4 軍事科学技術の動向
近年、インターネットや携帯電話の普及に代表されるように、情報通信技術(
IT:Information Technology)の大幅な進歩に伴い、経済、社会、ライフスタイルなど、多くの分野において革命とも呼ぶべき大きな変化が引き起こされている。特に、情報のデジタル化とネットワーク化による情報利用が進んでおり、デジタル化された情報は配布や加工、再利用などが容易であり、またそれらを自動的に処理することもできるため、ネットワーク上で様々なサービスをリアルタイムに提供することが可能になってきている。このことは軍事分野においても例外ではなく、米国を始めとする先進諸国では、IT革命に端を発する変革が戦闘力などの飛躍的向上を実現し得ると考え、軍事における革命(
RMA:Revolution in Military Affairs)に関する各種研究及び施策が継続して実施されている。特に、米国においては、軍の変革(Transformation)の方向性として、ネットワーク中心の戦い(Network Centric Warfare)を重視している。ネットワーク中心の戦いでは、偵察衛星や無人機(
UAV:Unmanned Aerial Vehicle)などを中心とする情報収集システムを駆使して収集された敵部隊などに関する情報は、ネットワークを通じて共有され、遠隔地の司令部からであってもネットワークを通じて極めて短時間に指揮・統制を行い、目標に対して迅速・正確かつ柔軟に攻撃力を指向することが可能となる。これは、戦場空間における戦場認識能力のさらなる優位を獲得するとともに、より効率的な戦力運用を目指すものである。他方、メディアの発達により戦闘様相や被害状況がリアルタイムで世界中に報道されることが可能となったことに加えて、戦闘などにおける人員の死傷が社会的に大きなインパクトを与える傾向になりつつあり、一般市民や味方兵員の死傷などをより局限することが求められている。こうした社会趨勢(すうせい)に対応するためにも軍事目標に限定した精密で効果的な攻撃が求められており、米国を代表とするハイテク型軍隊を擁する国々は、兵器の破壊力の向上に加え、精密誘導技術やC
4ISR
1を含む情報関連技術、並びに無人化技術(無人機など)関連の研究開発を重視している。2001(平成13)年10月に米国防省から公表された「4年毎の国防計画の見直し」(QDR)においても、情報技術や精密誘導技術の急速な進歩について言及されている
2。
最近の軍事科学技術の進歩は、民生技術の発展にも負うところが大きい。現有装備品の性能向上や新たな装備品の開発を行うに当たっては、民生技術が積極的に活用されている。特に、IT関連民生技術の各種装備品などへの技術波及が拡大している。これらの各種先端技術分野において米国は大きく先行しているが、同時に同盟国との間で軍事能力の格差が、あたかも軍事分野におけるデジタルデバイド
3という形で進展しており、共同作戦を実施する際の制約となる可能性が指摘されている。
一方、ハイテク型軍隊を保有することが技術的、経済的に困難な国においては、先進国に対しても有利な戦い方を行い得る兵器などの研究・開発もしくは取得を重視していくものと考えられる。つまり、このような相対的に低費用で開発・取得可能であり、在来型の戦力以外で相手の脆弱(ぜいじゃく)性を衝くことができる非対称的な攻撃手段、すなわち、核兵器、化学兵器及び生物兵器といった大量破壊兵器、弾道ミサイル、テロ攻撃、サイバー攻撃などに重点的に取り組む傾向にあると考えられる。
今後の見通しとしては、米国を中心とする先進諸国は引き続き先端的な軍事科学技術をさらに高度化させていくであろう。特に、米国は、圧倒的な技術力を背景として、開発途上国はもとより、欧州の同盟諸国の追随すら許さない軍事科学技術レベルを維持していくものと考えられる。一方で、非対称的な攻撃手段が世界的に拡散していく可能性に対して、こうした非対称的な脅威に対抗するための先端技術に関する研究開発も重要なものとして認識されつつある。QDRにおいても、米軍が圧倒的優位にある通常戦力分野以外で米国に挑戦する非対称脅威が強調されている。また、昨年11月のNATO首脳会合で採択されたプラハ宣言などでも、化学、生物、放射線(CBR)剤を含むテロ攻撃、核・生物・化学兵器による攻撃、サイバー攻撃、弾道ミサイルなどの非対称な脅威への対応について重視しており、また、こうした分野における加盟国間の能力格差を縮小するための取組が強調されている。
1)指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察:Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance。