2 大量破壊兵器などの移転・拡散など
核・生物・化学兵器など大量破壊兵器が使用された場合、大量無差別の殺傷や広範囲にわたる汚染を生ずる可能性があることから、大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つとして認識され続けてきた。特に、近年、大量破壊兵器の使用に対する抑止が働きにくい国家に対する拡散・移転が進んでおり、同時にテロリストなどの非国家主体が大量破壊兵器などを取得、使用する懸念も高まっている。
(1)核兵器
第二次大戦後の冷戦は米ソの核軍備競争で始まったが、1962(昭和37)年のキューバ危機を経て、米ソ間の全面核戦争の危険性が認識されるようになり、68(同43)年の核不拡散条約(
NPT:Nuclear Non-Proliferation Treaty)
1の下、67(同42)年以前に核爆発を行った国
2以外の核兵器保有が禁じられるとともに、相互交渉による核戦力の軍備管理・軍縮が行われることとなった
3。
米ソの核戦力は、1960年代にはパリティー(均衡)に達し、相互確証破壊
4が成立したため、相互抑止が強く働くこととなった。さらに、こうした抑止力を高めるために「戦略的安定」の確保が重視され、米ソ間の軍備管理交渉が進められることとなった。
このように、冷戦下で米ソが保有する戦略核弾頭数は2万発を超えていたにもかかわらず
5、米ソ間の軍備管理により戦略的安定性が確保され、いわゆる「恐怖の均衡」により、核兵器の実際の使用は厳しく抑止されていた
6。
現在、188か国が締結しているNPT
7では、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5か国が核兵器国として認められている。核保有国であってもこれを放棄して非核兵器国として加入する国がある一方で
8、依然として加入を拒んでいる国もあり、98(平成10)年にインドとパキスタンが相次いで核実験を実施し、本年4月には、北朝鮮が既に核兵器を保有していると発言したと伝えられている。また、イランによるウラン濃縮施設や重水関連施設の建設が明らかになっており
9、NPTの下で核兵器の保有が認められている5か国のほかにも核兵器の保有・開発が疑われている国が存在している。
(2)生物・化学兵器
生物・化学兵器は、比較的安価で製造が容易であるほか、製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易である。したがって、生物・化学兵器は非対称的な攻撃手段
10を求める国家やテロリストにとって魅力のある兵器となっている。
生物兵器は、古くからペスト菌、天然痘ウィルスなどが兵器として利用されてきたことが伝えられるが、現在では、炭疽(たんそ)菌、ボツリヌス毒素などのほか、遺伝子工学の発達により、従来の装備・態勢では防護することが困難な生物剤の開発の可能性も指摘されている。
11
化学兵器については、第一次大戦中から窒息剤であるホスゲンなどが知られていたが、イラン・イラク戦争中にはイラクが、イランに対して、びらん剤であるマスタード、神経剤であるタブン、サリン
12などを繰り返し使用したほか、1980年代後半には自国民であるクルド人に対する弾圧の手段として、化学兵器を使用している
13。こうした兵器のほか、さらに毒性の強い神経剤であるVXや、管理が容易なバイナリー弾
14などが存在しているとされる。
こうした兵器を求める国家として、例えば、北朝鮮は、化学兵器については、化学剤を生産できる複数の施設を維持しており、既に相当量の化学剤などを保有しているとみられているほか、生物兵器についても一定の生産基盤を有しているとみられている。また、95(同7)年のわが国における地下鉄サリン事件は、01(同13)年の米国における一連の炭疽菌入り郵便物事案とともに、テロリストによる大量破壊兵器の使用の脅威が現実のものであり、都市における大量破壊兵器によるテロが深刻な影響をもたらすことを示した。
(3)弾道ミサイルなど
弾道ミサイルは、重量物を長距離にわたり投射することが可能であり、核・生物・化学兵器などの大量破壊兵器の運搬手段として使用され得るものである。また、いったん発射されると弾道軌道を描いて飛翔し、高角度、高速で落下するなどの特徴を有しているが、これに有効に対処しうるシステムを現時点で本格的に配備を完了した国はない。このため、武力紛争が続いている地域に弾道ミサイルが配備された場合、紛争を激化・拡大させる危険性が高い。また、軍事的対峙(たいじ)が継続している地域の緊張をさらに高め、地域の不安定化をもたらす危険性も有している。さらに弾道ミサイルは通常戦力において優る国に対する攻撃または威嚇の手段としても利用される。
80(昭和55)年から始まったイラン・イラク戦争においては、互いの都市に向けて、弾道ミサイルを発射しあうといったこれまでにない戦争の様相が出現したほか、91(平成3)年の湾岸戦争においても、イスラエルを挑発するため、イスラエルの都市に向けてイラクが弾道ミサイルを撃ち込んだ。これらのミサイルには大量破壊兵器は搭載されていなかったが、弾道ミサイルがいかに容易に、他国の都市と市民生活に対する脅威となりうるかを示す事例となった。
近年こうした弾道ミサイルの脅威に加え、テロリストにとって比較的入手が容易な兵器として巡航ミサイルの脅威も指摘されている。巡航ミサイルは、弾道ミサイルに比して、速度は落ちるものの、発射時の探知及び目標に向かって飛翔中の探知が困難である。また、弾道ミサイルに比して小型であるため、船舶に隠匿して、密かに攻撃対象に接近することが可能であり、弾頭に大量破壊兵器が搭載された場合には、深刻な脅威となりうる。
(4)移転・拡散の危険性
自国の防衛目的で当初購入、開発を行った兵器であっても、ひとたびその生産に成功するとその輸出が可能になり移転されやすくなる。例えば、政治的なリスクを顧みない国家から、通常戦力の整備に資源を投入できないためにこれを大量破壊兵器などによって補おうとする国家に対し大量破壊兵器やその技術などの移転が行われている。こうした大量破壊兵器などを求める国家の中には、自国の国土や国民を危険にさらすことに対する抵抗が少なく、また、その国土において国際テロ組織の活発な活動が指摘されているなど政府の統治能力が低いものもあるため、大量破壊兵器などが使用される可能性も高いと考えられる。
さらにこのような国家では、関連技術、物質の管理体制にも不安があり、結果として、化学物質や核物質などが移転・流出する可能性も高くなっている
15。例えば、技術を持たないテロリストであっても、放射性物質を入手しさえすれば、「汚い爆弾」
16などテロの手段として活用する危険がある。
弾道ミサイルについては、特に移転・拡散が顕著であり、旧ソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国・地域にスカッドBを輸出したほか、中国の東風3(CSS−2)、北朝鮮のスカッド・ミサイルの輸出などを通じて、現在、相当数の国が保有するに至っている。昨年12月には、スペイン及び米軍が、イエメンに北朝鮮が売却したスカッド・ミサイルを運搬中の北朝鮮の貨物船をイエメン沖で停船させ、検査する事案が発生し、実際の移転・拡散の一端が明らかになった
17。他方、弾道ミサイルの移転を禁ずる法的枠組は存在しないことから、この弾道ミサイルの輸送を阻止することはできなかった
18。
さらに、一部の国では、より長射程のミサイルの開発・生産を行っている。北朝鮮が98(同10)年にテポドン1を基礎としたミサイルの発射を行ったほか、昨年から本年にかけて、イラン、インド、パキスタンが相次いで弾道ミサイルの発射を行うなど、長射程化に向けた発射実験などの動きが顕著である。このように、国家がさらなる研究開発を行うことにより、弾道ミサイルの一層の長射程化、搭載量(ペイロード)の増大、核兵器の小型化、より強力な破壊力の獲得を目指すことによる脅威の増大も指摘されてきている。
4)一般に、敵対する両国が相手国の核による第一撃を受けた後でも十分に生き残り、かつ、相手国に対して耐え難い被害を与え得る核の第二撃能力を確保することにより、お互いに相手国の核攻撃を抑止するという考え方。
6)米国とロシアは、昨年5月に戦略核兵器削減条約(モスクワ条約)を締結し、戦略核弾頭を2012(平成24)年12月31日までに現状から1,700から2,200発の間まで削減することとした。同条約は、本年3月米上院、本年5月ロシア上下院において批准・承認され、6月1日批准書を交換し発効した。
9)本年6月19日、国際原子力機関(IAEA)の定例理事会は、イランに対し、IAEAへの完全協力と、未申告施設への査察などを可能とする追加議定書の即時無条件の締結及び履行を求める議長総括を発表した。
15)旧ソ連諸国では、政治・社会・経済の混乱、国防予算の削減から、核弾頭、核物資の管理が適正になされず、移転・流出の危険性が指摘されていた。こうした旧ソ連諸国の核物質の管理体制を支援するため、処理施設、貯蔵施設の設置、廃棄核弾頭から抽出したウランを移送するなどの各国の取組が実施されている。
18)本年5月、ブッシュ米大統領は、各国と共同して、船舶・航空機を捜索し、違法な兵器やミサイル技術の捜索・押収などを目指す「拡散阻止構想」に向けて取り組むことを発表した。