同年10月に終了し、密航や人身売買に使用された疑いのある船舶について、公海上で捜索、押収などを行う第二段階に移行している。

地中海において難民を救助する地中海EU海軍部隊【EU NAVFOR SOPHIA】の画像

地中海において難民を救助する地中海EU海軍部隊
【EU NAVFOR SOPHIA】

なお、16(同28)年6月には、英国でEU離脱の是非を問う国民投票が行われ、離脱派が勝利したことから、各国でもEU離脱への機運が高まる可能性があり、EUの求心力低下を含め今後の動向が注目される。

2 NATO・EUの域外における活動22

NATOは、03(同15)年8月から、アフガニスタンにおける国際治安支援部隊(ISAF:International Security Assistance Force)を主導していたが、14(同26)年12月に任務を終了した。これに代わり、15(同27)年1月から、NATOはアフガニスタン治安部隊(ANDSF:Afghan National Defense and Security Forces)に対する訓練や助言及び支援を主任務とする「確固たる支援任務」(RSM:Resolute Support Mission)を主導し、引き続き要員約1万2,000人をアフガニスタン内に展開している。同年12月に行われた外相会合では、16(同28)年中のアフガニスタンにおけるNATOのプレゼンスを維持することに合意した。08(同20)年2月に独立を宣言したコソボにおいては、1999(同11)年6月以降、コソボ国際安全保障部隊(KFOR:Kosovo Force)の枠組みで治安維持などの任務を継続している23

EUは、03(同15)年、マケドニアにおいて、NATOの装備や能力を使用して初めて平和維持活動を主導した。これ以降、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コンゴ民主共和国、チャド、中央アフリカに部隊を派遣するなど、危機管理・治安維持の分野における活動24に積極的に取り組んでいる。13(同25)年2月からは、イスラム武装勢力などが深刻な脅威となっているマリにおいて、マリ軍の訓練と再編を支援する訓練ミッションを実施している。また、14(同26)年1月、情勢の混乱が継続している中央アフリカに対して、治安維持部隊の派遣を決定し、同年4月に活動を開始したが、15(同27)年3月には任務を終了し、同月、中央アフリカの治安部門改革準備を支援するEUMAMを開始した。

また、NATO及びEUは、ソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動に積極的に関与している。NATOは、08(同20)年10月以降、加盟国の海軍から構成される常設海上部隊(SNMG:Standing NATO Maritime Group)の艦船を同海域に派遣して海賊対処活動に従事させており、09(同21)年8月以降行っている「オーシャン・シールド作戦」では、艦船による海賊対処活動に加えて、要請があった国に対して海賊対処能力強化の支援を行うことも任務としている。EUは、08(同20)年12月から初の海上任務となる同海域での海賊対処活動「アタランタ作戦」を行っており、各国から派遣された艦船や航空機が船舶の護衛や同海域における監視などを行っている25

5 戦略概念(Strategic Concept)は、NATOの目的、性格、基本的な安全保障上の任務について規定する公式文書であり、今回で7回目(49、52、57、68、91、99及び10年)の策定となる。同文書においてNATOは、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、テロリズム、域外の紛争・不安定、サイバー攻撃などを主な脅威としてあげるとともに、①NATOの基本条約である北大西洋条約第5条に基づく集団防衛、②紛争予防や紛争後の安定化・復興支援を含む危機管理、③軍備管理・軍縮、不拡散への積極的な貢献を含む協調的安全保障、の3つをNATOの中核的任務と規定している。

6 現在、NATO加盟国全体の国防費総計の約7割を米国が占めている。また、NATOは加盟国に最低でも対GDP比2%以上の額の防衛支出をすることをガイドラインとして示しているが、14(平成26)年は加盟国28ヵ国中3ヵ国(米国、英国、ギリシャ)しかこの基準を満たしていない。

7 本構想の具体的な取組として、12(平成24)年5月にシカゴで開催されたNATO首脳会合では、NATOの指揮統制のもとで加盟国の迎撃ミサイルやレーダーなどを連接させ、弾道ミサイル攻撃からNATOの諸国民と領域を防衛するミサイル防衛について、暫定的な能力(Interim Capability)を獲得したことが宣言されるとともに、無人航空機による加盟国共同での地上監視(AGS:Alliance Ground Surveillance)システムの中心となるグローバルホーク(RQ-4)5機の調達契約がNATO加盟13か国間で署名された。

8 本構想の具体的な取組として、14(平成26)年9月にウェールズで開催されたNATO首脳会合では、即応性行動計画(RAP)が承認された。本計画はロシアの戦略による影響や中東、北アフリカから発生する脅威に対応するために示され、東部の同盟国におけるプレゼンスを継続するとともに、既存の多国籍部隊であるNATO即応部隊(NRF:NATO Response Force)の即応力を著しく強化し、2-3日以内に出動が可能な高度即応統合任務部隊(VJTF:Very High Readiness Joint Task Force)を創設することを明らかにした。16(同28)年4月現在、NRFは4万人規模とされ、VJTFは同年中に運用能力を獲得する計2万人(地上部隊5,000人を含む)の多国籍部隊となる予定である。なお、15(同27)年10から11月にかけて、VJTFの機能検証などを目的とした「トライデント・ジャンクチャー」演習が実施された。

9 NATO加盟国は国防費削減が続いていたが、16(平成28)年1月に公表された年次報告書では、欧州の加盟国及びカナダの国防費削減は概ね停止したとした上で、国防費をさらに増加させる必要がある旨述べている。

10 04(平成16)年、1か国・4機態勢で開始されたNATOのバルト領空警備は、ウクライナ危機以降増強され、4か国・16機態勢で運用されていたが、15(同27)年9月からは2か国・8機態勢に規模が縮小された。

11 RAPの詳細については、脚注8を参照。

12 例えば、フランスは15(平成27)年11月の同時多発テロ後、ロシアのプーチン大統領と会談し、仏露両国軍間での情報交換などに合意した。また、英国は戦略文書SDSR2015の中でウクライナ問題はルールに基づく国際秩序を大きく変容させるものとする一方で、ロシアとはISIL問題を筆頭に協力の道を探る旨記載している。さらに、16(同28)年4月、NATOは大使級の対話枠組みである「NATO・ロシア理事会」を約2年ぶりにブリュッセルで開催した。

13 EUは、1993(平成5)年に発効したマーストリヒト条約において、強制力を持たない政府間協力という性質を有しながらも、外交・安全保障にかかわるすべての領域を対象とした共通外交・安全保障政策(CFSP)を導入した。また、1999(同11)年6月の欧州理事会において、紛争地域などに対する平和維持、人道支援活動を実施する「欧州安全保障・防衛政策」(ESDP:European Security and Defence Policy)をCFSPの枠組みの一部として進めることを決定した。09(同21)年に発効したリスボン条約は、ESDPを共通安全保障・防衛政策(CSDP)と改称したうえで、CFSPの不可分の一部として明確に位置づけた。

14 15(平成27)年6月、03年以降の世界情勢の変化を分析した報告書「戦略的評価(Strategic Assessment)」がEUとその加盟国の首脳に提出された。これを受けて首脳らは16(同28)年6月までに今後の外交・安全保障政策の指針となるグローバル戦略の策定を指示した。報告書「戦略的評価」は、現下の世界情勢を、①接続性、②競合性、③複雑性の観点から分析している。この報告書を受けて作成される新グローバル戦略文書は、①安全保障・防衛、②テロ・組織犯罪対策、③サイバーセキュリティ、④エネルギー・気候問題、⑤移民・難民問題、⑥人道援助・経済的繁栄の6つの政策分野について考察するとされている。

15 EUの防衛能力向上を目的とした機関である欧州防衛庁(EDA:European Defence Agency)は、リビアにおける軍事作戦などにおいて、空中給油能力や精密誘導兵器などの不足と、これらの米国への依存が明らかになったとしている。

16 I部3章3節3項3参照

17 13(平成25)年2月に欧州委員会が公表した「サイバーセキュリティ戦略」を実施するためのもので、①加盟国のサイバー防衛能力の向上支援、②民間機関との協力推進、③教育訓練の機会の増大などに焦点があてられている。

18 資産凍結・渡航禁止のほか、資本規制や装備品・デュアルユース品の禁輸などの措置を行っている。

19 14(平成26)~20(同32)年の間に110億ユーロの支援を行うほか、ウクライナ政府からの支援要請に応じ、15(同27)~16(同28)年には18億ユーロの追加支援を行うことを決定している。15(同27)年12月現在、そのうちの22.1億ユーロを執行済み。

20 EU基本条約第42条第7項は、EU加盟国の領土に対する武力攻撃の場合には、他の加盟国が、国連憲章第51条に従ってあらゆる援助を与えるという相互防衛義務を定めている。

21 同時多発テロ後の15(平成27)年11月17日、フランスのル・ドリアン国防相はEU外務理事会において、いわゆる相互援助条項の適用を求め、全会一致で合意した。同条項の適用を受け、フランスは他のEU加盟国に対し、①イラク及びシリアでの対ISIL作戦への貢献、②マリや中央アフリカなどでフランスが行っている対テロ作戦への貢献によるフランスの軍事的な負担軽減を求めた。ただし、英国及びドイツを除けば、協力内容は比較的小規模なものにとどまっている。

22 NATOが主に軍事作戦を行ってきたのに対し、EUは文民ミッションを数多く行ってきた。他方、EUも、NATOが介入しない場合に平和維持任務などを主導するため、EUバトルグループ(戦闘群)を各国による輪番制で待機させている(各国軍の規模により当番国の数は変動)。また、両者の役割分担は、個別の活動ごとに決定されているとみられる。

23 13(平成25)年7月、NATOは、コソボ治安部隊(KSF:Kosovo Security Forces)が、現在有する任務について、NATOの基準に沿った完全運用能力を有したと発表した。

24 ペータースベルク任務と呼ばれ、①人道支援・救難任務、②平和維持任務、③平和創出を含む危機管理における戦闘任務からなる。

25 EUは、この地域における海賊対処のため、「アタランタ作戦」に加え、「ソマリアEU訓練ミッション」、「アフリカの角EU地域海上能力構築ミッション」も実施しており、包括的アプローチのもと、海賊対処だけでなく、沿岸警察分野や司法分野の能力の構築・強化などにも取り組んでいる。