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<視点>イスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突に起因する中東情勢の緊迫

防衛研究所 社会・経済研究室 研究員 吉田 智聡(よしだ ともあき)

2023年10月7日にガザ地区を実効支配するパレスチナ系武装組織ハマスがイスラエルへ奇襲を実施し、その後両者間の戦闘が続いてきました。軍事的に優位なイスラエルは、ガザ地区においてハマス掃討作戦を進めました。イスラエルの見立てによれば、奇襲開始以前に約3万名の戦闘員を有していたハマスの死者数は、2万名に上るとみられます。ハマスはこの数値を誇張であるとしていますが、死者数に加えて交戦不能なほどに身体的・心理的欠損を負った戦闘員の数を加えれば、軍事的には大打撃を受けたと言って差し支えないでしょう。2025年1月19日からイスラエルとハマスは6週間の停戦期間に入りましたが、その後、イスラエル軍はガザ地区での地上作戦を再開しました。また同軍は1カ月以上にわたって人道支援物資の搬入を停止したため、人道状況の一層の悪化も懸念されています。

イスラエルはガザ地区で戦果を挙げるとともに、イラン主導の反西側集団「抵抗の枢軸」の拠点である中東各国も攻撃しました。2024年7月以降イスラエルは、イエメン・ホーシー派の支配地域を空爆しているほか、同月にイランの首都テヘランに滞在していたハマスの最高指導者ハニーヤ氏を殺害しました。イランにとって最も重要なパートナーであるヒズボラ、および同組織の拠点国レバノンについては、イスラエルは9月までに最高指導者ナスルッラー氏を筆頭に多くの幹部を殺害し、10月には地上侵攻に踏み切りました。イスラエルは国家安全保障上の脅威を低減させており、今般の紛争を経て中東地域の軍事バランスは同国に一層有利なものとなりました。

「抵抗の枢軸」への打撃は、中東政治にも大きな影響を与えています。2024年12月上旬にシリアでアサド政権が崩壊しましたが、これには「抵抗の枢軸」の弱体化が大きく関わっています。アサド政権軍は、反政府勢力との戦闘においてロシア軍の航空支援や、ヒズボラなどの陸戦支援に依存していました。しかしロシアはウクライナ戦争で疲弊し、「抵抗の枢軸」にもアサド政権を支える余力はありませんでした。

「抵抗の枢軸」の軍事的損耗とは別に、中長期的な中東和平問題を巡る動向にも変化が見られます。2024年7月にハマスなどパレスチナ諸派は、中国の仲介の下、統一政府の樹立で合意しました。この合意がどの程度実効的に進められるかは不透明な部分がありますが、2007年以降分断状態にあったパレスチナ諸派が、今般の紛争を機に団結できるかという点は、中東和平問題を考えるうえで重要でしょう。

(注)本コラムは、研究者個人の立場から学術的な分析を述べたものであり、その内容は政府としての公式見解を示すものではありません。