防衛研究所 中国研究室 主任研究官 山口 信治(やまぐち しんじ)
近年、情報操作や浸透工作によって相手国の政治社会を混乱させたり、影響を与えようとする認知領域における戦いが激しさを増しています。現在の大国間競争において、イデオロギーや価値をめぐる問題が重要となっています。中国やロシアは、民主主義国の自由で開放的な政治・社会システムの特性を利用し、そこに対して偽情報などを用いた情報操作や、浸透工作を行うことで、相手国の政治を混乱させたり、自国に望ましい方向に誘導しようとしています。
その手段としては、宣伝・プロパガンダ、ソーシャルメディアでの情報操作、統一戦線(浸透)工作があります。宣伝・プロパガンダは、新華社など中国の官製メディアによる、中国のナラティブを世界に伝え、政府の見方や中国文化を伝達し、外国のプロパガンダへ反駁(はんばく)する活動を指します。
次に、ソーシャルメディアなどを通じた偽情報の拡散です。他国の政府が相手国の国内政治や社会の混乱、分断を狙って故意に偽情報を拡散させる事例がみられるようになっています。中国もこうした活動を拡大しつつあります。
そして、統一戦線工作とは、中国共産党の外部に政治的目標達成のために協力者を作り出す浸透工作の一種です。中国に好意的な人々や、特定の問題について中国に近い見解を持つ人々、文化や民族的に中国とつながりを持つ人々を対象に、中国の政治的目的に有利な方向に誘導しようとします。
こうした活動によって、中国が達成しようとしているのは、第一に、中国のイメージを向上し、その政策に対する支持を広げること、第二に、中国にとって不利な外国の主張や情報に反駁(はんばく)すること、第三に相手国の社会の分断を拡大し、政治社会に混乱を生み出すことです。中国の工作の対象は主に台湾やグローバルサウスの国々です。台湾政治の混乱と有利な状況の形成を狙ったり、グローバルサウス諸国に対して米欧の欠点や問題点を吹聴し、自国への支持を高めるよう画策しています。
これまで日本に対する活動はそれほど盛んではないと考えられてきましたが、最近になって日本に対する活動も活発化しつつあります。とくに2023年6月に習近平国家主席が「福建省と沖縄の歴史的つながり」に言及してから、沖縄県をめぐる中国の工作が活発化しています。沖縄県を訪問する中国政府・党関係者が増加するとともに、ソーシャルメディアのフェイクアカウントが「琉球独立」を煽るようなデマ動画を拡散させようとするなどの活動がみられるようになっています。
中国やロシアの活動が必ずしも高い効果を上げているわけではありません。しかしこうした認知戦は、相手の政治や社会における対立点を利用して分断を煽ろうとすることから、民主主義に対する深刻な挑戦となりえます。さまざまな政府部門や企業、社会が協力して対応することが必要です。
(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。