近年、科学技術の急速な進展が、安全保障のあり方に根本的な変化をもたらしている。各国は、自国の技術的優越を確保するために研究開発を加速しており、とりわけ、将来の戦闘様相を一変させうる、いわゆるゲーム・チェンジャーと呼ばれる先端技術の獲得に注力している。
AI(Artificial Intelligence)、量子技術、新たな形でのエネルギーの利用といった新技術は、装備品等1へ適用されて、戦闘様相を従来の陸・海・空領域から、宇宙・サイバー・電磁波領域や人の認知領域にまで広げつつある。また、AIやSNS(Social Networking Service)などの情報関連技術や情報インフラの急速な進展は、軍事的手段と非軍事的手段を組み合わせたハイブリッド戦を発生させ、偽(にせ)情報の拡散を通じた情報戦を拡大させるリスクなども劇的に高めている。
わが国においても、今や新しい戦い方に対応する優れた装備品等を早期に獲得することは急務である。その獲得は、わが国国内における技術的知見の蓄積や、高度な技能を有する人材の育成、特殊なニーズを満たす製造設備・施設の整備・維持などといった、長期にわたる不断の取組によりようやく実現することが可能となる。このため防衛省は、優れた装備品等を確保するために不可欠の要素を総じて、基盤的なもの、すなわち「防衛生産・技術基盤」として捉え、その維持・強化に努めてきた。しかしながら、近年、防衛生産・技術基盤を取り巻く環境は、技術の高度化によるコストの増大や国際情勢の複雑化・不安定化に伴うサプライチェーン上のリスクの顕在化といった変化を生じており、これが需要の限定性や仕様の特殊性といった装備品等の特有の性質とあいまって、主として防衛産業において、収益性の低さと、それによる事業の継続・成長への消極的見通しを生じるに至った。防衛産業における事業撤退が断続的に生じ、また、撤退まで至らずとも新規投資は行いがたいという声が挙がり、装備品等の可動率の低下を招いて自衛隊の運用に影響をきたしかねない懸念さえ生起していた。
現代において自衛隊は、高度な技術が適用された装備品等を用いて初めて、その能力を十分に発揮し、わが国防衛の任務を全うすることができる。政府は、2022年12月に策定した国家安全保障戦略などにおいて、防衛生産・技術基盤を取り巻く厳しい現状を直視し、優れた装備品等の確保に不可欠の要素である防衛生産・技術基盤を、いわばわが国の防衛力そのものと位置づけることによって、その抜本的な強化に取り組んでいく方針を明確に示した。
わが国における防衛生産・技術基盤には、いくつかの特徴がある。まず前提として、工廠(こうしょう)(装備品等の製造などを行う国営工場)を持たないわが国においては、基盤の重要な役割を民間企業に大きく依存している。したがって、防衛力の抜本的強化が求められるなか、自衛隊の任務遂行に必要な装備品等の確保を担保する防衛産業の重要性はますます高まっている。そのうえで、装備品等の製造等2にあたっては、高度な要求性能や保全措置への対応が必要となり、企業がそのための投資に踏み込むには、経済合理性の観点から一定の予見可能性が必要となる。さらに、顧客は基本的には防衛省・自衛隊に限定されることもあり、企業にとって投資回収の機会は限られる。
そうしたなか、防衛事業からの撤退や事業規模の縮小を決断する企業が断続的に現れるなど、わが国の防衛産業は様々な課題に直面している。その結果、自衛隊の運用に必要不可欠な装備品等の安定的な調達に支障が生じるだけでなく、長期的には、適正な競争環境やイノベーションが失われ、安全保障分野におけるわが国の技術的優位性を喪失するおそれもある。
さらに、近年、サイバー攻撃によって情報を盗まれるリスクや外国政府による輸出規制によって原材料などが輸入できなくなるリスクなどが顕在化している。
こうしたわが国の防衛生産・技術基盤を取り巻く環境を踏まえ、これを維持・強化するための各種施策を講じている。
わが国の防衛産業は装備品等のライフサイクルの各段階(研究、開発、生産、維持・整備、補給、用途廃止など)を担っており、装備品等と防衛産業は一体不可分である。防衛産業が高度な装備品等を生産し、高い可動率を確保できる能力を維持・強化していくために必要な施策を講じるため、防衛生産基盤強化法3が2023年に施行された。
この法律において、防衛大臣は、基本方針4を定めることとされており、同年10月にこれを公表した。この基本方針では、防衛生産基盤強化法に定められた施策が適切に行われるために必要な事項を定めるとともに、2014年に策定した「防衛生産・技術基盤戦略」に代わり、今後の防衛生産・技術基盤の維持・強化の方向性を新たに示した。
参照資料69(装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する基本的な方針)
国内に防衛生産・技術基盤を維持・強化する意義として、わが国の安全保障上の主体性の確保や抑止力の向上、国内産業への経済的・技術的貢献といった観点はこれまでも指摘されてきた。これは国内の防衛生産・技術基盤が高度な装備品等の早期獲得や自衛隊の十分な継戦能力の維持・確保に重要な役割を果たすことに加え、防衛産業は防衛省と直接の契約関係にある企業(プライム企業)と、その下に広がる中小企業を中心とした幅広いサプライヤーから構成されるすそ野が広い産業であるためである。
加えて、近年、経済安全保障の観点から各国による技術の囲い込みが進み、また、新型コロナウイルスの感染拡大などでサプライチェーンの途絶なども生じた。こうした背景から、わが国防衛に直結する装備品等の安定的な製造等や技術的優位性を確保する観点からも、防衛生産・技術基盤を国内に維持・強化する必要性は一段と高くなっている。
装備品等の取得方法については、わが国を防衛するために必要な性能を有する装備品等を取得するという前提のうえで、以下の考え方を踏まえて決定する必要がある。①経費面においても継続的な取得や維持整備が可能であること、②わが国に比較優位がある分野を育成し、劣後する分野や欠落する分野を必要に応じ補完すること、③防衛生産・技術基盤を国内に維持し、強化していく必要があること。具体的には、装備品等を新たに取得するにあたって、次の分野を中心に国産による取得を追求する。
ア 運用構想、性能、取得経費、ライフサイクルコスト、スケジュールなどの諸条件を国内技術で満たすことができるもの
イ 有事の際の継戦能力の維持と平素からの運用、維持整備にかかる改善能力の確保の観点から不可欠なもの(例:弾薬、艦船)
ウ 機密保持の観点から外国に依存すべきでないもの(例:通信、暗号技術)
エ わが国の地理的、政策的な特殊性を踏まえた運用構想の実現に不可欠なもの
オ 外国からの最新技術の入手が困難なもの
カ 経済的手段による外的脅威の対象となりうるもの
各国が軍事分野での研究開発にしのぎを削り、技術の進展が著しい昨今、必要な防衛生産・技術基盤を自国のみで維持することは困難であり、他国に依存すべきでない装備品等にかかる基盤は国内において維持・強化することを基本としつつも、装備・技術面での国際協力を推進していくことが不可欠となっている。したがって、国際共同研究・開発、さらには積極的な国際協力やライセンス国産を推進し、各国の優れた技術をわが国の装備品等に取り込むことが必要である。
また、装備移転は、特にインド太平洋地域における平和と安定のために、力による一方的な現状変更を抑止して、わが国にとって望ましい安全保障環境の創出や、国際法に違反する侵略や武力の行使または武力による威嚇を受けている国への支援などのための重要な政策的手段となる。こうした観点から、官民一体となって安全保障上意義の高い装備移転や国際共同開発を幅広い分野で進めていく。
わが国の防衛産業においては、必要な装備品等の製造等を行い、高い可動率を支えることのできる能力が維持されることに加えて、欧米など諸外国のように、国際競争力を持つことが望ましい。そのためには、企業において防衛事業がコア事業のひとつになることが重要である。
このような認識のもと、防衛産業をより力強く持続可能なものとするため、防衛産業の中長期的に望ましい方向性を示すべく、防衛産業戦略の策定を検討している。
装備品製造等事業者5が、継続的に防衛事業に携わることができるよう、国は環境を整えることが重要である。事業者は、自らが国防を担う重要な存在であるとの認識を強く持ったうえで、防衛生産・技術基盤の維持・強化に主体的に取り組むことが期待される。
装備品等の製造等に際しては、安定的な製造等を損なう様々なリスクが想定される。例えば、①外国政府が輸出を規制して原材料などの輸入が困難となるリスク、②老朽化した設備が更新されず生産性や技術水準が低迷し納入遅延や要求性能未達となるリスク、③工程においてマルウェアやスパイウェアが混入するといった懸念部品(悪意あるソフトウェアが組み込まれた部品)のリスク、④サイバー攻撃によって性能などの情報が流出するリスク、⑤事業継続が困難となって防衛事業から撤退するリスクなどが挙げられる。このようなリスクに効果的に対応し、プライム企業とサプライヤーから構成されるサプライチェーンが効果的・効率的に機能し、指定装備品等6の安定的な製造等に寄与するよう、事業者により以下の特定取組(防衛生産基盤強化法に基づき、自衛隊の任務遂行に不可欠な装備品等のその安定的な製造等を確保するために行う取組)がなされる必要がある。
防衛大臣は、事業者から提出された特定取組に関する計画(装備品安定製造等確保計画)について、基本方針に従い、認定する。防衛省は、認定後に事業者と特定取組にかかる契約を直接締結し、当該契約の定めに従って遅滞なく対価を支払うこととしている。2024年度は、計121件、約234億円について認定を行ったところである。
参照図表V-1-1-1(装備品安定製造等確保計画の認定実績)
装備移転に際し、わが国の安全保障上の観点から適切な仕様・性能の変更などを事業者に実施させる場合がある。特に、わが国の装備品等に使われている先進的な技術に関する情報を保全することにより、諸外国に対する防衛分野における技術面での優位性が失われる懸念について適切に対応する必要がある。
こうした観点で防衛大臣が事業者に対して仕様と性能の調整を求める場合に、これにかかる必要な費用を助成金として交付する。
上記の助成金の交付とこれに必要な基金を管理し、また、装備移転が防衛省の政策目的に適合したものとして事業者による装備移転が適切な管理のもとで円滑に行われるようにするために、2024年2月、防衛大臣が指定装備移転支援法人を指定した。
2024年3月、防衛装備移転円滑化基金を造成し、これまでに計1,200億円を同法人に対して交付した。
装備品等の製造等にあたって、より質の高い装備品等を安定的に調達するために、防衛省は先端技術などの装備品等に含まれる秘密情報を事業者に提供している。一方で、近年、安全保障上の懸念国によるサイバー攻撃、企業買収の働きかけなど、装備品等に含まれる秘密情報の流出の脅威がこれまで以上に高まっている。
こうした観点で、事業者に提供していた秘密情報を「装備品等秘密」として改めて指定し、これを取り扱う事業者とその従業者に情報管理の徹底を求めることとした。また、この秘密を故意に漏えいなどをした者に対して、自衛隊員などを対象にした秘密漏えい時と同様の罰則を措置することで、効果的に漏えいを防止する。
上記(1)と(2)の各種取組では防衛省による指定装備品等の安定的な調達ができないと判断される場合には、当該指定装備品等の製造等をする施設や設備を防衛省が取得することができる。取得した製造施設などは、事業者が指定装備品等の製造等のために防衛省から委託を受けてその管理を行う。このため、本制度を適用した場合でも事業主体は民間企業であり、通常の企業活動と何ら変わりなく、効率的な運営が期待される。
資料:防衛生産基盤強化法について
URL:https://www.mod.go.jp/atla/hourei_dpb.html