2022年10月、米国は国家安全保障戦略1(NSS:National Security Strategy)を発表し、中露との「大国間の地政学的競争」と気候変動などの国境を越えた問題である「共通の課題」という2つの戦略的課題に直面しているとの認識を示した。戦略的課題に対応するためには、米国の強さの源泉である国力への投資を重視するとともに、同盟・パートナーシップを米国の最も重要な戦略的資産と位置づけて、同盟国に対しても、抑止力を強化するために必要な能力への投資を求めていく姿勢を示している。中国やロシアなどによる侵略を抑止することに重大な関心があるとし、新たな戦略を推進する競争相手に対して、通常戦力と核抑止力だけに頼るのは十分ではないとの認識に基づき、米国内の各機関や同盟国などとの能力の統合により、侵略行為の抑止に最大の効果を発揮する統合抑止(Integrated Deterrence2)を推進する考えを示している。
また、同月には国防省が国家防衛戦略(NDS:National Defense Strategy)を発表し、抑止力を強化するため、米国本土防衛や戦略的攻撃の抑止などの国防省が追求すべき主要な防衛優先事項を掲げ、統合抑止などを推進する考えを示した。そのうえで米国単独では複雑で相互に関連した課題に対処できないとし、互恵的な同盟・パートナーシップは、米国にとって世界戦略上の最大の優位性であり、NDSの重心であるとの認識を示している。
NSSにおいては、中国が米国にとって最も重大な地政学的挑戦であり、国際秩序を再構築する意図とそれを実現する経済力、外交力、軍事力、技術力をあわせ持つ唯一の競争相手として位置づけ、効果的に競争する一方、ロシアを国際システムに対する直接的な脅威として抑制していく考えが示されている。NDSにおいても、中国は今後数十年間の最も重要な戦略的競争相手で、米国の安全保障に対する最も包括的で深刻な挑戦であるとし、「対応を絶えず迫ってくる挑戦(pacing challenge)」と位置づけて、抑止力を維持・強化するため、国防省は迅速に行動するとして、バイデン政権が中国の課題に最優先で取り組む姿勢が示されている。
米国は、中国との関係で人権問題への対応に取り組んでおり、2022年6月にはウイグル強制労働防止法が施行され、強制労働によるものではないことを企業が証明しない限り、新疆(しんきょう)ウイグル自治区で生産された全ての製品の輸入が禁止されている。また、経済安全保障関連の取組として、同年5月に米国の主導により立ち上げられたインド太平洋経済枠組み3(IPEF:Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)のもと、サプライチェーンの強靱化を目指すIPEFサプライチェーン協定が本年2月に発効している。同月に実施された日米豪印(クアッド)首脳会合においても、重要技術サプライチェーンの原則に関する共通声明を発表し、地域への様々なリスクに対する強靱性を向上させるための協力を推進していくとしている。
ロシアについては、国際秩序の主要な要素を覆すという目標を掲げ、帝国主義的な外交政策を選択しているとして、自由で開かれた国際システムに対する直接的かつ持続的な脅威であり、世界的な混乱と不安の原因となっているが、中国のような全般的な能力を備えてはいないと評価している。そのうえで、米国は中国に対する永続的な競争力の維持を優先させる一方で、依然として非常に危険なロシアを抑制するとの考えを示した。また、ロシアによるウクライナ侵略は、戦略的失敗として、日本や中国、インドといった他のアジアの大国との関係で、ロシアの地位を著しく低下させたと評価する一方、米国はNATO同盟国とともに防衛と抑止を強化し、フィンランドとスウェーデンをNATOに迎えることは、NATOの安全保障と能力を向上させると評価している。
北朝鮮との関係については、2021年4月に対北朝鮮政策見直しの完了を発表し、「朝鮮半島の完全非核化」を目標として、「調整された、現実的なアプローチ」により北朝鮮との外交を進める考えを示している。また、北朝鮮への対応のあらゆる段階で韓国や日本といった同盟国やパートナーと協議して検討を進める意向を明らかにしている。
中東に関しては、地域の安定化を望む米国の仲介により、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化交渉が進められていたが、2023年10月にハマスを含むパレスチナ武装勢力がイスラエルに対する軍事作戦を実施し、イスラエルはこれに対して、パレスチナ自治区のガザ地区における大規模な軍事作戦を開始した。イスラエルはハマスの壊滅やガザ地区の非武装化などの目的を達成するまで、ガザ地区における戦闘を継続する考えを表明しており、今後の中東情勢に与える影響にかんがみて、戦闘の動向が注目される。また、イランとの関係では、トランプ前政権が2018年5月に離脱した核合意の再建に向けての交渉を行っていたが、交渉妥結には至っておらず、両国の関係に改善は見られていない。
バイデン政権は、国際協調を基軸とした対外政策の方向性を示し、同盟国やパートナーと緊密に協力して対応していくとの考えを示しているが、具体的な動きとして、共通のビジョンを持つ民主主義パートナーである日米豪印(クアッド)での取組があり、2023年5月に広島で行われた日米豪印首脳会合では、自由で開かれたインド太平洋(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)の実現に向けて、気候変動や新興技術などの分野での協力を具体化する内容が発表された。また、インド太平洋地域における外交、安全保障、防衛の協力を深めることを目的として2021年9月に設立された豪英米3か国による安全保障協力枠組みであるAUKUS(Australia - United Kingdom - United States)(オーカス)についても、2023年3月に首脳会談が行われ、2030年代初頭に豪州が米国のバージニア級原子力潜水艦を3隻取得することや3か国で新たな原子力潜水艦を共同開発することなどが発表された。
G7広島サミット開催時における日米豪印首脳会合(2023年5月)
【首相官邸HP】
国内政治の面では、大統領選挙が2024年11月に予定されており、その結果が今後の米国の安全保障・国防政策、特にインド太平洋地域にかかわる政策にどのような影響を与えるのか注目される。
NSSにおいては、自由で開かれ、安全で繁栄した世界を追求するうえで、最も差し迫った戦略的課題は、権威主義的統治と修正主義的外交政策を重ねる大国からもたらされているとして、これからの10年間は、中国との競争の条件を設定するとともに、ロシアがもたらす差し迫った脅威に対処し、共通の課題、とりわけ気候変動やパンデミックなどに対処するための努力において、決定的な意味を持つとの認識が示された。中国は、インド太平洋地域における米国の同盟と安全保障上のパートナーシップを弱体化させようとし、経済的影響力や人民解放軍の強大化などを利用して、近隣諸国を威圧しその利益を脅かす試みを行っているとして、このような中国の威圧的でますます攻撃的になっている取組が米国の安全保障に対する最も包括的で深刻な挑戦と位置づけている。一方、ウクライナ侵略など差し迫った脅威をもたらすロシアに対しては、同盟国などと侵略を強力に抑止する考えを示している。北朝鮮は、米国本土や東アジアへの脅威となる核・ミサイル能力の拡大を継続している持続的脅威とし、イランはテロ集団の支援や悪意のあるサイバー作戦により中東の安定をさらに損ねているとの見方を表明している。また、これらの競争相手は、グレーゾーンにおける活動を用いて、敵対的な現状変更を試みているとの認識を示している。
NSSにおいては、自由で開かれ、安全で繁栄した国際秩序を実現するためには、①国内の力への投資、②強力な国家連合の構築、③米軍の近代化・強化という3つの方向性を示し、その方向性を達成するための具体的なアプローチとして、①外交・国内政策の分断解消、②同盟・パートナーシップ、③地政学的課題認識、④その他地域への関与、⑤新たな経済的変化への対応、⑥国際的な協力の維持・拡大という6つの柱を提示した。そのうえで、米国の強さの源泉である国内の力への投資を重視するとし、同盟・パートナーシップを米国の最も重要な戦略的資産と位置づけて、戦略的課題に対処する方針を示している。また、気候変動などの国境を越えた課題である「共通の課題」に対しては、建設的に取り組む意思のある非民主主義国とも協力する考えが表明されている。
NDSでは、安定して開かれた国際システムと国防のコミットメントを支えるため、①米国本土防衛、②戦略的攻撃の抑止、③侵略の抑止・紛争に勝利する準備、④抗たん性のある戦力・防衛エコシステムの構築という4つの防衛優先事項を掲げ、①統合抑止、②(国防省の)活動、③永続的な優位性の構築という3つの手段を通じて、防衛優先事項の取組を推進する考えを示している。侵略の抑止・紛争に勝利する準備では、インド太平洋地域における中国の課題が最優先で、次に欧州におけるロシアの課題を優先する方針を示しており、今後、米国がどのようにこれらの課題に対応していくのか注目される。
NSSにおいては、日本を含むインド太平洋地域の同盟国とのパートナーシップを深化させるとともに、クアッドやAUKUSなどの多国間枠組みを通じて、FOIPを推進する姿勢を示している。わが国との関係では、尖閣諸島も含め、日米安全保障条約下での日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを再確認する考えが示されている。また、東南アジアと太平洋諸島地域にも重点を置くとし、地域外交、開発、経済的な関与を拡大すると表明した。世界最大の民主主義国かつ主要防衛パートナーであるインドとの関係では、FOIPのため、2国間と多国間で協力するとし、インドも含む南アジアの地域パートナーとともに気候変動や中国の威圧的な行動に対応し、インド洋地域全体の繁栄と経済的な連結を促進する考えが示されている。
2022年2月に発表されたインド太平洋戦略では、中国からの増大する課題に直面しているインド太平洋地域を最重視する姿勢を明確に示し、米国は同盟国やパートナーと協力してFOIPの推進や地域の安全保障の強化などに取り組むことを明らかにしている。
中国の海洋進出をめぐる問題に関して、国防省は2020年7月、中国が南シナ海で軍事演習を実施する決定をしたことに対して懸念を表明した後、およそ6年ぶりに2個空母打撃群を南シナ海に展開して演習を実施し、それ以降も地域の同盟国などに米国がFOIPの推進に尽力していることを示し続けるためにこの地域における空母打撃群の活動を継続している。2022年1月には、国務省が南シナ海における中国の海洋権益に関する主張を国際法に照らして検討した報告書を公表し、南シナ海の大部分に及ぶ中国の主張は不法であり、海洋における法の支配を深刻に損なう旨を指摘した。また、2023年5月に行われた米比首脳会談では、南シナ海を含む太平洋において、フィリピンに対する武力攻撃が発生した際の米比相互防衛条約の適用を再確認し、同月には、同盟の協力を近代化する際の指針となる米比二国間防衛ガイドラインが初めて策定・公表された。
インド太平洋地域におけるプレゼンス強化をめぐる動きとして、分散型海洋作戦4(DMO:Distributed Maritime Operations)を推進する海軍は、2019年12月、F-35B戦闘機を含む艦載機の運用能力を強化した強襲揚陸艦「アメリカ」を佐世保に配備し、グアムでは2020年1月、MQ-4C無人海洋偵察機(トライトン)が初展開している。迅速な戦闘運用5(ACE:Agile Combat Employment)を推進する空軍は、インド太平洋地域において、戦闘機や無人機を用いたACE訓練を実施している。さらに、マルチドメイン作戦構想を推進する陸軍は、人間の認知面を含むすべての領域などにおいて作戦を同時並行的に実施するマルチドメイン任務部隊6のハワイへの配備を2022年9月に発表し、機動展開前進基地作戦7(EABO:Expeditionary Advanced Base Operations)を推進する海兵隊はEABOを実行する能力を保有する海兵沿岸連隊(MLR:Marine Littoral Regiment)を同年3月、ハワイに初めて配備した。沖縄に所在する第12海兵連隊は2025年までに第12海兵沿岸連隊に改編される予定であり、その取組の一環として、2023年11月に部隊の名称変更が行われた。このほか、米軍は、2018年3月には、空母「カール・ヴィンソン」を米空母として40年以上ぶりにベトナムに寄港させており、2020年3月にも空母「セオドア・ルーズベルト」をベトナムに寄港させている。また、2023年には、約40年ぶりの韓国寄港となった戦略原子力潜水艦をはじめとする、各種米戦略アセットが朝鮮半島周辺に頻繁に展開8している。
米国は、FOIPへのコミットメントを示すとして、引き続き南シナ海における「航行の自由作戦」を実施するとともに、米海軍艦船と航空機による台湾海峡の通過を実施しており、今後も「航行の自由作戦」を継続する考えを明らかにしている。
また、2023年9月には、米・太平洋島嶼(しょ)国サミットを開催し、島嶼国とのパートナーシップを強化する取組を発表するなど、近年中国が影響力の拡大を企図している同地域への米国の関与を拡大する姿勢が見られる。
米国は、以上のような地域に対する姿勢のもと、FOIPというビジョンに基づく取組を引き続き進めていくと考えられる。
一方、北朝鮮をめぐっては、2018年6月に行われた史上初の米朝首脳会談以降、米朝間で交渉が行われたが、北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られない。この会談を受け、米韓は定例の米韓合同軍事演習について、中止や規模縮小などの措置を講じた。こうした米韓演習について、シャナハン国防長官代行(当時)は、米韓の軍事活動の緊密な連携が外交的取組を引き続き後押しするとしつつ、米韓連合軍の連合防衛態勢を引き続き確保するとともに、確固たる軍事的即応性を維持するとして、在韓米軍を維持する姿勢を明確にしていた。2022年5月に厳しい対北朝鮮姿勢を示す韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権が発足して以降、米韓両国は演習の範囲や規模を拡大してきているが、こうした状況の中で北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)国務委員長は、米国の目的は「わが政権をいつでも崩壊させようとすること」であるとし、米国を長期的に牽制するため「絶対に核を放棄することはできない」と表明したと報じられるなど、反発を強めている。
NSSにおいては、北朝鮮の大量破壊兵器とミサイルの脅威に直面して拡大抑止を強化しつつ、朝鮮半島の完全な非核化に向けて具体的な進展を図るために、北朝鮮との持続的な外交を模索するとしている。また、NDSでは、核・ミサイル能力の拡大を継続し、同盟国との間にくさびを打ち込む試みをしている北朝鮮に対し、米軍の前方展開態勢や核抑止力を通じて、攻撃を抑止する考えを示している。現時点において北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイルの廃棄に具体的な進展は見られていないが、今後米国がどのように北朝鮮政策を進めるのか注目される。
2021年2月の国防省におけるバイデン大統領の演説において、新興技術のもたらす危険性と機会に対処し、サイバー空間における能力を強化し、深海から宇宙に至るまでの新時代の競争を主導するとして、国防政策における技術の重要性が強調されている。また、NDSにおいて、永続的な優位性を構築するための方策の一つとして、研究機関、民間企業、政府機関の相互連携を通じて装備品を開発するイノベーションのエコシステムの構築を支援する考えを示し、指向性エネルギーやサイバーなどを含む高度な能力の研究開発を促進するとともに、バイオテクノロジーや量子科学における機会を創出する考えを表明するなど、本分野における取組が注目される。
2022年10月、国防省は、各戦略を確実に連携させるため、これまで個別に発表してきた核態勢の見直し(NPR:Nuclear Posture Review)とミサイル防衛見直し(MDR:Missile Defense Review)をNDSと同日に発表した。
NPRでは、中国を「対応を絶えず迫ってくる挑戦」と位置づけて、核抑止力を評価する上でより重要な要素になっているとして、2030年代には、ロシアに続いて中国も核大国となる考えを示し、史上初めて2つの核大国に直面することになると評価している。ロシアは戦略上、核兵器を重視し、核戦力の近代化と拡張を続け、修正主義的安全保障政策を支えるために核兵器を振りかざし、米国や同盟国などにとって永続的な存立にかかわる脅威との認識を示しつつ、敗北を避けるための限定的な核使用の可能性にも言及している。北朝鮮については、中露ほどのライバルではないが、核や弾道ミサイルに加えて、化学兵器を含む非核兵器能力の拡大にも取り組む持続的な脅威であり、朝鮮半島での危機や紛争は、多くの核武装した主体を巻き込む可能性があることから、より広範な紛争の危険性を高めると評価している。
このような核をめぐる情勢認識を示したうえで、核兵器の役割低減を米国の目標とし、核のリスクを削減するため、他の核保有国との関与を追求し続ける考えを表明した。米国の核兵器の役割として、①戦略的攻撃の抑止、②同盟国・パートナーに対する保証、③抑止が破れた場合における米国の目標達成を掲げ、トランプ政権期の2018年に発表されたNPRにおいて核兵器の役割の一つとして掲げられた「将来の不確実性に対するヘッジ」は、今回、役割として除外されている。また、宣言的政策として、核兵器の基本的な役割は、敵の核攻撃を抑止することであり、極限の状況下においてのみ核兵器の使用を検討するとし、「先行不使用」と「唯一の目的」を含めた宣言的政策については検討したが、米国、同盟国・パートナーに戦略レベルの損害を与えうる、相手側の非核能力を踏まえれば、このような政策は許容できないリスクをもたらすと判断して採用しないものの、「唯一の目的」への移行目標は保持するとの考えを示した。
米国の核抑止戦略は、敵対者に合わせた戦略が必要との認識のもと、対中国では柔軟な抑止戦略・戦力態勢を維持する一方、対ロシアでは大規模攻撃と地域の限定的な攻撃を抑止するため、近代化した核の3本柱9を配備し、柔軟に調整可能な核戦力により、核の3本柱を補強すると言及した。近代化された3本柱を維持することにより、いかなる戦略攻撃にも耐え、必要に応じて抑止戦略を調整し、拡大抑止のコミットメントを支え同盟国に保証を与えることが可能になるとして、核抑止力に空白が生じないよう、多くの兵器が設計寿命を越えている3本柱の換装計画を推進する考えを示した。柔軟に調整可能な核戦力として、現在運用中の低出力核弾頭搭載潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine-Launched Ballistic Missile)は維持するが、前回のNPRで示された海洋発射型核搭載巡航ミサイル計画は中止を表明した。また、NATOの核任務を支援するため、核・非核両用機(DCA:Dual-Capable Aircraft)の役割をF-15E戦闘機からF-35A戦闘機に移行する計画を示している。
なお、ロシアとの間で締結していた中距離核戦力(INF:Intermediate-Range Nuclear Forces)全廃条約について、ロシアが条約を遵守していないとして、2019年8月に米国は脱退し、同月に500km以上の飛距離を持つ通常弾頭仕様の地上発射型ミサイルの発射試験を実施するなど、この条約で発射試験や生産・保有が規制されていた中距離射程を有する通常弾頭搭載地上発射型ミサイルの開発を進めている。
また、2021年2月にロシアとの間で5年間の期限延長を合意した新戦略兵器削減条約(新START(Strategic Arms Reduction Treaty))について、2023年2月にプーチン大統領が年次教書演説において、履行の一時停止を発表したことから、今後の核軍備管理の動向が注目される。
MDRは、NDSで掲げられた統合抑止の構想を色濃く反映した内容になっており、米国を守り、攻撃を抑止するための最優先分野と位置づけるミサイル防衛は、敵の攻撃の利益を打ち消し、抑止が破れたとしても、被害を局限することに資するとの考えが示されている。また、グアムを含むあらゆる海外領土に対する攻撃は、米国に対する直接攻撃とみなすと宣言し、グアムはFOIPを維持するために欠かせない運用拠点であり、グアムの防衛は統合抑止の実現に資すると表明している。
米国政府は、2024年3月に2025会計年度予算要求を発表し、国防省予算要求額は前年度成立比約4%増となる約8,498億ドルを計上した。本予算について、国防省は、中国によりもたらされるマルチドメインの挑戦への対応や、戦略的攻撃の抑止などを優先する方針を示したNDSの継続的な実施を支援する内容である旨説明している。
そのうえで、インド太平洋地域における対中抑止を強化するための太平洋抑止イニシアティブに99億ドルを要求し、イノベーションや近代化の研究開発に1,432億ドルを要求している。兵力規模では、前年度比約7,800人減となる127万6,700人の確保、装備品の調達では、F-35戦闘機68機の調達などの目標が示された。
参照図表I-3-1-1(米国の国防省費の推移)
1 国家安全保障戦略(NSS)と国家防衛戦略(NDS)はともに、法律により一定期間での議会への提出が定められている。NSSは、新たな大統領の就任から150日以内に、NDSは、大統領選挙後に新たな国防長官を指名した場合においては、上院による指名承認後、可能な限り速やかに議会に報告書を提出することが合衆国法典第50編と同第10編でそれぞれ定められている。
2 領域間の統合や同盟国との統合などの能力のシームレスな組み合わせにより、敵対者に、敵対的な活動のコストがその利益を上回ると確信させることにより侵略を抑止するアプローチ。
3 経済の強靱性、持続可能性、包摂性、経済成長、公平性、競争力を高めることを目的とした枠組みで、インド太平洋地域の米国、オーストラリア、ブルネイ、インド、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの13カ国で開始され、現在はフィジーを加えた14カ国が参加。
4 各アセットを分散し、ネットワークを介して統合することにより、圧倒的な戦闘力を集結させる作戦構想。
5 空軍戦力を分散配備し、分散配備された場所から迅速に展開する作戦構想。
6 全ての領域(陸海空、宇宙、サイバー、電磁波、認識面も含めた情報環境など)において作戦を実施することを通じて、敵の接近阻止/領域拒否(A2/AD)の打破を目指す作戦構想である「マルチドメイン作戦構想」を前方で実行することを任務とした陸軍部隊。
7 敵の火力圏内において迅速に分散展開し、一時的な拠点を設置することにより前線での作戦を実行する作戦構想。
8 韓国政府高官は米戦略アセットの朝鮮半島周辺への展開について、2023年は17回であり、2022年の5回から大幅に増加したとしている。
9 核の3本柱は「ICBMミニットマンIII」、「SLBMトライデントIID5搭載の戦略原子力潜水艦」、「核巡航ミサイル・核爆弾を搭載するB-52戦略爆撃機およびB-2戦略爆撃機」からなる。