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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

2 安全保障・国防政策

1 戦略・政策文書

ロシアは、2021年7月に改訂された「国家安全保障戦略」により、内外政策分野の目標や戦略的優先課題を定めている。

「国家安全保障戦略」では、これまでの防衛能力、国内の団結および政治的安定性の強化ならびに経済の現代化および産業基盤の発展のための政策が、自立的な内外政策を遂行し、外部の圧迫に対し効果的に対抗できる主権国家としてのロシアの強化を裏付けたとして、外部の脅威の存在と、それに屈しない「強い国家」であるという自己認識を示している。そして、ロシア周辺におけるNATO(North Atlantic Treaty Organization)の軍事活動が軍事的脅威であると述べたほか、米国の中・短距離ミサイルの欧州やアジア太平洋地域への配備が戦略的安定性などに対する脅威であるとしている。

国防分野では、軍事力の果たす役割を引き続き重視し、十分な水準の核抑止力とロシア軍をはじめとする軍事力の戦闘準備態勢を維持することにより戦略抑止や軍事紛争の阻止を実施するとしている。

「国家安全保障戦略」の理念を軍事分野において具体化する文書である「軍事ドクトリン」は、2014年12月に改訂されたが、このドクトリンでは、大規模戦争が勃発する蓋然性が低下する一方、NATO拡大を含むNATOの軍事インフラのロシア国境への接近、戦略的ミサイル防衛(MD:Missile Defense)システムの構築・展開など、ロシアに対する軍事的危険性は増大しているとの従来の認識に加え、NATOの軍事力増強、米国による「グローバル・ストライク」構想の実現、グローバルな過激主義(テロリズム)の増加、隣国でのロシアの利益を脅かす政策を行う政権の成立、ロシア国内における民族的・社会的・宗教的対立の扇動などについても新たに軍事的危険と定義し、警戒を強めている。

また、現代の軍事紛争の特徴として、精密誘導兵器、極超音速兵器、電子戦装備、各種無人機などの集中的な使用、ネットワーク型の自動指揮システムによる部隊や武器の運用の自動化・一元化といった事象に加え、ハイブリッド戦争という文言はないものの、軍事力と政治・経済・情報その他の非軍事的手法との複合的な利用、非正規武装集団や民間軍事会社による軍事行動への参加などを指摘している。

核兵器については、「軍事ドクトリン」において、核戦争や通常兵器による軍事紛争の発生を防止する重要な要素であると位置づけ、その使用基準については、核その他の大量破壊兵器が使用された場合のみならず、通常兵器による侵略が行われ、国家存続の脅威にさらされた場合、核兵器による反撃を行う権利を留保するとしている。

2020年6月、ロシアは、いわゆる「核ドクトリン」に相当する政策文書「核抑止分野における国家政策の指針」を初めて公表したが、その後ロシアは、これを「現実に即したものとする」などと言及しつつ改訂をほのめかし、2024年11月には改訂した同政策文書を公表した。改訂によって、核兵器の使用基準が「国家存続の脅威」から「主権及び領土一体性に対する重大な脅威」に変更されている。同文書によれば、核抑止の対象には「ロシアを潜在敵とみなす個別の国」や「それらの国が参加する軍事連合」のほか、核保有国の支援等を受けて攻撃を行った「非核保有国」も含まれる。ロシアが核兵器を使用する可能性がある条件や核抑止の対象となる軍事的危険などについても明らかにしており、核抑止におけるロシアの「レッドライン」を明示したものと説明されている。

2 国防費

国防費については2011年度から2016年度(執行額)までは、対前年度比で二桁の伸び率が継続し、対GDP比で4.4%に達したのち、おおむね対GDP比3%前後の水準で推移していたが、ウクライナ侵略により2023年度以降再び拡大し、2025年度(当初予算額)は対GDP比6.3%となっている。なお、前年度比で2024年度当初予算は約68%増、2025年度当初予算は約25%増となっている1

参照図表I-3-5-1(ロシアの国防費の推移)

図表I-3-5-1 ロシアの国防費の推移

3 軍改革

ロシアは、2021年までに、西部、南部、中央、東部の4個軍管区と北洋艦隊(北極正面を担任)に対応する統合戦略コマンドを設置して、軍管区司令官のもとで兵力の統合的な運用を行う体制を整備してきたが、2022年2月のウクライナ侵略開始後は、兵員数の増加や部隊編制の拡大改編を指向する動きを見せている。

同年12月の国防省幹部会議拡大会合でショイグ国防相(当時)はプーチン大統領に対し、兵員数の150万人への増加、モスクワとレニングラードの2個軍管区の創設、既存の複数個旅団の師団への改編、フィンランド国境地域への1個軍団の新規配備などを提案した。2023年12月の会合では、同年中に軍人数が115万人に達し、2個諸兵科連合軍、1個混成飛行軍団、4個師団、18個旅団、28個連隊がすでに新編されたことが報告され、2024年2月にはプーチン大統領が、モスクワ軍管区とレニングラード軍管区創設、北洋艦隊の統合戦略コマンド及び軍管区の地位喪失を定めた軍管区改変に関する大統領令、同年9月には軍の定員数を150万人とする大統領令に署名している。

さらに、2024年12月、ベロウソフ国防相が、新たな兵科「無人システム部隊」の2025年9月までの新編やモスクワ軍管区とレニングラード軍管区の編成完了の予定について言及した。

また、海軍と空軍については、2025年2月に、プーチン大統領が署名し即日発効した「軍管区に関する規定」を改正する大統領令によれば、各軍管区による有事の作戦指揮は維持される一方、平時の所掌からは艦艇・航空部隊が削除されており、2010年以前の体制に回帰したとみられる。これは、ロシア海軍及び航空宇宙軍が、軍管区単位での統合運用体制よりも、各総司令部による一元的な運用体制構築を重視したためとみられる。

1 ロシア財務省、ロシア連邦国庫の公表資料による。