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<視点>抑止力の意義

防衛研究所 地域研究部アジア・アフリカ研究室 主任研究官 栗田 真広(くりた まさひろ)

安全保障政策における抑止の重要性は、実際の武力衝突に陥ることなく、自国にとって不利益となる敵対国の行為を防げる点にあります。軍事力の活用の類型は、概念上、その実使用を伴うものか、使用の威嚇を梃(てこ)にするものかという点と、現状維持と現状変更のいずれを志向するかという点の二軸で分類されます。現状維持を目的に、敵対国の侵略の試みを軍事力の実使用によって排除する防衛(defense)に対し、抑止(deterrence)は同じく現状維持を目的としながら、軍事力使用の威嚇を梃に、事態を武力衝突に至らしめることなく侵略を防止するものです。

抑止の概念は核兵器と結びつけられがちですが、実際にはより幅広い手段に立脚します。敵対国が侵略に訴えたならば「耐え難い」損害を与える、との威嚇に基づく抑止は、懲罰(ちょうばつ)的抑止と呼ばれ、核兵器のように破壊力が大きく防御の容易でない手段と親和的です。一方で、仮に敵対国が侵略に訴えたとしても、十分な防衛力をもって侵略の目的達成を阻止する、との威嚇によって侵略を思いとどまらせる、拒否的抑止という抑止の形もあります。こちらは主として、非核の通常兵器に立脚することになります。

核使用の威嚇を梃にした懲罰的抑止は強力ですが、敵対する双方の国が核兵器を保有している場合、威嚇を履行することは自殺行為になり得ます。そのため、特に敵対国の非核の手段を用いた侵略を抑止する上では、有効性に限界があります。だからこそ、懲罰的抑止を担保するための核抑止力があっても、並行して通常戦力に基づく防衛力を整備し、同時に拒否的抑止を機能させること、かつ懲罰と拒否の二つの抑止アプローチを有機的に連携させることが重要と考えられてきました。

抑止の難しさは、その成否が抑止側の持つ能力のみでは決まらないところにあります。敵対国が侵略を思いとどまるかは、究極的には、抑止側が威嚇している内容を本当に履行するか否かについて、侵略側がどう認識するかに依存します。それゆえ、懲罰・拒否のいずれの抑止でも、威嚇を履行する意思と能力があることを、現状変更を企図する国に適切に認識させる必要があります。これは特に、同盟関係にある他国への侵略行為を抑止しようとする、拡大抑止の場合において重要になります。たとえ自国への直接的攻撃がなくとも、いずれかの同盟国への攻撃があれば同盟として共同で対処する用意がある旨を、適切なメッセージによって伝達していくことが、拡大抑止の成立には求められるわけです。

(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。