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第I部 わが国を取り巻く安全保障環境

3 欧州各国などの安全保障・防衛政策

1 英国

英国は、冷戦終結以降、自国に対する直接の軍事的脅威は存在しないとの認識のもと、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの新たな脅威に対処するため、特に海外展開能力の強化や即応性の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。

2021年3月、ジョンソン政権(当時)は「安全保障、防衛、開発、外交政策の統合的見直し」(Integrated Review)を発表し、米国・欧州諸国・NATOなどとの関係を維持・強化しつつ、インド太平洋へ「傾斜」していく方針を表明した。

さらに、2023年3月、スナク政権は、「統合的見直し」の刷新を発表し、欧州・大西洋地域を最も重要な優先地域とし、ロシアを「最も差し迫った脅威」と位置づけ、対ロシア戦略として、NATOのさらなる強化や、偽情報の公表によるロシアの悪意ある影響力への対抗などを示した。中国については「時代を画する体制上の挑戦」と評価している。また、インド太平洋地域を「英国の国際政策の永続的な柱」と位置づけ、自由で開かれたインド太平洋ビジョンを支持し、わが国を含むパートナーなどと、数十年にわたる経済的、技術的、安全保障上の密接な関係を構築することなどにより、インド太平洋地域における関与を強化する方針を表明した。

同年7月、国防省は、「統合的見直し」の刷新を踏まえ、防衛力整備など国防分野での取組を示した2023年版の国防文書(DCP:Defence Command Paper)を発表した。今後数十年にわたる英国軍の設計と装備を包括的に定めた2021年版から大枠の変更はないものの、ロシアによるウクライナ侵略を教訓に、人事、科学技術・イノベーション、産業との協力の強化などを重視している。

ロシアによるウクライナ侵略を受け、英国は、関係国やNATOとともに北欧やバルト海地域における安全保障上のプレゼンスを強化している。2023年9月、空母「クイーン・エリザベス」を旗艦とする空母打撃群を北欧海域に派遣し、同年12月には、重要な海底インフラ防衛のため、バルト海を中心に海・空軍が活動した。また、2024年には、2万人以上の英国軍が北欧全域に展開される予定である。

英国は、引き続きインド太平洋地域への関与を続けている。2023年7月に、米豪主催多国間共同訓練「タリスマン・セイバー23」に、10月には、マレーシアで実施された5か国防衛取極3(FPDA:Five Power Defence Arrangements)演習「ベルサマ・リマ」に参加し、同地域のパートナーと関係を強化する姿勢を示している。同年12月には、2025年に空母打撃群をインド太平洋へ派遣し、わが国に寄港することを発表した。

また、英国は、2018年度以降、北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、東シナ海を含むわが国周辺海域において警戒監視活動を実施しており、2023年1月上旬には哨戒艦「スペイ」が警戒監視活動を行った。

2 フランス

フランスは、冷戦終結以降、防衛政策における自律性の維持を重視しつつ、欧州の防衛体制や能力の強化を主導してきた。軍事力の整備については、基地の整理統合を進めながら、防護能力の強化などの運用所要に応えるとともに、情報機能の強化と将来に備えた装備の近代化を進めている。

2022年11月、マクロン政権は、国内外の安全保障環境の分析と2030年に向けた戦略的目標や優先度を示す「国家戦略見直し2022」を発表した。ロシアとの関係については、潜在的な競争からオープンな対立に移行したと位置づけたほか、中国との関係については、より激しい競争へと移行しているとした。そのうえで、2030年までの戦略的目標として、戦略的自律の強化や核抑止力の確保などが示された。

フランスは、インド太平洋地域に海外領土を持つ関係上、この地域に常続的な軍事プレゼンスを有する唯一のEU加盟国であり、艦艇などを含め約7,000人を常駐させている。インド太平洋地域へのコミットメントを重視しており、2019年6月に公表された仏軍事省の「インド太平洋国防戦略」は、中国が、拡大する影響力を背景にインド太平洋地域のパワーバランスを変更しようとしているとし、米国、オーストラリア、インド、日本との連携強化の重要性を示した4。また、前述の「国家戦略見直し2022」においては、インド太平洋地域の戦略的安定の維持を目的として、わが国を含む地域諸国とのパートナー関係の構築に尽力し、バランシング・パワーとしての役割を遂行することが戦略目標として示された。

こうしたインド太平洋地域への積極的な関与の方針のもと、フランスは、2019年と2021年に、この地域に空母機動群などを派遣し、2021年に日仏米豪共同訓練「ARC(アーク)21」を実施した。さらに、2023年6月から8月にかけては、仏航空・宇宙軍が、インド太平洋への大規模戦力投射ミッション「ペガーズ23」を実施し、本国からこの地域に迅速に展開し、さまざまな危機や地域の不安定に対処する能力を示した。また、フランスは、2019年以降、北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒活動を実施しており、2023年は4月上旬にフリゲート「プレリアル」が、10月上旬から下旬まで哨戒機「Falcon200」が警戒監視活動を実施した。

フランスは、中東やアフリカへの関与も重視してきた。フランス軍は2014年からイラクで活動を続け、ISILに対抗するイラク治安部隊などへの軍事的支援を行っている。また、2020年の創設以来、ホルムズ海峡における欧州による海洋監視ミッション(EMASOH:European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz)に参加している。

アフリカのサヘル地域においては、マリを活動の中心とするテロ対策として、フランスは、2014年に「バルカンヌ作戦」を、2020年に欧州特殊部隊「タクバ」の運用を開始していたが、マリとの関係悪化などにより、いずれも2022年に終了した。この間、フランス軍はマリからニジェールへ部隊を移転していたが、2023年7月に発生したニジェールにおける軍事的政権奪取を受け、ニジェールからの撤退も余儀なくされた。サヘル地域での10年に及ぶ対テロ作戦を経て、サヘルを含む西アフリカ地域におけるフランス軍のプレゼンスはチャド、セネガル、コートジボワールのみとなった。

3 ドイツ

ドイツは、冷戦終結以降、兵力の大幅な削減を進める一方で、国外への連邦軍派遣を徐々に拡大するとともに、NATOやEU、国連などの多国間機構の枠組みにおいて、紛争予防や危機管理を含む多様な任務を遂行する能力の向上を主眼とした国防改革を進めてきた。

しかし、ロシアによるウクライナ侵略を受け、ドイツは「時代の転換点(Zeitenwende)」という認識のもと、安全保障政策を大きく変化させることとなった。具体的には、ウクライナへの武器供与、ロシアに対する厳しい経済制裁、国防費の増加とその対GDP比2%以上の投資、NATOにおける貢献の強化、1,000億ユーロの連邦軍特別基金の設立などである。

2023年6月、ドイツ政府は、安全保障を外交と軍事の分野だけでなく、すべての政策分野の一部ととらえる初の包括的な国家安全保障戦略を公表した。ロシアを欧州・大西洋地域における最も重要な脅威と評価し、中国については、グローバルな課題を解決するパートナーである一方、体制上のライバルや競争者の側面が増大していると指摘した。国防費については、複数年の平均値として対GDP比2%に設定することを政府の方針として明記した。

さらに、同年11月には、国防省がこの戦略に基づく「国防政策方針2023」を公表した。ドイツが欧州における抑止と集団防衛の屋台骨にならなければならないとの認識を示し、ドイツ連邦軍の中核的任務を国家防衛と集団防衛に回帰させるとした。特に、NATOの東部の同盟国の防衛に対して、これまで以上に大きな貢献をする責任を強調し、リトアニアに1個旅団を常駐させることとした。

2024年度の国防予算は、ドイツ連邦軍創設以来、最高額となる519億ユーロであり、特別基金からは198億ユーロが支出される。これらを合計すると対GDP比は2.1%となる。特別基金は、重要な調達計画の資金として使用される。これまで、F-35A戦闘機やCH-47F輸送ヘリなどの調達を契約し、ミサイル防衛システム「アロー」の調達を開始した。レーダー開発を伴うユーロファイターの電子戦闘計画も進行している。

リトアニアへの旅団常駐に関しては、2023年12月にピストリウス国防大臣とリトアニアのアヌシャウスカス国防大臣(当時)がロードマップに署名した。旅団は、3つの戦闘大隊からなる約5,000人規模で、2025年から配備が予定されている。

インド太平洋に関しても、ドイツ政府は2020年に「インド太平洋ガイドライン」を策定し、この地域における安全保障政策面での関与を強化すると表明した。近年、ドイツは、インド太平洋地域に継続的にアセットを派遣し、プレゼンスの強化を図ると同時に、わが国などの共通の価値観を持つパートナー国との連携を重視している。

2023年7月、ドイツ連邦軍は、米豪主催多国間共同訓練「タリスマン・セイバー23」へ初めて参加し、この地域での多国間の協力と相互運用性の強化を図った。また、2021年のフリゲート「バイエルン」の派遣に続き、2024年にも艦艇2隻が再び派遣されることとなった。

4 カナダ

カナダ国防省は2017年6月、国防政策文書を発表し、米国は今も唯一の超大国である一方、中国やロシアなどとの間で大国間競争が復活し、再び抑止力の重要性が高まっているとの認識を示した。こうした安全保障環境の認識のもと、国土と北米地域の安全を国防政策の基本に据えるとともに、世界の安定が自国の国防に直結しているとの考えから、積極的な国際貢献も国防政策の基本として位置づけている。また、防衛力整備にあたっては、宇宙やサイバー、インテリジェンスといった分野を重視する方針を示し、2010年代に減少に転じた国防予算を10年間で70%以上増額するとともに、現役兵力数を3,500人増員し、7万1,500人とする計画を掲げた。このほか、カナダは2019年9月、北極地域に関する政策枠組みを発表し、この地域の戦略的、軍事的、経済的な重要性が高まっているとの認識を示したうえで、この地域での軍事プレゼンスを強化する方針を示している。また、2007年から北極地域における軍事演習「ナヌーク作戦」を実施している。

カナダは、米国を最も重要な同盟国とみなし、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD:North American Aerospace Defense Command)を通じて北米地域の防空・宇宙防衛・海洋警戒監視を米国と共同で実施している。創設国の一員として、NATOとの関係も重視しており、NATO主導の作戦に積極的に参加している。国連の活動も伝統的に支持しており、トルドー政権は国連平和維持活動(PKO:Peacekeeping Operations)への貢献を最重視する姿勢を示している。

インド太平洋地域への関わりについて、2022年11月、カナダは今後10年の包括的指針として初めてとなるインド太平洋戦略を発表した。この戦略において、中国を「ますます問題を引き起こすグローバルパワー(increasingly disruptive global power)」と言及し、国際秩序を自国の価値観・利益により寛容な環境へ作り替えようと試みているとして、中国がカナダの国益や地域パートナーの利益を損なう行動に出る場合、挑戦するとした。一方、気候変動などの世界的な問題の解決では、中国と協力する考えを示している。

また、戦略目標の一つとして、地域の平和・抗たん性・安全の推進を掲げ、同盟国や日本を含めたパートナー国との安全保障関係を強化するとし、2018年4月から実施している北朝鮮籍船舶の「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動5を継続する考えを示している。2023年は、4月上旬、10月上旬に哨戒機が警戒監視活動を実施した。一方、2018年以降、カナダ海軍の艦艇が国際法に従って、台湾海峡を通過6しているが、派遣するフリゲートの増加などによるインド太平洋地域への海軍のプレゼンスを強化するとし、2023年は、前年が1回であった台湾海峡の通過を3回実施するなど、今後のカナダによるこの地域への関与の動向が注目される。

3 1971年に、英国、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールの間で締結された軍事取極。

4 一方、2021年9月のAUKUS発足に伴うオーストラリアのフランス製潜水艦購入契約破棄を受け、フランス政府は米国やオーストラリアを強く非難し、一時駐米、駐豪大使を本国に召還した。

5 2019年6月から対北朝鮮制裁履行活動に従事する「ネオン作戦」の枠組みのもとで同活動に従事している。なお、2023年10月には、この作戦に従事していたカナダ軍哨戒機が、東シナ海の上空で中国軍機による異常接近などを受ける事案が発生したとされる。

6 カナダの世界平和へのコミットメントを示すことを目的とした世界の安全のための海上作戦である「プロジェクション作戦」の一環として、同活動に従事している。