第6章 今後の防衛庁・自衛隊のあり方 

2 あり方検討における主な考慮事項

(1)防衛大綱策定後の国際情勢の変化
 防衛大綱1では、冷戦後の国際情勢に関し、依然として不透明・不確実な要素をはらむと同時に、国際関係の安定化を図るための各般の努力が継続されており、各種の不安定要因が深刻な国際問題に発展することを未然に防止することが重視されていること、また、米露間と欧州における軍備管理・軍縮が進展していることなど、国際関係の基本的な構造について述べている。
 その後の国際情勢に関しては、現在に至るまで注目すべき様々な事態が生起している。国際関係の安定化に寄与する動きについてみれば、例えば、米露関係については、01(同13)年1月の米露首脳会談で、いずれの国も他方を敵や脅威と見なさないことが合意され、米露が新たな協力・信頼関係にあることが明確にされた。さらに、同年12月、米国は、相互確証破壊の考え方をいわば下支えする形で機能してきた対弾道ミサイル・システム制限(ABM:Anti-Ballistic Missile)条約2からの脱退をロシアに通告し、02(同14)年6月に正式に脱退したが、その後の米露関係が安定しているのは、グローバルな戦略環境が質的な変容を遂げつつあることを示すと同時に、米露がもはや敵対関係にはないことを示す動きとしてとらえることができる。また、日露の安全保障関係についても、従来と比べて緊密な関係が築かれつつある。日露の防衛首脳会談が頻繁に行われるなど、かつてソ連を潜在的脅威と捉えていた時代はもとより、防衛大綱策定当時と比べても、両国関係は大きく変化してきている。ただし、北方領土をめぐる問題などは依然として未解決ではある。
 さらに、01(同13)年9月11日の米国における同時多発テロにより、国際社会の焦点はテロとの闘いへと大きく変化したが、この際、ロシア、中国、中東諸国、独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)諸国を含む広範な反テロの国際的連帯が形成され、現在に至っていることも、国際社会の平和と安定を図るための動きに関する大きな変化と考えられる。
 他方、脅威・不安定要因については、特に地域紛争は、紛争背景の多様化、複雑化、重層化と紛争手段の多様化などにより、その解決が一層困難になってきている。また、98(同10)年のインドやパキスタンによる相次ぐ核実験は国際社会の批判を呼び起こしたが、特に、昨年以降のイラクを巡る大量破壊兵器や北朝鮮の核問題などに代表されるように、大量破壊兵器やミサイルの拡散などの危険についての国際社会の関心がより増大しており、これらが他の国家やテロ組織などの非国家主体に容易に移転・拡散する恐れも生じてきている3。加えて、今日の脅威・不安定要因は軍事問題に止まるものではなく、テロ活動、海賊行為、麻薬密輸などのような各種の不法行動、緊急事態が安全保障に及ぼす影響も重視されるようになっている。特に、国際的なテロ活動については、米国における同時多発テロ、イエメン沖・バリ・サウジアラビアにおけるテロ事案などにみられるように、明らかに活発化している4
 これらの多様な不安定要因について、注目すべき点としては、国家間の相互依存の拡大と深化などにより、ある国で生じた安全保障上の問題が瞬く間に国境を越えて世界中に広がる可能性が高まっていることや、通信手段、移動手段の急速な発達などにより脅威・不安定要因の生起や顕在化の兆候を察知することが困難となっていることなどが挙げられる。さらに、テロ、サイバー攻撃などの非対称的な攻撃手段は予測困難で複雑かつ多様な性格を有しており、これらの攻撃手段や大量破壊兵器、弾道ミサイルなどにより、弱点を衝かれる可能性が高まっていることも、今日の脅威・不安定要因の大きな特徴である5

 
テロ手段と被害者の一例

(2)IT・軍事科学技術への対応
 中期防6)の中では「情報通信技術をはじめとする科学技術の進歩がこれまでの防衛戦略に大きな変化をもたらす可能性に留意する必要があることなどを踏まえて、将来にわたって的確に防衛力整備を進めていくため、将来の防衛力のあり方や防衛力整備の進め方について検討を行う」と規定されている。実際に、情報通信技術の大幅な進歩に伴って軍事科学技術も飛躍的向上を遂げてきており、米国は、軍隊の高度なネットワーク化・統合化を図るとともに、無人機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)、偵察衛星などによる情報優越の確保などを追求し、精密誘導兵器などを多数活用するなど、「21世紀型」の戦闘形態やミサイル防衛技術を飛躍的に進歩させている。このように、情報通信技術などの進歩は、わが国の防衛戦略にも大きな変化をもたらすものと考えられる。
 また、国際情勢についても、引き続き不安定・不確実なまま推移することが見込まれるとともに、こうした不安定な状況が、何らかの事案を契機に急速に悪化していくこともあり得ると考えられる。加えて、情報・指揮通信の分野などでのコンピュータ技術の進歩は日進月歩であることなども踏まえると、防衛力整備の進め方を、国際情勢や技術水準が急速に変化し得るという時代の趨勢(すうせい)に適したものとしていく必要がある。
 一方、わが国は防衛力の質的な面において技術的水準の向上を重視してきたが、米軍との技術格差が増大し、周辺諸国の軍事力の近代化が進められている中で、戦術面も含めて飛躍的に進歩を遂げている軍事科学技術にいかに対応していくのかが大きな課題である。さらに、軍事科学技術の進歩などにより、いわゆる人的損耗の極小化が先進国の戦い方の趨勢(すうせい)となっている。一般国民に対して被害を与える戦い方はできないという意味と同時に、自衛隊員自身の損害をも極小化していくことも今後の課題といえる7)。

 
精密誘導兵器の投入量の変遷

(3)日米防衛協力関係の一層の実効性の向上
 96(同8)年に発表された日米安全保障共同宣言には、日米防衛協力のための指針の見直しや在日米軍の兵力構成を含む軍事態勢についての協議など、冷戦後における日米間の防衛協力にとっての課題が具体的に記されていた。この7年間に日米両国は、同指針の見直し、周辺事態安全確保法の策定など、それら課題の多くを実現してきたが、この間の国際情勢の変化や軍事科学技術の急速な進展を考慮しつつ、今後の日米防衛協力のあり方について検討していく必要がある。
 具体的には、わが国で防衛力のあり方検討が進められている一方、米国では軍の改革(Transformation)やグローバルな軍事態勢の見直しが行われているが、日米両国は、各々が実施しているこれらの取組をより効果的なものとする観点から、現在、実務レベルで緊密な協議を実施している。これらの協議では、昨年12月に発表された日米安全保障協議委員会(SCC:Security Consultative Committee)共同文書で述べられたところに従い、両国の役割と任務、兵力と兵力構成、地域の課題やグローバルな課題への対処における二国間協力、国際的な平和維持活動その他の多数国間の取組への参画、ミサイル防衛についてのさらなる協議と協力、在日米軍の施設・区域に係る諸問題解決に向けた進展といった広範な課題が扱われることとなる。わが国としても、これらの解決に向けた日米間の協力について検討を進めることは、国際社会の平和と安定のための責任を果たすとの観点からも重要である。

 
日米安保共同宣言に規定された日米防衛協力に関する課題

(4)諸制約の下での効率的な防衛力の構築
 防衛力のあり方検討を進めるに際しては、わが国の防衛力をめぐる諸制約を十分に見据えた上で、より現実的・実効的・効率的な防衛力の構築を追求していくことが重要である。財政面については、最近多くの国が軍事力の改革・増強や国防費の増額を行う傾向にあるが、こうした傾向に留意するとともに、わが国の経済財政状況に配慮することが必要である。かかる状況の中、諸外国では、国内産業基盤に留意しつつ、装備の取得改革を精力的にすすめており、わが国としても、わが国の防衛産業に配意しつつ、優れた装備を一層効率的かつ効果的に取得・維持し得るよう、様々な取組を継続していく必要がある。また、人的要因としては、自衛隊の活動の場が拡大する一方、自衛官定数は減じてきている。このような中で、増大する多様な任務を円滑に遂行するためには、その装備や定数のあり方について検討することや、いかに地域との連携を強化していくかについて考慮することが必要である。さらに、状況の変化に的確に対応するためには、必要な部隊改編を行ったり、訓練の質的な向上を図る必要があり、場合によっては、新たに用地・施設の取得が必要であるが、これには多大の努力を要する。

 
主要国の国防費の動向



 
1)「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱について」、2章2節参照。

 
2)72(昭和47)年に米ソ間で締結され、自国防衛のための対弾道ミサイル・システムの配備などを制限した条約。

 
3)1章1節2参照。

 
4)1章1節2参照。

 
5)米露関係には肯定的な変化が見られる反面、イラク問題を巡る米国の方針を巡り、ロシア、中国、ドイツ、フランスなどが反対の
姿勢を示したことなど、大国間の関係にも引き続き留意が必要である。

 
6)「中期防衛力整備計画(平成13年度〜17年度)について」、2章3節参照。

 
7)1章2節4参照。


 

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